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    #ミラプトweekly
    お題:指先、ご馳走、眠たい
    いろいろつめこみましたパラダイスラウンジのふたり
    (ミラプト、マジで付き合う5秒前)

    #ミラプト

    今日の分はこれで琥珀色の液体の中で丸い氷がカランと音を立てる。鼻に抜けるスコッチウイスキーのスモーキーな香りを一頻り楽しんだ後、クリプトが傾けていたロックグラスをテーブルの上に戻すと、不思議そうな顔をしたパラダイスラウンジの店主、ミラージュとカウンター越しに目が合った。
    「それ、取れるのか?」
    彼が指差す先にあるのはロックグラスに触れるクリプトの手。視線で三指の腹を覆う黒いデバイスのことを指していると察したクリプトは、グラスから手を離すと結露で少し濡れた指先を緩く擦ってみせた。確認するように下から目だけで見上げてみれば、位置関係のせいで睨むような形になってしまったのかも知れない。慌てたようにミラージュが言葉を続けた。
    「い、いや、グラスを持つのに不便だったり、何かしら不都合があったらと思って。俺は今、ソラスに名高い老舗のバー・パラダイスラウンジの店主で、お前はその客だからな。客には気を使うもんだ。」
    まあ純粋な興味もあるっちゃあるんだが。そうへらりと笑って馬鹿正直に付け加えられてしまえば、毒気も抜かれるというもの。同じエーペックスゲームで競い合うレジェンドとして、他のレジェンドが使う能力や技術が気にならないわけがない。
    どう答えるべきか迷って指を擦り続けていると、パラダイスラウンジのロゴが入ったおしぼりを手渡される。別に濡れた手が気になったわけではないのだか、何か勘違いさせてしまったらしい。ほんのりとシトラスの香りのするそれは店主のこだわりと気遣いが感じられて好ましい。最初は鬱陶しいばかりだったこの男の、空回りしがちな気の回し方に対してこんな感想を抱くようになるなんて。胸をすく清涼な香りに免じて、クリプトはひとつだけ秘密を教えてやることにした。
    「これは皮膚に埋め込んでいるからメスでもないと取り外すことはできない。」
    メス、という単語にヒッ、とミラージュが怯えたように首を竦める。何かバカな想像でもしたようだ。予防接種を怖がる子供のような仕草に、クリプトは思わず笑ってしまいそうになる。こんなことで笑いそうになるなんて、アルコールで笑いの沸点が低くなっているに違いない。歪む口元を隠すようにクリプトは再びウイスキーに口をつけた。
    短納期の仕事を片付けた達成感と解放感、いつもより強めの酒を飲みたい気分だった。そんな欲望のまま“クリプト”になってから唯一の馴染みの店に閉店間際に滑り込み一も二もなく酒を強請ったにもかかわらず、店じまいをしていた店主は嫌な顔をするどころかむしろ空きっ腹にアルコールはダメだとあれやこれやと頼んでもいない料理を出して甲斐甲斐しくもてなしてくれた。疲れた体に染みる人のあたたかさ。クリプトの年中への字の口がいつもより柔らかく緩んでしまうのも仕方のないことだった。
    「取り外すことはできないが、特殊な素材で濡れても平気だし、指紋がなくてもグリップが効くようになっている。なんら不都合はない。」
    ほら、と言わんばかりにツマミとして出された焼きナスのオイル漬けと厚切りベーコン、パプリカのピンチョスを摘む。敢えて先端の持ち手ではなく、細い枝部分をホールドするその様を見れば、なるほどとミラージュも納得したようだ。
    「そういえばお前ハシも使えたもんなあ。ドロップシップの個人スペースで何か食ってんの見たぞ。いつまでもデスクの上に食器が置きっぱになってんのも。」
    「余計なお世話だ。」
    「まあ気の利く俺様が洗っといてやったわけだが。」
    「お前だったのか。」
    「感謝しろよ!しかしあんな棒きれ二本で器用によくもまあ…洗いながら触ってみたけど、俺にはさっぱりだった。」
    「それは生まれ育った食文化の違いだろう。」
    ペラペラと喋りながらも今日の片付けに明日の仕込みとミラージュの手は休まることはない。そもそも閉店間際に押しかけたのだ、あまり口を挟んで邪魔をしては悪い。クリプトは大人しく口に入れたピンチョスの咀嚼に集中する。
    ジューシーな焼きナスと存在感のあるベーコン、グリルされたパプリカと爽やかなオリーブ、香ばしく焼かれた全粒粉のパン。すべてがウイスキーのスモーキーな風味にマッチしていて、小さいながらも味も食べ応えも十分な一品に、ついつい手が次から次へと伸びてしまう。
    「おっ、もう食っちまったのか?そんなに気に入ったならもうちょっと作ってやるよ。」
    上にのるものがなくなったカッティングボードに気付くなり、ミラージュは流れるような手捌きで新たなピンチョスを作りはじめる。大きくて無骨な手が小さくて華やかな串を作るその様は、それこそ箸なんか使えなくたって十分すぎるくらい器用なものだと思う。そうこうしているうちにサーブされた新たなピンチョスは先程のものとは少し異なり、パンの代わりにスライスされたズッキーニで具材が包まれていて、色味の似たグリーンオリーブは艶やかなブラックオリーブに変えられているようだった。
    「こんな時間に炭水化物の摂りすぎもよくないからな。」
    別にパンを焼くのが面倒だったわけじゃないぞ!と、ミラージュが付け足す。今更ちょっと健康を意識したところで日々の荒んだ食生活を思えば焼け石に水でしかないのだが、その心遣いが心地よい。まるで家族を想うような、ひどく身近であたたかな客への思いやりと機転、それらを生かす手先の器用さ。素直に感心したクリプトは新たなピンチョスを摘むと、カウンター席の上に吊るされた暖色のライトの下でくるりと回してみせた。
    「なんだ、俺様の手際の良さに感動しちゃった?」
    「…ああ、そうだな。器用なもんだ。」
    調子に乗るなよ小僧、といつもなら釘を刺すところだったのに。するりと口から出た褒め言葉はアルコールのせいだろうか。まあ、たまには悪くない。オレンジの光を受けてキラキラと輝くブラックオリーブとズッキーニ、油を纏ったベーコン、色鮮やかなパプリカ、まるで宝石のようなそれらを眺めながら、クリプトは柔らかく微笑んだ。
    「め、珍しく素直じゃないかクリーピー…褒めたってまけないぞ?」
    「誰もそんなケチくさいこと頼んでない。」
    「まあ…そうだな、まけはしないが…器用ついでにミラージュ様のとっておきでも見せてやるか。」
    ちょっと待ってな、と言い残してミラージュはバックヤードに消えていく。程なくして戻ってきたその手には随分と使い込まれた一本のアコースティックギター。なんでそんなものが店にあるんだ、というクリプトの疑問をよそに、ミラージュはクリプトの隣の席に腰下ろし、一本一本の弦に指をかけて確かめるように鳴らしてみせる。そういえば実物を間近で見るのは初めてかも知れない。クリプトはまじまじとその古めかしくも木目の美しい楽器を見つめた。
    「さてお客様、何かリクエストはありますか?」
    「音楽にはあまり詳しくない。逆に何が弾けるんだ?」
    「まあ定番の曲くらいしか弾けないんだが…」
    ポロポロと、静かな店内に響きはじめる心地よい音色。ミラージュの手が軽快に動くたび、指弾きならではの太くて柔らかな音が、クリプトの鼓膜を優しく揺らす。当時を知らないはずなのにどこか懐かしい気持ちになるオールディーズアメリカンポップスは、ウィット家が代々所有しているという少しレトロなパラダイスラウンジの雰囲気とマッチしていて、なかなか乙なものがある。
    「上手いもんだな。」
    「だろ?小さい頃に兄貴達に教わってちょっと齧った程度なんだが…皆でセッションしたり、母さんの誕生日パーティーで弾いたり…今でも客にせがまれて披露することもあるんだ。俺様の美声付きでな!」
    「それは遠慮しておこう。」
    なんでだよ!と笑うミラージュにつられてクリプトの頬も緩む。
    お誕生日の歌を弾きながら歌い踊るミラージュとその兄達、その輪の中心で微笑む彼の母、絵に描いたような家族の団欒。きっと幸せな家族だったのだろう。瞼の裏に浮かぶその幻を追うように、クリプトは目を閉じた。ミラージュの奏でる家族の音色が、胸の奥にしまい込んでいたあたたかな記憶に優しく触れる。あたたかいのにせつなくて、せつないのにいとおしい。じわりと目の奥が熱くなる。やさしく、頬に触れる手。
    「…おねむかクリプちゃん?」
    いつのまにか少し夢を見ていたようだ。心配そうに覗き込むミラージュの顔を見て、クリプトは慌てて居住まいを正した。
    「すまない。酔ってしまったみたいだ。」
    本当はもっと聴いていたかったが、寝てしまっては申し訳ない。クリプトはお勘定を頼むと、グラスの底に残ったウイスキーを飲み干した。微睡に重くなる体を叱咤して手早く身支度を整え、ミラージュが持ってきた会計用の端末と自身の端末を触れ合わせる。
    「…また、聴かせてくれるか?」
    決済完了を知らせる電子音にかき消されそうなほど小さな声は、しかしミラージュの耳にしっかり届いたようだ。
    「チップは弾んでもらうぜ。」
    ミラージュは驚いたように目を見開いた後、悪戯っ子みたいに笑った。何を、とは言わなかったが、正しく伝わったことにクリプトが安堵していると、ふと視界に影が落ちる。
    「今日の分はこれで。」
    額に触れる柔らかい感触。後頭部に添えられた手が名残惜しむように丸いそこをひと撫でして離れていって、ようやくクリプトは額にキスされたことに気が付いた。微睡んでいた意識が急速に覚醒する。なんで、と口にしようと開いた口は、ミラージュの優しく、だけど熱のこもった視線に絡め取られて固まってしまう。
    「おやすみ。」
    いけしゃあしゃあとよく言えたものだ。子供にするおやすみのキスでないことは触れた唇の熱さが雄弁に物語っていたというのに。最後に頭をひと撫でされて店を出たクリプトは確かめるように自らの額に触れてみる。しかしそこはもうどちらの熱かわからないほど、クリプト自身の熱で熱くなっていた。
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