カーテンヴェール 放課後のチャイムはとっくに鳴り終わり、教室にはシンとアブトだけ残っている。少し前まで廊下を行き来する同級生達の上履きの摩擦音が聞こえたが、今はその音すらしない。きっとみんな下校したのだろう。
静まり返った教室で聞こえてくるのは、日誌に書き込んでいるアブトのシャーペンの芯の音だけだ。
「アブトー、そろそろ書き終わる?」
「あと少しだからそう急かすな」
窓際に寄りかかっていたシンが校庭を見ると、木々が左右に揺れている。教室の籠もった空気から開放されたくて、窓を開けると心地よい南風が入ってきた。近くに座っているアブトは「せっかく戸締まりしたのに」とボヤいていたが、そんな声はシンの耳に入らなかった。
白いカーテンが美しくなびく様子に見惚れてしまった。何故だろう、と思ったシンは先週末に見た光景を思いだし、カーテンをそっと掴んで自分の身体に引き寄せた。
「アブト」
ようやく日誌が書き終わり、筆記用具を鞄の中にしまおうとしていたアブトが顔を上げて眉を潜めた。
「カーテンを被った新たな妖怪か?」
「違うよ!ウェディングヴェール」
「なんだそれは・・・・・・」
「この間、従姉妹のお姉さんの結婚式でやってたんだ」
何も知らないアブトに一生懸命説明しながら、シンはアブトを手招きする。呼ばれたから一応近づくが、大体こういう時は何をされるか分からないので、アブトは慎重にシンが待っている教室の片隅まで距離を縮めていった。
シンはコホンと咳払いをしてからアブトを見つめた。
「えー碓氷アブト。健やかなるときも・・・・・・あれ、なんだっけ?」
「俺に聞くな。それ、なんの呪文だ?」
「だから違うって!誓いの言葉。結婚する二人が教会で誓い合ってたんだ」
「誓いの言葉?」
「まぁ、いいや。碓氷アブト。貴方は新多シンを愛する事を誓いますか?」
「え・・・・・・」
アブトは自分の直感が当たった事に頭を抱えた。教室の片隅で愛を誓う合うのは恥ずかしいし、学びの場でこんな事するなんていけない事をしている気持ちになる。
アブトが口を濁していると、シンが再度「ち・か・い・ま・す・か?」と力を込めて聞いてきた。
こうなるとシンがなかなか引かないのを知っている。アブトは「はいはい」と頷きながら、結婚式ごっこに付き合う事にした。
「はい、誓います」
「やった!俺も誓います!」
「だいぶ雑だな」
神聖な誓いの言葉のはずなのに、真面目に答えたのに、いつもの調子のシンにアブトはつい笑ってしまった。
次にシンは左手をアブトに差し出した。他の高校男子に比べると、少し丸みがあって柔らかい手だ。
「今度はなんだ」
「指輪交換してたよ。左手薬指にしてた」
「指輪なんてないだろ」
アブトは辺りを見渡すと、担任の机の上に転がっている輪ゴムが目についた。一つ拝借すると、シンの左手薬指に輪ゴムを一回、二回とくくりつけていく。
「きつくしないでよ」
「分かってる」
シンの薬指に輪ゴムの指輪が出来上がったら、今度はシンがアブトの薬指に輪ゴムを絡ませていく。
「お揃いだね」
「そうだな」
お互いの左手を重ね、お揃いの指輪を見つめる。
カーテンヴェールで顔が隠れてしまっているが、シンが頬を赤らめて微笑んでいるのが少し見えた。
「この次は?」
「え?」
「次は何をやるんだ?」
「・・・・・・誓いのキス」
小さい声で呟いて、シンはカーテンで顔を隠してしまった。
アブトはシンの顔に掛かっているカーテンヴェールをゆっくりと上げる。
遠くで吹奏楽部の演奏が聴こえる。今人気のアーティストが歌っているウェディングソングの演奏だ。まるで二人を祝福するかのように、南風と共に包み込んだ。
数秒のキス。
お互いの体温を感じた唇がゆっくりと離れていく。
「シン、好きだ」
「俺もアブトが大好き」
アブトはシンをカーテンごと包み込んで、さっきより深く長く愛を誓い合った。