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    yamagawa_ma2o

    山側(@yamagawa_ma2o)のポイポイ部屋。

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    yamagawa_ma2o

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    魏無羨が座学に復学した本編後if第三話。藍忘機の誕生日は特に本編では関係ないですが、含光君マシマシで書きました。忘羨と少年たちが皆で夜狩実習に出掛けます。今日は何回でも言いますが藍忘機生日快乐!!!

    ##忘羨

    夷陵老祖座学中③ 魏無羨はこの日、定位置である蘭室の後ろの隅ではなく、藍忘機と共に教壇に立っていた。夜狩の実践にあたり、昼まではその方法について教え、夕方からいよいよ山に繰り出す予定である。
    「――いいか、俺と含光君はお前たちの夜狩の結果と報告書、それから藍思追と藍景儀の報告から講評する。思追の班と景儀の班を割り振ったから、まずは班の仲間たちでお互い打ち解けて、それぞれ得意分野でどうやって課題の獲物を狩るか考えてくれ。終わった後の報告の書き方は、朝含光君が教えた通りだ。含光君があんなに長く喋るのなんて滅多に見られないんだぞ。全員気合い入れてきちんと書けよな。明日の朝に集めるから、忘れずにな」
    「「「はい!」」」
     少年たちは藍思追と藍景儀の班に分かれ、作戦会議を始めた。その様子を見ながら、魏無羨は藍忘機に話しかけた。
    「班の分け方を俺に一任していたけど、お前本当にあれで良かったのか?」
    「君が人を見ることに長けているのはよく知っている」
    「へへへ、ありがとう。含光君に褒められるなんて嬉しいよ」
     魏無羨は藍忘機に笑いかけると、いつもは藍啓仁がしかめっ面で立っている場所でぱたぱたと軽く足踏みした。藍忘機はそれを見て魏無羨にだけ分かるように僅かに微笑んでいる。
    「鴆(ちん)は彼らでも問題なく狩れるだろう」
     鴆は、鷲くらいの大きさの毒鳥の妖怪である。緑色の羽毛を持ち、妖蛇の屍毒を常食するため羽毛に毒を持っている。耕地の上を飛べば作物が枯死するような極めて邪悪な鴆の話を聞くこともあるが、姑蘇の山麓に生息する鴆はそこまで強くなく、誤って素手で掴んでも適切に手当すれば問題ないし、生薬としての使い道もある。
     魏無羨と藍忘機が話しているところから少し離れた場所で、少年たちは班ごとに車座になり、それぞれ藍思追と藍景儀の仕切りで作戦を話し合っていた。
    「鴆はどのくらい速いんだろう? 飛んでいるのを捕まえるなら、弓がいいと思う」
    「欧陽公子の言った通り、追い詰めた後弓で仕留めるのがよさそうですね。弓の腕に覚えがある方はどなたですか?」
     欧陽子真は藍思追の班でよく発言して、藍思追を支えている。彼は穏やかで機嫌を損ねず、発言はするが傲慢でもないため人望もある。続く藍思追の問いかけに、車座の中から一つの手が上がった。
    「僕の家は、剣と同じくらい弓の修練をします。お役に立てるかと」
    「では頼みます。外しても君たちに責任があるわけじゃないから、落ち着いて頑張って」
     藍思追の励ましに、少年と、その隣にいた同じ世家の少年たちは前のめりになって元気に返事をした。
    「他の皆さんは結界を張ったり、付近の安全を確保します。今回行く森には、鴆だけでなく他の妖獣もいますからね」
    「藍思追先輩、鴆以外の妖獣と遭遇した場合は、狩るべきですか?」
    「今回は鴆しか点数に入らないから、まずは避けることを優先としましょう。一羽ずつ確実に仕留める方針でいくから、皆私からあまり離れず行動して。何かあったら対処しつつ私を呼んでください」
    「はい、分かりました」
     一方、藍景儀の班には金凌がおり、彼はどちらかというと周りから発言を求められていた。
    「よし、俺たちは数人ずつの班に分かれて鴆を追うぞ。金凌、どんな分け方が良いと思う?」
     藍景儀に尋ねられ、皆の視線が金凌に集まった。
    「なんで俺に振るんだよ! ……そ、そうだな。……四人ずつ三班だ。結界が得意な奴と、剣か弓が出来る奴、それが二人ずつでどうだ?」
    「良いと思います! さすが金凌」
    「やっぱり経験が違いますね」
     金凌は班の仲間におだてられて少し居心地が悪い気分になったが、彼らの方を見れば、それが自分の機嫌を取ることが目的ではないと分かり、僅かでも疑ったことが恥ずかしくなった。
    「俺は、……誰だって思いつくことを言っただけだ」
    「でも、この場で提案できる勇気を皆が持っているわけではないですよ」
     藍景儀の班は、金凌を除けば皆四大世家のどこかしらの近くの世家の子であり、主家に忠実に従うことを是とする親の行いを常日頃見ている者が多かった。金凌はそういった生まれながらの立場の違いを理解しつつあったが、自分も別に金家がすごく居心地のいい場所という訳ではないので、いざ担ぎ上げられると居心地が悪い。小さくため息をついた金凌を見て、藍景儀は話をまとめた。
    「――よし、三班に分かれるけど、何かあっても俺が駆け付けられる距離で狩るんだぞ。なんだかんだ他の班と一緒に狩ることになっても、手柄は取り合わないこと。お前たちができるだけたくさん鴆を見つけられるといいな」
     藍景儀が言うと、少年たちは話し合って四人ずつ分れることにし、地図を開いて持ち場を確認した。

     夕方。藍忘機と魏無羨は少年たちを連れて山を降り、そう遠くない場所にある森にやってきた。ここは姑蘇藍氏の門弟たちがよく夜狩を行う場所で、藍忘機と魏無羨はもちろん、藍思追と藍景儀も森の地理は熟知している。
    「制限時間は一時辰だ。夜狩をする以上、どんなに良く知っている場所でも危険はつきものだ。全員に呼子笛を渡すから、首から下げておけよ。俺と藍湛はこの辺にいる。何かあったら藍思追と藍景儀をそれぞれ頼ること。いいな?」
    「「「はい!」」」
    「全力を尽くしなさい。くれぐれも無茶をしないように。思追、景儀。何かあれば躊躇わずに信号弾を打ちなさい」
    「分かりました、含光君」
    「ありがとうございます。行ってきます」
     藍思追と藍景儀はそれぞれ班の少年たちを率い、森に入っていった。
    「さて、どのくらい捕まえられるかな。賭けるか? 俺は思追班が五、景儀班が三か四だと思う」
    「七、五」
     魏無羨は、藍忘機が思いのほか少年たちに期待を寄せているらしいことを賭けの数字から知り、くすくす笑った。
    「ふふふ、藍湛。一時辰でそんなにたくさん鴆が見つかるかな?」
    「どちらの班にも君は目の良い者を割り当てた。彼らが見つけ、適切に包囲し、弱らせてから弓か剣を使えばできる」
     魏無羨は真っすぐ森を見つめる藍忘機を見て笑った。藍忘機が見つめる先では、夕暮れの燃えるような赤の中に微かに剣芒が煌めき、木々がざわざわと激しく揺れている。恐らく、誰かが早速見つけた鴆を追いかけているのだろう。
    「ハハ、含光君は中々厳しいな。俺はあいつらが協力して追い詰めてくれれば、一羽も仕留められなくたって勉強になると思ってるよ」
    「そうだな。私は彼らが集中して夜狩をすることを念頭に置いた」
    「なるほど。それはお前らしいな」
     魏無羨は、藍忘機が自分の言いたいことを全部分かってくれていることに、胸の内がぽかぽかする気がした。
     夜狩の成果はあくまでも若い彼らを焚きつける手段でしかない。世家公子たちが互いを仲間として信頼し、同じ時間を過ごし、協力して獲物を追いかけ、時には喧嘩もするだろうが、助け合うことができる時間は、座学で雲深不知処にいる間しかないのだ。やがて彼らはそれぞれの家の事情に巻き込まれ、家同士の上下関係やいがみ合いに晒されていく。けれども、この時間があれば、きっと彼らの時代にはもう少し良くなるだろうと魏無羨は考えていた。
    「……叔父上は、君の考えることも認めていた」
    「んあ? えっ? まさか、そんな! アハハ、お前の叔父貴の今年の目標も『防火・防犯・防魏嬰』だろ?」
     魏無羨は突然ぽつりと藍忘機が言ったことに驚き、彼の方を信じられないという表情で見た。
    「信じなくとも構わないが、少なくとも座学に来ている公子に対する君の態度は信頼しているようだ」
    「へえ、そうなのか……?」
     魏無羨は口では何でもないように答えたが、藍忘機がひと際優しい表情で見てくるので、口を尖らせた。
    「――何だよ、藍湛。俺が素直じゃないって言いたいのか?」
     藍忘機は返事をしないまま、秘密の嬉しいことでもあったような様子でゆっくりと目を伏せると、魏無羨の腰をそっと自分の方に引き寄せた。
    「魏嬰、月が出てきた」
    「アハハハハ、お前はまたそうやって。――うん、綺麗だな」
     魏無羨は満足するまで遠慮なく笑った後、抱き寄せてくれた藍忘機に寄りかかった。少し月を見た後、我慢できなくなった二人はどちらからともなく見つめ合うと、口づけを交わした。

     その頃、少年たちは森の中を縦横無尽に駆け回り、鴆を追う大騒ぎをしていた。
    「そっちだ!」
    「急げ急げ!」
    「見失うなよ! どこかの木に止まろうとしたら弓を放つ!」
     金凌は矢を取りながら仲間を追いかけた。そして、飛び回る鴆が減速したところで立ち止まり、急いで矢をつがえると、ヒュッという音と共に飛ばした。それからすぐに、何かがガサガサと茂みの中に落ちていく音がする。撃ち落したのだ。
    「やったぞ!!」
     慌てて仲間に駆け寄り、鴆が落ちたであろう地点に向かう。その場所には、先に着いていた小班の一人が興奮した様子で待っていた。金凌の持つ上等な弓と矢は、正確に鴆の胸を貫いていた。
    「すごいな! よくやった」
     後ろからやって来た藍景儀が確認し、手袋をした手で撃ち落した鴆を籠に入れた。まるで自分のことのように嬉しそうにする藍景儀に、少年たちも笑顔になった。
    「さすが金凌」
     鳥を追っていた少年が金凌の肩を叩いた。
    「いや、お前が見失わなかったおかげだ。術も正確だったから、足元の邪魔もなかった」
     金凌の班の少年たちは、金凌の言葉を誇らしげに受け取ったようだ。
    「俺、まだ自分の家の宗主にも褒められたことないよ。金宗主に褒められるなんて鼻高々だぜ!」
    「良かったな。俺は俺の仕事をしたから褒められて当然だ。でも、金凌の弓は迷いなく飛んで行って、すごかったよ」
    「今の連携は僕が記録したから、夜報告書を書く時に一緒に見よう」
    「よかった。助かるよ!」
     藍景儀は盛り上がっている小班にそろそろ切り替えるように声を掛けた。
    「よし、他の奴らも狙う鴆を決めているみたいだから、お前たちもこの調子でどんどん追いかけてくれ」
    「「はい!」」
     四人の少年たちは、再び林の中に潜っていった。

     一方、藍思追の班は、既に二羽の鴆を手に入れ、まさに三羽目の鴆を追っているところだった。藍思追の班は十二人全員で追いかけているため、大きな結界の中に鴆を閉じ込め、弓も一番近いところにいる者が二、三人で放つ。撃ち落してもまだ暴れる時には、鴆が落ちてきそうな場所にいる少年が、剣でとどめを刺せるよう待ち構えている。この鳥の時には、片翼を貫かれて落ちてきたところを、欧陽子真が剣で貫いた。
    「思追先輩、順調ですね」
    「欧陽公子、正確に毒の影響が出ないよう仕留められていますね」
     手袋を着けた藍思追が、鴆を少し検分し、籠に入れながら言った。
    「ハハ、きちんと弓矢が刺さっていたのであまり暴れませんでした」
    「いや、俺は見ていたけど子真は冷静に剣を操っていたよ」
    「空中にいた鳥に剣を刺してた」
     方々から嬉しい指摘された欧陽子真は、少し照れ臭そうに笑った。
    「――僕はさっき思いきり走ったから、次は結界に回るよ。誰か交代で剣か弓に回ってくれ」
     その時、藍思追の班は、近くに藍景儀の班の声がするのを聞いた。
    「あれ、僕たち藍景儀先輩たちの陣地の近くまで追いかけてきてしまったんですかね?」
     藍思追が辺りを見回す。既に辺りは暗いが、班の数人に明火符を灯させて行動しているので、ここが森の中のどのあたりなのかはすぐに見当がついた。
    「いえ、むしろ、景儀の班の方々がこちらの方に近付いているようです。集中して追いかけているのであれば、陣地を侵されたからと言って獲物を横取りすることは良くありません。もう少し様子を伺いましょう」
     しかし、藍景儀の班の少年たちの足取りはどこか不規則で、声もしない。まるで何かに怯えているようである。
    「――思追先輩、なんだか様子が変に思われます」
     班の少年の一人が言った。
    「そうですね。皆さん、僕の周りに集まって」
     皆背を合わせて一斉に丸くなると、明りに向かって数人の少年たちが忍び足で駆けてきた。
    「藍思追先輩、みんな!」
    「そんなに慌てて、どうしたんですか?」
     欧陽子真が声を掛けると、少年はほっとしたのか泣きそうな顔になりながら言った。
    「すごく大きな猪みたいな獣がいたんです。応戦できないと判断し、逃げてきましたが、あいつが走っていった方向には他の皆が……!」
     その瞬間、その場にいた少年たちに戦慄が奔り、彼らは互いを見回してどよめいた。藍思追だけが冷静に、少年たちが遭遇したのが猪なのか、それとも他の妖獣なのか考えている。
    「……小封豨(しょうほうき)かもしれない」
     藍思追がぼそりと呟くと、どよめきは再び大きくなった。
    「小封豨って、あのめちゃくちゃ皮が硬くて、乱暴なやつですか!?」
    「だとしたら大変だ。あんなのにぶつかられたら死んじゃうよ!」
    「皆さん、落ち着いて。一度夜狩を中断して、私たちは全員の無事を確認します」
     藍思追は、そう言うと呼子笛を取り出して強く息を吹いた。この笛は何も音を発しないように思われるが、実は霊力を込めると対になっている特定の相手の笛から音が出る。森の入り口で少年たちが持たされた笛は、それぞれ藍思追と藍景儀の笛を鳴らすものだったが、藍思追と藍景儀は互いの笛を鳴らすものをもう一つずつ持っていた。
     すぐに、藍景儀からの返答が鳴った。短い音と長い音を組み合わせたものが数秒鳴ると、藍思追は頷いて、同じように数回笛に息を込めた。
    「――結界の中にいるようです。私たちも合流します。皆、手を繋いで、離れないように」
     少年たちは皆何も考えずに近くの者と手をつなぎ、音を立てないように呼吸すら気を遣って森を進んだ。
     二人の班は、それぞれそこまで遠くない距離で活動していたが、藍思追と行動を共にしていた少年たちは、藍景儀たちの結界を見つけるまでに一日中歩きどおしだったような気分になった。
    「思追! こっちだ」
     藍景儀が結界を少し開け、中に少年たちを引き込んだ。
    「景儀、無事でよかった。こっちは全員大丈夫だよ。君の班の子も」
    「良かった。俺たちも問題ない。ただ、――俺も見たんだけど、やっぱり猪じゃなくて小封豨だった。しかも、……五頭くらいいた!」
     藍景儀が緊張した様子で言った。少年たちは最初から全力で鴆を追いかけまわしていたので、結界を交代で張ったとしても、あと半時辰は持たないだろう。そう考えた時、ふと目の前を見ると、例の猪の群れ……いや、小封豨の群れが、結界のすぐそばを回り、嗅ぎまわっているではないか。藍景儀は五頭くらいと言ったが、今彼らの前にはその倍くらいいる。
    「一頭だったらともかく、こんな群れだったら私たちの手に負えない。信号弾を出そう」
    「うん」
     小封豨は、封豨と呼ばれ、かつて桑林(そうりん)という南方の地で暴虐をはたらいていた伝説上の妖獣に因んでつけられた名を持つ。封豨ほどではないが、それでも普通の猪に比べたら巨大な妖獣で、家畜を襲い、田畑を荒し、時には人をも喰い殺し、人を喰らえば喰らうほど邪悪になる性質を持つ。そして、その毛皮は鉄のように硬く、普通の武器では歯が立たないほどである。どこの山でも年に何度か玄門の者が退治するが、麓の村の被害は後を絶たないし、退治しようとした者が死ぬことも少なくない。
     藍思追と藍景儀は、小封豨が彼らに興味を失くして少し離れた隙に結界を出ると、迷うことなく信号弾を飛ばした。花火のようなそれが輝くと、夜空に巻雲紋が瞬いた。その時、信号弾の音に驚いて急に追いかけてきた一頭の小封豨を藍思追があしらうと、彼らは滑り込むように結界の中に戻った。少年たちは驚いて怖がっていたが、藍思追と藍景儀は極めて冷静に彼らを励ました。
    「もう大丈夫。あとは私たちが持ちこたえます」
     藍思追がそう言いながら、結界を張っていた少年たちに代わった。彼らは、結界を張るのと今までの緊張でへとへとに疲れた様子だった。その時、別の数人の少年たちが二人の近くに来た。
    「思追、景儀。俺たちはまだいける。何かあったらお前たちを頼るしかないんだ。力を使いすぎるなよ」
    「僕たちにも、手伝わせてください」
    「金凌に欧陽子真! よし、こっちを手伝ってくれ。無理はするなよ」
     藍景儀がそう言うと、二人とその友人たちの中で数人の元気な者が加わった。小封豨の群れは何度か結界にぶつかってきて、その度に結界は揺れたが、いつの間にか恐怖で声を上げる者はいなくなっていた。その代わり、誰かが近くの者を励まし、またその誰かが、周りの者を元気づけていた。しかし、小封豨の群れは次第に数が増えてきて、誰もが含光君と魏先輩はまだなのかと思い始めていた。
    「おい、信号弾はいつ放ったっけ?」
    「まだそんなに経ってないよ」
     藍思追と藍景儀の周りで心配そうな声が聞こえてきたその時、辺りに冴え冴えとした琴の音が響き渡った。
    「「含光君!!」」
     月を背に避塵の上に立った藍忘機が、琴から鋭い一閃を放つ。その光は、一挙に小封豨の群れを圧倒した。そして、どこからともなく美しい飛鳥の囀りのような笛の音が響き渡り、小封豨の群れは鎮められてゆく。その様子に、魏無羨の存在を連想した少年たちは、結界の中から辺りを見回した。すると、目の良い少年の一人があっ、と言いながら指をさした。皆が一斉にその方向を見ると、なぜか魏無羨は、含光君の背に負ぶわれて、その肩に肘を置いて姿勢を安定させながら笛を吹いていた。
    「僕たちはなんで魏先輩に気付かなかったんだろう」
    「すげえな含光君、あんな態勢で御剣出来るなんて」
    「あの妖魔を蚊でも潰すかのように軽々と……」
     形勢が一挙に有利になり、少年たちは藍忘機と魏無羨の圧倒的な力に目を輝かせ、興奮気味にあれがすごいこれもすごいと喋り始めた。ほどなくして、凶暴な小封豨の群れはまるで何事もなかったかのようにいなくなり、藍忘機と魏無羨が少年たちのいるところに降りてきた。
    「含光君!」
    「魏先輩!」
    「よしよし、もう大丈夫だぞ。大変だったみたいだけど、みんな落ち着いて怪我もなかったみたいで良かったよ」
     魏無羨が笑うと、少年たちは一様にほっと胸をなで下ろした。
    「思追、景儀。よく皆を守り抜いた」
     藍忘機から声を掛けられた藍思追と藍景儀は、口角が嬉しさで上がりそうになるのを抑えながら拱手した。
    「ありがとうございます。助かりました」
    「景儀、信号弾の良い手本だったよ」
    「魏先輩、そんなこと言っても慰めにすらなりませんよ。俺たちも小封豨のあんな群れを圧倒できるようになりたいな」
    「お前たちならできる」
     藍忘機が咎めるふうでもなくぽつりとつぶやいたので、思わず藍思追と藍景儀は藍忘機の方を驚いた様子で見た。藍忘機は特にそれに気付いていない様子でつづけた。
    「――だが、名を挙げることよりも人を守ることを優先した。正しい行いだ」
    「「ありがとうございます!」」

     その後、魏無羨と藍忘機はもう一度その場にいる少年たちの人数を確認し、宵禁に間に合うように雲深不知処へと戻った。
    「さて、解散する前に、今回の夜狩の成果は、……藍思追班、三羽」
     雲深不知処に戻った少年たちは、魏無羨の発表に騒がず、礼儀正しく拍手をした。
    「――続けるぞ。藍景儀班、……三羽だ」
     今度は、僅かにおお、という歓声が聞こえ、拍手が響いた。
    「同点だな。――次の実習は来月だ。また頑張るんだぞ。あと、報告書は明日の朝出すようにな!」
    「「はい」」
     少年たちは亥の刻までにどうにか報告書を書きあげようと、急ぎ足で部屋に戻っていった。


     魏無羨は少し寝不足気味だったが、どうにか翌日の座学にもいつも通り出席した。ここのところの黒衣から、久しぶりに座学の白い校服を身にまとった魏無羨を見た少年たちは、笑顔で挨拶し、報告書を提出する列を作った。
    「昨日はありがとうございました。夜狩はとても楽しかったです」
    「頑張って報告書を書きました」
     そんな少年たちの言葉の一つ一つに、魏無羨はまだ回っていない頭で、「おう、頑張れよ」、「夜更かしはしなかったか?」と、何とか気の利いたと思われる返事を返した。
     その日の座学は、魏無羨でなくとも居眠りをどうしても我慢できないほどであったが、どういう訳か魏無羨が爆睡しても藍啓仁から注意されることはなかった。というのも、彼が夢の中にいる間ずっと、隣に藍忘機が座っていて、魏無羨が指名される度、何食わぬ顔で藍忘機が答えたのである。藍啓仁はこめかみに青筋を立てたが何も言わず、その顔を見ていた少年たちは皆、怖くて何も言い出せなかったし、藍忘機と魏無羨を見ることもできなかった。しかも、藍忘機は魏無羨がすっかり目を覚ました午後の座学には現れなかったため、そこに含光君がいたという事実を魏無羨に伝える機会を、少年たちは完全に失ってしまったのだった。
    「あれは内緒にしておこう」
    「そうだな」
    「――ん? お前たち、どうしたんだ?」
    「魏先輩。――いえ、何もないです」
    「そうか。それよりお前たち、勉強は順調か? よかったらこれ、使えよ」
     魏無羨は少年たちの話に深入りせず、彼らに一冊の本を手渡した。
    「春宮図とかじゃないですよね?」
     そう尋ねた一人の少年に、魏無羨ははあとため息をついた。
    「おいおい、どこでそんな話聞いたんだ。まあいい、とにかく開けてみろって」
     少年たちは薄目になりながらおそるおそるそれを開き、勇気を出して目を開けて驚嘆した。中には、試験対策の要点や雅正集の暗記術が書かれているではないか。
    「魏先輩! いいんですか?!」
    「人数分はないからみんなで回して使え。ぼちぼち試験の準備をしないと間に合わないからな」
    「ありがとうございます!」
    「助かります! 今年こそは甲で修了できるぞ!」
    「……そういえば、お前たち。今日の午前って何の講義だったか? いくら思い出そうと思っても思い出せないんだよな。どうしてかな……」
     少年たちは互いに顔を見合わせて示し合わせると、魏無羨を無視していそいそと蘭室を出ていった。
    「おい、……どういうことだよ。まあいいか」

     少しして魏無羨が静室に戻ると、かつて見たことがないほど難しい顔で、藍忘機が文机の上の紙と対峙していた。
    「ただいま。……おいおい、どうしたんだよ含光君。折角の綺麗な顔が、お前の叔父貴みたいになってるぞ」
    「魏嬰、君が今朝預かった夜狩の報告書だ」
    「ん? ……ああ、いつお前に渡したっけ?」
    「私が蘭室で君から預かった」
    「……うん? んん、そうか」
     藍忘機の言葉には少しだけ説明不足な点があった。より正確に「君から預かった」を説明すると、魏無羨が回収して座卓の隅に置いていた報告書を、藍忘機が彼の寝ている間に全部持っていったのである。ちょうど藍啓仁が痺れを切らしそうになったあの事件は、藍忘機が夜狩の報告書を受け取りに来た際に起きたのだった。
    「で、報告書の出来がすこぶる悪いのか?」
     魏無羨が覗き込むと、藍忘機が一層険しい顔をして彼を見た。
    「いや、教えたことは書けているのだが」
    「ほう、どれどれ……ああ? ふっ、これは酷いな」
     いつも通り藍忘機の隣に寄りかかりながら、魏無羨は文机の上の文字を追った。字は丁寧で、誤字脱字もないが、内容は魏無羨も笑いたくなるような酷さだった。
    「皆内容は同様のものになっている」
    「おいおい! ッ、アハハハハハッ! 嘘だろ! あいつらあんなに一生懸命鴆を狩っていたのに。報告書の内容が揃いも揃って俺たち対小封豨のことだなんて……ハハハハ。困っちゃうな。全員蘭室に呼び出して、すぐ書き直させるか?」
    「明日は叔父上が留守だ。講義を代わると伝えてくる。……今日は君も疲れている」
     魏無羨はそう言われて、何となく午前中の自分の身に何があったのかを察した。
    「藍湛。俺、もしかして午前中ずっと居眠りしてたのか? 座学の記憶が無いんだよ。でもお前の叔父貴なら、俺をつるし上げてでも起こすよな。全く何が起きたのか……」
     藍忘機は困ったように言った魏無羨を少し見て、まるで春風でも吹いたかのように微笑んだ。
    「あの頃とは少し違うことをした。私も楽しかった」
     魏無羨は藍忘機から全く要領を得ない返答をされたが、それでも藍忘機の表情を見ると全く悪い気はしなかったので、「そうか」と一言だけ返し、藍忘機のこめかみに口づけを落とした。
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    yamagawa_ma2o

    PROGRESS花怜現代AU音楽パロ完結編。幸せになあれ~~~!!!!!って魔法をかけながら書きました。ハピエンです。
    すみませんが、③以降は原作(繁体字版とそれに準ずるもの)読んだ人向きの描写がはいっています。

    金曜日くらいに支部にまとめますが、ポイピク版は産地直送をコンセプトにしているので、推敲はほどほどにして早めに公開します。
    よろしくお願いします。
    花を待つ音④(終) コンサート本番、謝憐はどういうわけか花城の見立てで白いスーツを着ていた。
    「哥哥、やっぱり俺の予想通りだ。すごく似合ってる!」
    「本当かい? なんだか主役でもないのに目立ち過ぎないかな?」
    「俺にとっては哥哥が主役だからね」
     そう言って笑う花城はというと、装飾のついたシャツに赤い宝石と銀色の鎖のついたブローチをつけている。ジャケットとスラックスは黒いものだったが、ジャケットの裏地から見える光沢のある赤い生地が華やかさと季節感を演出していた。
     師青玄も白いスーツだったが、彼の方が生成色寄りで謝憐は雪のように白いものという違いがあり、共通点と相違点が適度に見えて舞台映えする。師青玄は中に緑色のシャツを着ていて、謝憐はあまり中が見えないが、薄い水色のシャツを着ていた。
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    yamagawa_ma2o

    DONE天官賜福(英語版)読破記念&日本語版3巻発売おめでとうにかこつけて書いた初書き花怜。何でも許せる人向け。帯の言葉をどうしても入れたくて捻じ込みました。ネタバレというほどではないけど暮らしている場所とかが完走した人向けです。捏造モブ神官(名前なし)がちょっと出てきます。
    太子殿下弹奏古筝(太子殿下、琴を奏でる)「ガラクタや不用品を回収しています。お家の中に処分に困っているものはありませんか?」
     ガラクタ集めは、色々なことが終わった後の今でも彼の暮らしの中にある。八百年の中で染みついた行動は、中々変えることが難しいのだ。そういうわけで、謝憐は今日も朝からガラクタを集めていた。
     昔と違う点は、必ずしも生活をするためのガラクタ集めをしているわけではないことだ。謝憐はガラクタ集めに関してあまり苦労したことはないが、その昔は換金性の高いものが集められないと少しがっかりすることもあった。けれども今は、千灯観か極楽坊に持って帰って楽しめそうなものであれば、謝憐は何でも集めている。
     それに、ガラクタ集めからは人々の暮らし向きが見える。神々の噂話の書物を拾うこともあれば、打ち捨てられた小さな神像にこっそりと居場所を提供してやることもあった。貧しい村では拾った本を子どもに読んで聞かせたり、売れそうなものを自分たちの神像の横にこっそり置いていったりすることもあった。
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