可愛い唇 「耳かき、ですか?」
私の問いかけに悪虂さんはにっこりと笑って頷いた。話を聞くところによると白月さん、はたまた瀬見さんからか。人間の夫婦や親子がする、仲を深める行為という風に聞いたらしくしてみたいと私に申し出てきたのだ。
「いいですよ」
そう頷けば嬉しそうな顔をして、そして悪虂さんは自身の膝を叩いた。いつの間にかその手には耳かき棒が握られてあった。
「そ、そっちなんですか!?」
「ええ。ほら、私は角がありますし…それ以外としても、しのさんにしてあげたいんですよ……だめでしょうか?」
しゅんとしたように言われてしまえばだめとは言えず遠慮がちに悪虂さんの膝の上に頭を置くようにして寝ころんだ。
「安心してください、童たちに練習台になってもらったので」
その様子を想像して、微笑ましくて思わずにやけてしまう。身構えてはいたけれど予想とは反対に悪虂さんの手つきは優しく、耳元で聞こえる悪虂さんの声に私はドキドキされっぱなしだった。
「こちら側に向いていただけますか?」
「は、はい!」
言われ向くがさっきも近く感じたのにもっと近くに感じて全身の熱が広がっていくように感じる。
「おや、」
耳元でささやかれた声に思わずびくりと身体が震える。
「しのさん、耳まで真っ赤ですよ」
「そ、それは…悪虂さんがその…ち、近いので…」
言葉を発するうちに意識しすぎてしまってまた熱さを感じてしまう。
「しのさん、」
「え――」
耳に軽く悪虂さんの指が触れる。優しく、割れ物に扱うような手だった。その手に驚いて頭を動かし上を、悪虂さんの方を見れば甘さを宿した悪虂さんの瞳と目が合った。
――時が止まったかのように感じて、息を呑む。
「しのさん、」
また名前を呼ばれはっとして顔を上げると私の唇に悪虂さんの唇が重なった。
「!?」
「ふふ、熟れた林檎みたいだ」
「あっ、あくっ…あくろさっ……!?」
何か言おうとすれば長い指がぴたりと私の口に押し当てられる。そして、ゆっくりとなぞられた。
「そこに、あなたの可愛い口があったので」
……そうだ。この人はこういう人だったと思い出し、こんなにも心が揺さぶられてしまう自分にもまた悔しくなる。けれどこの人の前だとそれもまた無理な話だということも分からせられてしまう。
「…耳かきは、もういいんですか?」
「ええ、あなたのほうが大事です」
そう言ってまた悪虂さんは私に口づけをする。私もまたそれを受け入れ悪虂さんの大きな背に腕を回す。悪虂さんの足は痺れていないかな、なんてことを考えながら悪虂さんの寵愛を深く受けるのだった――。
-了-