悪癖 梅宮一には悪癖がある。出会った頃から変わらず、いつだって柊に向けられる悪癖がある。それは治りようもないし、対策も叶わない。今更変わらない、梅宮一の性質である。
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「卒業したら俺もお役御免だな。精々するわ」
ふと、柊は呟いた。たまたま進路調査のプリントが配られた日の昼休み、屋上の一角に作られた畑を嬉しそうに手入れする梅宮を見て『あ、そういえば牛乳もう少なかったな』くらいの感覚で溢したのだ。
梅宮は数秒キョトンとした顔をすると、『よくわからない』という顔をして「なんで?」と柊に問う。
「なんでも何も、進路違うだろ」
「え、ああ……うん、でもなんでお役御免だなんて言うんだ?」
「?だって俺は『防風鈴総代・梅宮』がダセエことしたときぶん殴る要員だろ?」
「うん」
「なら、卒業して総代でなくなったお前をわざわざ見張ってぶん殴ることないだろ。だからお役御免。俺とお前はそこで終わりだ」
梅宮は視線を斜め上にやってゆっくりと柊の言葉を咀嚼すると、手を軽く叩いて土を落とし、立ち上がる。大股に東屋に近付くと、ベンチに腰掛ける柊の目の前に立ち、キロリ、と視線で柊を刺し穿つ。
「……本当に?」
「は?」
「柊、本当に?」
ジッ、と逸らされない翠緑色に柊は僅かに眉を寄せるも逸らすことはしなかった。
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
「本当に?」
「しつこいぞ」
梅宮は柊の発言に対して酷く怒っているらしい。ジリ、と梅宮の内から漏れ出す青い炎が柊の肌を灼く心地がした。すぐ側に立って見下ろしてくる梅宮を柊は押し退けて立ち上がり、翠緑色を睨みつける。
自己中で、甘えたで、独占欲が強い。一般的な許容を超えるそれが梅宮一の悪癖だった。その甘えや独占欲が向かう先はいつだって柊登馬であった。自らが己が棲家に引き込んだ己を嫌う戦神。それが側を離れると宣言するもんだから酷く怒っているのだ。
「なぁ、本当に?」
するり、と梅宮の体温の高い指が柊の肌を滑る。痩けた頬を通り過ぎて耳を掠め、そのまま筋をなぞりながら降りて行き、喉仏を手のひらで覆うように首を掴む。梅宮は絶対に押し通したい何かがあるとき、相手の肌に触れる。そして『本当に?』と自分が望む答えになるまで繰り返すのだ。梅宮一というモンスターに慣れぬ者はこれをされると大抵は梅宮の圧に耐えられず、意見を変えてしまう。
柊の背にゾワリ、冷たいものが走る。触れる肌も見つめる瞳も、熱くて堪らないのに。しかし、僅かに爪を立てて力を込められる梅宮の手を柊は叩き落とした。
「くどい」
梅宮一という炎に巻かれてもなお眉一つ動かさない武神。それが柊登馬であった。少しの間、二人は睨み合っていた。お互い引かず、かと言って解決もせず、一触即発の屋上とは裏腹に、穏やかな風が吹いている。
梅宮はゆっくりと猛り狂う青い炎を目蓋の裏に収めると、深く息を吐いた。閉じられて初めて自分の肌は灼けていないのだと理解して、柊も僅かに詰めていた息を浅く吐く。再び現れる翠緑色の瞳は清らかな水面のように酷く澄んでいた。人好きのする懐っこい顔で梅宮は微笑むと、笑みの形に切り取られた唇から「わかった」とたったひと言落とすのだった。
と、いうやり取りをしたのがちょうど高三の春頃だったと思う。
翌日は変わりなく、いつもの通りの梅宮であったことは覚えている。たまのわがままを言ってみたかった日だったのだろう、と納得して気にも止めなかった。いつもの通りに『一緒に飯食いに行こう』だとか『近所の猫が子猫を産んでいた』だとか『杉下と街の外から来た新入生を見ていろ』だとか他愛のない世間話から面倒ごとまで寄越して来たのだ。
思えば祝われ、惜しまれてすっかり日が傾いた卒業式の帰り、変なことを言っていた。
「鬼ごっこの鬼は、逃げる時間を数えなきゃだろ」
「……は?」
「そうだな、半年でどうだ?」
甘えたな梅宮のことだから『夏休みにはみんなで遊びに行こうな』ということを言いたいのかと勝手に解釈した俺は、了承してしまった。してしまったのだ俺は。
進学を機に引っ越した新居の住所も何も伝えていないのにも関わらず、ピンポイントで何も予定の入っていない日にチャイムを鳴らされるとは思わないだろう。
から始まる梅宮と柊の話見た〜〜〜〜〜〜い!!