Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    seki_shinya2ji

    @seki_shinya2ji

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 49

    seki_shinya2ji

    ☆quiet follow

    8/20インテで販売する新刊「日常、大罪にて」の前日譚的なもの、アレの続きです。
    これ自体はとりあえず次回まで続きます。そしてまた読み切りが出来次第上げる予定です。
    当日はよろしくお願いいたします!

    2「タロウくん、こんにちは」
    タロウ、と呼ばれた人間は声をかけられて笑顔で振り返った。
    顧問弁護士の出立は、スーツに白髪で異様に目立つが、このタロウの見た目は対照的に平々凡々だ。髪は少しだけ緑かかっているように見えるが、どう見ても黒髪。髪型は短髪でどこにでもいそうな青年の髪型。頬にはそばかすがあるが、特別目が大きいわけでも歯が白いわけでもなく。着ている洋服も一般的で街中で特別浮くことはない。白いワンポイントTシャツは少しだけオーバーサイズのシルエットだが、スキニージーンズでメリハリのあるものだ。驚くのは年齢だろうか、この男は一応27歳、どう見ても大学生のような出立の社会人だ。
    「北先生、こんにちは。お世話になっております」
    「他の子は?」
    「最近はみんな忙しくて、人手不足で困ってます」
    困ったような笑い方はまるで高校生のようだ。最近見た不良グループとは全く正反対である。
    「タナカくんに会いたかったんやけどなぁ」
    「タナカさんなら、最近結婚しましたよ」
    「そうなん?おめでとう、言うとって」
    「はい」
    昼の太陽が脳天を焼いているような昼下がり。2人は話歩きながら近くの喫茶店に滑り込んだ。店の中で1番最奥にあるボックス席。喫煙席に移動したのは、タロウが喫煙者だからだ。2人はとりあえずコーヒーを二杯注文して一息ついたところで話を振った。
    「今日はどのようなご用件でしょうか」
    タロウは、所謂興信所で働く探偵だ。ただタロウの事務所は、一般人の浮気調査や素性調査をするのではなく、基本的に暴力団に関する調査を行う。暴力団の人間から金を借りた人間の行方から、金を持ち逃げした水商売の人間について、あとは単純な行動記録など。人に関する調査はこの人たちに任せてしまえば大半の情報を交換できる。
    「今日は、この子について、頼みたいんや」
    タロウの言葉は標準語だ。元々は違う地域に住んでいたそうだが、その地域の言葉は微塵も感じられないほどに標準語だ。
    顧問弁護士が差し出した子供の写真は、もちろんあのニャオハだ。いつも整形された綺麗な人間や、体の至る所に支障がありそうな人間ばかりを提示してきたせいだろう。タロウは目を見開かれていた。
    「どうしたんですか、この子」
    「これの父親と母親探しをお願いしたいねん」
    「ああよかった。てっきり北先生の隠し子の子守かと」
    「そんなことあらへんよ」
    大袈裟とも言えそうなほどに安堵をしたタロウは胸を撫で下ろすような仕草をした。言葉を選ぶことをしなかったが、顧問弁護士は笑って咎めることもしなかった。顧問弁護士は基本的に怒ることはない。いつだってニコニコして感じのいい青年である。その笑みは所謂ビジネスから生まれたものだが、それでも整った顔が笑えばなんとかなるのは、キャバクラの嬢を見ていたら実感できる。
    差し出したニャオハはあの時一緒にいたサクラコとミナの2人に挟まれた自撮り写真だ。顔がしっかり写っており、画面の端には殺伐としたバッグヤードには不自然な新品同然のランドセルが写っている。
    「このランドセル、この地域の私立小学校のものやねん」
    「ええ、私立?お金持ちってことですか?」
    「おまけに頭がすこぶるええとこやな」
    タロウは実のところ、この辺に住んでいる訳ではない。全国を転々としている。タロウが所属している興信所の探偵たちも固定した拠点を持つことなく飛び回っている。それもこれも調査対象者が飛んで逃げ回っているからだ。対象者が構成員だと人脈や所持している別荘周りなど、アクティブに動くことがあるのも理由だ。もちろん一般の探偵事務所や興信所も必要とあらば飛行機の距離の調査も行うが、かなり稀なケースだ。本来なら、その先にいる伝手の同業者と協力するものだ。しかし彼らは対象者自体がかなり特殊な人間なため、単独でも動くこともできる。かなり高額な依頼料になるが、依頼者も依頼者であるため、金の羽ぶりはいい。だから移動にかかる金も依頼料に含めることができるため、度重なる移動を苦痛と思えないのだ。
    「この子と同じ苗字の人間がウチのシマに出入りしてちょっと迷惑被った」
    「ほうほう」
    「名前は本田京介。母親は不明」
    「……」
    タロウは顧問弁護士の言葉を真剣に聞いている。特に意見をすることもなく黙々と聞いている。淡々とあの日の事を話している時も、とりあえず傾聴するスタイルを崩さない。一通り敬意を話した所で顧問弁護士はコーヒーを口にした。緊張をしているわけではないが、アイスコーヒーの冷たい氷の質感が妙に心地よかった。苦味で少しだけ視界が明瞭になるような心地もある。酒はほどほどだが、タバコは滅多にしない顧問弁護士にとって、コーヒーは唯一の依存かもしれない。窓際であるが故に、日差し差し込むボックス席には、少しだけ似合わない重たい雰囲気だ。
    「最初は親権持っとって一緒に住んどる父親を、店に探しに来たと思てたんや」
    喫茶店のボックス席だからか、ソファに少し背を預けてしまうとふんぞり返ってしまう。そんな不躾不遜な態度は取りたくないのだが、深く座り直した顧問弁護士は自分の考えを話し始めた。
    「でもよく考えたら違うよな、と」
    「それは俺も思います」
    「そうよな……」
    目を合わせた先にいたタロウは顧問弁護士のことを見ていた。彼は父親も母親もいない、と以前聞いたことがあった。自身の過去と重なる部分があったためか、存外真剣な顔をしていた。面食らってしまった顧問弁護士だが、自分の仮定に賛同意見がある以上説明する必要性を感じたため説明をした。
    「多分、親権は母親。最悪父親が誰かも分からんパターンかも知らん。が、直感として、この子は父親を知っとる。多分父親も母親も風俗通い、先に母親は父親の風俗通いに気がついて、それを出汁に母親が養育費目的で親権もぎとって、父親の有責離婚。父親からの慰謝料と養育費、あとは風呂かキャバで稼いだ金で男に貢いでる状態なんやないかと思う」
    「割とオーソドックスですね。つまりこの子が持ってた名刺から察するに、母親のネグレクトから逃れるために会社帰りの父親を待っていたらお店に辿り着いてしまった可能性は高いですね」
    「最近の子はホイホイ電車に乗れてまうからなぁ」
    「失礼」と一言断ったタロウはタバコに火を着けた。ピアニッシモの1mgは標準体格のタロウには少し似合わないが、若者らしく爽やかな印象を受けた。同時にほのかに感じる女の雰囲気に「年齢も名前も分からん子やな」と顧問弁護士は思い耽った。
    「とりあえず、うちとしてはこの子のお陰で店の印象に影響は出てしもたし、店に出るはずのキャストがこの子に拘束された。軽いトラブルやから大した金額にはならんやろけど、その辺の金額はこっちで算出する。それより面倒いアヤかどうかは若様に報告したいから、この子の父親と母親を探し出して素性が欲しい。法的にはこちらで保護するから、好きにやって欲しい。必要やったら人手の手配もする。とりあえず、2本渡せる用意もある。どうか、頼まれてくれんか」
    そう言った顧問弁護士はカバンの中を漁り始めた。そして差し出されたのは封筒だ。1センチ程度の厚みがあるものが2つ、つまり2本。それだけを差し出されたタロウは、何の躊躇いもなく手にとって、自らのトートバックにしまった。中にはルーズリーフや参考書、筆記用具にノートパソコンが入っているのが見えている。まるで本当に大学生のそれだ
    「承知したしました。それでは今からでも情報収集して動き出します。こちらの情報からも照らし合わせて、2週間後に中間報告します」
    「分かった。いつも通り、ちゃんと頼んだでタロウくん」
    「はい」
    先に席を立ったのは顧問弁護士の方だった。ここからタロウの仕事が始まる。邪魔になってはならない、と思いいつも席を先に立つのは顧問弁護士だ。あとはここの会計を行なって店を出るだけ。確定申告なんてしたことのない者同士、手元の金がどう動こうが、あまりこだわりがない。
    「ほんでタロウくんは」
    これもいつもの挨拶といったものだ。早速パソコンを立ち上げようとしているタロウは特に画面から目を離す事なく「ハイ」と空返事をした。
    「君のほんまの名前って?」
    「だから、僕は、施設にいる時から『タロウ』ですよ。北先生」
    「サヨか。『タケシ』とか『タダシ』とかやないんか?」
    「ウーン……その2つなら『タダシ』の方がかっこいいですね」
    いつも顧問弁護士はタから始まる名前を2つ投げる。そうするとタロウは「どっちの方がカッコイイ」と答える。この質問に何の意味も含ませていないが、毎度律儀に答えている。今日のリアクションは、ちょっと困った顔で笑っていた。そろそろ鬱陶しいと思っているのかもしれないが、本当にきちんと答えてくれる。から、図に乗って毎度やってしまう。悪循環と言ってしまえばそれだけだが、意外にも仕事の会話が進むようになる。無駄な話をできる人間とは、仕事に関するコミュニケーションがスムーズになったりする。顧問弁護士とタロウの関係はこれに該当しているらしい。
    今日タロウが選んだ名前は「タダシ」という名前だった。まるで「人として正しくあれ」と言う願いが込められているかのような名前だ。だから選ばれた名前を聞いて、顧問弁護士は少し笑ってしまった。
    「まぁ憧れてまうか」
    「そうですね」
    タロウも分かっているのか気がついたのか、顧問弁護士の言葉に苦笑で返した。
    今更、正しくありたい、と思うのは勝手で簡単に足を洗うことはできる。この過去を隠してしまえばどこでだって生きていける。割と他人は他人のことは気にならない。結婚する、といった戸籍に関係することがあれば別だが、それでも隠し通すことは可能である。だから、別に「人として正しく」生きてもいい。でもタロウも、顧問弁護士も、その道を選ぶことはないだろう。
    「でも、今で満足してますし、捨てられた命の識別ネームなんて、なんでもいいです」
    タロウはそういう考えらしい。
    「北先生は、自分のお名前好きですか?」
    初めてここから話が広がったことに、顧問弁護士は足を止めてしまった。幼い少年のような瞳を向けてみると、まるで腹の中を探られているかのような瞳孔だった。胃の中のアイスコーヒーが氷と一緒に揺れている気がして、思わず表情が固まった。
    「名前かぁ。好き嫌いは分からんけど、「人を信じて助ける」みたいな意味らしいから、今の立場にピッタリやないか、とは思っとるで」
    「へー、そうなんですね!」
    タロウはニコニコ笑っており、窓に差し込んだ太陽光が当たって、まるでどこにでもいる幸せな大学生の雰囲気を醸し出していた。きっとこの子にはこういう未来があったはずなんかなぁ、と他人事のように思ってしまった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works