「お前金髪もうやめろ」
武道が高校も行かずに反社化していく東卍の幹部として落ち着いてきた頃、その不満は爆発した。
「あとリーゼントもな」
「千冬が黒にしたろ。お前も黒にしろ。
金髪リーゼントがうろうろしてたら下っ端にしか見えねんだよ」
「お前らひどくない!?」
溝中五人衆は相も変わらず武道を中心に回っていた。
年を経るごとに人相も悪くなり体つきはごつくなっていった。武道以外は。
武道だけが中学時代と大して変わらないのだ。
幹部としての威厳がない。由々しき事態だった。
髭を生やしても体毛が薄く貧相で、シークレットブーツを履かせたら転び、高級ブランドのスーツを着せても七五三感がぬぐえず。コケ脅しに刺青やピアスを勧めても泣いて嫌がるから話にならない。刺されたり撃たれたりの傷跡は残っているくせに。
髪を黒染めして整える役はもちろんオレに任された。千冬は武道の右腕として忙しくしているし、タクヤたちもそれぞれ下っ端をまとめている。二人きりになるのは久しぶりな気がした。
うつむいた武道はやっぱり中学生の輪郭で。
「ねぇ、あっくん。
オレたちどうなっちゃうんだろうね。
喧嘩に明け暮れてた頃はよかったよ。オレは弱いしみんなに頼りっぱなしだったけどさ、楽しかった。勝った時マイキー君が褒めてくれるのも嬉しかったよ。
怖いんだよ…喧嘩じゃなく暴力に慣れていくことがさ」
武道の声は震えていた。
喧嘩をすればいつだって地面に転がるのは武道の方だった。それでも立ち上がって相手の腰にへばりつく。ラッキーパンチが入ればよし、それでなくても武道のしつこさに相手が音を上げる。傷が沁みるとべそをかきながら、それでも晴れやかに笑っていたのだ。
だけれど今は吸収した組織がサツに目を付けられるような失態を犯したり、裏切り者が出た時。泣き喚く男たちを縛って鉄パイプでぶん殴る。自分たちで手を下さなくともそれを見守らなきゃいけない。弱気になれば寝首を掻かれるからだ。
裏切り者の頭が凹んで血をぶちまけたのを最初に見た時、武道はかわいそうなくらい青ざめていた。オレたちで隠してヤサに連れ帰ったのを覚えている。
もう引き返せないところまできている。堂々としてもらわねば困るのだ。
「オレたちも千冬も、お前についてくよ。
お前は何もしなくていい」
武道の弱音は聞かなかったことにした。ここだけの秘密。
武道は目元をぬぐってにかりと笑った。
「どうよ!大人の魅力出ちゃった?」
戻ってきたタクヤたちの前で武道がドヤってくるりと一回転。若返ってどうすんだよ、と誰ともなしにツッコミが入った。金髪リーゼントより多少マシとはいえ、黒髪天パでどんぐりまなこのこいつはやっぱり威厳なぞ出るわけもなく。
「とりあえず髪伸ばして様子見るか…」
ぶうたれる武道の頭をかきまぜた。
「稀咲からの殺しの依頼だ」
暴力は嫌だと泣いていたお前を見殺しにした。
その罰なんだろうか。武道は殺す相手を碌に見もしなかった。
本当にいいのかよ。相手は橘だぞ。
そう言えばよかった。でももう今のお前はオレの言葉に耳を傾けてくれない。
傍にいる千冬の言葉なら?
なぜ千冬は武道を止めてくれないんだ。
マイキー君たちは組織の運営をほとんど稀咲に任せていた。稀咲は権力を使い放題。
古株の東卍メンバーすら稀咲の顔色を窺わなきゃならない。
どこで間違ったんだろうな。
多分、暴力は嫌だって泣いてたお前を連れてみんなで逃げればよかった。
ボコボコにされても怪我だけで済むなら儲けものだったはずだ。
ごめんな武道。
いつの間にかお前を矢面に立たせてた。泣き虫のヒーローだなんて言って、逃げ道を塞いで。橘を殺したら、オレも死ぬから。
それで許せとは言わないから、お前がまた泣き虫に戻れるように。
了