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    あごだし

    @agodashiumashi
    基本文字書きの落書き置き場。

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    あごだし

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    #シチカル
    sitzcal

    くわの実のジャムを 大きな鍋をのぞき込むと、血のように赤黒い液体が、グツグツと煮立っていた。底が焦げ付かないよう、シチロウが木べらでゆっくりとかき混ぜるたび、半端に崩れた果肉が水面から顔を出す。黒に近い深いワインレッド色の果肉は、砂糖によって吐き出された同色の液体の中では明確な選別がつかず、なにかの臓物のように見える。手に持った「人間の生態のすべて」という古めかしい本が、余計に生徒たちが騒ぐ噂話――バラム先生は生徒で実験をしているというのを増幅させている気がしてならない。
     まぁ、彼が私室化しているスペースまで入り込んでくる生徒はいないから、この姿を俺以外の誰かに見られることなどないが。
     昨日の晩というより、今朝まで仕事をし、どうせ今日は休日だと思い、シチロウの部屋に泊まった。映画でも見て、昼を一緒に食べたら帰宅しようと思ったのだが、彼は今日ジャムを作ると決めていたのだそうだ。昨日の放課後、女性陣がキャアキャアと騒いでいたが、まさかシチロウまで一緒になって果物を収穫しているとは思わなかった。
     魔ルベリー、別名、桑。
     新しい植物用栄養剤を開発したシチロウが、何を植えて実験しようかと考えていたところ、ライム先生が魔ルベリーを提案してきたのだそうだ。本来ならば初夏に実をつけるのだが、植物の母にかかれば季節など関係ない。一瞬にして育ちすぎた大樹は、膨大な量の実をならせたのだそうだ。女性陣が総出で収穫し、男子寮にも御裾分けがあったらしいが、それでも量が多すぎた為、本日ジャムを制作する運びとなったのだという。
     鍋をのぞき込むのをやめ、近くのソファへと移動した。単純作業中であったため、後ろから抱き着いてあの筋肉を楽しもうかと思ったのだが、読書に集中しているようだったからやめておく。ああいうときに邪魔をすると、本気で怒るからな。例え、何度も読んでいる本であっても。
     ローテーブルに放置されていた図鑑を手に取り、しおり代わりに千切った裏紙が挟まっているページを開く。
     桑に関する説明だった。
     艶やかな極小の実が密集した果実の中に、ビタミンやポリフェノールが豊富に詰め込まれていて、アンチエイジングになる。しかも、コラーゲンの生成を助け、免疫も高めてくれるという。なるほど、体にはいいようだ。
     鍋近くの作業用机には、大小さまざまな空き瓶が並べられている。一番大きいサイズは、自分の分とダリ先生の分、スージー先生の分だろうか。若手たちとはあまり話はしないが、恩師らとは学生時代から仲がいい。二人を通して、各教師寮にジャムをおすそ分けするつもりなのだろう。中くらいのサイズは、ブエル先生や自宅で暮らす先生分と、小分けに保管しておく用で、小さい瓶は来客用といったところか。苦い魔茶にジャムを入れて飲むと美味しいと、前に言っていたことがある。彼の弟子やイルマたちに振る舞う魔茶に、スプーン一杯分を添えるつもりなのかもしれない。ああ、そうだ。あの瓶の中には、オペラ先輩というか、あの家族に対する物もあるだろう。シチロウは、やさしい悪魔だからな。
    「それ、俺も食べるぞ」
     火を止めて本を閉じたところで、声をかけた。
    「え、保存食だし、砂糖たっぷりいれちゃったよ?」
    「食べる」
     シチロウは「えー」と困ったように目を細め、マスクに手をかけた。その姿があまりにも可愛かったから、自然と口角があがる。俺が意思を曲げるつもりがないのを感じ取ったのか、今度は「うーん」と首を傾げだした。
    「じゃあ、ジャムを詰め終わったら、ジビエ肉でも買いに行こうか。お肉のソースに使ったら、カルエゴくんでも食べられるでしょ」
    「手伝おう」
     赤黒くドロリと粘る液体を、清潔な瓶へ移し替えていく。まだ熱いが、魔力で浮かせて作業しているので関係ない。
     なによりも早く、出かけたかった。



     俺の家のそばにある商店街まで飛び、色々と買いそろえることにした。学校のそばでは極力買い物はしたくないし、ここの商店街には美味しいものや珍しいものが揃っているのだ。馴染みの肉屋に行く前に、いくつかのスパイスを購入した。エメラルドグリーンの小さな粒は、今回の料理には使わないが、とても希少なものらしい。なにに使うのかはわからないが、シチロウと店主はとても楽しそうに話していた。彼は忙しくてあまり料理を作らないが、作るとなると凄く凝るのだ。一度など、六日間かけて骨から出汁をとって作った魔―メンを食べさせてくれた。生涯で、あれ以上美味い魔―メンには出会えないと言い切れる。六日間分のシチロウの時間がスープに溶け出し、俺の血肉となったのだ。あれほど甘美な食事はない。
    「いいスパイスが手に入ったから、今度、魔ダコを採りに行ってくるよ」
     ホクホクとした顔で、彼は買い物袋を覗き込んだ。凝性の血が騒ぐのだろう。
    「わざわざ狩りにいくのか?」
    「え、だって。カルエゴくん、魔ダコ好きでしょ?」
     そりゃあ、まぁ、好きだが。
    「君、ウォルターパークで言ったこと覚えている?」
     あのホテルでも、彼とはたくさん話した。なんのことを言っているのかわからなくて、小首を傾げて片肩をあげる。
    「僕に食事を運んできてくれた時、『俺が選んだもので、お前の細胞が作られるかと思うと、ゾクゾクするな』って言ったんだよ」
     そういえば、言ったな、そんなこと。
     朝食、昼食、業務の間の一服。一緒に食べることは日常的だが、俺は子供のころから食事は給士される側だったため、自然とシチロウが俺に提供していた。
     自分ひとりで食べる分には、適当にチャチャッとチャーハンなんかを作ったりはするが、自炊が好きなわけではない。振舞うような腕前でもないため、長い付き合いではあるが、彼に食事を作ったことなどない。だから、この俺が、シチロウのために食事を用意――たとえホテルのバイキングでも、なにが食べたいかを考えて選び、持っていくなどということをしたのは、自覚している中では、アレがはじめてだった。
    「言われて、『ああ、僕が君に魔茶を淹れることに喜びを感じるのは、求愛行動のひとつだからだったんだ』って自覚したよ」
     だから、本当は今日のジビエ肉も、買うのではなく狩りに行きたかったと、シチロウは苦笑いを浮かべた。
    「君だって、僕が作ったもので細胞を作りたいから、ジャムが食べたいなんて我儘、言い始めたんじゃないの?」
     シチロウが大きな手で、俺の手を掴んで、包んで、絡めた。獣がじゃれあうように、指同士をさすりあう。
    「君って、本当、僕のこと好きだよね」
     子供のときのような、少し生意気な物言いに、フッと片方の口角を上げて笑った。
    「お前だって、相当、俺のことが好きだろう」
     繋いだ手を上げて、ゴツゴツとした手の甲にキスをした。
    「パンに塗って出せばいいだけなのに、ちゃんと俺が美味しく食べられるよう肉まで用意するとは、他の悪魔にはしないサービスじゃないか」
    「他の悪魔たちにするわけないでしょ」
    「どうだか。毎日、他の悪魔たちにも魔茶を淹れてやっているじゃないか」
    「カルエゴくんのついでだって、知っているくせに」
    「イフリートの炎で焼いた芋を、毎年楽しみにしているだろう。ダリ先生が、今年も魔シュマロを買っていたぞ」
    「カルエゴくんも一緒に食べようよ。今年は里芋も焼こうかって、スージー先生と計画しているんだ~」
    「甘くないのなら、食べよう」
     他愛ないことを話していると、目当ての肉屋に着いた。ちょうど、緋色子羊の骨付き肉が売られていたので購入する。真っ赤な、とても柔らかそうな肉だった。
    「あとはワインも買って帰ろうね。飲む用と、料理酒用と」
    「楽しみだな」
     彼が育てた実を、彼が朝早くから作ったジャムを、早くこの体に喰らいたい。その愛にまみれた栄養は、これから生まれ行くすべての細胞に行き渡るだろう。
    「そうだね。腕のよりをかけて作るよ!」
     会計の時に離した手をつなぎ直して、酒屋に向かってゆったりと歩く。また、他愛ない話をしながら。
     あの図鑑はシチロウのもので、俺が読んだことも彼は知っていて。だから、互いに知っているのだ。
     桑、別名、魔ルベリー。
     花言葉は、【あなたのすべてが好き】あるいは――
    【ともに死のう】

    fin
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