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    seki_shinya2ji

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    いつかに書いた人魚パロ治角名完結後のスピンオフ侑北
    侑:人間
    北さん:元人魚、言葉が話せない

    春の暮の結婚式 春も暮れ、夕方の港町は閑散としている。犬を連れて散歩をするいつもの老人の足取りが重いのは日中がかなり暖かったためだろう。初夏の陽気すら感じるこの島で、侑はとんでもないものを見つけたのだ。真っ白でゴミ一つ落ちていないこの北側の海岸に、人が落ちていたのだ。真っ白に日焼けを知らないその人は砂に溶け込むかのように倒れていた。時折寄せる波に打たれる白い背中が眩しかったのをよく覚えている。そして一目惚れを知った。四月の半ばだ。
     
     
     弟の水死体が打ち上げられてどれくらいの月日が流れたか。やっと想いで葬式を上げることができて、少なすぎる遺品整理や諸々の行事や手続きを終えて数か月が経っていた。遺品整理の際、弟が残していった勝ち確定の品々を見て、本当は泣きたくもなかったのに、負けてしまったのが悔しくて悔しくてたまらなくなって、泣いてしまった。
     悔しくて泣いてしまったのには理由がある。結局弟には隣に立っている元人魚を紹介することはできなかった。街の人たちは口々に「あの人魚に連れ去られた」「若いのに」「やっぱり人魚のせいだ」と言ったのも悔しかったが、これに反論する権利は侑にはなかった。元人魚が拾ったものは間違いなく人魚の鱗で、弟も人魚と一生を共にしたらしい。こういうところまで似てくると双子とは恐ろしいとさえ思う。互いの違いでいえば、喋れない元人魚か、意思疎通が可能な人魚かの違いだろう。
     双子は大きな喧嘩をしてそれ以来まともに連絡が取られなくなっていた。いる場所は知っているのに会いにも行かなかった。それもそうで、唐突に血のつながった弟に「兄ちゃん、好き。恋愛的な意味で。」とカミングアウトされたら悪寒で怒鳴り散らしてしまう。その時の弟の顔の次に見た顔は水を大量に飲んで膨れた水死体の顔だった。最後に見たのは棺桶に入れられた弟の顔。丁寧に閉じられた瞳は開けられることなく次には全て灰になっていた。
     ――あつむ
     侑の隣に座っている人間は北、という。侑が名前を付けた。北は言葉を話すことができない。侑と出会った時も、口はパクパク動かしても空気が抜ける音しかしなかった。先生に診てもらえば声帯がごっそり無くなっていたので元人魚の現人間であることはすぐに分かった。そのため、意思疎通は基本的に文字である。手話より侑の手のひらに文字を書いた方が早い、というのが北の主張だ。北はその文字を砂浜に書いている。漢字は難しいのでまだ練習中だが、ひらがなが書けたら意思疎通に問題はない。
     ここは島の南側の海岸。こちらの海岸も比較的綺麗な白い砂浜である。今は干潮だ。目の前には夕日が落ちかけている。二人が座り込んでいる砂浜までは押し寄せてこない波は北の文字は攫わない。サリ、と音がする北の文字はちょっとだけぎこちないが綺麗に書けている。
    「どうしたんですか」
     ――あつむ は おれ と おって しあわせ か
     最後に書いた「?」が変な方向に曲がっていたがそういうところも可愛いものだ。侑の口調が映っている北の口語文は優しい。その言葉に侑は大きくうなずいた。
    「もちろんです。俺はもう北さんしかおらんし、足が生えとろうが声が出やんくても、人魚のひれがあろうがなかろうが、北さんが好きです」
     北の瞳は初めて見た時から変わらず周りの風景が反射する透明な瞳である。侑と初めて会った時は砂浜の白、今は夕日が少し落ちたオレンジ色である。真っ直ぐその瞳は侑の瞳を見返して数秒、また文字を書くために目を落とした。
     ――おとうとさん みたい なって ええんか
     弟が人魚といたのではないか、と言ったのは北である。人魚であった北が人魚の鱗が分からないわけがないし、弟が着ていたズボンのポケットから出てきた石を北は「にんぎょのなみだ」と言い切った。人魚と生涯を終わらせた身内がいるのだ。不安になってしまうのも無理はない。しかし侑の答えも一つである。
    「俺はこの幸せしか知らん。北さんの隣におることが幸せなことしか知らん。せやから北さん、俺の幸せ奪わんといて」
     文字を書いた指を握ってこれ以上の世迷言を言い綴らないように先に制止させた。丸い目に夜の色が濃くなってくる。それでも輝いたのは、涙のせいだ。北はもう人魚ではない。人間だ。だから泣いても涙という水分しか出ない価値のない体だ。それでも侑は隣にいてほしい、北と幸せになりたい、そうはっきりと言った。
    「嬉しいの涙?」という言葉にコクリと頷く。
    「悲しいの涙?」という言葉に左右に首を振る。
     背中に人間の手を回されても熱くない。暖かい。きっとこれが人間との愛の温度なのだ、と北は思った。弟と人魚はこの暖かさを知ることなく死んでしまったのだ。そう思うと涙はどんどん溢れてくる。幸せで幸せで、押しつぶされてしまいそうだ。海の中は無臭だ。でも今は侑のほんのり香る香水と初めて香った線香の匂いが混ざっている。それもなんだか切なくて潰されてしまいそうだ。
     北も侑と同じように暖かい。弟が死のうが死なまいが、侑は北と幸せになると決めていた。人の人生は人魚の一〇分の一以下だ。その短い短い人の生を、侑と過ごすことができるのが嬉しいと言ってくれたのだ。肩を濡らす涙が暖かいことが嬉しくてたまらない。この人に会えてよかったと思える。
     
     一向に泣き止まない北の口から嗚咽が漏れることはない。静かな二人きりの誓いのキスは、海という牧師が見届けた。太陽は早々に退場してしまった。これからは月が二人を見守ることとなる。時刻は一九時前だ。
     
     
     
     
     #春の暮
     春という季節の終わりの意味と、春の夕暮れの意味。
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