Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    k_tar0ta

    @k_tar0ta

    今日も今日とて男女カプが旨い。
    アライズ・ルミナリアだだハマりしました。

    転載は許可しておりません。ご了承ください。
    Repost is prohibited.

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Gift Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 54

    k_tar0ta

    ☆quiet follow

    ルミナリアハロウィン本編(やっと完成😇)
    プロローグとエピローグもあります。

    #ルミナリア
    luminaria
    #ハロウィン
    halloween

    ハロウィンナイト in リュンヌ「――伝達事項は以上です。他に確認しておきたいことはありますか?」
     そう言って白い翼の天使が微笑むと、黒い翼の悪魔は生真面目な表情で彼を見上げて首を振った。
    「いえ、充分です」
     それを聞いた天使――の仮装をしたリュシアンは悪魔に扮したヴァネッサの目を見て頷くと、彼らの目的地へと視線を移した。
    「言うまでもないことですが、どうかお気を付けて。あの街は、今や帝国の前線基地です」
     二人の視線の先にあるのは、高い城壁に囲まれた堅牢な都市だった。城塞都市リュンヌ――ほんの少し前まで連邦領だったその街は、先の第三次攻防戦により帝国の手に落ちた。これから二人はこの街に入り、帝国に潜入していた連邦の関係者と接触する任務を負っていた。
    「はい。まさか帝国に奪われてすぐに潜入任務を命じられるとは思ってもみませんでしたが……」
     リュンヌ陥落、そしてクーデターによる新皇帝の即位と、激動の最中にある帝国の都市は厳重な警戒態勢の下にあるものと思われたが、実態はまったく異なっていた。配置された兵の数は都市の規模に比べて少なく、復興のための人足を出自問わず盛んに城内に受け入れているばかりか、この二日間に行われる祭り客は碌な検問もなく通しているという。
    「はは……正直、私も驚いています。あれほどの戦力を投入してまで手に入れた都市への関心が、こうもあっさり失われるというのは……」
     リュシアンが考え込むような表情を見せる。先の攻防戦には当時の宰相と狼将二人が参加していた。街のシンボルでありエネルギー供給源であるピラーの炉心が連邦によって破壊され、長距離砲などが使用できなくなったとはいえ、依然として戦略的価値は低くないはずだ。
    「国のトップが交代したことと関係しているのでしょうか」
     奪還した当時の皇帝が重要視していただけで、現皇帝にとっては違うのかもしれない。その主旨でヴァネッサが尋ねると、リュシアンは我に返った様子で表情を和らげた。
    「――そうかもしれませんね。いずれにせよ、我々の為すべきことは変わりません。準備はよろしいですか、悪魔さん?」
    「……準備はできていますが、その呼び方は……」
     呼び掛けられたヴァネッサは居心地悪そうに腕を組む。今日の彼女はリュンヌで催されるハロウィンの祭り客に紛れるための仮装をしていた。
    「ハロウィンのお祭りですから。今日の私はただの天使で、あなたはただの悪魔です」
     リュシアンの装いは普段とそう変わりないが、背中には純白の翼を、頭には輪っかを付けていた。一方のヴァネッサは漆黒の翼と二本の角を付けている点では彼と似たようなものだが、着ているのはレースやフリルがふんだんにあしらわれたドレスだった。
    「不用意に名前を呼び合わない、というのは理に適っていると思いますが……別の仮装でも良かったのでは……」
     衣装はイェルシィが見繕ったもので、華美に見えて動きやすいのは助かるのだが、背中は大きく開いているし、ひらひらふわふわしていてどうにも落ち着かない。せめて何かいつも通りのものを身に付けていたくて、一度下ろした髪をハーフアップにして暗い色のリボンを付けていた。潜入任務ということで、なるべく目立たぬよう印象に残りやすい眼鏡は外しているが、城内では必要に応じて掛けるつもりだ。
    「心配しなくても、よくお似合いですよ」
    「そんな心配はしていません……!わ、私が先に街へ入るのでしたよね。ここからは別行動となりますが、どうかお気を付けて」
     ヴァネッサは昼間のうちに城内へ入り繋ぎ役と接触し、夜になったら指定した場所へリュシアンが向かう手筈になっている。天使を見上げる悪魔の瞳には凛とした気迫があり、その奥には気遣わしげなあたたかさがあった。
    「ふふ……天使が悪魔に心配されるというのも可笑しな話ですね。ええ、お互いに用心しましょう。では、計画どおりお願いします」
    「心得ました」
     微笑む天使に見送られ、生真面目な悪魔は魑魅魍魎のひしめく街へ向かった。

     *

    「まいどあり!お嬢さんも、ハッピーハロウィン!」
     活気のある声につられて振り返ると、そこには移動販売の菓子屋があった。それは色とりどりの飴やグミなどを売っている店で、昨日からリュンヌ中を走り回っていたアメリーにとってはあちこちで目にした光景だった。
     なぜか心惹かれて顔を向けた先にいたのは、黒い翼と角を生やした若い女性だった。黒いレースやフリルがたっぷりと使われたダークチェリー色のドレスと鮮やかな緑色の瞳が印象的で、アメリーはぼんやりと彼女を目で追う。黒髪の悪魔は近くにあったテーブルに歩み寄り、買ったばかりの菓子の袋をそこに置いた。
    (そこで食べるのかな。 でも.....)
     祭り期間中は街の至る所に飲食用のテーブルや椅子が設置されており、彼女が選んだ席にも何人かの客が飲食物やお菓子の包みを広げていた。椅子を使わず立ったまま使うタイプのテーブルが並ぶあたりは酒を飲んでいる客が多く、卓上も足もともグラスや酒瓶、お菓子の包みが雑多に散らかっている。他にもっと治安の良い休憩場所はあるのだが気にしている様子はない。まだ明るい時間とは言え少し心配になったアメリーは、彼女の様子をじっと見つめた。
     可愛らしい悪魔は買ったばかりの包みを開けるとジェリービーンズを摘まみ上げて口に運ぶ。青緑色、水色、紫色、薄茶色、それから赤色を口もとまで運んだところで手を止めて袋に戻し、黄色のジェリービーンズを食べた。
    (わかるなあ······いろんな味があって色もきれいだから、どれにしようか迷っちゃうんだよね!)
     親近感を覚えたアメリーが声を掛けようと一歩踏み出した瞬間、背後から声が掛かる。
    「アメリーちゃん、これもお願いしていいかい?」
    「あっ、わかりました。任せてください!」
     アメリーは声を掛けてきた女性が運んできた袋を受け取り、傍にあった荷車に乗せる。
    「悪いねえ、せっかく他所からお祭りに遊びに来たってのに、見ず知らずのあんたに手伝わせちまって」
     申し訳なさそうな顔をする女性に、アメリーは笑顔で応える。
    「ぜ〜んぜんっ気にしないでください!子ども達に配るお菓子ですから、お手伝いできて私も嬉しいです!」
    「そうかい?危なっかしいところあるけど本当にいい子だねえ。じゃあ、頼んだよ」
     そう言って慌ただしく去っていく女性の背中を見送り、アメリーは荷車の引き手を持ち上げた。祭りの期間中、子ども達に無償でご飯を提供したりお菓子を配ったりするボランティア団体の活動を手伝っているアメリーには、これから調理場まで材料を運搬するという任務があった。先のリュンヌ攻防戦では民間区が被害を受け、それに伴い決して少なくはない数の死傷者が出て、家族を喪った子ども達もいる。
    「みんなの笑顔のため、アメリーお姉ちゃんは頑張るぞ!えい、えい、お――」
     アメリーが元気よく片腕を振り上げようとした矢先、ガシャンとガラスの割れる音がした。
    「なっ、なになに?!」
     音がしたのは悪魔の仮装をした女性のいるテーブルだった。 近くにいた酔っ払いが卓上のグラスや瓶にぶつかって落としてしまったらしい。巻き込まれて落ちてしまったのか、菓子の袋なども石畳に散らばっていた。黒髪の女性はさして気にした様子もなく自分の袋を拾うと、転んで座り込んだ男を立たせながら詫びる仲間に小さく会釈して、テーブルから離れた。
     危惧していた事態が目の前で起き、女性を案じたアメリーは荷車ごと彼女を追い掛けようと体重を掛けて一歩を踏み出した。その瞬間、背後でゴトンッと鈍く重たい音が響く。
    「あれれっ?!」
     すいっと軽く持ち上がった荷車の引き手を見つめてアメリーが目を丸くする。続けて振り返ると、引き手が外れ片方の車輪が真っ二つに割れた荷車が、山積みされた食材と共にゆっくりと傾いて倒れていった。
    「ま、まままま待ってえ……!!」
     アメリーが伸ばした手はむなしく虚空を搔き、派手な音を立てて積み荷が石畳にぶちまけられる。小麦粉、ココアパウダー、バニラエッセンス。どれもきちんと封がされているはずなのに、袋は破れたり開いたり、缶は蓋が外れたり、瓶は粉々に割れたりと、一瞬のうちに悲惨極まりない状態になった。もうもうと立ち込める小麦粉とココアパウダーの煙の中に茫然と立ち尽くしていたアメリーは次の瞬間はっと我に返ると途端におろおろし始めた。
    「ど〜しよ〜〜〜〜?!と、 とりあえず瓶は危ないから拾わなくちゃ……!!」
     取れた引き手を握ったままアメリーがその場にしゃがみこんだ時、同じように屈みこむ誰かの影が石畳に落ちた。
    「あ、あなたは……」
     地面に散らばるガラス瓶を拾い始めたのは、先ほど立ち去ったはずの悪魔だった。
    「手伝います。 祭り客には子ども達も多いようなので」
    「あ、ありがとうございます…………!」
     二人で割れたガラスを拾い集めているところに、誰かが駆け寄ってくる。
    「ちょっとお嬢さん方!きれいな手にケガしちゃ大変だ、箒と塵取り使いな!」
     様子を見ていた住民らしき女性が二人に掃除道具を渡す。その後に続くように、近くの店や住宅から掃除道具を持った人々が次々と出て来た。
    「派手にやっちまったねえ、手伝うよ」
    「うちの悪ガキどものイタズラに比べたら可愛いもんさ」
    「粉はある程度かき集めたら吸っちまったほうが早いな。うちのリアクター持って来るか」
     惨状を見て集まってきた人々は口々にアメリーに声を掛けては散らばった食材をてきぱきと片付けていく。その中にはリュンヌの駐屯兵らしき者の姿もあった。自分の周りにあるガラス瓶を集め終わったところですることがなくなった黒髪の女性は、手持ち無沙汰なのか隣にいたアメリーに尋ねる。
    「お知り合いの方々ですか?」
    「ううん。そのへんに住んでる人達じゃないかな?私はこの街に住んでるわけじゃないし、みんな知らない人だよ」
     こともなげにアメリーが言うと、黒い羽根を付けた女性はなぜか複雑そうな表情を浮かべた。
    「……?」
     何か言わねばならない気がするのに掛ける言葉が見つからず、視線を泳がせたアメリーの目が格好の話題を捉える。
    「あれ?これ、もしかして落としてない?」
     そう言ってアメリーが拾い上げたのはダークチェリー色のリボンだった。
    「あ……すみません、ありがとうございます」
     そこで始めて髪が解けていることに気付いたらしいその人は、アメリーからリボンを受け取るとその場で結び直した。
    「あ、あのね、もしよかったら――」
     そう言い掛けた時、 慌てた様子の女性が駆け寄って来た。それはアメリーが手伝っているボランティア団体の会長を務める女性だった。
    「ああよかった、まだここにいたのねアメリーちゃん!でもこれは……いったい何があったの?」
    「あ……ごめんなさい会長さん!運ぶ予定だった材料を全部ダメにしちゃって……」
     深々と頭を下げるアメリーの謝罪に、会長は 「とんでもない」と返した。
    「そんなことはいいのよ。ケガはなかった?」
    「私は大丈夫ですけど……」
     アメリーは住民たちの協力により跡形もなく片付けられ元通りになった石畳を見下ろす。幸いにしてアメリーは無事だったが食材はきれいさっぱりなくなってしまった。
    「ならよかった!それに、 さっき運んでもらってた食材ね、使っちゃいけない古いものだったそうなの。分けて置いてたはずなのにバタバタしてる間に混ざってしまったみたいで……かえって調理場に届かなくて助かったわ」
     それを聞いたアメリーがぱっと顔を上げる。
    「そ、そーなんですか?よかったあ……せっかく街の人たちから分けてもらった食材を無駄にしちゃったかと思った……」
     安堵した様子で胸を撫で下ろすアメリーに、会長が優しく声を掛ける。
    「それにしても白衣が汚れちゃったわね。休憩ついでに着替えてきたらどう?朝からずっと働きづくめでしょう?」
    「あ、ほんとだ。 でも、代わりの材料を運ばないと……」
     粉まみれで所々バニラエッセンスが飛び散ったナース服と、大破した荷車とを見比べてアメリーが迷う。
    「では、私が届けましょうか?」
    「え?」
     思い掛けない悪魔の申し出に、アメリーがきょとんとした顔で見返す。
    「荷車があれば、私にも運べます。 届け先は……病院ですか?」
     アメリーの服装を見てそう思ったのだろう。隣で聞いていた会長が笑い声を上げる。
    「あははっ、これはハロウィンの仮装よ。この子は他所の町から来たお客さんで、私達の手伝いをしてくれてるの」
     彼女達は街の有志で組織されたボランティア団体で、寄付で材料を集めてお菓子を作り子ども達に配っていた。祭り期間中はリュンヌ市外から訪れた者でも活動に参加可能で、リュンヌの復興のため街に入ったボランティアの人々も多数参加している。活動内容を聞いた悪魔らしくない女性は、改めてアメリー達に向き直った。
    「ちょうど夜まで時間が空いているので、お手伝いさせてください」
    「助かるわ!あなた、料理は得意かしら?」
     会長に尋ねられた黒髪の女性は途端に複雑な表情を浮かべる。
    「い、いえ……力仕事や走り回る仕事でお願いします……」
    「あははっ、じゃあそっちをお願いするわね。さっそく倉庫に材料を受け取りに行ってもらおうかしら。ところで、その足もとにあるのは……」
     そう言って会長が指さしたのは、濡れてぐしゃぐしゃになった紙袋だった。
    「あっ、 それ......」
     それを見たアメリーが声を上げる。おそらく休憩所で酔っ払いがぶつかってきた時に落としたお菓子の袋だろう。酒ともスープともつかない液体が袋全体に飛び散り、強烈なバニラの甘い香りを発する紙袋には、仕上げに先ほどアメリーがばらまいた粉類がまぶされていた。アメリーが気付かなかっただけで、荷車が倒れた時すぐ近くにいたのかもしれない。
    「中は食べ物よね?もったいないけど、捨てた方がいいわ。私はこれから人を呼んで荷車と集めてもらった食材を片付けるから、一緒に捨てておくわね」
    「……はい、お願いします」
     悪魔に扮した女性は少しためらう様子を見せたものの、水浸しで粉まみれの紙袋を拾うと会長に手渡した。それから荷物の受け取り場所と届け先を聞くと、きびきびとした足取りで目的地へと向かった。どうやらリュンヌの地理には詳しいようだ。その真っすぐに伸びた背中と頭で揺れるリボンをしばらく見送ってから、アメリーは会長に声を掛ける。
    「じゃあ、私も着替えて来ますね」
    「ええ、行ってらっしゃい。って……あらら」
     その時、会長が手にした紙袋が水分の重みに耐えられず破けてしまった。
    「あら……これは西門近くにある店のお菓子ね。あそこはいつも行列ができてる人気店だから、買うのも大変だったでしょうに」
     そう言いながら会長がふやけた焼き菓子の残骸を拾う横で、アメリーが首を傾げる。
    「あれ?悪魔さんが食べてたの、 ジェリービーンズじゃなかったっけ……?」
     
     * *
     
    「ひぃいっ……こ、これで見逃してくれぇ……!!」
     這う這うの体で散り散りに逃げていく破落戸達を無表情で見送って、バスチアンはゆっくりと後ろを振り返った。
    「くれるみたいね。ちょうどよかったじゃない、バスチアンちゃんも仮装しましょ?」
     そこに立っているのは髪と同じ鮮やかな色の猫耳を付け、体にぴったり沿ったボディスーツに身を包んだ怪盗だった。目もとを隠す仮面の下で、妖艶な紅い瞳が細められる。ここは祭りで賑わう街の喧騒が漏れ聴こえる城壁の外。置き去りにされた荷車を指さしてラプラスが言うと、バスチアンは積荷の山を見つめた。
    「仮装……どれがハロウィンの仮装として相応しいのだろうか」
     衣装屋の荷物なのか、堆く積まれているのは服や帽子などの衣類だった。その中から適した衣装を選び取る目をバスチアンは持ち合わせていない。見上げるほどの背丈の男が迷子のような目で見下ろしてくるので、ラプラスは居心地悪そうに顔を背ける。
    「……どれだっていいでしょ。そもそもあなたが着られるサイズの服なんか限られてるんだから、その中から適当に組み合わせて……」
     それができないから困っていると言いたげな視線を感じ、ラプラスが深くため息をつく。
    「わかったわよ……ちょっと待ってなさい」
     ラプラスは衣類の山を手早くかき分け、明らかに女性用だったり子ども用だったりするものを避けた後、サイズの大きそうな服と小物を選び出すと荷車に載せてあった袋に押し込んだ。
    「ほら、この中から入りそうなの選んでその辺の物陰で着替えてきなさい。どれ着てもおかしなことにはならないでしょ。……全部乗せはアウトだけど」
    「承知した」

     しばらくしてバスチアンがラプラスのもとへ戻ると、彼女は誰かと話しているようだった。用が済んだのか相手は二、三人で荷車を押しながら街の門の方へと去って行く。何度も頭を下げる彼らを見送るでもなく全く関心のない様子で佇む彼女の背に声を掛ける。
    「今のは……」
    「なんか、落とし物を探してたみたいよ?」
    「落とし物……」
     彼らが探していたというのはあの荷車のことだろう。バスチアンとラプラスが街の近くに出て来た所で前を横切ろうとした破落戸が引いていたものだ。特に用はなかったのだが向こうが武器を持ち出して来たので相手をしたら荷物を放り出して逃げていった。それがどうやら先ほどここにいた者達の「落とし物」らしい。
    「ラプラス」
     状況を理解したバスチアンが物言いたげな視線を寄越すと、ラプラスはそれをじろりと一瞥する。
    「……なによ」
    「では自分は、彼らの落とし物を盗んだ、ということになるのではないか?」
     尋ねられたラプラスは少し慌てたように言い返す。
    「そっ、それは……落とし物は拾って届けた人が何割か謝礼をもらっていいことになってるのよ」
    「なるほど、それも道理か」
     そう言って見下ろす彼の表情は心なしか穏やかで、ラプラスは猫の尻尾を揺らして不満げにふいっとそっぽを向く。
    「……さっさと行くわよ。というか、なんで着替えてきてないのよ」
     歩みは止めないままラプラスが尋ねると、バスチアンはその後ろを追いながら淡々と答える。
    「物陰を探したがこの辺りには見当たらなかった」
     リュンヌ周辺の土地は過去に帝国から持ち込まれた頂狼ラズィの欠片が発するマナの干渉により荒野と化している。都合の良い民家も倉庫もなければ草むらも木陰もなかった。
    「……じゃあ、城壁の中に入ったら適当な場所で着替えて」
    「『適当』とは……」
    「アタシが『着替えて』って言った場所で着替えて」
     ラプラスは城壁に沿ってしばらく歩いた後、ある地点でぴたりと足を止めた。それから目の前の壁をじっと見つめると、おもむろに手を伸ばし指先で軽く押す。その瞬間、触れた場所からピンク色のマナの光が走り、複雑な紋様を描いて広がる。そこから蕾が咲くように壁が開いて、人がひとり通れるぐらいの出入口ができた。
    「やっぱりまだ見つかってなかったわね。さ、行くわよ」
    「承知した」
     
     * * *

    「ハッピーハロウィン!ですわ〜!」
     夜の街にひしめく百鬼夜行、照り返す妖しいネオンの光、蠱惑的に誘う屋台料理の香り、どこからともなく聴こえる愉快な調べ。全身でハロウィンの夜を感じながら、アナマリアは黒いマントを翻し踊るような軽やかな足取りでリュンヌの大通りを歩く。
    「ちょっと、アナマリア。ちゃんと前見て歩いて。危ないわよ」
     透ける虹色の翅を付けたリディが注意するとアナマリアはぴたっと立ち止まり、ポニーテールを揺らして振り返った。マントと同じ光沢のある黒い生地で仕立てられたベストとショートパンツに、たっぷりとフリルのあしらわれた白いブラウス。その白と黒が血のような真っ赤な裏地に映えて綺麗なコントラストを描いている。
    「ふふっ……心配してくださってありがとうございますわ、リディ」
     ふわりと微笑む吸血鬼に、妖精は少し怒ったような声で言い返す。
    「そ、そんなんじゃ……なくは、ないけど。とにかく気を付けてよ。こういう祭りには柄の悪いのもウロウロしてるんだから」
     腕を組んで注意するリディは、透明感のあるパステルカラーの生地を何層も重ねたワンピースを着ていた。いつも高い位置で結っている髪は耳の下でゆるい三つ編みにして、細いリボンを編み込み小さな花を散らしている。
    「そのような悪漢ども、お嬢様の刃にかかれば一刀両断です!」
     ふふんと鼻を鳴らしてアナマリアを讃えるシャルルは、頭からオタオタにかじりつかれたような大きなフード付きポンチョを被っていた。オタオタを再現したツヤのある生地はつるんとしていて、厚みのある尻尾が背中に垂れている。
    「そんなことしたら駐屯兵に捕まるのはあたし達だから……というか、シャルルの仮装はいったい何なの……?」
     リディが尋ねると、生気のないつぶらな瞳の下からシャルルが答える。
    「見てわかりませんか?死んだオタオタの亡霊です」
    「聞いたあたしが間違ってたわ」
     旅の途中リュンヌを訪れた冒険者一行は、街を上げて開催されているハロウィンの祭りに繰り出していた。祭りの期間中、子どもには無料で衣装を貸してくれるというので、それぞれが気に入ったものを選んで着ていた。
    「まさかハロウィンがこんなに賑やかで素敵なお祭りだったなんて……仮装するお金はないと宣告された時には絶望しましたが、こうして夢が叶って、わたくし感激いたしましたわ……!」
    「そんなに嬉しいものかしら……そもそも普段着から仮装してるみたいなもんだと思うけど」
     リディがそう言うと、アナマリアが首を傾げる。
    「普段から?わたくしがですか?」
    「ええ。アナマリアの服、昔読んだお伽噺に出てくる女の子そっくりよ。おばあさんの家に行く途中で森の狼に食べられちゃうの」
    「そんな!」
     素直にショックを受けるアナマリアを見てリディが小さく微笑む。
    「大丈夫よ。最後には、猟師が狼のお腹を切って助け出すから」
    「なんて残酷な……」
     それを聞いたシャルルが恐ろしいものを見る目をリディに向け、二、三歩後ずさって距離を取る。
    「でも、そう言うリディだって、普段から博士の仮装をしているじゃありませんか」
    「博士って、仮装されるような概念だったかしら?」
     リディの言葉にアナマリアが力強く頷く。
    「だって、博士にしかできないことがたくさんありますもの!」
    「ええ!『ひみつへいき』とか『じばくそうち』とか!」
    「……あたしの知らない博士の話をしているようね」
     そう言ってリディは街の中心に向かって歩き始めた。視線の先にはピラーと呼ばれる巨大な塔がある。都市のエネルギーを丸ごと賄える炉心は先の戦火で失われたと聞いているが、街中に設置された子機に削り出したラズィの欠片を埋め込むことで街の設備は概ね再稼働していた。これにより、帝都を除く帝国領内の他の町よりはマナが豊富に供給されている状態だ。城壁の一部に惨劇の爪痕が残るものの、街を愛する住民の熱意もあり、リュンヌの街は復興を目指す意志と人々の活気に溢れていた。
    (でもきっと、それは代替のリアクターで以前と変わりない生活が送れているから。それがなかったとしたら、果たしてここの住民達は荒野に囲まれたこの街に残ったのかしら……)
    「ハロウィンの夜には源獣様も仮装なさったりするのでしょうか?……あら、リディ?」
     思案して立ち止まった仲間を気にしてアナマリアが立ち止まり、続けてシャルルも立ち止まる。リディが返事をする前に、その間を一組の男女が横切っていった。
    「……なんでもないわ、行きましょ」
     リディがそう言って二人に歩み寄るが、アナマリアもシャルルも上の空で一点を見つめている。視線の先にあるのは先ほど通り過ぎた男女が入っていった路地だ。
    「どうしたの?」
    「い、今のは、もしや……!」
    「ええ、お嬢様!!あれはきっと伝説の……!!」
     興奮気味に顔を見合わせる二人を前に、リディは至極冷静な視線を向ける。
    「……一応、聞いておくけど。伝説の何?」
    「「『泥棒猫』!!」」
     すっかり色めきたったアナマリアとシャルルを前に、リディはいたって無関心な様子で二人の話を聴き流す。
    「博士の協力を得て『ななつどうぐ』を駆使し、難攻不落のお城や美術館から華麗にお宝を盗み出すのですわー!!」
    「まさかこんな場所でその姿を見ることになるなんて……一緒にいたのは腕の立つ用心棒でしょうか?」
    「きっとそうですわ。サングラスがいかにもって感じでしたもの!」
    「用心棒がうさぎの耳なんて付けてるかしら……?」
     カジノのディーラーを思わせる服装の男性は大柄で逞しく隙がなく、武人であるのは間違いなさそうだったが、おそらく今夜この場所においては仮装した祭り客だろう。
     その時、ちりんちりんと高い鈴の音を響かせて、一匹の猫が路地裏に駆けていった。
    「はっ……?!あの毛色……もしや、さっきの泥棒猫さんではなくて……?」
    「確かに……泥棒猫なら変化の術で姿を変えることも自由自在……!!」
    「どういう理屈よ。マナの光が反射してピンク色に見えただけで、あれはただの猫――」
     リディが言い終わらないうちに、アナマリアは猫を追って路地裏に走る。
    「待ってくださいまし!せめてサインを――きゃっ……?!」
    「アナマリア?!」
    「お嬢様?!」
     悲鳴を聴いた二人が急いで路地の角を曲がると、そこにはアナマリアと一人の男性が立っていた。
    「も、申し訳ありませんわ!まさか人がいたなんて……!」
    「いやいや、こちらこそ前方不注意で申し訳ない。お怪我はないかな、お嬢様」
     緋色のマントを羽織ったその男は、目深に被ったフードを下ろしてアナマリアに非礼を詫びた。その顔を目にしたリディがはっと息を呑む。
    「あなたは……」
    「あら、リディのお知り合いですの?」
     アナマリアが振り返って尋ねると、その後ろからフードを被り直した男が顔を覗かせてリディに歩み寄る。
    「ん〜?どちらのお嬢さんかな?」
     男は目をすがめてリディに近付くと、顔を合わせるために腰を屈めて彼女だけに聴こえる声音で囁いた。
    (俺はここにいるはずのない人間だ。キミと俺とが顔見知りであるはずがないように……ね)
    「…………!!」
     リディは喉元まで出掛かった吐息を呑み込み、それから努めて平静な声で答えた。
    「……いえ、人違いだったわ。呼び止めてごめんなさい」
     それを聞いた男はアナマリアをくるりと振り返り、軽い笑みを浮かべた。
    「いえいえ。それじゃ、失礼しますね。良いハロウィンの夜を」
     そう言って路地裏の奥に消えていく背中を見送って、アナマリアが周囲をきょろきょろと見渡す。
    「泥棒猫さん、見失ってしまいましたわ……」
    「だからあれはただの猫……まあいいわ。そんなことより、あたしお腹が空いたんだけど」
     しょんぼりしているアナマリアの背中を見つめてリディが穏やかな声音で言う。それを耳にしたアナマリアはぱっと振り返り笑顔を見せた。
    「そう言われると……そうですわね!お腹ぺこぺこですわ!リュンヌの美食を味わいにいきましょう!」
    「どこまでもお供します!」
    「はいはい、転ばないようにね」
     三人の子ども達は、眠らないリュンヌの街で誰にも咎められることなく夜更かしを満喫していた。楽しい夜はまだまだ終わりそうにない。

     * * * *

    「エド!お兄さんと一緒に今すぐ仮装しよう!」
    「はあ?何言ってんだ……」
     大都会リュンヌの往来のど真ん中。酒場や屋台の多い通りで、二人の旅人が何やら騒いでいた。
    「だって、ここの通りの店!どこ行っても仮装してるお客さんは半額だってよ!リディちゃんにもらったお小遣いで二倍飲める!」
    「そこは『半額で済む』じゃないんだな」
     興奮気味に力説するラウルに、やれやれといった様子でエドがため息をつく。冒険者一行は旅の途中、連邦領から帝国領に渡るためにリュンヌを通過することになった。連邦から帝国の手に渡ったばかりの都市は警戒が厳しく、年齢も職業も統一感のない五人分の偽造通行証の手配を請け負ってくれる相手がまず見つからず、ようやく探し出した闇商人からはかなり法外な値段を吹っ掛けられた。
    「こいつに金が掛かっちまったんだから我慢しろよ。まあ、こんな請け負う方も危ない仕事をよく引き受けたもんだと思うが」
     エドが通行証を取り出してちらりと目を遣る。その胡散臭い商人とは色々あって通行証の値段はかなり落としてもらえたのだが、手配するのに本当に必要な経費が思っていた以上に高く、所持金は十分の一以下になってしまった。
    「それなのに、いざ街に着いてみたら聞いてた話と全然違って検問ほぼノールックだなんてね……」
    「ああ……あの商人、もしホラ吹いてやがったんだとしたら次は全品九割引きにさせてやる……」
     通行証の依頼を引き受ける条件にと都合よくこき使われた記憶が蘇り、エドの声音に静かな怒りが滲む。
    「うん、今回一番の功労者は間違いなくエドだよ……だからこそ!仮装して二倍飲もう!!」
     ラウルが勢いよくエドの肩を掴んで宣言する。しかし仮装して安く酒を飲もうにも、仮装するには金が要る。
    「仮装つったってどうすんだよ、そんな金ないぞ」
     子どもには無料で衣装を貸してくれるようだが、いい大人は自費で調達しなければならない。
    「う〜ん……どっかに余ってる仮装を分けてくれる大富豪とかいないかな?」
     ラウルの言葉に、エドが呆れ果てた目をする。
    「何言ってんだ……そんなヤツいるわけ――」
    「これを使うか」
     突然タイミングよく聴き慣れない低い声がして、二人の目の前に大きな布袋がぬっと差し出される。
    「は?」
    「はい……?」
     二人がその声の主を見上げると、そこには黒いサングラスと黒いうさぎの耳を付けたカジノのディーラーが立っていた。
    「仮装が必要だと聴こえてな。自分には不要なものだ」
     あまりに都合の良い申し出に、ラウルとエドは顔を見合わせる。
    「ああ、それは助かるが……聴こえてたかもしれないけど、生憎と持ち合わせがなくてね。タダで譲ってもらってもいいのかい?」
    「構わん。そろそろ手放したいと思っていた」
     そう言って布袋を手渡す男に、ラウルは心底嬉しそうな笑顔を返す。
    「いや〜恩に着るよ兄さん!そうだ一杯どうだい?」
    「いや、自分は……」
     困ったように言い淀むディーラーの背後に目を向けたエドがラウルを制止する。
    「――おい、ラウル」
     エドが見るよう促した先には、一人の女性が腕を組んで立っていた。特にこちらを気にしている様子はないが、サングラスの男の方はそちらを気にしているようだった。
    「おっと、失礼!お連れさんがいたのか。こりゃ野暮を言っちまったな……じゃあ、ありがたくもらっておくよ!」
     去っていく恩人の背中を見送ってから、ラウルが布袋を開ける。
    「お、これは着ぐるみだね。犬……いや、片方は狼かな?エドはどっちにする?選んでいいよ」
    「マジか……もうどっちでもいい……」
     
     * * * * *

     切れかけたネオンが不気味に明滅する路地裏。何もおどろおどろしいハロウィンの演出という訳ではなく、普段から真っ当な人間は足を踏みれない薄暗い通りには、もちろんハロウィンの祭り客など寄り付かない。
    (――さて、少々困りましたね……)
     輝く金の輪っかに純白の翼を付けて穏やかな表情で佇む天使は、街の負の部分を掃き捨てたような路地にはあまりに場違いだった。リュシアンは黙ったまま周囲の様子を窺う。平生からその暗がりにたむろする破落戸とは異なる、明確な行動目的を持った人間がそこかしこに息を潜めている気配。
    「はあ……依頼を持って来たのが『彼』だった時点で、この程度は想定内ですかね」
     その言葉に裏路地の空気がざわついた。どうやら相手は単純な手合いのようで助かる。指定された場所に向かう刻限まではまだ時間があった。不安要素は潰しておくに越したことはない。
    「これは……」
     リュシアンが数人の敵を斬り倒して路地を進むと、少し広くなった先の通路には既に何人もの賊が呻き声を上げて倒れていた。
    「なっ……んで、取引場所にあんな奴らが……まさか、騙されたのか……?」
    「……?」
     相手をするのも詳しく事情を訊くのも時間の無駄だと判断して足早に先へ進むリュシアンの耳が血に濡れた賊の独り言を拾う。その言葉に妙な引っ掛かりを覚えながら、天使は最後の曲がり角を曲がった。
    「――ま、待ってくれ……オレ達は何も――ぐわぁあ!」
     細い路地の突き当たりは高い建物が塞いでいて、明るい月がその屋上に立つ人物を照らし出していた。命乞いも虚しく、不自然に直線的な二本の太刀筋が閃光のように走り、斬られた男は膝から崩れ落ちる。それが斬り進んだものではなく投擲されたものだとリュシアンが気付いた時には、その双刃は持ち主の手の中に戻っていた。
    「――チッ、つまんねー任務だな…………あ?なんだテメエ……?」
     コートを着た素行の悪い男は路地に佇む天使に気付いて顔を向けた。ハロウィンの仮装なのか全身を雑に包帯でぐるぐると巻いており片目は覆い隠されていた。月明かりを反射して光る見慣れぬ人工的な金髪が風に揺れ、見慣れた緑色の片目がリュシアンを射抜くように見下ろす。
    「あなたは――――?」
     何かの予感が胸をざわつかせて、何故か声を掛けてしまった。しかし既視感の正体は曖昧でも、翻った包帯だらけのコートの下に見えたのは明らかにリアクターの発動光だ。リュシアンは躊躇うことなく左手の長剣を素早く逆手に持ち替えて、二、三度軽やかに振り上げた。
    「は?何して――って、どわぁッ?!」
     間合いの外だと油断していたのか、屋上から間抜けな声が上がる。しかしミイラ男は器用に身を捻ってそれを躱し、危なげなく屋上の縁に着地した。それを見る限り反射神経と身体能力は高いようだ。
    「敵が飛び道具を持っている可能性は警戒しておくべきでは?ご自分が持っているなら、なおさら」
    「――ケンカ売ってんのか……?」
     煽るつもりはなかったのだが挑発するような言い回しになってしまい、それが見事に相手の神経を逆撫でしたようだった。青年というよりは少年に近い幼さの残る顔が怒りで大きく歪む。
    「そっちこそ、オレ様が遠くから飛び道具投げるしか能がねえと思ってんじゃねェだろうなァ?!」
     飛び掛かってくる気配を感じてリュシアンが長剣を構える。しかしそこに制止の声が掛かった。
    「何してるんだ、ファルク!逃げた奴らを追うんだ!」
    「――――!」
     鋭く低い呼び声。明確に聴き覚えのあるその声にリュシアンが一瞬気を取られる。
    「――チッ……!」
     金髪のミイラ男が苛立ちに任せて剣を振る。乱暴な破壊音がして、リュシアンの頭上から切り刻まれた木箱と瓦礫が落ちて来た。飛び退って避けるその一瞬で、双剣の男は建物の向こう側へと消えた。路地に降り注いだ瓦礫の上に、千切れた包帯がひらりと舞い落ちる。
    「……今のあなたにはミイラ男さんのお友達がいるんですね」
     その時、通って来た路地の奥が俄に騒がしくなる。物音を聞き付けて今度はリュンヌの駐屯兵がやって来たようだ。
    「余罪ならありますけど、冤罪で捕まっては敵いませんね……退散するとしましょう――」
     リュシアンは懐から青緑色の石を取り出すと路地の壁にかざした。四角く切り取るように同じ色の光が壁を走り、そこに下へ降りる階段が現れる。隠し通路は天使を呑み込むと何事もなかったかのように元の壁に戻った。

    * * * * * *

    「わわわっ……えーい!」
    「ぐはァ……ッ」
     振り下ろした槍の柄が脳天にクリティカルヒットした賊は、呻き声を上げて地面に倒れる。アメリーがふうと息を吐いて周囲を見渡すと、そこには意識を失った賊がごろごろと転がっていた。
    「な、なんとかなったぁ……もー、クロードくんもユーゴくんもどこ行っちゃったんだろ?」
     昨日から隊の任務で身分を隠してリュンヌに潜入していたアメリーは、仲間達と合流するため裏通りを駆け回っていた。視線の先になんとなく心惹かれる路地を見つけ、仲間達と合流できそうな予感を信じてとりあえずそこに駆け込む。ひとつ目の角を曲がると、暗い暗い路地の先にいたのはいかにも柄の悪い男達だった。
    「あれれ?」
    「――おい、お前。さてはあいつらの仲間だな……?よくもオレ達を嵌めやがって……!」
     激昂した賊がアメリーに刃を向ける。アメリーがとっさにガードしようと槍を体の前に構え直すと、途中で狭い路地につっかえて取れなくなってしまった。
    「ええ?!ちょちょちょ……待って――」
     もちろん賊には制止を聞き入れる道理はない。今にも凶刃が振り下ろされるかというところで、真横の路地から黒い影が飛び出して来た。
    「この――ぐがッ……?!」
     アメリーと賊の間に割って入った人物は一番近くにいた男を素早く倒すと、続けて路地裏を淡く照らしていたランタンを壊した。
    「うッ……」
    「いったい何――ぎゃッ……!」
     闇の中で次々と呻き声が上がっていく。細く差した月明かりを反射して双刃が閃き、瞬く間に賊を昏倒させていった。得物は剣や足で叩き落とし、刃は用いず柄で的確に急所を突いて意識を刈り取っていく。その手際は明らかに素人の動きではなかった。アメリーの目が暗闇に慣れた頃には、辺りはすっかり静まりかえっていた。
    「あ、ありがとう……助かったよ、クロードく――んんん?」
     驚いて尻餅を付いていたアメリーが、持っていた小型の照明をかざして見上げると、既にそこには誰もいなかった。ぎゅっと目をつむる直前、一瞬だけ視界に入った閃く双刃と緑色の双眸は確かに彼のものだと思ったのに。助けた後にまたどこかへ駆けて行ってしまったのだろうかと、アメリーはあたりをきょろきょろ見渡す。
    「おい、どんくさ女!こんなとこで何してんだ捜しただろうが!」
     聴き慣れた声が背後から飛んできて、アメリーはぱっと振り返る。
    「あっ、やっぱりクロードくんだ〜!ありがとう〜!」
    「……はァ?何寝ぼけてやがんだ……さっさと立て!」
     包帯で隠れていない方のファルクの瞳が忌々しそうに細められる。
    「ま、待って……槍が取れなくて……!」
     一生懸命に槍を引っ張るアメリーのもとへ、もう一人の部下が駆け付ける。
    「――ああ、合流できたんだね。お疲れ様でした、アメリー隊長」
     ユーゴはアメリーに声を掛けながら、通路につっかえた槍を外して彼女に手渡す。彼も他の二人と同様に、祭り客に偽装するためハロウィンの仮装をしており、教会の司祭の衣装を着たまま任務をこなしていた。
    「うん、ユーゴくん達の方は……」
    「主犯格のうち一人は補足できましたが、残念ながら間に合いませんでした。遺留品を回収しましたが、望みは薄そうです」
    「そっか……」
     それを聞いたアメリーが顔を伏せると、ファルクが口を開く。
    「代わりにのこのこ出て来た他の連中を狩れたし、成果なしってことはねェだろ。情報持ってそうなヤツも何人かは捕まえてんだろ?」
    「まあね。彼らはリュンヌの駐屯兵に引き渡した。僕らは手筈どおりこれから残党を追います」
    「うん、頼んだよ」
     顔を上げたアメリーは、ロランス隊隊長の顔に戻って力強く頷いた。彼女には各地点で任務にあたった隊員から成果を聴き取り、必要に応じて追加の指示を出し、報告書をまとめ上げるという仕事がある。そんなアメリーをじろりと一瞥してファルクがぼやく。
    「……つか、テメエ。なんで朝と違う格好してんだよ。捜すのに無駄な時間喰っただろうが……!」
     緊急の伝達事項があるからとファルクが呼び出された時、アメリーは白いナース服を着ていたはずだ。それが今はハロウィンカラーのドレスを着て、羽根と角と尻尾を生やしていた。
    「い、色々あって何度も着替えたから……!それに、小悪魔さん可愛いな〜って……」
    「意味わかんねえ……」
     頭を抱えてしゃがみ込んだファルクは大きなため息をついた。
    「はあー……しっかし、ダルい任務だな」
     下された任務は原則として捕縛、しかも相手はほとんどが非戦闘員と雇われた護衛の破落戸なのでむしろ手加減するのに骨が折れた。ユーゴがやる気をなくした様子のファルクに声を掛ける。
    「そうかい?ならキミはリュンヌでお菓子でも食べてなよ。僕がひとりで片付けてくるから」
    「はァん?寝言は寝て言えや」
     煽り耐性の低いファルクが反射的に言い返す。先ほど見知らぬ優男に喧嘩を売られたことが連鎖的に思い出されて腹の奥がむかむかしてくる。アメリーが二人の背中をぽんと叩くと笑顔で声を掛けた。
    「二人とも気合十分だね〜〜気を付けて行ってらっしゃい!」
     ユーゴは微笑んで、ファルクは舌打ちして、リュンヌの街を駆けて行った。二人の出発を見届けてから、アメリーは路地裏に目を向ける。助けられた時に感じたかすかな甘い香りは、夜風にまぎれて消えていった。
     

    * * * * * * *
     
     城壁の外を囲む深い堀。大地のマナが失われ干上がって、ただの溝と化したそこから分かれた細い支流のひとつに、小さな橋が架かっていた。リュンヌからは少し距離がありやや低い位置にあるその橋は、かつてはその先にある集落と都市とを結んでいたのだろうが、今や通る者はおらず朽ちかけていた。物音を立てないように近付いて、その上に立つ二つの影を窺う。こちらに背を向けた者の声は聴こえず顔も見えないので何を話しているかは分からないが、こちらを向いている男の声はか細いながらも風に乗って届いていた。
    「繋ぎと受け渡しには天使と悪魔を使うと聞いてはいたが……まさかこんなに若いとはな」
     それを受けて白い翼の天使が何事か言葉を返すと、ぼろぼろの外套を被った男はどこか苦しそうに答える。
    「……役割を交代したのは賢明だったな。それくらいは問題ないだろう。しかし、お前達にこれを命じた上の連中は――いや、なんでもない……」
     そう言って男は外套の下から何かを取り出すと天使に手渡した。天使はそれを確認すると頷いて懐に入れ、男に何かを尋ねた。
    「ああ……あんたの手を借りるまでもない。きっちり仕事は終えてやるさ」
     そう言ってわなわなと震える手をもう片方の手で抑えるように握る。その両手には禍々しい黒い紋様が浮かび上がっていた。その症状を数多く目にしてきた経験から言って、理性的に会話できているのが不思議なぐらいの状態だ。
    「だが、もし……」
     そこで言葉を切った男は一瞬だけ辺りを見渡すような仕草をした。しかし向かい合う人物が何事か言葉を返したのか、すぐさま彼に向き直る。
    「――ああ、すまないな……」
     男は天使の横を通り過ぎて、こちら側へ向かって橋を渡り始めた。しかし途中で立ち止まると、優しい声音で言った。
    「そうだ、悪魔に渡した紙袋の中に入ってるのはただの菓子だ。よかったら食べてくれ。あそこの店にはよく通ってたんだ」
     天使はこちらを振り返ると、少しだけ微笑んだ。男は天使から充分に距離を取ると、朽ちかけた橋の欄干に手を掛ける。その下にあるのは、かつては川が流れていたと思しき溝だ。剥き出しになった川底はごつごつした岩が突き出ていて、男が立つ橋からはかなりの高さがある。
     男は外套の下から光る物を取り出すと、祈るように胸の前に握った。
    「ハロウィンか……あいつらも、今ごろ……」
     その影が喉にナイフを突き立て崖下に身を躍らせる刹那、誰かの名前を呼んだ気がした。続けて響く鈍く重たい音。橋の上で噛み殺すように細く低く吐き出される吐息。こちらの姿は消えていても感覚器官まで消える訳ではないので嫌でも鮮明に聴き取れた。
     この世に在る生きとし生けるものは全て、その命を終えた時にはマナの塵になって空に還る。その光を確認するまでが彼の仕事なのだろう。まだ川底にはその光が見えていないので、彼もその場を動く気配はなかった。
    (――なるほど、これも含めて俺に託すってことか……)
     ひとつ溜め息をつくと、太腿に巻いたベルトに手を伸ばし、欄干の上の影が下を覗き込む前に素早くナイフを投げた。
    「―――――……」
     そこにあった塊が僅かに震えて、それから緑色の光の粒子が立ち昇った。欄干に歩み寄った天使は川底を覗き込み下を確認すると、踵を返して立ち去った。
     光となって消えた男が遺した最期の五文字。この仕事をしている中でもごく稀に聴くことになるその言葉に、返事をする道理も魂の安寧を祈る資格も自分にはない。これは言うなれば死神の仕事だ。
     崖伝いに川底へ降りて二本のナイフと目的のものを回収し、衣類はそのままにした。ハロウィンの乱痴気騒ぎで脱ぎ散らかされた仮装が風に舞い、ここまで飛ばされて来ることもあるだろう。
    「しっかしまあ、これでプラスマイナスゼロ……とはならないよなあ……」
     
     * * * * * * * *

     騎士学校で顔を合わせた時の彼女の激昂ぶりは相当な物だった。
    「……何の用だ。私は頗る機嫌が悪いんだが……?」
     振り返らないままそう言った背中には、その言葉通り視認できるのではないかと錯覚するほどの怒気が立ち昇っていた。
    「いやあ……今日は仕事で来てるんだけど。お前んとこの生徒、ちょっと貸してくれないかなー……って――」
     そこで振り返ったリゼットの目は普段の凍てつくような色と変わりないはずなのに、まるで炎が燃え盛っているように見える。思わず口を噤んだガスパルの表情を見て、彼女は絞り出すように吐き捨てた。
    「拒否権など無いに等しいくせに……何をほざく……?」
     ブレイズを二名、帝国領になったばかりのリュンヌに潜入させろ。その命令それ自体はもちろん、上層部がその指令をこの男に持たせてきたのも、その命令を突っぱねる力が自分にないことも、何もかもが腹立たしくてリゼットはきつく拳を握り締めた。その手に目を落とし、ガスパルがため息をつく。
    「良いニュースか悪いニュースかはお前の判断に任せるけど、ちょうど俺もリュンヌには用があってな。それだけ言いに来た」
     それを聴いたリゼットの眉がぴくりと震える。忌々しそうに歪められた彼女の唇からは、たった一言だけ独り言のような言葉が漏れた。
    「――行けるものなら……!私は、また…………」
     こんな風に俯いて唇を噛み締める幼馴染を見るのは、これでもう何度目だろう。きっとガスパルにも呆れ果てているのだろうし、それ以上に自分自身が許せない人間だ。それでいて、教え子を危険に晒すような依頼を運んで来た男に、その教え子を託すような物言いをするのだから笑ってしまう。
    「――やっぱり教師向いてるよ、お前」
    「……は?」
     途端に冷ややかな気配を取り戻し、リゼットが治安の悪い目でガスパルを睨め付ける。
    「そういや、他のブレイズのひよっ子ちゃん達はハロウィンの祭りの手伝いなんだろ?さっきそこですれ違ったけど、みんな仮装して楽しそうだったな」
     ハロウィン前日の今日、ブレイズ達はちょうど任務がなかったので商店街のイベントにボランティアとして参加している。早朝に下った指令に従ってリュンヌへと立った二人も、本来なら今ごろルディルームで子ども達に菓子を配っていたはずだ。そのことを思い出し更に表情が険しくなったリゼットに、ガスパルは無神経な一言を重ねる。
    「教官殿は仮装されないんですかね?せっかくだし、いつもと真逆の服装がいいんじゃないか。例えば……シスターとか?」
     その軽薄な声には返事をせず、リゼットは無言で銃を抜くとガスパルの足もとを撃った。
    「おおい?!せめて警告はしろよ!!」
     悲鳴を上げて飛び退るガスパルに銃口を向けたまま、リゼットは低い声で警告した。
    「 さ っ さ と 行 け 」
     一音一音に殺意のこもったその声を聴くと、ガスパルはくるりと踵を返して騎士学校を後にした。

     厳しさと慈愛を併せ持つ、銃火器を持ったシスターのような幼馴染。彼女はああして怒っているぐらいがちょうど良い。昨日のやり取りを思い出しながら小さく笑って橋の上に戻り、ガスパルは天使が消えていった岩場に手をかざす。袖に隠した石に反応して扉が現れ、リュンヌ市内への隠し通路が口を開ける。任務はこれでお仕舞いだが、気の利いた酒でも二、三本買って帰れば少しはましな顔が拝めるかもしれないと期待して、透明人間はハロウィンの夜に溶けていった。

    「――あら、意外と仕事が早いのね」
     その姿を遠目に見ていた怪盗は、仮面の下で紅い瞳を細めて言う。
    「追うか?」
    「それは無理ね。アタシじゃあの扉は開けられないし」
     ラプラスは大きく開いたボディスーツの胸もとに視線を落とし、そっと手を添える。
    「本命は手に入れたもの、おまけは別にいいわ」
    「そうか。では帝都へ戻るか?」
     至極真面目な顔で尋ねるバスチアンを見上げて、ラプラスが唇を尖らせる。
    「もう、せっかちな子ねえ……そろそろリュンヌのお掃除も済んだ頃でしょうし、ハロウィンの夜を楽しみましょ?」
    「ああ、貴女がそう言うのなら」
    「あなたねえ……」
     それを聞いたラプラスは呆れかえった目をした。その続きは言わないままリュンヌに足を向ける。
    「……ハロウィンだし、甘い物の屋台も出てるんじゃないかしら」
    「む、それは……ならば自分も付き合おう」
     並んで歩く二つの影は、眠らぬ街を目指してゆっくりと進んでいく。今の彼女は一匹の怪盗猫だ。祭りの夜に交錯した様々な思惑はすべて忘れて、何を食べようかと思案する束の間の自由も、今夜ぐらいは許されるだろう。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    k_tar0ta

    DONE8月6日はレオミシェの日にすると1年前から決めていました。
    テーマは「初めて一緒にマーボーカレーを食べるレオミシェ」です。
    後日きちんと手直しして画像にしようと思いますが、取り急ぎおめでとうございます!
    飴色には未だ早い「ここにいたんだな、ミシェル」
     背後から声が掛かり、キッチンに立つミシェルはドアの方を振り返る。声の主は抱えた荷物を下ろして肩を回しながらすぐ傍まで歩み寄って来た。
    「お疲れ様、レオくん。荷物運んでくれてありがとう」
    「気にすんなって。これでまた俺の気高さ値がアップしたからな」
     思っていた通りの返答にミシェルが思わずくすりと笑みを零すと、レオは少し照れくさそうに頬を掻く。
    「子ども達は昼寝してんだっけ?」
    「うん。小さい子達は夜の天体観測まで起きてられるようお昼寝で、大きい子達はまだ川で遊びたいって。今は養護院の先生達が見てくれてるよ」
     レオとミシェルの二人はシルヴェーアにある養護院で子ども達の夏のキャンプを護衛する任務に就いていた。朝から森を散策して、昼は川で遊んで、夜は天体観測。それから庭にテントを張ってみんなで眠る。それだけのささやかな催しだが、夏の恒例行事として子ども達は毎年とても楽しみにしているらしい。
    5455

    related works

    recommended works