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    さんじゅうよん

    @kbuc34

    二次創作の壁打ち。絵と文。

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    POIPOI 108

    さんじゅうよん

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    付き合ってないと言い張るいちゃごうたの生徒視点の話。
    書きたいとこだけ書いた

    ##五歌

    僕らの先生は付き合ってない。僕らの先生は付き合ってない。


    【虎杖悠仁/前】
     京都校の引率の先生は、巫女姿の、不機嫌そうな女の人だった。長い黒髪に、白いリボンを結んで、顔には大きな傷がある。
    「いてて……」
    「ふん。いい気味ね」
    「うわあ、ひっどい先輩だなあ。後輩が苦しんでる姿見てて楽しいわけ?」
    「喧しい。こんな時ばっか後輩ぶるのやめろ」
     姉妹校交流戦開始の挨拶を夜蛾学長が終えて、やっとのこと解放された五条先生は、冷たい流し目と嫌味を寄越した京都校の先生に向かってへらへら笑みを披露している。
     仲は、まあ、良さそうだ。京都の先生、すごい顰め面だけど。
     首の後ろを押さえながら五条先生は立ち上がると、赤い袴に細く括れた腰へと当たり前のように腕を絡める。
    「さ、あとのことは若者に任せて、僕らも行こ。高みの見物だ。大事な話もあるしさ」
    「あんたねえ……」
     苛々と言葉を返しながらも、京都の先生もまた、当然のように腰を抱く腕を受け入れて歩き出す。やいのやいのと言い合いながら、ぴったり寄り添って歩いている。
     しかも、周りの誰も、何も、言わない。
     これ、日常風景なのか。
     ちょっと唖然としてしまって、助けを求めて視線を彷徨わせると、釘崎も何とも言えない微妙な顔つきで立ち去る教師陣の背中を凝視していた。良かった、取り残されてるの、俺だけじゃない。
     俺は、つんつん、と伏黒の肩を突いた。
    「なあ伏黒……もしかしてあの人、五条先生の、コレ?」
     声を潜め、小指を立てる。
     釘崎も、いつになく真剣な顔をして聞き耳を立てている。
     すると伏黒は、これまた何とも形容のし難い胡乱な顔つきをしてこちらを振り返った。何故だか目が死んでいる。俺に聞くな、とばかりにげんなりと、やたら覇気のない視線を寄越されて頭の中で疑問符が大行進した。
     何なんだ、その反応。
     しかしよくよく見てみれば、二年の先輩たちまで、同じような顔つきをして俺を見ている。別にそこまでおかしなことなど聞いてはいない筈なのだが、何だろう、一斉に同じ感情を向けられて、責められているような気分になりたじろいだ。
     思わず一歩後ずさる俺に、見かねたパンダ先輩が声を掛けてくれた。
    「違うぞ────って、ことになってる」
    「え」
    「まあ、気持ちはわかるが深くは突っ込むな。藪蛇の泥沼が待ってるぞ」
     先輩からの有難い忠告だ、と軽く肩を叩かれる。
     釈然としないながらも、伏黒も他の先輩たちも概ね同意見のようでさっさと先に行ってしまう。
     置いてけぼりを食らった俺と釘崎は、もやもやしながらも仕方なくその後を追った。



    【伏黒恵】
     初めてその人を見かけたのは、五条先生がまだ先生ではなかった頃のこと。半ば無理矢理連れて行かれた高専で、偶然に顔を合わせたのだ。
     白い小袖に緋袴姿は変わらずも、トレードマークのリボンも顔の傷もあの頃には無かった。彼女は二つに括ったおさげ髪に挟まれた白い顔をくしゃりと歪め、俺と五条さんとを交互に見比べた後、冷たい目をしてこう言った。
    「……隠し子?」
    「んなわけねえだろ」
     こんなでっかいガキいて堪るかと、大きな手が、俺の頭をばしばしと叩く。
    「色々あって、うちで保護してんの。赤の他人」
    「はいはい」
    「何そのテキトーな返事。信じてねえの?」
    「……」
     乱暴な手つきにむっとしながら、頭を庇う。
     五条さんはお構いなしだったものの、女の方が慌てた様子で「それ以上はやめなさいよ」と止めに入ったお陰ですぐに難を逃れた。
    「もう、わかってるわよそのくらい。冗談じゃないの」
    「笑えねーんだよ馬鹿姫。下らないこと言ってんじゃねえよ」
    「ッあんたは、自分のことは棚に上げて……!」
    「…………」
     頭上で、大人が揉めている。
     間近でぎゃあぎゃあ言い争う声は少々喧しいが、矛先が逸れたことに安堵はした。
     ぐしゃぐしゃと乱れた髪を手櫛で引っ張っていると、一通り五条さんに怒鳴り散らして落ち着いたのか、しゃがみ込んで視線を合わせた女が「ごめんね」と眉尻を下げた。
    「びっくりしたわね。大丈夫だった?」
    「……」
    「ねえあんた、名前は? 歳いくつ?」
    「……」
     俺はだんまりを貫いたが、彼女は気に留めた様子もなく「私は庵歌姫よ」と自分から名乗った。柔らかな声。温かな言葉。自然な気遣いを感じさせる声音が心地よい。
     今日は見学に来たのかと優しく尋ねられて、その穏やかな微笑につられ、思わず頷く。
     たったそれだけでも女は嬉しそうに口元を綻ばせ、そうなのね、と頷き返した。
    「私も、そこの馬鹿と一緒で呪術師なのよ。私たち、仲間ね」
    「……」
    「あいつがまた、困らせるようなことしたら言いなさい? とっちめてやるから」
     にこにこと笑う、如何にも人の良さそうなその様子に、何となくだが狭いアパートに置いてきた姉のことを思い出した。柔く、清く、後ろ暗いことなど何一つ持たず、不遇にも捻ることなく、真っ直ぐな気性をしていた。
     この人も、同じ、陽だまりの匂いがする。
     目映い気配にぱちりと目を瞬かせると、不意に、ぐっと襟首が引かれ体が浮いた。
     犯人は勿論、一人しかいない。
    「ちょ……何すんのよ五条!」
    「それ、こっちの台詞だから。歌姫、節操なさすぎ。いくらモテないからって、こんながきんちょ誑かしてどうすんの? まさかそういう趣味?」
    「は……はあ!? 失礼な男ねっ、急に変なこと言い出さな──」
    「あ」
     気色ばんで怒鳴り出した女を制すように、ぴりり、ぴりりりり、と電子音が鳴り響く。
     電話だ。
     五条さんは俺をぶら下げたまま、ポケットから携帯電話を引っ張り出し、通話を始める。
    「はーい悟くんでぇーす。……え? 今から? ……………。もー、しゃーないなあ……」
     すぐ行く、と答えて電話を切った五条さんは、荷物でも押し付けるように俺の体を女の方へ放り出した。
    「ッ」
    「──! ば、ばか! 危ないじゃない、子供相手に何やってるのよ!?」
    「悪い歌姫、それ、ちょっと預かってて。仕事入った。……恵ぃ、俺が戻るまで、そこのおばちゃんの言うことよぉーく聞けよ?」
    「誰がおばちゃんだって!?」
    「おいおい、ヒス起こすなって。子供の前だぞー?」
    「ッ」
     細い腕は意外にも、力強く俺の体を受け止めた。
     ぎょっとして固まる俺を抱えたまま、拳を振り上げがなる女に五条さんはけらけらと笑って手を振り、廊下の奥へと消えていった。
     そして訪れる、暫しの沈黙。
    「…………どうしよっ、か」
    「……」
     俺をそっと床に下ろした彼女が困ったように微笑むのを、俺もまた、困惑しながら見上げた。

     そもそも、見学、と言っても今日がどういう予定だったのかもわからない。日曜の朝早くから叩き起こされて、行くぞ、と拉致同然に連れられてきただけだ。
     ぼそぼそ経緯を話した俺に、庵さんはこめかみをひくつかせながら眉間を押さえていた。
    「そっか……あんたも大変ね。まだ小さいのに、あんな馬鹿に目ぇ付けられちゃって……」
    「……」
    「まあ、せっかく高専まで来たんだから、このまま軽く見学していきましょうか。もしかしたら、あんたもいずれここに通うのかもしれないし」
     案内してあげる、と差し出された手をおずおず握り、敷地の中を巡った。
     外から見ても思ったが、高専の中は、広い。
     山の中、という地形からしても、子供の足には少々きつい。あちこち回って、ふう、と思わず深く息をついたところで「休憩にしましょうか」と声を掛けられた。
     自販機前まで連れて行かれ、何が飲みたい、と訊かれて無難にコーラを選ぶ。隣に置かれたベンチに腰掛けて、缶のプルタブを捻った。
     木造の古びた日本建築ばかりが並ぶ緑豊かな景色の中、コンクリートばりの薄暗い空間は何だかここだけが当然街中に切り出されたようで妙に落ち着かない。しゅわしゅわと舌を刺す炭酸をちびちび啜りながら、隣に腰掛けた女の人が、冷たいコーヒーを口に含むのを静かに窺っていた。
    「……恵くんは、呪術師になりたいの?」
    「いや……別に。でも、そういう約束だから」
     自分の将来を担保に、今を、暮らしている。
     見知らぬ大人たちが突然押し寄せて騒ぐのを、そういう約束で黙らせて、一時的に金銭負担を負った上で、あのへらへらと巫山戯た男が保護してくれたのだ。呪術師、というものが何なのか未だによくわかっていないが、なりたくない、とここで駄々をこねたところで意味がないのはわかっている。
     生きるために、それは、必要なことだから。
     自分で決めたことではないけれど、今の生活を守る為に、そうすると選んだのは自分である。
     ぐ、と缶を握って口を噤んだ。
     彼女はそれ以上追求するでもなく、そう、と小さく頷いてからこう言った。
    「まあ、楽な道では、ないからね。何かあったらちゃんと、周りの人に頼りなさい。特にあの馬鹿とか」
    「……」
    「乱暴だしがさつだし礼儀知らずで性格も悪いけど、助けてって言えば、ちゃんと、助けてくれるから。……あいつ、本当に頼りになるのよ」
     ああ見えてすごい奴なんだから、と言って微笑む。
     我がことのように誇らしげに語る姿に、つい、目を瞠った。出会い頭の言い合いを見て、てっきり、仲が悪いのかと思っていたから。ほんのりと頬を染めて、得意げに披露される笑みが意外過ぎて言葉に詰まる。
     ……もしかしたら、この人も、五条さんに救われた一人なのかもしれない。
     恩人ではあるけれど、不真面目極まりない態度に尊敬の念は湧かない。それでも、確かに、救われた。感謝している。この人も、そんな気持ちでいるのだろうか。
     俺と、同じように。
    「……」
    「あ、勿論、私だって力になるわよ。生憎、五条ほどは頼りにならないかもしれないけど。それでも、きっと、助けになるわ。ね?」
    「…………うん」
     こくりと頷き、指切りをした。
     花のように綻ぶ笑みを見上げて、ほっと、胸を撫で下ろす。
     緩く息を吐いたその時になってようやく、自分が、ずっと緊張していたのだと知った。

     ……何だか、やけに騒がしい。
    「──ら、もうっ、静かにしなさいよ。起きちゃうでしょ?」
    「起きればいいだろ、今から連れて帰るんだし。てか何? やけに庇うじゃん。もしかして、恵のことマジで気に入った?」
    「いちいち棘のある言い方やめなさいよ。子供なんだから、優しくするのは当然でしょ」
     ……。
     起きるに起きられない。
     側頭部を、嫋やかな指が柔らかく撫でつけている。反対の頰が、幾重にも重ねた布の上から柔らかい感触に埋もれていた。体は横を向いていて、足が椅子の座面から垂れているようだ。
     膝枕、されている。
     どうやら疲れてうとうとしているうちに、そのまま眠ってしまったようだ。今日会ったばかりの女の人の膝で爆睡なんて、それでなくとも恥ずかしくてとてもじゃないが顔を合わせられたものではないのに、頭上のやり取りが刻一刻と激しさを増していく。
     五条さんは唸った。
    「だからって、膝枕って何だよ。俺だってまだしたことないのに」
    「仕方ないでしょ、寝ちゃったものは起こせないじゃない。……ていうかあんた、そっちが本音なわけ? まさか、こんな小さな子相手にやっかんでんの?」
    「…………いいから取り敢えず、そのチビ、こっち寄越せよ。見てらんねー」
    「わかったわよ……もう。ほんっと勝手ね。朝っぱらから連れ回しといて、仕事入ったからっていきなり知らない大人に預けられたこの子の身にもなりなさいよ。気疲れして当然でしょ? なのにあんたが不機嫌になってんじゃないわよ」
    「うるせえな俺だってそんなつもりじゃなかったっての」
     髪を撫でる手が離れ、ぐ、と脇の下に別の手を差し入れられた。
     大きな手はそのまま軽々と俺の体を持ち上げると、腕の中に収める。どく、と心臓が跳ねた。狸寝入りを止めるタイミングを完全に見失ってしまった。
     どうか、バレませんように。
     祈るような思いで、必死に脱力を保ち、男の肩にくたりと頭を預ける。
     大人、と呼ぶには少し年齢が足らないのかもしれないが、力強い腕と広い胸には思いの外に安定感があった。温かい。想像していたような、子供扱いされているような不愉快さはなかった。しっかりと自重を支えられて、安心する。
     もしかして、父親って、こういう感じなのか。
     抱き上げられる、なんて経験は、記憶にない。もっと小さな頃、覚えていないような幼少期にはそんなこともあったのかもしれないけれど、少なくとも、今の俺には真新しい。
     思わず、きゅ、と拳を握った。
     すると、ちらりとこちらを伺う気配がして、内心冷や汗を垂らしながら眠ったふりに勤しむ。
    「……」
    「目が覚めた後に、その子に当たり散らすんじゃないわよ」
    「わかってるって。……けど、まあ、埋め合わせはしてくれるんだろ?」
    「埋め合わせって…………面倒かけたの、あんたの方じゃない。普通、あんたが私にするんじゃないの?」
    「う、た、ひ、め」
    「……っわかった! わかったから、そんな目で、こっち見ないで!」
     ぎゃん、と女が吠える声がする。
     その直後に、くつくつと、喉奥で響く笑い声が、骨を伝って俺の体にまで漣のように届いた。
    「じゃあまず、機嫌取ってよ。ほら」
    「は? 急に何言ってんの? 馬鹿なの?」
    「早くしてよ。じゃないと俺、してくれるまでゴネるけど。いいの? 恵、起きるよ? そしたら俺、こいつのことどつき回すけど」
    「どんな脅しよ……」
     大人げない、幼稚、我儘、とそれこそ不機嫌そのものにぶつくさ悪口を並べ立てるのが聞こえてくる。
     ぐ、と体が傾ぐのを感じた。
     落ちそう、なんて心配はしっかり抱えられているので全くないのだが、ほんのりと苦くて香ばしい香りと温い気配が近付くのを感じて、思わず体を固くした。
     ────────ちゅ、と。
     柔らかな水音が、間近に聞こえて息を呑む。
     ありえない。
     この人ら、人をダシにしていちゃつきやがった。
    「………………こ、れで……満足かっ」
    「や、全然」
    「〜ッあんた、ねえ……!」
    「全然だけど、ま、今日のところは勘弁してやるよ。続きはまた今度な」
     俺にも膝枕すんの忘れんなよ、と体を起こした五条さんが笑い、踵を返す。
     背後から、寝ている俺に気を遣ってなのか、声にならない悲鳴と怒声が聞こえた気がした。

    「恵」
    「…………。いッた!」
    「下手糞。起きてんだろ」
     バレバレなんだよと吐き捨てて、五条さんは俺を睨んだ。
     車の中である。
     行きにも乗せられた黒塗りの車の後部座席に座らされ、エンジンがかかり、するりと車が動き出したところできつく鼻を抓まれたのだ。
     八つ当たりはしないんじゃなかったのか。
     じんじんと痛む鼻の頭を押さえて擦っていると、隣で白髪の男が窓に寄りかかりながら腕を組み、苛立たしそうな視線を寄越した。
     そして、こう言う。
    「────お前、歳上が好み?」
    「え」
    「駄目だからな。あれ、売約済だから。他に売りに出す予定とか一切ないから」
    「……」
    「ったく、ガキは得だよなあ。一瞬で距離詰めやがって……まあ、歳下だからって舐められんのも癪だけど。にしてもまさか子供好きだとは」
    「…………」
     後半は最早独り言だった。親指の爪を噛みながら、悔しそうにぶつぶつ呟いている。本当に大人げない。恩人ではあることに間違いはないのだが、やはり、尊敬はできそうもない。
     違うと否定しようかとも思ったものの、余計なことを言えば折角外れた矛先がまたこちらを向きそうで躊躇われた。窓の外へと目を遣りながらむすっと唇を引き結んでいる学生服姿の男を見つめ、子供ながらに呆れ返って言葉もなかった。





     あれから十年近く経ったわけだが、五条先生も歌姫先生も、大して変わらないでいる。
    「……。あ」
    「げ」
     共用スペースのソファに、歌姫先生が腰掛けていた。
     目が合ってしまったので挨拶しようと思ったのだが、何故か先生は顔を引き攣らせて固まる。
     何だろう。
     怪訝に思ってふと視線を下に落とせば、赤い袴の上に、白い髪が散っていた。五条先生である。脱いだ上着を膝掛けがわりに被って、長い足を肘掛けに引っ掛けて眠っていた。
    「…………、あの」
    「いい。お願い、何も言わないで」
     わかってるのよ、と呻くように顔を覆い、歌姫先生が項垂れる。
    「私だって嫌だったわよこんなとこでこんなことっ……でも仕方ないじゃない。こいつ、しつこいのよ。言い出したら聞かないし」
    「……」
    「それに、最近、あんまり寝てないって言うから……じゃあ、十分だけね、って」
    「…………」
     そうですか、と返した言葉が思わず掠れた。
     歌姫先生の言い分は解らなくもない。のだが、昔から、文句も悪態も惜しみなく垂れ流しておきながら何だかんだとこの人は、五条先生に甘い。強請られると断れないようだった。怒るだけ怒って、最後には結局言うことを聞いてしまう。五条先生もそれがわかっているからこそ、多少強引でも我儘を通すのだろう。
     そしてこの二人、これでもなお、付き合ってはいないと言い張るのである。
     一体、何のつもりなのか。両想いなのはあからさまでそんなことはお互い解り合っているだろうに、人前でべたべたといちゃついておきながらなおも恋人ではないと主張する。はっきり言って、意味が解らない。
     解らないのだが、積極的に解りたいとも思わず、一先ずは老婆心から一つ忠告することにした。
    「……もう少ししたら、虎杖達も、こっち来ると思いますよ」
    「そ、そうなの。ありがとう、それまでには、何とか起こすわ」
    「……」
     歌姫先生はぎこちなく笑い、頷いた。
     上手く、いけばいいのだが。
     目元を黒い布で隠したまま仰向けに転がり、規則正しく呼吸をしている五条先生が本当に寝ているのかそれとも眠ったふりをしているのかは定かでない。が、付き合っていないと言う割に年端もいかない子供相手にも本気の牽制を寄越し、かつ人前でも隙あらば見せつけたいらしい複雑怪奇な人格構成をしているこの人が、果たして、学生の前で堂々いちゃつく機会を逃すだろうか。
     ……やはり、わからない。
     この人達、どうしたいんだろうか。
     今日も今日とて浮かぶ疑問符からそっと目を逸らして蓋をする。触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。人様の色恋に首を突っ込んで痛い目を見るのは御免である。
     そっとその場を離れようと背を向ければ、後ろから、ぺちぺちと遠慮がちに頬を叩くやたら可愛らしい音が響いた。
    「五条、五条。ねえ、そろそろ起きなさいよ。みんな来ちゃうから」
    「んん〜……あと三十分……」
    「ッ馬鹿てめえ巫山戯んな起きてんじゃねえか!」
    「……」
     ちなみにこれは言うまでもないことだが、この後、程なくして通りがかる虎杖達が歌姫先生の腰にしがみつく五条先生を目撃し、結果大騒ぎすることになる。





    【乙骨憂太】
     人手が足りない、ということで、一年生ながら姉妹校交流会に引っ張り出され、はるばる京都までやってきた。
     のだけれど。
    「歌姫」
    「っ」
     待機時間、手持ち無沙汰に周囲を散策していたところ、ふと聞き覚えのある低い声が誰かに呼び掛けるのを聞いた。
     五条先生だ。
     木陰から覗くモノトーンの長身を目にして、咄嗟に近くの茂みに身を潜める。いや別に、隠れる必要はなかったのでは。普通に挨拶すればいいじゃないかと自分自身でも戸惑いつつ、何故だか後ろめたい気持ちが込み上げて、覗き見のような格好をとってしまった。
     きっと、五条先生が、聞いたこともないような柔い猫撫で声をしていたのがいけないのだ。
     見れば、先生は、腕の中に女の人を閉じ込めていた。先生よりも頭一つ程小さい、巫女服姿の女性だ。節くれた指が黒髪を絡めて遊ぶのを煩わしそうに叩き落としながら、腰に絡んだ腕を引き剥がそうとじたばた躍起になっている。
     背中にかかる長さの黒髪に、白いリボンを結んだその人には見覚えがあった。確か、京都校の先生だ。姉妹校交流会が始まる直前、五条先生に連れられて軽く挨拶したばかりだった。五条先生の巫山戯倒した紹介文に、こめかみに青筋を立てながらキレ散らかしていた。怒りっぽい人だな、まあ無理もないけど、というのが第一印象である。
     彼女は小声で叫んだ。
    「ちょっと……もうっ、やめてよこんなとこで!」
    「いつぶりだと思ってんの? 場所なんか選んでる場合じゃないし」
    「し、ご、と、ちゅ、う!」
    「今僕休憩時間。歌姫だって、団体戦始まるまでは暇してんでしょ?」
    「あんたと一緒にしないでよッ」
     と、怒鳴ってこそいるものの、嫌がっている、というわけでもなさそうだ。
     思わず、目をぱちくりとさせた。
     顔が赤い。胸を突っぱねる動作に力がない。五条先生に、歌姫、と甘えた声で名前を呼ばれると弱いようで、うっと喉奥を詰まらせて動きを止めていた。その隙に五条先生がより一層強く抱き締めるものだから、余計に抜け出せなくなっている。
     暫くして、女性の方も諦めたのか暴れるのをやめて大人しくなった。五条先生の胸倉を掴み上げたまま拳の間に顔を伏せ、もぞもぞと、窮屈そうにしている。
    「…………。元気で、やってた?」
    「見ての通りだよ」
    「あっそ。なら、いいわ」
    「何がだよ。全ッ然、良くないね。ちょー寂しかった」
    「……」
    「早く会いたかったけど、なかなか時間、取れなくてさ。仕事のついででも、会えて嬉しい」
     ずっとこうしたかった、と骨が軋みそうなくらいにきつく抱かれて、ん、と小さく呻き声を上げながら彼女もまた同じように五条先生を抱き返している。
     男の腕の中から、恨めしそうな声が聞こえた。
    「仕事中なのに……もう……」
    「いいじゃんちょっとくらい。ていうか歌姫だって抱きついてるじゃん」
    「うっさい。あんたが離さないからよッ。……こんなとこ見られて、どうすんのよ。言い逃れしようがないじゃない」
    「大丈夫だってぇ。僕、ちゃんと見てるし」
     ……出ていかなくて良かったと、心底思った。
     会話の内容から察するに、この二人は付き合っているようだが、それは秘密であるらしい。確かに、開会直前でいい争う姿──まあ、京都の先生が一方的に五条先生に向かって罵声を浴びせていただけだが──は、恋人らしい雰囲気など一切なく、寧ろ、余程毛嫌いしているのだろうと思うくらいだった。もしかして、あれも全て演技だったのだろうか。
     いや、そうでもないか。
     先のような激しさこそないものの、互いに固く抱き合いながら、漂う甘い雰囲気を丁寧に粉砕するかの如く流暢な罵詈雑言が延々繰り出されている。天邪鬼だと受け流すにもあまりに手数の多いそれらに、五条先生は気にした様子もなくはいはいとおざなりに相槌を打ち、耳を傾けていた。口元が緩んでいる。一歩間違えると罵られて喜ぶ変態だが、そうではなくて、極端なくらいの天邪鬼でさえ可愛くて仕方がないのだろうと判る。
     本当に、すごく、好きなんだな。
     初めて見る優しく柔らかな表情にちょっと唖然としながら、見入る。
     暫くそうやって抱き合っていた二人だったけれど、五条先生が腕を解いて、胸元にうつ伏せていた恋人の顔を両手で包んで上を向かせた。くつくつ喉の奥で笑いながら、じんわり赤く染まった目尻を親指でなぞっている。
    「ふふ。なあに歌姫、泣いちゃったのぉ?」
    「馬鹿が。泣いてないっつの」
    「の割に、おめめがうさぎちゃんなんだけど」
    「……あんたが、加減知らずに、抱き潰すからでしょうが…………泣いてないっ」
     どこをどう捉えても強がりにしか聞こえない台詞を吐き出して、とん、と細い指が五条先生の胸を押した。
    「そろそろ時間だから、戻るわよ」
    「へいへい」
    「…………あんた、今日の夜、学生たちと一緒に泊まるの?」
    「まっさかぁ、自分ち帰るに決まってんじゃーん。学長いるんだし、僕までついてなくてもいいでしょ。わざわざ野郎どもと雑魚寝とか御免だよ」
    「……」
    「駄目とか言わないよね、歌姫?」
    「……言わないわよ。言うわけないじゃない、馬鹿」
     ずんずんと大股で先を行く彼女に五条先生は長い脚であっという間に追いついて、大振りに揺れる左手に指を引っ掛けた。
     指一本で結んだその手が振り解かれることはなく、きゅ、と鉤の形にしっかりと引っ掛けられた。そしてそのまま、後ろに続く男を引き摺るようにして進む。
     決して振り返りはしなかったけれど、遠目から見てもはっきりわかるくらいに耳が赤かった。気付いた五条先生がへらへらと楽しげに笑って、即座に苛立たしげな舌打ちが返る。それでも、手は、離れない。きつく絡んだまま、それでいてささくれた怒声は増していて、こうなってくるともう照れているのか怒っているのか、まるで判別がつかなかった。
     ざわざわ、ばたばた、騒がしく音が二人分遠のいて、僕もようやく茂みの陰から抜け出した。スマホで時間を確認し、集合時間のぎりぎりになっていることに今更慌てる。
    「…………僕も、急がなきゃ」
     言い聞かせるように呟いて、駆け出す。
     今見たことは忘れよう、それがいい、と胸に固く誓う。僕は何も見てないし聞いてない。だから、何も知らないしわからない。家に帰るとか駄目だとか駄目じゃないとか、そんなことを深く考えることもしないのだ。
     そして何より、目下集中すべきはこれから始まる団体戦だ。里香ちゃんが憑いているとはいえ、呪術師として僕はまだ毛が生えた程度の素人でしかない。油断すれば、大怪我だけでは済まないだろう。
     それでも、挑むのだ。
     大好きな彼女を、解放すると、決めたから。
     よし、と気合を入れて拳を握り、全速力で走る。
     けれども広い敷地に危うく迷子になりかけて、何とか間に合ったものの時間に少し遅れてしまい先輩たちにどやされた。

     初日の団体戦を、何とか、終えた。
     負傷者は救護係へ回され、無事だった学生たちが明日に備えてぞろぞろと帰路に着く中、ふと背後から高く澄んだ声に呼び止められた。
    「乙骨くん」
    「っは、はぃ!」
    「……そんなびびんなくたって平気よ。ちょっといい?」
     思わずびくりと肩を揺らし、声を裏返しながら振り返った先には、五条先生の彼女──庵歌姫先生が苦笑いを浮かべていた。
     揃えた五指で小さく手招きされて、おずおずと傍に寄れば、柔らかい笑みを浮かべた先生が「大活躍だったわね」と褒めてくれた。
    「流石特級ね。あの馬鹿が連れてきただけあるわ」
    「あ……い、いえ。僕なんて、全然、何も……それどころか、まだ、里香ちゃんを止められなくて」
    「でも、最後はちゃんと抑えてたでしょ。高専来て一年も経ってない一般人が出来ることじゃないわ。もっと自信持ちなさい」
     とんとん、と肩を叩かれて、はい、と頷く。
     僕の顔つきが変わったのを見て歌姫先生は頰を緩め、それからちょっと複雑そうな顔をした。
    「いい子ね……お願いだから、あの馬鹿みたいな特級馬鹿にはならないでね……」
    「ば……。えっと、その……あ、あはは……」
    「……まあ、でも、気配を抑える練習はもうちょっとしたほうがいいかもね。仕方ないんだろうけど、あんた、呪いの気配ダダ漏れよ。気の聡い一般人なら無条件で怖がるレベルだし、事情知らない呪術師相手ならいきなり襲われかねないわよ?」
    「え」
    「少なくとも、偵察には向かないわね。だから────さっきの、内緒にして頂戴ね」
     こそ、と耳元に唇を寄せて、囁かれる。
     驚いて、ばっ、と振り返ると、薄く微笑んだ先生が唇に人差し指を当てていた。
     しい、と声を顰める仕草で、淡く柔く色づいた唇をやんわり押さえる姿は、悪戯っぽくも艶やかだった。
     思わず、ごくり、と息を呑む。
     ──────ば、ばれてる。
     ぎくりとする僕に、歌姫先生は、微笑う。
    「あのね、あいつ、やりたいことがあるんだって。いざという時に足引っ張りたくないのよ。だから、全部終わるまで、みんなには秘密にしておきたいの」
    「……」
    「協力、してくれるでしょう?」
    「っ、は────」
    「──────め、歌姫ぇ? こらーどこで油売ってんのー、明日の個人戦の打ち合わせいくよー? 真面目なだけが取り柄のくせに、まさかサボりですかぁー?」
     はい、と頷こうとしたその瞬間、間伸びした大声に出鼻を挫かれて喉が詰まる。
     つい体を固くした僕に対して、歌姫先生はと言うと脊髄反射かと思うくらいに素早く後ろを振り返り、拳を握って怒鳴り返していた。
    「うるっさい五条! わかってるわよすぐ行くわよッ」
    「お、いたいた。なんだ、憂太もいるじゃん。二人でこそこそ何してんの? 逢引?」
    「人聞き悪いこと言うな!!」
     吐き捨てるように怒鳴った後で勢いよく繰り出された正拳を、五条先生はぱしりと何なく受け止めて、そのまま強引に指を絡めて握り込む。
     ……形だけ見れば恋人繋ぎと呼ばれる代物に相違ないのだが、にしても、力技が過ぎる。
     歌姫先生はぎょっとした後で、不愉快そうにぐしゃりと顔を歪め、五条先生を睨んだ。
    「ッ何してくれてんのよあんたは…………離しなさいよ!!」
    「ダメダメ、歌姫、目ぇ離すとすぐはぐれるし、何しでかすかわかったもんじゃないしぃ? 仕方ないから、僕が、みんなのとこに連れてってあげるね。感謝しろよー?」
    「ざっけんな! 離せ! 一人で行けるわ!!」
    「うっそだあ。今だって、僕の生徒に粉振ってたくせにぃ」
    「んなことしてないわよッ」
    「……」
     騒がしい。
     僕は引き攣った顔にお愛想笑いを張り付けて、だらだらと冷や汗を掻いて固まっていた。五条先生、怖い。普段、底抜けに陽気でふわふわと軽い調子なだけに、凍りついた笑顔から漂う冷気の圧に潰されそうになる。
     が、歌姫先生は、平気そうな顔をしている。
     不機嫌な顔をして、それでもいつも通りの調子で高く笑う不気味な五条先生に、歌姫先生が喚き散らしながらも逆らいきれずに連れられていく。どういうつもりなのかと噛み付くように問いかけて、繋いだ手を振り解こうと躍起になっているあたり、もしや五条先生が不機嫌でいることさえわかっていないのでは、と戦慄した。ちょっと鈍すぎないかな。大丈夫かな。他人事ながら心配になる。
     ────けれど、
    「〜ッッ、もお、何なのよ! しつこいわよ五条!」
    「歌姫こそ、諦め悪くなーい? 弱いのに」
    「弱いのは今関係ないでしょ!?」
    「へえーふうーんそぉー、弱いって認めるんだぁ?」
    「揚げ足取るな馬鹿!」
     ぎゃあぎゃあと言い合いながら繋いだ手をぶんぶんと大きく振って、傍から見ていると喧嘩するほどに仲がいい小学生同士のようである。もしくは、好きな子に意地悪をする男子と素直になれない女子とか。
     そう思えば、これはこれで、微笑ましいのかもしれない。
     遠ざかる背中を二つ見送り、僕はこっそりと笑い声を立てた。





     偶然だが、バイト先に歌姫先生がやって来た。
     料理にハマった僕らが魚を捌けると知ると、調理から後片付けまで全部任せて硝子さんと二人、コーラで乾杯する僕らをよそに楽しく飲み会を始めた。
     かなりの浮かれ調子だったので余程お酒が好きなのだろうとは思ったが、決して、強いわけではなかったらしい。数杯も飲めば酔っ払い、酒癖の悪さを発揮してくどくどと硝子さんや真希さんたちに絡み始めた。
     歌姫先生とは対照的に酒に強いらしい硝子さんは、先生を適当にいなしつつも基本的には放置のスタンスで、僕らに絡んで怒ったり拗ねたり笑ったりと忙しない様子を眺めてはにやにやと肴にして楽しんでいた。お陰で、被害は甚大である。アルコールと歌姫先生が揃った場にはもう二度と近寄るまいと心に決めた。
    「先生……もう、そのくらいにしといたほうが」
    「うるさーい! まだ呑むのぉ」
    「わわっ」
    「硝子ぉ、見てないで、そろそろ止めてくれよ〜」
     まともに体も起こしていられないくらい酩酊しているのになおも新しい缶を握って離そうとしない歌姫先生相手に格闘していると、同じく宥めようとしていたパンダくんが哀れっぽく声を上げた。
     硝子さんはうっすら赤くなった顔で足を崩しながら、ひらひらと手を振って見せる。
    「あー、大丈夫。そのうち迎えが来るから」
    「迎え……ですか?」
    「そう────ほら、噂をすれば」
     がちゃ、とノックもなしに玄関が開く音が聞こえた。
     続け様、短い廊下の方からぬっと顔を出したのは、何と五条先生である。
    「よっ、みんな。僕だけ除け者にして楽しんでんじゃーん」
    「……連絡してやったでしょ。仕事で来られないって言ったの、そっちじゃないか」
     にこにこと笑う五条先生に硝子さんが呆れたような流し目を投げかけ、顎でしゃくる。
    「ほら、先輩そこだから。宜しくね」
    「はいはい、了解ですよぉ。…………おーい、歌姫ぇ」
    「……?」
     しゃがみ込み、つんつん、と頰を突かれて歌姫先生が薄目を開けた。
     睨む。
     よく見えないのか、何とも微妙な顔つきで首を傾げる。
    「…………。ごじょお……?」
    「そだよ、悟くんだよ。迎えに来たから、一緒に帰ろ」
    「………………………………、ん」
     てっきりまたごねるかと思いきや、しばしの熟考の後、歌姫先生は軽く頷いて両手を前に突き出した。それは明らかに、だっこ、の催促をするポーズである。
     五条先生は可笑しそうに笑いながら手を伸ばし、そのまま歌姫先生を抱え上げた。
     ひょい、と軽々抱えられ、歌姫先生はすっかりご機嫌である。にこにこ笑いながら五条先生の肩に擦り寄って、太い首に縋り付いた。
     そしてその時、さとる、と。
     掠れた声が、ふにゃりと響くのを聞いた。
     思わず目を見張って凝視すれば、こちらに気づいた五条先生が悪戯っぽく笑う。擦り寄る歌姫先生をしっかりと抱え込み、僕だけに見えるように、しぃ、と唇を歪めた。
     その口を、そのまま、髪を掻き分け露わになった白い額に押し当てる。歌姫先生は目を細めた。喉を鳴らす猫のような表情で、うっとりとしている。
    「……っ」
    「じゃあこれ、回収してくな。あとはごゆっくりぃ」
    「ん」
     五条先生の言葉に、じゃあね、と硝子さんは軽く頷く。
     ばたん、と大人二人の背中を飲み込んで閉じた扉を呆然と見詰めた。
     そして、振り返る。
     …………誰とも、目が合わない。
    「あの」
    「言うな憂太。私らは、何も、見てない」
    「しゃけ」
    「……」
    「口に出さないほうが、幸せな事実もある。な?」
    「…………」
     ぽん、とパンダくんが僕の肩に手を置いた。何やら悟りでも開いたような様子である。
     助けを求めて視線を彷徨わせ、硝子さんと目が合った。
     説明を要求して縋るように見つめれば、残りのビールをぐっと呷り飲み干すと、清々しく笑って見せた。
    「乙骨」
    「は、はい」
    「公然の秘密って、意味、わかる?」
    「…………はい……」
    「私達はね、そこに、秘密がある、ってことだけ知っていれば、それで充分なんだよ」
     深入りは火傷の元だと可笑しそうに呟いて、ぷしゅ、と新しいビール缶に手をかけた。
     ……このあと、五条先生と歌姫先生は付き合っていないのだと聞かされて、頭を抱えた。



    【虎杖悠仁/後】
     みんな、意味深な台詞ばかりで誰一人としてまともに答えてくれない。
     ので、もういっそ、当たって砕けることにした。
    「センセー! 先生って、京都の女の先生と付き合ってんの!?」
    「え? 違うけど?」
    「は──」
    「──────はあ!? 何それ冗談きっついんだけど! あんな人前でべたべたしといて、他人だっていうわけ!?」
    「……く、釘崎、重い…………ごふッ」
    「てっめえレディに向かって重いとは何だゴラァ!」
    「ご、ごめ……」
    「レディは普通腹パンしないし、そんなごりごりのヤンキー口調で喋らないんじゃね?」
     けらけらと突っ込む五条先生の傍ら、隙だらけの腹に一発見事に拳を見舞われた俺は蹲る。酷い。釘崎が聞けっていうから、聞いたのに。後ろから飛び掛かって頭を押さえ付けた挙句殴るとか。
     けほりと咳き込んだ俺をよそに、当の釘崎は、今度は五条先生に詰め寄っている。
    「とぼけてんじゃねえぞこのすっとこどっこい! カノジョじゃなけりゃセフレだとでも!? この乱行教師が!!」
    「うわーすごぉーい野薔薇ぁ、よくもまあ担任の先生に向かって、そんなすらすらと暴言吐けるねえ? 名誉毀損で訴えたら勝てそうなんだけど」
     胸倉を掴んでガタガタ揺さぶる釘崎相手に、ていうか思い込み激しすぎない、と五条先生は肩を竦めた。
    「付き合ってないけど、別に、他人だなんて言ってないじゃん。身内も身内、ちょー身内だから。手術の同意書にサインできるレベルで」
    「え」
    「は?」
    「────おっとぉ。ちょーっと口、滑らせすぎちゃった」
     二人ともしつこいんだもんなあ、と先生は笑って、釘崎を押し退けるとソファから立ち上がった。
    「っ」
    「これ以上は、ひ、み、つ。誰にも言うなよー? 僕ってば優秀過ぎて嫌われてるしぃ、面倒臭い連中には、まだ知られたくないんだよねえ」
    「「……」」
    「ま、バレたところで、何もさせないんだけど。でも歌姫、あれで心配症だからさ。過保護にしても怒られるし、まだ働きたいみたいだし、仕方ないから、今のところ他所行きは他人行儀ってなわけ」
    「「…………」」
     の、割には、とても堂々といちゃついていたように思うのだが。
     釘崎と揃って胡乱な目を向けたところ、五条先生はへらへら笑って「京都の連中はいいんだよー、ああ見えてみぃんな、歌姫先生大好きだから」と言う。
    「ああいう連中にはむしろ、見せつけとかないと。なにせ歌姫は僕以外だと異様に愛想がいいからねえ、ちょーっと優しくされて、自分でも手が届くなんて勘違いしちゃったら可哀想だろぉ?」
     ──────僕の女なのに。
     にい、と唇の端を吊り上げて嗤う。
     釘崎と揃って、思わず俺は顔を引き攣らせた。どこをどう見てもラスボスの笑い方である。怖い。
     どん引きで動きを止めた俺たちを置き去りに、先生はさっさとどこかへ行ってしまう。妙にご機嫌で、鼻歌混じりだった。取り残された釘崎と二人で胡乱な顔をしていたところ、暫くして、窓の外から女の悲鳴と怒声が聞こえて来る。
    「ッ馬鹿! この馬鹿が! 生徒の前で何してくれてんのよ!?」
    「えーっだってえ、歌姫、もう帰っちゃうんだろぉ〜? さびしーじゃん、さよならにちゅーくらいしとかないとさあ〜」
    「セクハラで訴えるぞ!」
     宿泊していた寮からぞろぞろ出てきた京都の一行が、往来で抱き合い騒ぐ二人を見て白い目を向けている。やはり、いつものことらしい。皆が皆、揃って明後日の方を向いている。
     にしても頬にキスをするだけでこの騒ぎ、顎下に繰り出された掌底の鋭さにしても、歌姫先生の嫌がりようは少々過剰に思わないでもない。それを余裕で回避し、拘束して、強制的にスキンシップを続行する五条先生も五条先生なのだが。こんな烈しい喧嘩をしておいて、本当に、恋人以上の関係なのかこの二人。
     ────ただ。
    「歌姫。…………」
    「ッ!!」
    「じゃあな。次会う時まで死ぬなよー? 弱っちいんだからさー」
    「じゃあかっしいわ!」
     耳元で五条先生が何やら囁くと、歌姫先生は目に見えて顔を赤くした。ぼ、と火が出そうな勢いで頰を熱らせてすかさず拳を振り上げるも、今回ばかりは照れ隠し以外の何物とも思えない。五条先生がひょいと後ろに飛び退いて、にやにやと嬉しそうに笑いながら、いってらっしゃいと手を振っている。
     怒鳴ってそっぽを向いてそれきりかと思いきや、歌姫先生は生徒を伴いずんずん先に進んだ後で、ちらりと振り返り、ほんの小さく手を振りかえした。
    「………………」
    「これは……あれだわ。犬も食わないわ……」
    「だな……」
     関わるな、と言われた意味が、骨身に染みた。
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