14番 やみつき三郎に口内炎ができた。ずっと治らなくて三郎の機嫌が悪い。でも勘右衛門に、ぶすくされてかわいくない顔してるよ、っていわれると、わたしはかわいいだろ!って言い返すくらいの元気はある。雷蔵の顔なんだからかわいいに決まってる、っていうと雷蔵はちょっと渋い顔をするから八左ヱ門は、雷蔵はかわいいよ、って励ます。そのフォローはいらないんだよ、って雷蔵に叱られる八左ヱ門。
三郎が頻繁に口をもごもごしているからたぶん気になって舌で触っちゃうんだろうな、って雷蔵も八左ヱ門も心配してる。あんまり長く治らないから痛みが快い気がして歯で噛んでる、って言われてそろそろまずいな、って焦る五年生。新野先生には相談していて、診てもらっているけどでも治らない。沁みるから食事もままならなくて、湯豆腐がいちばん食べやすいけどそろそろ飽きてきた。
勘右衛門が、民間療法だけどはちみつが効くっていうよね、って言う。でもはちみつなんて高級食材がすぐ手に入るわけもなく。三郎としてはいつか治るだろうくらいの気持ちでいるから、友人たちの心配はありがたいが、本人としては煩わしいものの焦ってはいない。
という話をした翌日に八左ヱ門がはちみつを手に入れる。正しくは手に入れたのは学園長で、学園長を手伝った褒美になにが欲しいと問われてはちみつを求めたら快く分けてくれた。人徳。
手に入れたそれをさてどうしようかと思う。わけてもらったのはほんの二口ほどで、八左ヱ門が三郎にそれを口内炎に塗るようにと渡しても、たぶん受けってもらえない。珍しいものなんだから自分で食べろっていわれる。でも八左ヱ門は三郎の口内炎が心配で譲ってもらったものなんだから三郎に食べて欲しい。
ううん、と悩んでいるうちに三郎と雷蔵の室の前まできていて三郎に見つかる。どうしたって言われたから隠し立てせず、はちみつが手に入ったと告げる。なにか言いたげな三郎を遮って、八左ヱ門は三郎が心配なんだって必死に伝える。ちょっと泣きそう。
三郎はなに泣きそうになってるんだって笑いながらはちみつの入った椀を受け取る。受け取ったものの舐めようとしなくて、匙がいるか?って訊くと匙は要らないがはちみつは沁みるだろう、と三郎がいう。沁みるだろうなと八左ヱ門が返す。三郎はちょっと思案するような顔をして八左ヱ門に塗ってくれと請う。戸惑う八左ヱ門。
沁みるなら一思いに塗ってくれ。そんな覚悟を決めたみたいな顔をしなくても…と八左ヱ門は思うけど三郎の気持ちはわかる。
いいじゃないか、恋仲からのおねだりだぞ。と言われると八左ヱ門は弱い。三郎が持ったままの椀からはちみつを掬う。三郎がぱかりと口をあける。舌や頬の裏に口内炎が広がっていて痛そう。八左ヱ門が眉尻をさげると、ほら、と三郎に促される。咥内に指を差し入れて、そうっとはちみつを口内炎に置くように塗る。三郎の眉間にしわが寄る。沁みたらしい。慌てて八左ヱ門が指を引き抜こうとすれば三郎が八左ヱ門の指先に吸い付く。ざわりと八左ヱ門の背中が震える。
「……もっと欲しい。」
「はちみつですよね!はい!」
沁みて痛くても治るなら、と耐えている三郎を前にして八左ヱ門は無心ではちみつを塗る。指先が三郎の唇に触れるたびにぐっと奥歯を噛みしめた。