頭の中の君 「ふぅ、」
息を吐きパタンと一冊の本を時尾は閉じる。酒盛りをし、部屋へと戻った斎藤は妻のそんな姿を見て…妻の持つその本を見て一気に酒は抜け顔は青白く染まっていた。
「と、時尾ちゃん!!??」
「あら、五郎さん。おかえりなさい」
「ただいま…じゃなくて!その本…全部、読んだの?」
「ええ、今し方」
ますます顔を青くさせた斎藤は正座をする。斎藤は新撰組の生き残りという意味でも多くの本が残っている。そしてそれは英霊としてある斎藤一を形作る一つのものとなっていて…時尾が手に持つ本の中には時尾を妻とした後のこと…時尾のいない島で、頼まれ仕方がなく一人の娘を抱いたことが書かれてあった。
「怒ってる?」
「別に、ちっとも」
怒らないほど失望されたのか…と更に顔を青くさせる斎藤に小さく時尾をため息を吐いた。
「何を勘違いされているか知りませんが本当に怒ってないですし、あなたのことを嫌いになったわけでもありません」
「…本当?」
「本当、です。もっと彼女に対してあなたからの愛情があったのならそりゃ怒りましたし…嫉妬したのでしょうけれどあなたは最初は断っていましたし…、それに、それに…あんな最期を遂げられてはそれこそ死者への冒涜となるでしょう」
その言葉に斎藤ははっとする。そうだ、と。時尾はこう言った女だったと思いその後の時尾と再会した後の褥でのことを思い出す。
「ですから怒っていません、仕方がのないことです…それに、」
と言って嬉しそうに時尾は笑った。
「あなたが思った以上に私のことを思っていてくれたことが嬉しいので、」
時尾が手にする本にはいつ、いかなる時でも斎藤が時尾を考えていることが事細かに描写されておりそれが嬉しいといじらしくも時尾は語る。そんな妻の姿を見て何もしないでいられるような甲斐性なしでは斎藤はなく、時尾を抱きしめた。
「…お酒の匂いがします」
「ごめん」
そう言いながら互いに笑い声を漏らす。
「僕は君が視界の端に映って、なんとなく気になるようになってから…いや、仲人をしてくれると言われた時から…いや、君と結婚してから…君と僕の間に確かな愛が生まれた時から君のことばかりだよ」
「そのようですね」
「ああ、困ったなあ。恥ずかしい」
「恥ずかしがるようなことではないじゃないですか」
私は嬉しいのに、と唇を尖らせる時尾。その唇を食すように口付け愛を深めていく二人。すっかり斎藤の中の酒は抜け、ただ時尾のことばかりを考えていたーー…
-了-