15番 表面三郎は怒っている。八左ヱ門との距離感のことだ。恋仲になったのに八左ヱ門は遠慮がちに三郎に触れる。もっとこう、がばっとこい!と思うし、なんだったら恋仲になる前のほうががばっときていた、友人の触れ合いの範疇だけど。
それがなくなて、遠慮がちになって、正直なところ三郎は寂しいし、腹を立てている。ふいに三郎の面に触れそうになった八左ヱ門の手がふわりと逃げた。ごめん、じゃない!八左ヱ門なら面にも触っていいって言った!さすがに面を剥ごうとしたら怒るけど、八左ヱ門はそんなことしないっていう信頼は友人の頃からある。だから三郎は面に触れていいっていうのに、触れようとしない八左ヱ門に怒っている。
三郎は逃げようとした八左ヱ門の手をがしっと掴む。ちょっと力がはいりすぎてきりきりと締め上げるみたいになったけどご愛敬。三郎の怒りに気づいた八左ヱ門が背を正す。三郎は八左ヱ門の手のひらを頬に当てた。
「好きに触れればいい。」
掴んでいた八左ヱ門の腕を離しても手のひらは離れない。ちょっと安堵する三郎。これで八左ヱ門に遠慮されたら別れ話に進展するところだった。
八左ヱ門が手のひらで、指先で、ゆっくりと三郎の顔を撫でる。三郎はじっと八左ヱ門を見つめる。面をつけている三郎は、八左ヱ門の熱を感じることができなくて、少しだけ寂しい。
「……ざらざらしてない。」
「念入りに面の表面を磨いているからな。」
「……思ったより冷たい。」
「そりゃあ面だからな。」
「うん、」
うん、っていったきり八左ヱ門は面を無心で撫でる。それでも面と肌の境目には触れようとしないから三郎はやっぱりちょっと腹が立つ。触っていいって言ったのに。いいよって言ったのは八左ヱ門だけなのに。
八左ヱ門が感嘆の吐息をこぼして三郎の肩を抱き寄せる。三郎の肩口に顔を埋めては~~~と息を吐く八左ヱ門。なにか不満でもあるのか、と三郎がけしきばむ。きゅうと三郎の背にまわった八左ヱ門の腕の力が強い。
「触れさせてくれるなんて、思ってもみなくて、」
「かまわない、って言っただろうが。」
「世辞かと……。」
恋仲に橋渡りな世辞を言うわけがない。世辞ならよほど危険性が高い。
だから!言った!だろ!!!って三郎がなる。ってなるけどまあ、仕方ないかなとも思う。八左ヱ門が三郎を大切に想って、少しずつ恋仲として距離を詰めようとしていることは三郎だってわかっている。一足飛びで距離を詰めてかまわないのに、と思っているし言ってもいるし、伝わってないし。
「でも、うん、嬉しい……。」
そうやって噛みしめるみたいに喜ぶから、三郎はもうなにも言えなくなってしまう。三郎だってちゃんと覚悟を持って恋仲になったのに、おそらく八左ヱ門はそんなことまったく気づいていない。八左ヱ門ならば今際の際に素顔を見せてもかまわないと思っていることにも気づいていなくて、気づいていなくても大切にしてくれるのはわかっているから、腹が立っても許してしまう。いつか伝われって願いながら。