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    らんじゅ

    すぎさく運命論者兼杉下に囚われる者
    色々捏造をする
    とみとが、うめ、らぎ辺りも描くかも
    パスは大体「」の中の英訳です

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    らんじゅ

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    ぼくさい(ぼくのかんがえたさいきょうのリーズニングが酒真髄をどうこうする話)の続き

    ヘケモリがログインしました
    だいぶ口が悪いなって思ったけどこのくらい悪いかもしれない
    長距離は便利ですね
    まだまだ続く

    不変なる冒険の導き手

     今日は朝から実にいい天気だった。窓から見える街並みは穏やかそのもので、調書や資料がこれでもかと積まれた執務机を優しく照らしている。その書類の山の中で、リーズニングは頭を抱えていた。視線の先には、怪物の腹の中から持ち帰った黒い封筒がある。狂気の王を殺し、行方を眩ませたユダ・レクイエムの情報だった。 
     ため息を吐きながらリーズニングは封筒を手に取る。封筒の中身は二枚の写真だった。一枚目、黒い革張りのソファに脚を組んで腰掛け、本を読む男の写真。白い髪に赤いメッシュの入った美しい男は、薄らと笑みを浮かべている。男の側に“White”と書かれており、その下には“Home”と記されている。
    二枚目、雑踏の中、背の高い男の後ろ姿を写した写真。黒髪に白いメッシュの入った男は青いシャツとベストの出立ちで、急いでいるのか小走りのように見える。こちらには男を丸く囲って“Black”と書かれており、その下に“The last witness point(最終目撃地点)”との文言と共に住所が書かれている。
     リーズニングは立ち上がると、写真を持ったまますたすたと執務机の横に鎮座するマップボードに歩いて行く。ボードの大半を埋める大きな地図をジッと眺め、赤いピンを該当の箇所に刺し、一歩下がってまた写真に視線を戻す。
     リーズニングは赤いピンを刺した場所から、男が向かったであろう方向を指で撫でる。男はどこに向かっていたのか。雑に括った髪をガシガシと掻き上げて、リーズニングは長くため息を付いた。情報が足りない。たった二枚の写真で何が分かろうか。イライが持ってきた写真の方が多いぞ。頭の天辺から脚の爪先まで暗闇にいる人間を探せというなら残っている情報などこれくらいなのか?
     眉間の皺を深めて考え込んでいると背後から現れた腕に手元の写真を奪われた。

    「なんだい、これだけ?女王様も無茶言うなぁ」

    リーズニングはギョッとして後ろを振り返るとそこにはのほほんと写真を眺めているイライがいた。

    「女王?」

    「バッカス亡き今次の“狂気の王”は彼女だろう?」

    「狂気の王、ね……おい、お前どこから入ってきた?」

     野暮なこと言いっこなしだよ、とイライは舞台役者のようなオーバーな動きで写真をリーズニングの手元に戻し、問いを煙に撒く。にこにこと笑うイライをジト、と睨み付けながらリーズニングはイライの横を通り抜け、執務机に写真を放り投げた。

    「情報が足りな過ぎる。日時すら分からないなんてどうしようもないだろう。噂が流れ始めたのは一週間以上前だ。つまり実際に失踪したのはそれより前。今日までにどれだけ遠くに行けるか。もう国内にはいないかもしれない。それを探すとなると俺の手には負えない。」

     リーズニングは椅子に腰掛け、苦い顔で深く息を吐いた。女王陛下の膝元、その影の一端である組織の頂点に近かった者。あきらかな痕跡など残さないだろう。詰み、だ。リーズニングはパイプを手に取り、葉を詰め始める。イライはボードに広げられた地図の一点をジッと見ていた。ゴソゴソとポケットから煙草を取り出すと、慣れた手つきで咥え、マッチで火を付ける。鼻から煙を吐き出すと、イライは赤いピンから男が向かったであろう方向に向かって確かめるように撫で、ゆったりと笑みを作った。

    「リーズニング、案外すぐにわかるかも知れないよ」





     翌日、リーズニングはイライに先導されある教会に足を運んだ。大きくも小さくもない、礼拝堂の隣に墓地が併設された綺麗な教会だった。
    イライは礼拝堂を通り抜け、墓地の入り口に建てられた小さな小屋へ歩いていく。

    「本当にここで合っているんだろうな?」

    「合っているよ、心配症だな。任せなよ」

     墓地へ続く道は舗装こそされていなかったが、実に綺麗なものだった。よほど神経質な墓守がいるのか。
    イライは小屋の戸を独特のリズムで叩く。少しばかり立て付けが悪いのか、鈍い音を立ててゆっくりと小さく戸が開かれる。そこから覗いたのは、白い頭髪で顔の半分を隠した、ヒョロ長い大きな男だった。顔を顰めて、血の色が透けた目でこちらをじっとりと睨んでいる。

    「……礼拝堂は隣だ。こっちじゃあない、わかるだろ、さよなら」

    体格に見合わないか細い声でそう言うと、男はすぐさま戸を閉めようとするが、イライはそれを許さなかった。細く開かれた戸の間に素早く脚を滑り込ませながらイライはにこやかに喋りだす。

    「やあ、久しぶりだねぇクレスさん。調子はどう?」

    「イヤッ知らないッ知らない人ですッ帰ってッ」

    「なんだい、つれないなぁ。私と君の仲だろう?」

     顔をくしゃくしゃにして嫌がる男、クレスをイライはケラケラと笑いながら揶揄う。リーズニングはクレスのことを何も知らないが、このイライという食えない男に“なにか”をされたのだろうということを、なんとなく察してしまった。ああ、聞くまいよ。必要に駆られないのならば。
     イライは一通りクレスをいぢめると、警察手帳を取り出し、クレスに見えるように掲げた。

    「話を聞いて良いかい」

    言外に断ることは許さないという圧を滲ませてイライはにっこりと笑う。クレスは手帳を見ると、戸を必死になって閉めようとするのをやめ、ぎょろりとした目をスッと細めて長くため息をついた。大きな男の無言というのは、なんとなく威圧感がある。それが薄暗い中にあるなら、尚更。
    リーズニングは“職権濫用”という単語が頭を掠めたが、たっぷり三秒数えて見なかったことにした。
     ヌッと戸の奥から右手が現れ、それはイライの胸ぐらをしっかりと掴み、自らの方に引き寄せる。そして少しばかり低めの声でクレスは凄んだ。

    「令状持って出直して来るんだなポリ公。ここを調べたいなら」

    眉間にぎゅう、と皺を寄せてクレスは吐き捨てるように言った。イライは変わらず穏やかに微笑んでいる。

    「さようなら」

    クレスはイライを掴み上げていた手を突き飛ばすように放すと、失せろ、とでも言いたげにそのまま中指を立てる。驚いているうちに大きな音を立てて勢いよく戸は閉じられた。
     リーズニングは深くため息を吐くと、乱れた襟をにこにこと直すイライに向かって再び問い直した。

    「本当にここで合ってるんだろうな?」

    「合っているってば」



    「珈琲と、カフェオレ、あとチョコレートサンデーくださいな」

     昼少し前のカフェテリアは少し混んでいた。奇跡的に空席だったテラス席に二人は着席する。メニューを開きながらにこにこと無愛想なウェイターに注文をすると、イライはリーズニングに向き直る。

    「説明はしてもらえるんだよな?エージェントがいるんじゃあないのか、門前払いだぞ」

    ギッとリーズニングはイライを睨みつける。そう、彼らは今日“C”のエージェントに会いに行ったのだ。地図を眺めていたイライは唐突にそのエージェントのことを思い出した。元は欧米の方にいたのだが、警察に追われ、この島国にやって来た。その際の手助けをイライが担当したのだった。

    「もちろんだとも、これさ」

     じっとりとリーズニングに睨みつけられながらイライはコートのポケットから小さな紙切れを取り出した。リーズニングはそれをひょいと摘むと、折り畳まれたそれを広げてみる。広げたとて手のひらにちょんと収まってしまうほど小さなそれには文字が書いてあった。

    “0:00 3-A12 sunset”

    リーズニングはジッとしばらくそれを見て、情報が足りない、とイライに突き返す。
     そりゃそうだよ、とイライは煙草を取り出し灰皿を引き寄せると、マッチで火を点ける。そして突き返されたその紙を燃やしてしまう。小さなメモはみるみる燃えてやがて灰になった。

    「ラブレターさ。call me maybe……ってね。ほうら、お食べよリーズニング。ガス欠になったら困るよ」

     運ばれて来たチョコレートサンデーをずい、とリーズニングに寄せる。糖分取って考えろってか、とリーズニングは眉間の皺を深くして目を伏せる。
    “0:00”
    “3-A12”
    “sunset”
    “call me maybe(電話して)”
    リーズニングは指を二本立ててイライを見る。するとイライは手のひらを上にしてどうぞ、という仕草をした。

    「“3-A12”とは“C”に関係する場所の名前か?」

    「yes」

    「“sunset”とはそのまま日没を意味するか?」

    「no」

    「コードネーム?」

    「おっと二つだろう?」

    イライは少しばかり意地悪な顔をして、人差し指を立てて口元に添える。リーズニングは眉間の皺を深くして軽く舌打ちをした。
     仮に、“sunset”がコードネームであるとしよう。あの文字列は呼び出しなのではないか。“0:00”に、“3-A12”で、“sunset”が待つ、といったふうに。電話番号ではなかったが。日付の指定がないので今夜と認識していいのだろうか。場所についてはまあ、イライに任せていいだろう。この呼び出しをよこしたクレスという男は一体何者なのか。
     リーズニングはため息を吐き、スプーンを手に取ると、アイスクリームの三分の一を掬い上げて口に運ぶ。大きなひと口でチョコレートサンデーが切り崩されていくのをイライはにこにこと眺めていた。

    「待ち合わせは」

    ものの数分でチョコレートサンデーを平らげたリーズニングは珈琲を飲みながらジト、とイライを見た。イライはミルクをたっぷり入れたカフェオレを一口飲み、両の手のひらを合わせて眠るゼスチャーをする。

    「冒険の始まりはいつだってベッドの上って決まってるだろう、ウェンディ」

    「これは冒険じゃあないぞ大きなロストボーイ。それも何かの比喩か?」

    リーズニングは片眉を上げて尋ねるが、イライは指を二本立てて微笑むだけだった。



     あと僅かで日付けが変わるだろうかという頃、リーズニングはイライの言う通りベッドに腰掛けていた。いつものようにコートを着込みステッキを持って、帽子を膝に乗せてコチコチと鳴る時計の音を聴きながら、“ピーターパン”を待っている。
     彼は大人にならない子供たちを束ねるリーダーであり、子供をネヴァーランドに連れて行く。子供たちはそこで壮大なる冒険をするのだ。わざわざイライがこの例えを出してきたということは、この物語にヒントがあるのだろう。
    “ピーターパン”
    “大人にならない子供”
    “ネヴァー・ランド”

    「大人にならない……」

     リーズニングは頭の中で断片を拾い上げた。
    “大人にならない”とは、一般的にどんな意味を持つだろうか。思い出になったときではないだろうかと、リーズニングは考える。すなわち、既に死亡している者。時が止まってしまった者ならば、大人にならないと言えるのではないだろうか。彼もまた生まれてすぐ迷子になり、ネヴァー・ランドの住人となった。冷静に考えれば生まれてすぐの赤ん坊が置き去りにされれば死んでしまうのは道理だ。

    「ネヴァー・ランド……」

     リーズニングはまた一つ拾い上げる。
    死者たる彼が、子供を連れて行き、そして思い出になる。その、場所。リーズニングの中にある仮説が組み上げられる。
    ピーターパン、これこそが何者でもない“C”であり、エージェント“sunset”なのではないか。そしてネヴァー・ランドとは、“3-A12”であり、それは思い出にならないといけない状況下のエージェントを補佐する場所なのではないか。例えば、追い詰められたエージェントを死んだように見せかけて逃す、だとか。

    「逃し屋……か……?」

     そんなことが罷り通るのか。いいや、やりかねない。女王陛下の膝元に侍り、正義という暴力に心酔する彼らならば、人ひとりの情報を改竄することくらい赤子の手を捻るより簡単だろう。
     思考に耽っていると、耳がコツ、と物音を拾い、リーズニングは顔を上げる。窓を見ると、銀河の目をした小さな梟がジッとこちらを見ていた。リーズニングは立ち上がると、ゆっくりと窓に近づき、そっと窓を開けてやる。梟はホウ、と一声鳴くと、よちよちと体の向きを変えて落下するかのように飛び去り、街灯の下に佇むイライへと帰って行った。イライはこちらに気付くと、軽く手を上げて自分の背後の路地を指差し、その路地に姿を消した。



    「ハァイ、先生。会うのは初めましてね。スカーレットよ、よろしく」

     イライの指差した路地にリーズニングが入ると、イライと赤髪のフレンチメイドが待っていた。角のような大きな髪飾りをつけて、前髪を一房だけ白く染めた女がにこりと笑いながら手を差し出してくる。がぱりと開いた胸元や惜しげもなく晒される脚にリーズニングは顔には出さずに驚きながら、スカーレットの握手に応じた。

    「さ、時間がないわ。さっさと繋げましょう」

    「よろしく頼むよ、3-A12だ」

    ああ、彼ね。とスカーレットはくるりと踵を返すと、路地の先へ鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで歩いて行く。

    「……おい、この先は……」

    「良いんだよ、リーズニング。その方が都合が良い。僕らにとっては」

     この路地の先は、行き止まりなのだ。自信満々に彼らは何処へ行こうと言うのだろう。地形が急に変わるはずもなし、行き止まりはすぐに現れた。スカーレットはカツカツとヒールを鳴らしながら壁の前に立つと、綺麗に磨かれたサルヴァを取り出し、壁に触れる。
     瞬間、リーズニングは不思議な感覚に襲われた。耳鳴りとも違う、神経を鷲掴みにするような高周波の波がリーズニングを襲う。いつか嫌というほど聴いた耳に残るイカれた無線機の音が近いだろうか。痛みを伴わないが暴力的なそれは本能で、歌だと理解した。鯨が歌で会話するように、誰かを呼ぶ歌だと。

    「なん、だ、これは」

    リーズニングはイライをキッと睨みつけるも、彼は慣れっこなのか微笑むだけだった。
    やがて歌がふつりと途切れると、スカーレットは閉じていた瞼を開き、サルヴァを持った腕をぐるりと大きくゆっくりと回し始める。目を凝らせばじわりと何かの模様が浮き出てきた。見たことのない、目を中央に据えたその紋様はだんだんと光を放ち始め、キィン、と一際高い音を立てて、それは形を成して行く。眩しさから咄嗟に目を閉じたリーズニングが再び目を開けると、スカーレットの前方の壁には直径1メートルほどの、光り輝く渦がぽかりと孔を開けていた。
     リーズニングは目の前で行われた超常現象に目眩を覚えた。もしかしたら待っているうちに眠ってしまったのかもしれない、と傍のイライの頬をぎゅうとつまんでみる。

    「アイタタ、なんだい急に!」

    「なんてこった、夢じゃあないのか。あれは一体……?」

    「もう、普通は自分の頬っぺたを抓るもんだろ……あれはね、扉さ。彼女の持っている銀の鍵はあらゆる扉を開けるんだ」

    ひらけごま……ってね、とイライはスタスタと孔に歩いて行き、足を掛けてリーズニングに振り返る。

    「さあ、冒険の始まりだよリーズニング。準備は良いかい?」

    リーズニングはとびきり顔を顰めて、小さく舌打ちをした。
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