君無しじゃいられない「ケンチンさぁ、なんかタケミっちの後ろ陣取ってない?」
マイキーに指摘されてはっと気が付く。
オレが抱き着くのにチョー邪魔!とお冠のマイキーを尻目に、かなりのショックを受けるドラケン。
あの背中にまた背負われたいとか。
体格差を考えれば相手にとって迷惑極まりないだろう。同じくらいの体重であるマイキーが飛びついただけで半泣きになっているのだ。
大型犬にリードごと引きずられる子供の図が浮かぶ。
やめだやめ。あいつは1個下の、どこにでもいる泣き虫のガキだ。
頼りたいなんて。そんなわけ。
ケン坊はきっとでっかくなるね。
あたしも息子がいたんだ。でも置いてきちゃった。
熱を出して寝込む幼いドラケンを看病してくれた嬢がいた。20代半ばのヤンキー崩れ。男に騙されて借金まみれ。そういう身の上だったと思う。
母親を知らないドラケンにとっては彼女たちの優しさやぬくもりがそれの代替品で、彼女たちもどこかに置いてきた家族のぬくもりらしきものを彼にあてはめていた。
入れ替わりの激しい業界だ。女は取り換えが利く。
出ていった先で幸せに暮らせばいいが、ただ店を移っただけ、逃げ出して借金取りにもっとひどい所に沈められた嬢もいただろう。
愛着も執着も持ってはいけない。虚しくなるだけだ。父母も家もない身の上で自分のものなんか何一つなかった。
誰かにすがるんじゃなくて、自分の足で立てる男にならなくては。
ずっとそう目指してきたのに。
「ドラケン君、最近ずっと難しい顔してる。
悩み事っスか?」
いつの間にかたまり場になっている武道の部屋。初めて訪れた時こそ大乱闘してしまい、出入り禁止にされると思ったがドラケンの見た目に反する礼儀正しさでなんとか好印象を得、今に至る。溝中メンバーが入り浸ることが多かったが、マイキーやドラケンがたびたび来るために鉢合わせたくないために事前連絡しあっているらしい。
閑静な住宅街にあって何かと雑音の多い自分の家とは大違いだ。
何がまずいって、今武道と二人きりであることだ。マイキーとセットで訪れることが多かったが、特に示し合わせたわけでもないからマイキーはエマと珍しくでかけたらしかった。
となると余計に暇だという思いになり、自然と武道宅に足が伸びてしまった。
「帰る」
「え、来たばっかなのに!?
待ってくださいオレもコンビニに…!!」
行く当てがないから武道の所に来てしまうなんて、余計に頼っているみたいじゃないか。
気恥ずかしさでいつもより大股になる。近所のコンビニはとうに通り過ぎたのに、武道は短い脚で一生懸命ついてきた。
「ケン坊!」
懐かしい声だった。
「あんたケン坊だろ。でっかくなって…まぁまぁ刺青なんて生意気」
久々に見た彼女は、なんだか少し丸くなった気がした。痛んだ茶髪は緩いパーマがかかっていて、スケスケの短い服なんかじゃなくアイボリーのシャツとデニムを履いた普通の女性だった。
抱きしめてもらった時はすっぽりと包まれていたのに、今の自分は彼女の頭2つ分ほど大きい。
「今この近くに住んでるのよ。あら、友達?」
ども、と息を切らした武道が頭を下げる。
言葉がうまく出ない。店からいなくなった彼女がどうなったかなんて、きっとよくないことだと思っていたから。
「昔の仕事のことはさ、この先誰にも言えないけど。
でも今は幸せだよ」
こんなあたしでもいいって、貰ってくれる人だったから。
お世辞にも美人とは呼び難い、それでも快活に笑う人だった。
「幸せになるの、諦めちゃだめだよ。
あんたは我慢強いから、我慢しすぎてしんどいのわかんなくなるでしょ。
ねぇボク」
いきなり話を振られた武道は、えっと、と言葉を詰まらせたが、
「そっスね。ドラケン君、大人っぽいからついつい頼っちゃうんス。
でも1個しか違わないんだから…もっと頼っていいと思いますよ」
ぎゅっと喉の奥で変な音がした。泣きたい。人前で泣いたことなんかほとんどないのに。
「オレ、こいつに守ってもらったんだよ」
ホラ、と武道の手の甲を見せる。
目を丸くした彼女は
「あんた…なんか危ないことしてるわけ?
裏界隈で生きるのだけはやめなよ。命がいくつあっても足りやしない。
ボクも!」
叱られた武道がビクッと肩を震わせる。
「ありがとね。この子守ってくれて。
でも二人とも、危ないことだけはやめなよ」
彼女の背を見送り、二人してコンビニに入った。
「頼っていいって、言ったよな」
武道の部屋へ戻ってきて、妙な緊張感の中切り出されたのは。
「えと…金は大して持ってないデス…」
剣幕にビビった武道は自分のベッドを背にぴったりとくっつけてそれ以上下がれない。
「……しい」
「え?」
「また、背負ってほしい」
「えっと、ドラケン君を?」
今にも人を殺しそうな顔で言われて拍子抜けする。そんな思いつめてまで。
それでもプライドと葛藤があったのは理解できる。彼は身も心も男前なのだ。
その彼が腹をくくって打ち明けたのだ。受け止めない奴はダチじゃない。
こちらも妙に男前だった。
「うーん…背負うのはちょっと無理かもしれないですけどこっちなら」
言って両手を広げる武道に面食らうドラケン。
「あ…あれ?」
ぎゅん、と心臓が変な音を立てた。
おずおずと手を降ろそうとする武道をおもむろに抱き込む。
ヒェ…と蚊の鳴くような声を出す武道。
「クッソ、お前ずる過ぎるだろ…
かっこいいのに可愛いとか…だせーのに可愛いとかよぉ…」
「だせーは余計っスよぉ」
お互い赤面してるせいで離れられない。冷静になれば武道の部屋で二人きり、抱き合っている少年たち。あれ?これは…
何か核心に触れそうな、そんな時。
「たーけみっち遊びに来~っあぁ~~っ何してんだケンチン!!
タケミっちはオレの!!」
闖入者により、その何かはひゅんとどこかへ消えてしまった。
おわり