寮に備え付けられた共用のキッチンで、仕事着の和装にそのまま襷を掛けた先輩が、某有名お菓子メーカーの公式サイトにある「誰でも簡単! 手作りチョコレシピ集」の記事を般若の形相で睨んでいる。
「……歌姫センパイ」
「これ、本当に全部、初心者向けなの……ッ?」
「そうですよ。だから、そんなに身構えなくても大丈夫ですって」
刻んで溶かして混ぜて、あとは固めるだけですからと、スマホ片手にふるふると震え出す白い肩を叩いて宥めた。
「私も手伝いますから。ね? 取り敢えず、右手の包丁は一旦置きましょう。落ち着いて下さい」
「そ、そうね……」
きらりと光る刃物が、こちらに背を向けて、俎板の隅に横たえられた。正直、チョコを刻むのに逆手で握って掲げる姿はあまりに猟奇的で、ずっとひやひやしていたので一安心である。ほ、と胸を撫で下ろす。
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