みっち誕(公開しわすれ)♪~大人をからかってイケナイ子、べそかいたって済まされないよ
ハスキーな声で色っぽく歌う少年が、初恋の子だなんて。
8年ほど前に広告業界で引っ張りだこの子役がいた。
みっちゃん、と呼ばれていたその子はふわふわの黒髪に大きな青い目をした愛嬌のある子で、カレーライスのCMに出たのがデビューらしい。
こまっしゃくれたところもない、のびのびとした性格が好かれて一躍有名になったものの流行り廃りの激しい世界だからいつのまにかいなくなっていた。
子役とはいえ芸能人である。その芸能人に初恋を奪われたのが。
「みっちゃん…みっちゃんに会いてぇ」
録画したビデオテープを擦り切れるまで見続けている暴走族の総長がいた。
佐野万次郎当時七歳。クルクル天パに青い瞳のその子を見て、天使って本当にいるんだと感動したのだ。クラスで一番かわいい子に告白されたって、みっちゃんに比べれば芋であると断言できた。オレはみっちゃんと結婚すると吹聴していたもんだから女子が告白してくることはめっきり減って、直接馬鹿にしてきたやつはぶっとばした。
そして現在に至るまで拗らせているのである。好きな食べ物はお子様ランチやどらやきとかなり偏っているし固執するあたり、恋愛に対しても同じだった。
「みっちゃんがうちの学校いるんだって」
集会後、バイクで走った後のコンビニ休憩で一虎が何気なく放った言葉に頭が真っ白になる。
「ほら、マイキー部屋に飾ってたじゃん。みっちゃんのチラシ。
青い目でクルクル天パのやつがいて、もしかしたらみっちゃんじゃね?って騒がれてさ。
どうも本当らしくて、じゃあわが校の㏚のために歌ってくれって今度の文化祭で校長直々に頼まれたらしくてさ」
デビュー曲のチョコミントあいすくりーむ。デビュー曲と言ってもその1曲しか出なかったから所謂一発屋というやつなのだけれども。
近年の凶悪犯罪のせいで警戒が厳重な小中学校は文化祭へ保護者以外を招待する風習はない。よその学校のマイキーはどうあがいてもその姿を見ることができない。
そんなことで諦めるマイキーではなく、一虎のジャージを借りて大溝中の生徒に成りすますことに決めた。
文化祭当日、体育館ではなく校庭に簡易のステージが設けられていたが噂が広まっていたらしく生徒以外も保護者らが集まっていた。
背の低いマイキーはでかい人間が前にいると全くステージが見えない。本当は真ん前を陣取りたかったものの、下手に騒いでよその学生が混じっているとバレてしまっては元も子もない。
ステージの中央に立ったのは金髪の、一昔前の不良みたいなやつだった。
え、嘘。アレが?
まじまじと顔を見れば、確かに目はでかいし青く見える。
曲が始まる。
でもチョコミントあいすくりーむのイントロじゃない。ピポピポ電子音がするはずなのにギターソロだ。
結局彼は自分の持ち歌ではなくカバーを1曲歌って、周りに急かされるように舞台から降りた。
マイキーは歌い終わった瞬間の、ざまぁみろという少年の顔に釘付けになった。
あぁ、好き。
嗜虐的に細められた青い目にぞくぞくした。
初恋は叶わないなんて言うけど、同じ相手に二度も恋したらそのジンクスは適用されなくね?
母親の友達が、タケミチ君ってかわいい顔してるからちょっとTVに出て見ない?なんて軽く持ち掛けたのがきっかけだった。
母親も母親で子役の親になったらセレブになれる、みたいな漠然とした憧れがあったようで乗り気だった。
カレーを食べておいしいね!と笑うだけだったのに、大勢の大人とカメラに囲まれたためにガチガチに緊張して何度も撮り直しになった。
こりゃ駄目だ、という空気が流れ出したラストチャンスでなんとか撮れたのがあのCMである。
所詮は素人臭さがウケて有名になったのだ。
中性的な見た目から、根がヤンチャであるために男の子らしく成長していく様子にいつの間にやら人気はなくなりあっという間に干されてしまった。
学校では常にからかいの種であったし、持ち歌なぞ廊下を歩けばくすくす笑いとともに聞こえてくる。
変わらず接してくれたのは幼馴染のタクヤだけだった。
どうせ5年も経ちゃ忘れるさ。
しかし中学に上がって、再び過去が追いかけて来た。
もうほっといてくれ、と癇癪を起したかったが、トントン拍子に外堀を埋められていく。
実は子役として人気が出た頃、花垣家は家庭崩壊の危機だった。
母親はタレントのママとして武道につきっきり、父親は普通のサラリーマンとして働いていたため家庭に不和が生じてしまった。
子供心に自分のせいで喧嘩をする両親に心を痛めていた。干されてその実ほっとしていたのだ。
今更ふざけるなよ。
調子のいいことを言う大人にうんざりだった。唯一の持ち歌、チョコミントあいすくりーむの音源を際どい歌詞の曲とすり替えたのは意趣返しだ。
問題児と思われた方が後々楽だろう。そんな簡単な考えだった。
しかしそれが別な厄介ごとを引き寄せようとは、夢にも思わなかったのである。
彼らが出会うまで、後―――。
おわり