カップル 「香穂子~、彼氏もう来てるわよ~!」
昨日までは否定の言葉を反射的に返していた香穂子だったが今日からはそれを返すことはない。ヴァイオリンケースを担ぎ、通学鞄を手に取ると香穂子はそのままローファーを履いてドアノブに手を伸ばす。
「行ってきます!」
いってらっしゃい、と返したあと香穂子の家族たちは同意を求めるように見つめ合う。
「…彼氏じゃないって言わなかったわね」
「…ああ」
「もしかして、付き合うことになったのかしら」
「ま、まさか…!」
「いや~色っ気がなかった香穂子にもついに春が…」
香穂子の父は淋しさのあまり新聞を持つ手が震えるのだった。
***
「火原――、和樹先輩、すみませんっ!」
「ううん、全然待ってな――…えっ、ちょっと香穂ちゃん、もう一回言ってくれない!?」
呼び方が昨日までとは違うものになっていたことに驚き笑顔だった火原は頬を赤く染め、香穂子の方を振り返る。
「…和樹先輩?」
こてん、と小首を傾げて言う香穂子の姿に、可愛さに火原は幸せをかみしめる。
「っっっ~~~~……!」
「えっと…いや、でしたか?」
「ち、ちがうちがう!そうじゃなくて!う、嬉しくて…なんていうか、感極まったというか…あはは」
そう言って頬をかく火原が可愛くて香穂子も笑みを返した。
「じゃあ、行きましょう!和樹先輩」
「う、うん…あ、ちょっと待って。香穂ちゃん」
「?」
「行くまで…正門の前までは…手、繋いでいかない?」
「えっ」
「…だめ?」
「だ、だめじゃないです!だめなんかじゃ…っ、ただ普通科の私と付き合ってることがバレてしまってもいいのかなって…」
「なんで?」
きょとん、とした本当に心底そう思っているのだろうという火原の問いに思わず香穂子は驚いてしまう。
「だって香穂ちゃんは総合優勝だし、それに俺もそれにコンクールを見ていた人だってわかるはずだし…俺が、いいたいんだよ。俺の彼女がこんなに可愛くてかっこいい人なんだって」
「…」
「だから、だめ…かな?」
「だめじゃ…ないです」
そう、香穂子が折れた途端やった、と嬉しそうに火原は笑い香穂子の手を取った。
「じゃあ、行こう。香穂ちゃん!」
「あははっ、はいっ!」
一緒に登下校はしてきたけれど、恋人になって初めての登校でありそれは二人を笑顔にする魔法であった。学校へと向かいながら他愛のない話をする。それでもきっと特別なのは二人の関係が明確なものへと変化したからで、そんな二人の様子は誰から見ても仲良しのカップルとして映っていた。
-Fin-