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    さめのみや

    焼滅創作さめのみや

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    さめのみや

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    先日描いた漫画のつづきのようなもの
    ネアちゃんとエーダリア様の性別が逆転してます

    肋骨服と肉肉しい晩餐 果たしてこんな凶悪な魔術があっても良いものかと、ネアは荒んだ目で世界を呪っていた。

     ふう、と、吐いた溜め息は重々しく、いつものソファの三分の二を占拠しつつ前に組んだ手はひたすらに逞しい。肩あたりの筋肉がみしりと鳴るたびに、怯えた伴侶が慌てて肩を擦ってくるので、ネアはなんとも物悲しい気分になった。

     いま現在、ネアはとある愚か者が用意した魔術により、普段の可憐で儚い姿とは程遠い、筋骨隆々の大男にされてしまっている。
     とは言っても、ネアを巨人に変えてウィームの街を破壊させるべしと用意されたものでは、ない。

     ことの発端はいつもの如くジュリアン王子であった。
     傘祭りの準備を控えたリーエンベルクに、厄介な葉書が送られて来たのは今朝のこと。知る人ぞ知る不思議な貸本屋のお知らせを装ったその葉書に潜んでいたのは、特定の男女の性別を入れ替えるという、文字にすればシンプルな祝福だ。

     ネアとしては呪いではないかと断固の抗議をしたいところだが、この魔術は元々、すれ違いがちだったとある夫婦の仲を取り持つために編まれたものなのだという。ふたりの友人である浸透の精霊が、互いの性について深く知ることで、双方への理解を深められますようにと願いを込めたものだ。

     男女の間にはどうしても想像だけでは理解しきれない互いの苦悩がある。ネアも別の機会にその話だけを聞けば素敵だなと思ったことだろう。
     だがしかし。この魔術、お互いの性別が入れ替わった後の容姿を指定することができない。髪の色や瞳の色など、系譜に深く関わるところは変わらないものの、身長や体重、体型や年齢などが元々の数値と大きくずれてしまう例が多数確認されているのだ。

     今回性別を入れ替えられたのはエーダリアとネアだが、さして変化のなかったエーダリアに対し、竜にしてもちょっと大きめかなという見事な体躯と、鋼のような筋肉を持ち合わせた巨漢にされてしまったネアは、遺憾も遺憾と瞳を曇らせていた。


    (ドレスが似合わないのがこんなに辛いなんて……)


     ネアは今、ネアならなんでもいい伴侶に代わりノアが用意してくれた、紫紺がかったグレーのジャケットとスラックスに、薄色のシャツを合わせている。むちむちの身体になってしまった挙句服が苦しいと余計に悲しいので、胸元のボタンも少し開けてあった。大胆過ぎると頬を染めた伴侶が隙あらば閉めようとしてくるので困っている。

     当初はネアも、ドレスに挑戦しようと奮起はした。が、周囲にドレスを好む男性が比較的多いのだから自分もそれなりに着こなせるだろうと軽い気持ちでディノにサイズを変えてもらったドレスは、ものの見事に似合わなかったのである。

     考えてみれば当然なのだが、素敵なおじさまである師匠も、一見美女のように見えるダリルであっても、男性の身体に似合うよう丁寧にデザインされたオーダーメイドのドレスを注文しているからこその美しさなのであって、可憐な淑女のために作られたドレスには到底荷が重い仕事なのであった。

     着たいものが似合わないということは、とても悲しいことだ。
     かつて自分の髪色に似合わないからと、諦めた幾多の服を思い出し、じわりと涙が滲んでしまう。どうして今の自分はゼノーシュのような美少年や、ヒルドのような細身の青年ではないのだろう。

     あまりに目の輝きが死んでしまった伴侶に怯えたものか、当初はネアが増えたと喜んでいたはずのディノは、せっせとネアの口に鎮めのギモーブを運んでいる。
     なお、最近のアルテアが作るギモーブは中にぷちぷちとしたジュレが入っており、果汁みが加算されてとても美味しい。

     いつもより遥か下にある伴侶の頭を撫でつつ、可憐で華奢な淑女を筋骨隆々の大男にした罪は重いぞと、ネアは低く唸り声を上げた。


    「むぐるるるるるる……」
    「ご主人様……」
    「わーお、声が低いぞ……」
    「ネイ……」
    「つくづくジュリアンがすまない……」


     心底申し訳なさそうにしているのは、ネアと入れ替わりに女性になってしまったエーダリアだ。
     とは言っても、明らかに別の生き物になってしまったネアとは違い、多少身体が曲線的になっているものの、身長は男性のときとほぼ変わらず、元々の美貌も相まってさして差異のない仕上がりになっている。ノアとヒルドによる徹底的な検査が入ったので今は少々薄着だが、ローブを羽織ってしまえばぱっと見では女性だとわからない。
     声も普段より少し高いかなというくらいなので、知らない人間にこれがウィームの領主ですよとお出ししたならば、おやそうですかとスルーされてしまうことだろう。

     ネアはこれが格差かと仄暗い気持ちを抱きつつ、いやいやエーダリアは大事な家族であり立派な被害者なのだぞと己を戒めた。ただ、竜のようだなとちょっぴり羨ましそうに頬を染めたことは忘れていないので、ネアは今年の桃も楽しみにしているがいいと既に暗い決意を秘めている。


    「いえ、とうとう本気の祝福しか送れなくなった愚か者のしでかしたことなので、エーダリア様のせいではありません。そのかわり連中にはきっちりとアルビクロムの下水道の味を知らしめてやります……」
    「……これまでは、性別が入れ替わった後の体型は魔術可動域に沿うというのが定説だったのだが……」
    「ほわ、では今の私は可動域が増えていたり……」
    「……は、していないようだな」
    「ぎゅわ……」


     追い打ちに残酷な現実を聞かされたネアはいつもと同じ調子でぱたりと儚く倒れそうになったが、今の質量だと机がへこんでしまうかもしれないと慌てて腹筋に力を込める。幸いにして頑強な腹筋は今のネアの体重をやすやすと受け止めてくれたが、そのことにもちょっぴり悲しくなったので、ネアはへにょりと眉を下げた。

     ネアは己の存在が周囲を無為に傷つけてしまわないよう、伴侶の三つ編みをつまむようにそっと握る。遠慮なく引っ張って三つ編みが千切れたり、首がごきっとなってしまっては可哀そうではないか。


    (きっと魔物さんたちも、こうして持て余している自分の力に悲しくなってしまうのだわ……)


     彼らにも、心ならずも誰かを傷つけてしまって落ち込んだ日があったことだろうと、脆弱な人間らしく無理矢理自己を拡大して己を慰めようとした。が、ぐすんと鼻を鳴らす音ひとつとってもたいへん太々しいので、ネアは軽く絶望する。
     そうして伴侶がしょんぼりしているからだろうか。ディノがギモーブの袋を抱えたまま、心配そうにネアの顔を覗き込んできた。


    「ネア……?」
    「……ディノ、可憐とは程遠い見た目になってしまいましたが、こんな逞しい伴侶でも構いませんか……?」
    「勿論だよ。君はいつでも、どんな姿でもかわいいよ」


     卑怯な人間が答えを期待してかけた問いに優しい答えを返しつつ、伴侶な魔物は伸びあがって頭を撫でてくれる。ディノが本心からそう言ってくれたのが伝わってきて、ネアはぎゅっと胸の中を熱くした。

     つい伴侶を大事にしたくなる衝動に駆られたので、ネアはひょいとディノを膝に乗せ、絞め殺してしまわないよう細心の注意を払いながらそっと羽織りものになってみた。腕の中にすっぽりと大切な伴侶がいてとても落ち着くので、なるほどディノはいつもこんな気持ちなのだなと納得する。

     ただ伴侶の表情が少々見えにくいのが難点だなと覗き込めば、ぴっとなったディノにはきゃっと顔を隠されてしまった。しかし怪物に近寄られて慄いたのではなく、照れているだけのようなのでよしとしよう。そのまま頬を染めてもじもじと俯いてしまったが、自分の太ももより太いネアの腕を抱えてご満悦だ。


    「……もう伴侶が喜んでいるので良いかなという気分になってきました」
    「頼むから元に戻る気力を失わないでくれ……魔術の対象になった双方に必要なのだ……」


     ガレンの長たるエーダリアであっても、今のところ心を保つようにと懇願するしか手段がないのは、二人の祝福を引き剥がすのに、黎明に切り替わった瞬間の朝日が必要だからだ。

     ここにいる高位の魔物たちであればべりっと無理矢理どうにかしてしまうこともできなくはない。しかし、やはり正規の手段を使った方がより無理がないだろうと、ネア達は待機の方向で落ち着いたのである。

     また、間違っても雨が降らないよう、ヨシュアには既に伝達を済ませていた。ネアがより怖くなったと聞いて本日はリーエンベルクに近寄れないでいるヨシュアだが、明日の朝晴れにしてくれなければ城に押し掛けるぞと脅してあるので、きっと清々しい晴れ模様が約束されていることだろう。

     これが二日三日と続くのであればもう怒り狂って土地ごと滅ぼすしかなかったので、持つべきものは偉大なご主人様力であると、ネアは重々しく頷いた。


    「普段より頑丈そうなのはちょっと安心だけどさ、やっぱりぼくの妹はかわいい女の子がいいよね」


     さらりと嫌みなく言ってのけるノアだが、変わり果てたネアを見た瞬間銀狐だった兄がけばけばになったのを見逃してはいない。ちなみに服を用意してくれたことと燃えるケーキの予約を入れてくれたことで、そちらの清算はネアの中では済まされている。


    「むう……」
    「……いつもの口癖が歴戦の武将のようだな」
    「エーダリア様?」
    「す、すまない。つい……」


     まだ竜のような体格への憧れが拭えないものか、ぽろりと失言したエーダリアをしっかりと窘めた後、ヒルドはネアに向かってやさしく微笑んでくれた。


    「ネア様の魅力はなにひとつ損なわれてはおりませんが、自らの心に沿わない姿でいることはとても悲しいでしょう。私もネイもおりますし、勿論ディノ様にも、したいことがあればご遠慮なく口に出してください」
    「むぎゅ……ヒルドさん……」


     綺麗な妖精にやさしく慰められて、ネアはちょっぴり涙目になった。
     こういうときのヒルドの寄り添い方は、やはり群れを率いていた妖精ならではのもので、どれだけネアに優しくなったとしても、ただひとりの系譜の王として立つ魔物たちとは少し違う。

     普段と位置関係が違うので撫でやすい位置にあるネアの頭を、ヒルドは丁寧に撫でてくれた。大きな部下に対するそれではなく、手の中の大事な子どもにするような慈しみに、胸がほこほこする。
     となれば荒ぶってみせるのは、頭上でまざまざとご主人様の頭を撫でられてしまったディノであった。


    「ヒルドなんて……」
    「ふふ。では私は、膝の上の大事な伴侶を撫でてしまいますね!」
    「ずるい……」


     手が大きいと伴侶の頭が撫でやすいというのは初めて得た知見だったが、調子に乗って撫でまわしたせいできゃっとなった伴侶はぱたりと儚くなってしまう。ネアがぎゅっと大事にディノを抱え直したところで、方々へと調整を入れていたダリルが顔を上げた。


    「馬鹿王子に付き合わせて悪いね、ネアちゃん。もう少しだけ辛抱しておくれ」
    「首謀者がジュリアン王子の時点でなんとなく察してはいましたが、やはりエーダリア様を狙ったものだったのでしょうか?」
    「両方ってところかね。単純な嫌がらせになれば良し、魔物の心が歌乞いから離れればなお良し、と」
    「馬鹿だよねえ。僕の妹と契約者を同時に損なおうとするなんて」


     そのときノアが浮かべた笑みはとても悪いものだったので、エーダリアを狙った者たちはすでにどうにかされてしまったのだろう。しかし、魔物の心が離れると聞いて、ネアはのっそりと首を傾げた。


    「魔物さんの執着を甘く見てはいらっしゃらないでしょうか。歌乞いが損なわれたことで報復に走るのであればまだしも、姿かたちが変わったくらいで契約の魔物が歌乞いを見放すとは思えないのですが……」
    「ネアちゃんは内面が外側に引きずられないからね。まあ元々人間は肉体と魂が分かれてる分柔軟な方だけど、そうじゃない人外者は肉体の変化に心がついてっちまうことが多い。ここには自覚のあるやつもたくさんいることだろうしねえ?」
    「ありゃ……」


     覚えがありますとばかりに目を逸らしたノアは、今でこそスマートな塩の魔物だが、銀狐のときには絨毯をかきむしりボールに狂う恐るべき獣になってしまう。ちびふわが砂糖に突撃しムグリスディノが温かいところでこてんと眠ってしまうように、男女の入れ替えでも、程度の違いはあれど似たような事態が発生してしまうのだろう。
     ネアは今回大幅に体格が変わってしまったが、中には老人が幼女に、少女が壮年の男性になってしまった例もあるそうなので、その肉体的な差異たるや推して知るべしである。

     おまけに、多少大雑把な自覚のあるネアでさえこの変化には相当落ち込んだので、大きく心を損なった人間が魔物に辛く当たる事例もあるかもしれない。やはり凶悪な魔術である、とネアは認識を更新した。


    「……であれば、私で良かったのですね。エーダリア様は大変かもしれませんが」
    「まったくだよ。襲撃されるにしても、孕まされでもしたら面倒じゃ済まないからね」
    「ダリル……」
    「うるさいよ、ヒルド。ネアちゃんは大丈夫だって言ってるだろうに」


     淑女に何を聞かせるのかとヒルドが鋭くダリルを叱責したとき、エーダリアが瞳を揺らしたのを見て、ネアははっとした。

     ネアにもその手の欲に曝された経験は何度かあるが、権謀渦巻く中央に足を運ばなければならないエーダリアのそれとは、頻度や湿度、政治的な重みが違う。エーダリアはそれらが保たれたまま、身の守り方を女性のそれへと変えなければならないのだ。


    (女性と男性では“万が一”の質が違うもの。ましてや本当に万が一があった場合、エーダリア様の場合は謀反を疑われかねない……)


     男性は男性で避けなければならない事態というものがあるし、実際エーダリアも細心の注意を払っているに違いない。けれども女性の場合、もし望まない事態が起こってしまった際、動かぬ証拠が形として残ってしまう。逆であった場合はこっそりとノアあたりがお相手の女性ごとどうにかしてしまうかもしれないが、エーダリアが母体であった場合、かつ、お腹の子に対して非情になりきれなかったならば。

     あくまでも万が一のことであり、リーエンベルクで守られている限りは想像の域を出ないことである。
     だが、いつまでも落ち込んでいる場合ではないとネアは立ち上がって姿勢を正し、けれども地面が遠くて怖いので少し背中を丸めた。きゅっと凛々しく伴侶の三つ編みを握りしめれば、ご主人様から何がしかの決意を感じたものか、ディノもまた立ち上がってきりりと表情を引き締めてくれる。大変頼もしいので、ネアは後でくしゃくしゃにしてしまった三つ編みを編みなおしてあげようと思った。


    「ダリルさんごめんなさい、落ち込んでいる場合ではありませんでした。エーダリア様はノアとヒルドさんから離れないでくださいね!」
    「あ、ああ……。とは言っても魔術量が減っているわけではないのだ。私とて多少は戦えるのだぞ?」
    「おや、あなたまで届かせるつもりはありませんよ。こういうときくらい大人しく守られてはいかがです?」
    「ヒルド……」
    「そうそう、僕の大事な契約者をどうにかしようとする奴なんて、近づくだけでも許しがたいよね」
    「ノアベルト……」


     大事な家族に大事に守られてしまうと理解したエーダリアは、口元をもぞもぞさせて頬を染めていた。さっきまでどこか憔悴していた瞳がきらきらと輝いている。
     ダリルはその様子を、大人しく騎士に守られますよと宣言した姫君を見るような目で眺めた後、からりとした溜め息を吐いた。


    「そこでしゃっきりしてくれるところ、ネアちゃんはやっぱり賢いね。ただ、友達になってやるって近づいてきた女に篭絡されて乗っかられないように」
    「ダリル!」
    「むぐ、気をつけまふ……」
    「ネアが浮気する……?」
    「ディノ、おそらく現れることのない架空の女性の話なので、どうか怯えないでくださいね……」


     ネアはそう言いながらとても虚しい気持ちになっていたが、伴侶をどこの馬の骨とも知れない女に取られるかも知れないと警戒するディノは真剣だ。羽織りものになったネアを離すものかとばかりに抱きしめたまま動かない。

     ちょっとこの体勢は腰がきつくなってきたぞと思い始めたそのとき、ふたりの人物が部屋に現れた。エーダリアとネアが大変なことになっているものの、急を要する事態ではないと、少し遅れてやってきたウィリアムとアルテアだ。
     二人とも部屋に入るなりネアを見て軽く目を瞠ったので繊細な淑女は少し傷ついたが、すぐに優しく微笑みを浮かべたウィリアムが近づいて声をかけてくれた。


    「ネア、大丈夫か?」
    「ふぁい。この通りとても逞しくなってしまいましたがすこぶる元気で健康です……」
    「そうか、なら良かった」
    「……その包みは、もしかしてお土産なのです?」


     ウィリアムが心配してくれたことは勿論嬉しかったが、その手に提げられた美味しそうな気配のする包みに、ネアの目は釘付けだ。くんくんしてみれば、これはサナアークの串焼き肉だぞとわかる匂いだったので、ついつい頬が緩んでしまう。


    「ああ。甘いものはアルテアが持ってくるだろうと思って俺はこっちにしたんだ」
    「串焼き肉様!」
    「魔術で身体に変化があると飢餓感が強くなることがあるからな。食べさせても大丈夫だと思って持ってきたんだが、問題ないよな?」
    「ありゃ、しっかり取り分を持っていこうとしてるなあ……」


     なにやら呆れるノアであったが、お腹いっぱいお肉を食べたいネアからも解説をねだったところ、今の大きなネアがたくさん食べたとしても、元の小さなネアに戻ったときお腹が破裂してしまうようなことはないらしい。健康上問題ないとわかればますます美味しくいただこうという気力が湧いてきた。

     思わずばすばすと弾んでしまい、けれどもすぐに、今は床が抜けてしまうかもしれないと慌てて自重する。

     ふと、こんなとき、いつもは弾むなと注意してくるはずの使い魔が未だ無言なことに気がついた。常日頃であれば、ろくでもないことに巻き込まれ過ぎだと苦言のひとつも呈するはずなのに、赤紫の瞳でじっとネアを見据えたままだ。

     お仕事先からそのまま来たものか、本日のアルテアの服装はどこか異国の軍の制服のように見える。分厚い濃灰色の生地には少し青みがかった同色の刺繍がみっしりと施されており、見るからに階級の高そうな襟章からして、軍の高官に紛れて悪さをしていたのかも知れない。この服に合わせるのであれば黒髪あたりかなとネアは感想を抱いたが、リーエンベルクに戻ってきたからか、いつもの艶やかな白い髪に戻っている。

     ややあってアルテアは、擬態を解いた直後の、愚かな人間に種明かしをするときの魔物のような温度で口を開いた。


    「……見苦しいな」
    「……ふぎゅ」


     不愉快を隠さずに向けられた視線が冷たくて、ネアはへにょりと眉を下げる。瞬間、ぴりっと空気がひりついた。

     魔物という生き物は基本正直だ。自分の心を偽らず、人を騙す目的以外で嘘をつかない。
     もはや簡単に捨てて来られなくなった大事な使い魔ではあるが、ネアの心を優先してくれる家族達とは少し違う。

     となれば優しくよしよしと慰めてくれた大事な家族たちも、内心では醜い巨漢めと嫌になっているのかもしれないと、ネアは勝手に消沈した。やはり少々利便性が上がったくらいではこのむちむちの罪は雪がれないのだろうか。

     さっきまでしゃきっとしていたご主人様がしょんぼりしてしまったので、慌てて伴侶によりお口へとギモーブが詰め込まれる。これもアルテア製なので文句も言えず、ただもぐもぐと噛みしめるばかりだ。


    「ちょっと、僕の妹をいじめないでくれる?」
    「服を用意したのはお前か? もう少しましなものを着せろ」


     見かねたノアからの抗議を一蹴し、アルテアはぱちんと指を鳴らす。


     そこから先は、まさに怒涛であった。


    「筋肉量に甘えて着衣を崩すな、だらしなく見える。締め付けが苦しいのは姿勢が悪いからだ、地面が遠いからと言って背中を丸めるな。髪はまとめろ、それだけで印象が整頓される。……もしかしなくても普段から爪の手入れをサボっているな? 面積が広くなると一目瞭然だろうが。脚は肩幅に開け、体重を片方に寄せすぎるな」
    「ほわ……」


     しゅわりと服が入れ替わったと認識した瞬間の間断なきお手入れに、ご主人様は慄くしかやることがない。専属のコーディネーターさんかなという勢いで、てきぱきさくさくと着衣や髪、爪先までが整えられてゆく。

     果たしてそこに出来上がったのは、舞踏会に出ても遜色ないレベルの美丈夫であった。

     ネアに着せられたのは深い紫の艶が入った藍墨色の肋骨服で、糸がすべて錆銀色に統一されているのがなんとも渋い。ずらりと並んだ飾り紐に加え、なかなかしっかりと派手めに刺繍がされているのに、体格のおかげか着られている感がなく、編み上げのブーツがしっかりと、太く見えがちな身体の印象を引き締めてくれていた。髪はシンプルなひとつくくりだが、凝った刺繍に彩られた幅広のリボンが猥雑になり過ぎない程度の華を添えている。

     ヒルドが用意してくれた姿見を見れば、騎士っぽさを内包しつつもどこかの王様のようで、ドレスが似合わなかったことを引きずっていたネアはすっかりご機嫌になった。


    「ディノ、見てください! 素敵な騎士さん風にしていただきましたよ!」
    「……アルテアなんて」
    「むう、気に入りませんか?」
    「……すごく良く似合っているよ。よかったね、ネア……、……アルテアなんて」
    「はい! アルテアさん、ありがとうございます!」
    「普段と違うのなら余計に身繕いは意識しろ。祝福が意識を侵食することへの防壁にもなる」


     アルテアの言葉に、ネアはぱちぱちと瞬きをする。
     聞けば、ものが祝福であるので、あまり根底に忌避や未練を残しておくと魔術が歪みやすくなるのだとか。ならばいっそのこと楽しんでしまう方が良いと知り、ネアはふむふむと自分の中を覗き込む。


    (未練と言われてもぴんと来なかったけれど、この仕上がりを見れば納得だわ。自分ではどうしたらいいのかわからなかったもの……)


     きっと自分ではわからない僅かな、隠された憧れがあったのだろう。
     なるほどダリルや師匠がドレスを着たときの気持ちとはこういうものかと、ネアはちょっぴりの共感を得た。なにか違うような気もするが、上機嫌のネアからすれば些細なことだと言えよう。


    「うむ! アルテアさんが男性の容姿に興味がある方でよかったです!」
    「その言い方はやめろ……」
    「アルテアなんて……」
    「ありゃ、悔しいけどこれはアルテアにしかできないよなあ……」
    「うーん、ちょっと趣味に偏りすぎてませんか?」
    「さあな。……それとお前はくれぐれも狩りにはいくなよ、ろくでもない女に目をつけられかねん」
    「むう。言われずとも、身体が元に戻るまでは狩りには出ないつもりでしたよ? いつもと勝手が違うので、大暴投をしては困るのです」
    「……本当にお前は常々そちら側の選択を取るのに、どうして事故るんだろうな……」
    「むぐる……」


     さきほど一瞬剣呑になりかけた空気も、ネアが大いに喜んだことで弛緩し、いつものわちゃわちゃとした雰囲気が戻ってくる。不機嫌なように思えたアルテアも、ご主人様を思う存分お手入れして落ち着いたのか、心なしつやつやしているようだ。使い魔の要望を満たす良いご主人様であるとネアは自画自賛した。

     ただ、ネアが素敵に整えられたことでますます竜の王族っぽさを増してしまい、エーダリアがこちらを見る目に本気の羨望が満ち溢れてきている。
     それを察したダリルに一度ドレスを着てみるかと声をかけられ、エーダリアはあわあわとしてしまっていた。もしかしたらそのまま釣り餌などにされるのかもしれない。ノアとヒルドがいるので危ないことにはならないだろうが ダリルはスパルタなので可能性はあるだろう。


     その後は皆でお食事と相成った。
     ウィリアムが持参してくれた串焼き肉は相変わらずとても美味しかったが、増えた容積の分少々量が足りなかったのでしょんぼりしていたところ、これくらいはいけるだろうと料理長が用意してくれた丸鶏の姿焼きにネアは大歓喜することとなる。

     美味しいところは伴侶と分けつつ、胸やけせずに最後まできれいに食べられたので、これはようやく祝福と呼んでもいいのではないかと大変に満足な気持ちで一日を終えることとなった。
     しかしながら、近日中には春告げのドレスをシシィが仮縫いに来るので、明日の朝には心置きなく祝福とお別れしようと思う。




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