幸福論「うおー、疲れたな」
「…疲れた。でも楽しかった」
「ん、そーだな!」
今度のコンペに出すマシンをどんな機体に組み上げるか。D&D秘密作戦会議は4時間にも及び、あのパーツがいる、それならどこそこの誰が詳しいとか、2人は脳みそをフル回転して計画を練った。
いつもとは違う筋肉を使った感じがして、2人ともすっかり疲れ切っていた。
「イヌピー、先にシャワーしていいぞ」
「わかった…言っておくが、今日はもう疲れたからシないぞ」
乾がチラッと睨むと、龍宮寺は苦い顔で舌打ちした。
「チッ、わかったよ〜。あーあ、疲れてる時こそシたいのにな。いぬぴに癒されてえ〜」
「絶対に、いやだ。お前は癒されるのかも知れないが、俺はもっと疲れるだろうが」
「はいはい」
熱めのシャワーを浴びると、疲労が溶け出すようにスッキリする。乾は適当に髪を拭きながら、脱衣所の棚に置いたラタンカゴの下着入れからボクサーパンツを取って身につけた。いつものジャージを履いて、もう寝る準備は万端。
「ふぁ…ねみい。けど、アイス食お」
乾はふらふらとリビングへ戻り、テレビを見ている龍宮寺の背中に声を掛けた。
「ドラケン、上がったぞ」
「ほーい」
龍宮寺が風呂へ行ったのを確認すると、キッチンに忍び込んで冷凍庫を漁る。
「お、ラスイチ」
ホームランバーは最後の一本だ。龍宮寺がいない間に食べてしまわねば。
リビングのソファにゴロゴロしながら、アイスをしゃぶる。乾は至福の時間を過ごしていた。
10分ほどで水音が止み、龍宮寺が風呂を出た気配がした。食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に放り込んで証拠隠滅。
「ぴー?」
「なん?」
呼ばれて振り向くと、リビングの入り口で腰にタオルを巻いた龍宮寺が仁王立ちしていた。
「俺のラスイチのパンツ知らね?カゴにあったはずなんだけど」
「は?知らね…あ、」
「あ?」
(そういえば…なんかゆるい気がしたんだよな)
カゴからとったそれに、足を入れた瞬間の違和感。
(伸びちまったのかなと思ってそのまま履いちまった…)
お徳用パック、10枚いくらの下着は2人とも同じ色柄でサイズ違いのものを買っている。安い分、痛みやすくてすぐダメになるので買い替えも頻繁だ。洗い上がった下着は脱衣所の棚に並べて置いてあるそれぞれの籠に格納するルールになっているのだが…。
「もしかして…ぴー、間違えた?」
「ちげえし」
間髪入れずに否定する。あまりに早すぎてもはや白状しているようなものだ。
「え?じゃ、脱いでみろよ。ジャージ」
「やだ」
嫌そうに顔を歪めて見せた乾に、龍宮寺はニヤリと笑う。
「ぜってー脱がす」
「は?…わ、やめろ、おい、何すんだ?」
慌てて立ち上がった乾を追いかけて抱きしめる。逃げようとして手足をバタつかせても、羽交い締めにして逃がさない構えだ。体格差があるからこうなると乾は抜け出せない。
「はなせっ!」
「おら、大人しくしろ。ぴー、パンツ見せろって」
「いやだ。ふざけんな、すけべ野郎」
「正直に間違えたって言えばいいだろー?」
脇腹や太ももを悪戯にくすぐられて乾が身を捩る。
「っあ、う、はは!くすぐってぇよ、ばか」
「白状する気になったか?このパンツ泥棒」
「うるせえ。きもい」
「あはは!イヌピー、もう観念して、謝んなって」
「い、や、だ!」
「強情だな」
「ひっ!んあっ…テメエどこに手入れてんだ!」
龍宮寺の手がするりとグレーのスエットパンツに潜り込む。その手を掴んで引き止めようとするが頸に息を吹きかけられるとうまく力が入らず、いいようにやられてしまう。
「やめろ、いやだっ。はなせ…どらけんっ!」
「大人しくしろ…パンツのタグ確認すっから」
「やっ、ヘンタイ、さ、わんな、このやろっ、んっ」
指先が鼠蹊部を掠めると、乾の身体がびくっと跳ねる。その敏感な反応に、龍宮寺は密かに下唇を舐めた。
「へへ、どれどれ…ほら、やっぱりな。Lじゃん」
「っ、はぁ、はぁ」
「パンツドロはイヌピーだな」
「はあ、はっ、…ふは」
無駄な抵抗をしたせいで上がってしまった荒い呼吸の合間に、乾はふっと笑みを溢した。
「…ん?イヌピー、なに笑ってんの?ちゃんと反省してんのか?」
「んふふ、うん…わるい。間違えた」
「はは!イヌピー、パンツ間違えるとかよっぽど疲れてんだな」
「ふっ、こんな、くだらねえことで…俺たちバカみてえ」
他愛もないことで取っ組みあって、くすぐりあって、笑い合って。
抗争に明け暮れていた殺伐とした日々が遠く感じる。乾も龍宮寺も色んなものを失った。得たものも確かにあったが、失ったものの傷跡はあまりにも深いし、傷つけてしまった人も沢山いる。2人で暮らし始めた頃の乾には自分だけが幸せになっていいのかと悩む気持ちもあった。
だが、それでも乾は龍宮寺と一緒に幸せになる道を選んで、生きることにしたのだ。
『俺はドラケンだけには幸せでいて欲しいって思う。俺なんかといてくれんの、嬉しいけど。俺といて不幸になるなら一緒にいたくない』
『そっか。ありがとう。…でもそれってさ、俺も同じだから。俺もイヌピーに幸せでいて欲しいんだ。…つまり、イヌピーが幸せな時が俺が幸せな時ってこと。だから2人で幸せんなろーぜ』
傷を抱えたままで、けれど、一歩一歩幸福に向かって歩もうと初めて身体を繋げた2人だけの記念日に誓いを立てた。乾はあの日、ベッドの中で龍宮寺に抱き締められて、気付かれないように少し泣いた。
「確かにくだらねえけどさ、でも、なんかいいよな、こういうの」
「ああ。ドラケン、なんだか…いま俺、幸せかもしれねえ」
「イヌピー…」
乾の臍の上で組まれた龍宮寺の手は離れない。乾はふっと力を抜き、目を瞑って龍宮寺の胸に背中を預けた。
さっきまで騒がしかったリビングに一瞬沈黙が降りて、互いの息遣いがやけに大きく聞こえる。
「…ぴー、あのさ」
乾の肩に顎を置いた龍宮寺がそっと囁く。
「なんだよ」
「ホントに今日はシねえの?」
「…バカ。シねえ」
「そっかー」
龍宮寺は乾を抱え込んだまま左右にゆらゆらと揺れた。まるで赤ん坊をあやすようなリズム。
「でも俺、いま洗ってるのが乾くまでパンツねえしなあ」
「あっそ、じゃ、まっぱでいれば」
「んー?」
「あっ、どらけんっ!」
臍の下あたりをぐいっと押し込まれて、震える。
「いぬぴのココに入りてえなあ」
「うあっ、そこ押すな」
「いぬぴもココに俺の欲しくねえ?」
龍宮寺に仕込まれた身体はすぐに快感を思い出して疼き出す。
(ちくしょう、コイツ…ずるい)
「ぴー…、本当に無理?今日はだめ?」
甘えた声で言われると全部許してやりたくなってしまう。
(仕方ねえ、俺が年上だから折れてやんなきゃな…)
「だめ…じゃない、かも」
「!やったぜ。イヌピー、愛してる!」
龍宮寺は乾を抱き抱えて、恋人の気が変わらないうちにベッドルームへ急いだ。