「社長~。これ、作りませんか?」
昼食を済ませて、紅茶を飲んで寛いでいたルーファウスの元に戻って来たレノに紙とペンを唐突に渡され、訝し気な視線をレノに向ける。
泊まりに来ている身なら、もう少し空気を読めと言ったところであまり効き目が無いことを分かっているルーファウスは諦めてレノの戯れに付き合うことにした。
「レノ。この『券』と書かれた紙は何だ?」
「それは、券の前に社長がオレにしてほしいことを書いて、それを叶える特別な券ですよ、と。」
「ほう?それは、何でも叶えてくれるのか?」
「えーっと…出来ればオレが叶えてあげられる範囲の内容でお願いしたいですね…。」
レノは渇いた笑いを浮かべ、無理難題を押し付けられないかと冷や冷やした思いが拭えず、吹き出しそうになる冷や汗を何とか抑えた。
そんなレノを他所にルーファウスは提案された時から決まっていたのか、何の迷いもなく紙にペンを走らせて書き込んだ。
「安心してくれていい。この願いならば叶えてくれるだろう?レノ。」
ルーファウスが願いを書き加えた券をレノに差し出した。その券を受け取ったレノが綺麗に綴られた文字の内容を読んで思わずルーファウスと券を交互に見比べてしまう。
「社長…これ本気なのか?」
「私は至って本気だが。お気に召さなかったのなら考え直さなければいけないな。」
ルーファウスが書き加えた願い。それは『ハグをする』というものだった。
一見するとありきたりな内容の願いに感じるが、抱きしめて欲しいと素直に言えないプライドが高いルーファウスらしいとレノは思った。
「考え直す必要なんて全く無いですよ、と。オレにとっては最高のおねだりだ。」
「…破り捨てるぞ。」
『強請る』という単語に気を悪くしたルーファウスがレノから券を奪い取ろうと伸ばした腕を掴まれ、いとも簡単に止められてルーファウスはレノを鋭く睨め付ける。
「言い方が悪かった。オレだってたまには社長に素直に甘えられたいんすよ。」
「私が君に甘える?想像が付かないな。」
「これ、その為の券だというの忘れてません?」
レノの指の間に挟まれてひらひらと見せ付けられる券にルーファウスは後悔の溜息を吐いた。間違いなくレノの言う通りで、その願いを躊躇い無く書いたのは紛れもないルーファウス自身だ。
(私は…この男に甘えたかったのか?)
自問自答をしてみても何故だか否定する要素が浮かんでこなくてルーファウスは戸惑う。レノに甘えたいのだと、自覚してしまった。その途端に羞恥で顔中に熱が集まって赤く染まっていくのが分かった。
もう後戻り出来ないと悟ったルーファウスは、レノが持っている券を指差すと意を決して口を開く。
「レノ…この券を使う。私を…ハグ、してくれ…。」
「もちろん。喜んで。」
赤く染まった顔のままレノを見つめ、消え入りそうなほど小さな声で紡がれたルーファウスの願いに、頬が緩みそうになるのを堪えたレノは掴んでいたルーファウスの腕を引き寄せてその身体を優しく抱きしめる。
服越しからでも伝わってくるレノの体温が思っていたよりも温かくて心地良さにルーファウスはそっと目を瞑る。
「君は温かいな…。」
「普通だと思いますけど。社長の体温が低いんじゃないのか?」
「…そうかもしれないな…。」
普段の気高く振る舞うルーファウスの姿からかけ離れた僅かに愁いを帯びた声音に、レノは胸を締め付けられる感覚に陥りそうになってルーファウスを抱きしめている腕の力を強めた。
たった一瞬、この腕からルーファウスを放してしまったら何処かへ消えてしまいそうな予感が頭を過って、最悪な想像をすぐに頭から掻き消した。
「社長が寒いって言ってくれたら、チケットが無くてもオレがいつでもこうして温めます。」
「券なんか口実で、初めからそれが目当てだったのだろう?」
「バレてたか。でも本気ですから。…寒くなくても言ってくれよ。」
「…気が向いたら、な。」
素直になれず言葉に出来ない代わりに、ルーファウスはレノの胸に顔を埋め背中に腕を回して抱きしめ返した。