大好きな匂い 今日はコーサカは夜遅くまで外出で、おれは家に一人。
まあ、普段お互いの作業があるからずっと一緒と言うわけではないけれど、そんな今日に限って寂しい。
家の中は何も変わらない。プールの水の匂い、洗剤の匂い、温かなお日様の匂い。テーブルの置かれたコーヒーの匂いと、コーサカが飲み干した血の匂い。
そして、大好きなコーサカの匂い。
置いていったパーカーをそっと抱きしめる。
寂しい気持ちは、少しずつ満たされる。
秋だけれど今日は日差しが温かいのもあり、ベッドは暖かいし、大好きな匂いに包まれているから心地良い。
甘くて、温かくて、少しだけ血の匂いがスパイスになっていて、コーサカが腕の中にいるみたいに錯覚してしまう。
おれは鼻がいいから。これでも狼男だし。
家に一人だから尻尾も振り放題だ。でも、少し眠たいな。
──何があったかは知らないけれど、帰ってきたら相方が狼の耳を垂らし、尻尾を下向きにくねらせて、俺のパーカーを抱きしめながら甘噛みをして……眠っている。
幸せそうな顔をしながら、すーすーと野生じゃ生きていけないであろうくらいリラックスしている……。
帰った、と伝えて起こすべきか?
少し悩んだが、リビングには、恐らくコーヒーを飲み干したマグカップが一つあるだけで、キッチンを覗いても昼に食器を水に浸けたきり変わっていない。
食材も減っていないし、出前を取った痕跡もない。
「あいつ……夕食も食わずに寝てたな……」
推測するに、昼寝をして結局この時間まで寝ており今に至る、といったところだろうが……なんでアンジョーは俺のパーカーを抱きしめているんだ……?
流石に夜も遅いし、夕食を食わせないのも、俺だけ食って放置というのは気が引ける。起こそう。
「ジョーさん、ジョーさん起きて」
「んー……こぉーさかぁ……」
幸せそうな寝言に腹が立つ、というか自分でも情けないことに、自分のパーカーに嫉妬している。
クソダセェ……。
「ジョーさん起きて、もう夜だよ。俺も帰ってきたよ」
「んぅ……」
無理矢理パーカーを引き剥がせば流石に起きるか?
「本物よりそっちがいいのかよ」
思わず溢れた一言に自分で恥ずかしくなる。
何言ってんだ俺は。
その瞬間、アンジョーの耳はピクンと跳ね、ゆっくりと瞼を開き、へにゃりとした笑顔を向けて、
「本物のこーさかが一番だよ」
なんて寝惚けて吐かすもんだから、思わず「うるせぇ、起きろ」と返してしまった。
「へへ、大好きだよ」
可愛いのが悔しい。へにゃへにゃした笑顔向けやがって。
耳と尻尾を隠すことも忘れて。伝説のウェアウルフと名高い種族の成人男性が何をやっているんだ。
「ホント、お前野生じゃ生きていけないよな」
と、デコピンをしたら流石に目を覚ました様だった。
「いたっ。あ、コーサカおかえり」
「ただいま。飯作るから起きな」
「あ、ありがとう」
少しキョトンとしているのは、まだ完全には起きてないからなのだろうが……。
「あと、パーカー返せ」
「あっ、や、これはー……。あはは、ごめんね」
誤魔化そうとしたのだろうが、自身がパーカーを抱きしめていた現場を持ち主に見られては、言い訳も浮かばない様だった。
「抱きしめるんなら、本物にしとけよ」
「……そういうこと言う」
バツが悪そうに目を逸らして耳を垂らした。
お前は幾つだよ、と問い詰めたいが、こいつは自分の年齢を覚えていないので意味がない。
「ほら、耳と尻尾しまえよ」
「はーい。……コーサカ」
「何?」
「やっぱり、コーサカの匂いが一番安心する」
「そりゃ、同じ家に住んでますからね。安心もするでしょ」
「えっと、そうじゃなくて……」
「『大好き』だから?」
「あぅ……」