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    名実(メイジツ)

    @meijitsuED

    推しカプの小説置き場

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    POIPOI 17

    裕太視点の蔵不二。ラブコメです。さりげなーく年齢操作してる。不二くんは裕太のことが大好き。弟だものね。

    兄の恋 なぜ兄貴がその人と付き合っているのか不思議に思っているが、その理由を特別知りたいとは思っていない。
     人を好きになるのはすばらしいことだと思うし、兄貴の人生だからどんな人と付き合おうと否定しない。喜ばしいことは素直に祝福したいと思っている。
     けれどその人と付き合っていても、あいかわらず兄貴は俺の小さなことに干渉してきて、世話を焼いてくる。小さい子どもではないのだから放っておいてほしいのに。気にかけてくれる心はありがたいけど、たまにうっとうしく感じられる時もある。
     その熱量をその人にも向けているのではないか。干渉のしすぎで関係が悪化してはいまいか。ふと心配になって訊いてみると、
    「白石にそこまでしないよ。彼はしっかりしてるから。あ、もしかして裕太は嫉妬してくれたのかな?」
     目を輝かせてそう言い、「安心して。僕がかわいいと思っているのは裕太だけだよ」と女の子なら見惚れてしまいそうな甘いマスクを弟である俺に向けてきた。我が兄ながら、こいつやばい奴なんじゃねえか? と思わないでもない。
    「そういうの俺じゃなくて白石さんに言ってやれよ。いや、『かわいい』って言われても白石さんは喜ばないかもしれないけど」
    「うーん……白石に言うのは恥ずかしいな」
     兄貴は珍しく照れくさそうな笑顔を浮かべ頬を掻いていた。 


     兄貴がその人のことをどれぐらい好きなのかというのは、兄貴の行動に出ている。
     ある日の午後、家のリビングでまったりとテレビを観ていると兄貴があわてたように洗面所と自室を行ったり来たりして身支度を整えていた。どこかに行くのか、と尋ねると、
    「白石と会う時間ができたから行ってくるよ。母さんに夕飯は食べてくるからって伝えておいて」
     早口にそう言い、せわしげに出ていってしまった。どうやら急に決まったことのようだ。兄貴が帰ってきたのは次の日の夕方だった。
     またある時、用があって兄貴の部屋に入ると兄貴はベッドで昼寝をしていた。近づいても起きないくらい深く寝入っていて、その枕元には何枚かの写真が置いてあった。カメラで写真を撮ることが趣味の兄貴のことだから、写真の整理でもしていて眠気に負けたのだろう。
     枕元に置かれたままの写真を見ると、どれも白石さんが写っていた。枕元に置いて夢でも見ているんだろうか。
    「……ん……? あ、裕太。いらっしゃい」
    「わりい。起こした?」
    「大丈夫だよ。そうだ、写真片付けてなかった」
     兄貴は思い出したように呟き、枕元に散らしていた白石さんが写っている写真を手に取ると愛おしそうに眺めていた。
    「白石さんの写真ばっかりだな」
     からかいの気持ちを込めて指摘してやると、
    「そうだね。心配しないで。裕太の写真もたくさんあるよ」
     いい笑顔になり、起き上がってどこかから分厚いアルバムを取り出した。すべて俺の写真だけで構成されたアルバムだった。やっぱりこいつやばい奴かもしれない。
    「なんでこんなもん作ってんだよ! こええよ!」
    「怖くないよ。裕太専用の家族アルバムだよ」
     弟一人に特化した家族アルバムを兄が作るものなのか? という疑念は拭えなかったが、写真を眺めているうちに撮られたときの思い出がよみがえり、「これってあのときのだろ?」と当時の思い出話で兄貴と会話が盛り上がって案外楽しかった。思い出を形に残しておくのもいいもんだな、と思うけれど、寝顔とかボーッとしてるだけの写真とかはいらないと思う。
     まさか白石さん用のも作ってるんじゃ、とはっとし訊いてみると、
    「まだ作ってないよ」
     にこやかにそう答えていた。まだ、の部分が引っかかるが。
    「あんまり寝顔とか無防備なところ撮るのはやめとけよ」
     人として忠告しておくと、
    「撮らないよ。そういうの嫌がりそうだから」
     まともな思考をしていてほっとした。というか、俺も寝顔を思い出に撮られるのは嫌だから撮るな。

     そして今、兄貴はリビングのソファで死んだようにうつ伏せになっている。ソファの背もたれで隠れてしまい一見すると気づかなかったが、テレビでも見ようかと移動した時、人が寝ているとわかってぎょっとした。いや寝ているというより倒れているという表現の方がしっくりくる。一体何があったのか。
    「どうしたんだよ兄貴。具合悪いのか?」
     心配して声をかけると兄貴が顔を上げた。その表情は、楽しみを奪われて落ち込んでいる子どものようだった。まとっている雰囲気もどんよりして見える。
    「具合は悪くないよ。ただ……ちょっと、ね……」
     詳しい話を聞きたいところだが言葉を濁す。兄貴はそういうところがある。肝心なことほど隠す。それはたいてい自分にとって都合の悪いことだ。
    「そういえば今日って、白石さんと遊びに出かけるんじゃなかったのか?」
     数日前、兄貴に予定を訊いたら「白石と1日遊びに行く日がある」と嬉しそうな笑顔で話していた。それが今日だったはずだ。
    「もしかして、白石さんと喧嘩でもしたのか?」
     ありえそうなシチュエーションだなと思い核心を突いてみたが、「喧嘩はしてないよ」とけろっとしており、体を起こしてソファに座りなおした。
    「家族に大変なことがあったみたいで、昨日大阪に帰っちゃたんだ」
    「それで今日の予定もパアになったのか……」
    「身内のことだから、仕方ないよ」
     家族のことだから。仕方ない。兄貴は自分に言い聞かすみたいにそう繰り返して、小さく肩を落とした。さみしそうに見えた。理由が理由とはいえ、兄貴は今日白石さんに会うことを楽しみにしていたのだろう。少し同情した。
    「何も予定なくなったんなら、気分転換にどっか行く?」
     気づけばそう誘っていた。しゅんとしていた兄貴を見過ごせなかったし、俺に何ができるかわからないけれど励ましたかった。すると、兄貴の顔やまとっていた雰囲気がパアアっと晴れていく。
    「行こう! どこに行く? 裕太の好きな所でいいよ。楽しみだな、裕太とのデート」
    「デートじゃねえよ!」
     あっという間に兄貴は水を得た魚のように生き返った。

     兄貴はその人とどんな付き合いをしているのかというエピソードを自分から話すことは少ない。つまりのろけないのだ。
     けれど一度だけ、感情が高ぶっていたのか自分から話したことがある。
     ある夜、風呂上がりにリビングで涼んでいると、姉貴がキョロキョロしながら入って来た。
    「周助まだ帰ってきてないの?」
    「そういえばそうだな」
    「今日も泊まってくるのかしら……先にお風呂入っちゃおう」
     時刻は23時に差しかかろうとしていて、両親はもう寝ていた。スマホを確認しても兄貴から連絡は届いていなかった。
     兄貴が「出かけてくるね」と家を出て無断のまま帰ってこないことはたまにある。そして次の日になるといつの間にか家にいて「白石の所に泊まってたんだ」とニコニコしているのが決まったオチだ。おそらく今回もそのパターンだろう。
     マイペースな兄貴に俺も姉貴も慣れきっているので、今さら心配はしていない。白石さんといるところに水を差したくないので、緊急のことがない限り連絡もしないようにしている。何かあれば兄貴の方から連絡してくるだろう。
     姉貴が風呂に入って数分後、玄関からガチャ、と鍵のまわる音がした。ただいまー、と兄貴の声がする。珍しく帰ってきたことに驚き、一応玄関まで出迎えに行った。
    「おかえり……って、えっ」
    「裕太、起きてたんだね。母さんたちはもう寝ちゃった?」
    「こんばんは、裕太クン。久しぶりやんな」
     兄貴と一緒に白石さんがいた。いきなりの登場に動揺しつつも「お久しぶりです……!」と条件反射のように挨拶を返した。白石さんはあいかわらずイケメンでかっこいい。うちの兄貴もイケメンってよく周りから褒められるけど、弟の俺からするとよくわからない。兄貴は兄貴だ。
    「あの、いつも兄がお世話になってます。何かご迷惑をおかけしてないか心配で……」
    「そんなかしこまらんと、俺の方こそいきなり訪ねてごめんな。不二クンの帰りが遅なってしもたから送りがてらご両親にご挨拶しよう思うとったんやけど、よう考えたらもう夜も遅いもんな」
     白石さんは兄貴の「遅いから白石もウチに泊まっていきなよ」を断って帰って行った。兄貴を送り届けに来ただけだったが、終始スマートで爽やかだった。白石さんが帰るのを見送り、玄関には俺と兄貴だけが立っていた。
     今日も泊ってくるんだろうと、姉貴と見当をつけていたので帰ってきてびっくりした、と話すと兄貴は今日はもとから家に帰る予定であったことを打ち明けた。
    「想定よりも帰り道に時間がかかっちゃって。家まで送るって言ってくれたときは申し訳ないから大丈夫だよって断ったんだけど、『一緒にいたいから、送らせて』って。フフッ」
     珍しく兄貴がのろけてる。本当に珍しい。よほど嬉しかったんだろう。
     風呂から上がった姉貴に白石さんが来ていたことを告げると、「うそ!? 会いたかったあ~」悔しそうにしていた。姉貴は白石さんのファンだった。

     好きな所でいい、と言われたのでSNSで話題になっているカフェに行くことにした。
     人気店なだけあって人が列を作り、兄貴と2人けっこう並んだ。長い待ち時間だったけれど兄貴がずっと俺の近況やら何やらを訊いてくるので仕方なく答えて暇をつぶした。前に並んでいる女性2人組は俺と兄貴の会話を聞いていたようで、何がおもしろいのか時々フフッと笑われ、恥ずかしかった。兄貴は楽しそうだった。
     ようやく店に案内され席に着き、兄貴の「好きなもの頼んでいいよ」の言葉に甘え、気になっていたスイーツを5つも注文してしまった。本当は3つに絞ろうと思っていたのだけれど、迷って決められないでいたら兄貴が「全部注文すればいいよ」と勧めてくれた。兄貴のこういう優しさには、ちょっと助かっている。
    「雰囲気のいいお店だね」
    「テレビや雑誌でも紹介されてるくらいだからな。白石さんとはこういう所来ないのか?」
     自然な流れで質問できたはずだ。さっきまでさんざん兄貴から質問攻めにあっていたのだから、こちらにだって訊く権利はあるだろう。
    「よくあるよ。でもここよりはもうちょっと人の落ち着いた所が多いかな」
    「2人っていつもどんな所に行くんだ?」
    「植物園が一番多いよ。僕も白石も植物が好きだから」
     兄貴は運ばれてきたコーヒーに口をつけたのを合図に、話をやめた。もっと訊いてみようとしたら、ここのスイーツの話に話題を変えられはぐらかされてしまった。その後も何度か白石さんの話を喋らせる機会を狙ったけれど兄貴はことごとく話をそらし隙を与えなかった。悔しいけれど、兄貴はそういう奴だ。テニスの腕だけでなく、コミュニケーションでも一枚上手。もっと素直に話せばいいのに、とも思う。せめて今日は本来白石さんとどこへ遊びに行く予定だったのかくらい訊き出したかった。
     会計は俺も半分出すつもりだったのに、いつのまにか兄貴が全部払っていた。

     兄貴と2人家に帰ると姉貴がいて、頼んでもないのに「占ってあげる」とダイニングテーブルに座らされ、運勢を占われた。強引な時の姉貴には俺も兄貴も逆らえない。
    「姉さんの占いはよく当たるから、怖いな」
     兄貴は口ではそう言いつつも、クスリと笑っている。姉貴がタロットカードをめくり、兄貴の運勢を占う。
    「んー……全体運は悪くないわね。何か落ち込むことがあってもその分いいことも降ってきてプラマイゼロ。恋愛ではもうちょっと素直になってもいいかも」
    「悪くなさそうならよかった」
     兄貴はそう言うと口をつぐんだ。微笑みを浮かべているのは変わらないけれど、姉貴に言われた言葉を噛み締めるような顔をしていた。
    「裕太はね~、」姉貴が悠長な口調で、タロットカードをめくる。
    「ちょっと運勢停滞気味ね。可もなく不可もなくというかんじ。運気を変えるには内にこもっているよりも外に放出するのがいいわ。たとえば話題になってるスポットに出かけるとか」
    「話題になってるスポットなら今行ってきたばかりだね」
     俺の代わりに兄貴が口を出すと、そのまま姉貴に俺とカフェへ行ってきたことをぺらぺらと喋った。俺との話はすぐ誰かに話す。
    「あらいいじゃない。そういう風に出かけるのが大事よ。あとはそうねえ、人におせっかいを焼くのもいいかも」
    「おせっかい……?」
    「人のために動くと運気が上がるわ」

     
     運勢停滞気味、と言われたしかに「可もなく不可もなく」な日々を過ごしている。大きな悩みはないが、かといって心躍るような楽しいこともない。
     姉貴の占いを気にしているわけではないけれどなるべく外出しようと思った。その矢先、ルドルフの先輩たちからストテニに誘われた。
    「裕太は今週末、何か予定は決まってる?」
    「観月さんたちに誘われたからストテニに行ってくる」
    「そうなんだ。じゃあ週末は家に誰もいないんだね」
    「え? 兄貴も出かけるのか?」
     今週末、両親は夫婦水入らずで出かけ、姉貴も仕事の打ち合わせがあると言い、3人が家にいないことは知っている。
    「うん。ちょっとね」
     ニコニコと音がつきそうな微笑みに、おそらく白石さんと出かけてくるのだろうと確信した。

     迎えた週末。両親、姉貴、兄貴、の順で出かけていき、家を一番最後に出るのは俺だった。が、玄関で靴を履いた時、事件は起こる。
    『すみません裕太くん。今日のストテニは中止です』
    「えっ」
     なんでもみな急に用事が出来てしまい都合が悪くなったため、日を改めることにしたらしい。観月さんからの電話で急な予定変更を告げられ、もうすでに準備万端でいたばかりに気落ちしたが、次なる一言でさらに追いうちされた。
    『お詫びというわけではありませんが、親戚からさくらんぼが届きましたので裕太くんにもおすそ分けします。今日の午後届くよう指定しましたので、ぜひご家族の方と召しあがってください』
     今日の午後、というと今日は一日誰も家におらずそれぞれいつ帰ってくるのかもわからない。荷物を受け取るためには家にいなければならなかった。俺は履いたばかりの靴を脱ぎ、靴箱へしまった。
     
     冷蔵庫にあるもので昼食を済ませなんとはなしにテレビをつけバラエティ番組を見ていると、『家族の感動秘話特集』なるものがやっており、つい夢中になって心がジーンときてしまった。
     特に兄と確執のあった弟の話は俺と兄貴の昔の関係と重なってしまって、他人事のように思えず感情移入して見入った。その兄弟は今ではわだかまりも溶け、穏やかな関係を築けているそうだ。笑い合う2人の姿に胸が温かくなり、気持ちが動かされ、気づけば兄貴の部屋に入って以前見せてくれたアルバムを手に取っていた。俺の写真ばっかりだけど、小さい頃の写真は兄貴も一緒に写っている。アルバムをめくりながら思い出に浸っているとチャイムが鳴った。アルバムを手に持ったまま慌てて玄関を開けると、届いたのは観月さんからの贈り物ではなく、兄貴宛の荷物だった。大手通販サイトのロゴが入った箱で送られてきたので、きっと何か注文した品なのだろう。部屋に置いておこうかとも思ったが、もう少しアルバムを眺めていたかったので、荷物をリビングのテーブルに置き、ソファに寝転がってアルバムの写真を見ていた。小さい頃の俺と兄貴が昼寝をしている写真が目に入る。たしか眠る前に不気味な絵本を読んだせいで怖い夢を見て、起きた後兄貴が怖く見えたんだよなー。そんなことを思い出しているとうとうとし、睡魔に負けて瞼を閉じた。荷物が届いても1階で寝ていればチャイムの音で目が覚めるだろう。昔のように怖い夢を見ることもなく。

     5分くらい眠ったと思ったけれど、壁にかかっている時計で時間を確認すると小1時間ほど経っていた。慌てて起きると体に置いていたままのアルバムが床に落ちそうになったので寸前で拾い上げた。そういえばアルバムを兄貴の部屋から持ち出したままだ。人知れず見ていたことがバレると恥ずかしいので、帰ってくる前に戻しておこう。ついでに兄貴宛に届いた荷物も持って行ってやろう。
     勝手知ったる兄貴の部屋だ。ノックは省略してドアを開けてしまうことが多い。というか今兄貴は出かけているからノックしても返事はないだろう。

     そう。俺は兄貴は出かけているのだと思っていた。兄貴にしたって俺はストテニに行っているから家には誰もいないと思っていたのだろう。

     だからノックもなしに部屋の扉を開けて、兄貴と白石さんが抱き合っている光景を目にした時は驚きのあまり「えっっっ!?」と声が出てしまった。だっていないと思っていたはずの人間がいつの間にか帰ってきていたんだからな。

     真っ赤な顔をした2人が口をあんぐりと開けて俺を見ていた。俺はすぐに扉を閉めた。手汗がひどい。
     
     どうしようとか、こんな時どうすればとか、すっげえ気まずいとか、いろいろと混乱はあるけれど、ひとまず2人が服を着ていてよかった、という安堵が大きかった。いやそんな場合じゃない。
     アルバムと兄貴宛の荷物を抱えたまま廊下に立ち尽くしとりあえず自室にこもろうかと思ったら、部屋から兄貴が出てきた。若干顔を見づらいこの状況で顔を合わすとか兄貴ってタフだな、と場違いにちょっと尊敬した。
    「ゆ、裕太、いたんだね。どうしたの?」
     さすがの兄貴も動揺を隠しきれていない。肩から落ちかかっているカーディガンを着直す素振りが生々しく見えて、とても直視できなかった。
    「い、いや。たいしたことじゃないから、あとでいいよ」
    「今でも大丈夫だよ」
    「大丈夫じゃねえだろ」
     まるでコントのようにすかさずツッコミを入れると、兄貴は気まずげな笑みを浮かべた。
    「ごめん……。まさか、いるとは思わなくて……」
     リビングのソファは人が寝そべっていても背もたれで隠れて見えなくなる。以前兄貴が倒れ込むように寝ていた姿も、俺はソファに近づくまで気づかなかった。兄貴も俺がリビングのソファで寝ていることなど知らずそのまま部屋に上がったのだろう。俺の靴は靴箱にしまっていたわけだし、そりゃ家に誰もいないと思うよな。というか帰ってきたのに気づかない俺もどんだけ深く寝入ってたんだよ。
    「俺も、兄貴たちが帰ってきてるのにリビングで寝てて全然気づかなかった……ご、ごめん」
    「裕太が謝ることじゃないよ。そうだ、白石が買って来てくれたお土産のチーズケーキがあるよ。食べる?」
     やっぱり兄貴はタフだな、と思った。

     ダイニングテーブルに着いて白石さんと顔を合わすと「さっきはほんまにごめんな……」と気まずそうに謝られた。白石さんに謝られると逆にこっちが申し訳なかった。なぜ俺と白石さんの再会はいつも予期しないサプライズなのだろう。
     結局俺は兄貴の部屋からアルバムを取り出していたことがバレて、兄貴にからかわれた。からかわれたというか、えらく感動していた兄貴に散々かまわれただけだけど。俺と兄貴を見て白石さんは「男兄弟ってええなあ」と穏やかに微笑んでいた。一体どこを見てそう思ったのだろう。
    「そうですか? うちは世間の男兄弟と比べたら兄貴がちょっとおかしいんですけど」
    「ひどいなあ」
     口ではそう言っても兄貴は嬉しそうだった。
    「俺のところは女兄妹やから。弟って妹とはまたちゃうんやろなって」
    「弟はいいものだよ」
     兄貴は誇らしげに言うと、俺の頭を撫でた。恥ずかしいので「やめろよっ」とあがくとフフっと笑いながら手を外した。白石さんは「やっぱりええなあ」と穏やかに微笑んでいた。本当に一体どこを見てそう思うのだろう。
    「女姉妹に囲まれとると肩身が狭い時もあるから」
    「けど俺も兄貴も姉貴には逆らえませんよ」
     それから話題はお互いの家族の話になり、白石さんが最近起こった家族のハプニングを教えてくれた。先週大阪に帰ったのはそれを解決するためだったそうだ。
    「大慌てで帰ったのに、あっさり解決してもうてん。損した気分やったわ……」
    「でも平和に終わってなによりだよ。家族にも会えてよかったね」
    「せやな。けど、不二クンには悪いことしてもうたわ。ごめんな」
    「さっきからそんなに謝らなくても大丈夫だよ。おかげでこうして裕太も一緒にチーズケーキを食べてるんだから。それでいいよ」
     申し訳なさそうにしている白石さんに兄貴は柔らかく笑うと、フォークで切り分けたチーズケーキを口に運んだ。チーズケーキは名店のものだけあっておいしい。
     兄貴がコクリと喉を動かしてチーズケーキを飲み込む。あの時、死んだようにソファに倒れていたのに。あのさみしさはちゃんと伝えたんだろうか。
     いや、兄貴は都合の悪い感情は隠したがるから、白石さんに悟られないよう接しているのだろう。
     店のロゴが印字されているケーキの焼き目を見て、ふと姉貴に言われた占いの言葉を思い出した。
    『人におせっかいを焼くのもいいかも』
     たまには俺が兄貴の世話を焼くのもいいだろう。普段の感謝を込めて、ってことで。

    「兄貴なら、白石さんが大阪に帰って会えないってわかった後、ショックのあまりそこのソファで死んだように行き倒れてましたよ」

     事実を告げると白石さんが「え、」と小声をこぼし目を丸くしていた。横から兄貴が「っ裕太、」と珍しく焦った声を出している。ちょうどタイミングよくピンポーンとチャイムが鳴ったので、俺は言うだけ言ってその場を後にした。
     届いた荷物はやはり観月さんからのさくらんぼだった。リビングに持っていこうとして2人の会話が耳に入り、思わず足を止める。

    「不二クンて、俺の予定が変わって会えへんくなっても『気にしないで』とか『大丈夫だよ』とか言うてくれて平気なんやな……思うてたから。ちゃんと、さみしがってくれてたんやな。……めっちゃ、嬉しい」

     そーっとリビングを覗くと白石さんも兄貴も頬を赤くして向かい合っていて、まるでさくらんぼのようだった。部屋に甘酸っぱい雰囲気が漂っている。
     よかったな兄貴、と胸がほんわかしつつも俺は、どのタイミングで2人の空間に入ろうか荷物を持ったまま迷っていた。

      
     
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