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    yamagawa_ma2o

    山側(@yamagawa_ma2o)のポイポイ部屋。

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    yamagawa_ma2o

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    花怜現代AU音楽パロ完結編。幸せになあれ~~~!!!!!って魔法をかけながら書きました。ハピエンです。
    すみませんが、③以降は原作(繁体字版とそれに準ずるもの)読んだ人向きの描写がはいっています。

    金曜日くらいに支部にまとめますが、ポイピク版は産地直送をコンセプトにしているので、推敲はほどほどにして早めに公開します。
    よろしくお願いします。

    ##TGCF
    ##花怜

    花を待つ音④(終) コンサート本番、謝憐はどういうわけか花城の見立てで白いスーツを着ていた。
    「哥哥、やっぱり俺の予想通りだ。すごく似合ってる!」
    「本当かい? なんだか主役でもないのに目立ち過ぎないかな?」
    「俺にとっては哥哥が主役だからね」
     そう言って笑う花城はというと、装飾のついたシャツに赤い宝石と銀色の鎖のついたブローチをつけている。ジャケットとスラックスは黒いものだったが、ジャケットの裏地から見える光沢のある赤い生地が華やかさと季節感を演出していた。
     師青玄も白いスーツだったが、彼の方が生成色寄りで謝憐は雪のように白いものという違いがあり、共通点と相違点が適度に見えて舞台映えする。師青玄は中に緑色のシャツを着ていて、謝憐はあまり中が見えないが、薄い水色のシャツを着ていた。
    「ごめんよ血雨探花! 一回君の哥哥を借りるけどすぐ返すから!」
    「調子に乗って哥哥を困らせたら、お前の笛は今日を最後に九十度に曲がるからな」
    「大丈夫だよ。困らせないように君の前でたくさん吹いてたくさん怒られたんだから! 言っておくけど私はフルートがすごく上手いんだからね!」
     師青玄が謝憐と弾くのは「そりすべり」だ。師青玄はフルートではこの国の学生では右に出る者はいないくらいの人物だが、風のような演奏は時に自由過ぎることがあり、謝憐は練習中何度か彼のアドリブに付き合わされていた。しかし、本番は何度か謝憐と合せた通りの自由に雪山を下っていくようなアレンジをしっかりこなし、愉快で楽しいコンサートの第一部の幕開けの演奏をすることができた。
     クリスマスコンサートは五百円だけチケット代を取っているが、全額が地域にある子ども病院への寄付になる。周辺の商店に協賛を募っている関係もあって地域の人たちが聴きに来るので、第一部は誰もが知っている曲をアンサンブルで演奏する。第二部はオーケストラ部の定期演奏会も兼ねており、本格的なフルオーケストラによるクラシック曲を楽しんでもらうという構成になっている。
     演奏を終えた謝憐は一度舞台袖に戻り、師青玄とこっそり拳を合わせると花城と合流した。
    「哥哥、すごくよかった」
    「ありがとう。次は君とだ」
    「哥哥は気の向くまま演奏をして。俺はそれに合わせるよ」
     もちろん、本当の意味で気ままに演奏は出来ないが、花城は謝憐が練習通りに演奏することは織り込みつつ、彼が会場の雰囲気や演奏しながら感じたこと、思ったことを心のまま表現してほしいと伝えた。謝憐は花城ににっこりと微笑みを返した。
    「君もだよ。私の演奏を聴いて、心のままに演奏してほしい」
    「分かりました」
     舞台に出ると、二人は盛大な拍手で迎えられた。二人はまず、バッハのカンタータ第一四七番から「主よ人の望みの喜びよ」を演奏した。複数の旋律が絡み合い、神秘的な音楽がホールを満たすと、一気に静謐な教会のクリスマスのような雰囲気になった。

     この曲は、意外なことに花城が謝憐に勧めた曲だった。
     謝憐は花城があまり教会音楽の類を好まないような印象を持っていたが、曲を決めた際にそれを尋ねると彼は悪戯っぽく笑った。
    「俺は教会に連れていかれたことが何回かあるけど、他人が信じる神様のことよりも、哥哥への信仰を告白してたからね」
    「念のため聞くけど、それは悪魔崇拝にならなかった?」
    「さあね。俺は他人が何を信じても構わないし、信じなくたってどうでもいい。俺の喜び、心の慰めと潤い、太陽は哥哥ってだけ」
     歌詞を引用してそんなことを言ってきた花城に、謝憐は顔を真っ赤にしたのだった。

     そして、次の曲はI・バーリンの「ホワイト・クリスマス」だ。一転してジャズ風のアレンジで謝憐がピアノを弾き始め、主題のところで花城のヴァイオリンが美しい旋律を重ねていく。二人は、教会で厳かなひと時を過ごした後、暖かい家で心穏やかに過ごすクリスマスの雰囲気を演奏で表現していった。

     実はこの曲については、謝憐が少しだけ風信の手を借りながら編曲もした。完成したとき、実際に二人で弾いてみると花城がため息を漏らした。
    「三郎のイメージに合わないところがあったかな?」
    「……ううん、違う。哥哥、こんな素敵な曲を弾いたら、さっさと家に帰ってふたりでゆっくり過ごしたくなっちゃうよ」
    「ハハハハ………、三郎、最後まで弾いてから帰ろうね」
    「分かってるよ。でも本当に、あたたかみのあるいい曲だと思うんだ」
    「ありがとう」

     こうして、第一部は拍手喝采のうちに終了した。二人は第一部と第二部の間の休憩時間に着替えを済ませると、客席の後ろの方へ移動して第二部を鑑賞した。
     風信はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調を全楽章振ることになっており、四十分以上の長丁場を一人で受け持った。背の高い彼は見栄えもするし、注意深く極めて丁寧に指示を出す。オーケストラ部とも付き合いが長いので、比較的練習はしやすかったようだ。
     ヴァイオリンソロは謝憐の知らない学生が弾いていたが、花城は後でこっそり学内コンクールで次点だった人だと教えてくれた。花城は非常にリラックスした様子で聴いており、謝憐はほっとした。実のところ、彼は第一部が終わった時点で花城が帰ろうと言い出すかもしれないと思っていたのだった。

    「彼女のヴァイオリンはそこまで悪くない。あの神経質な指揮をきちんと信頼しているみたいだし」
     謝憐は、大喝采とアンコール二曲を聴き終えて花城と帰る途中にそんなことを聞いた。
    「三郎はあの曲のソロはやったことある?」
    「もちろんある。ずっと目立つから気が抜けなくて疲れるよ」
     花城が冗談半分に言うと謝憐は笑った。二人分の白い息が夜の帰り道を照らし、空にはいくつも星が輝いている。
    「哥哥、今日のコンサートはどうだった?」
    「大満足だよ。私はコンクールよりもこういう場所で弾くのが性に合ってるみたいだ。拍手をもらったとき、お客さんの笑顔がたくさん見れてよかった。それに、君とまた舞台に立てたんだ。本当に夢みたいだよ」
     花城は珍しく少し驚いたような表情をした後、何かを誤魔化すように謝憐の左手を自分のコートのポケットの中に入れた。
    「哥哥、早く帰ろう? 手が冷たいから温めないと。哥哥、もしかして冷たいのは手だけじゃないんじゃない?」
    「うーん、そうかな? 私が全身冷えてしまっていたら、三郎はどうするつもり?」
    「早く帰って、哥哥を抱きしめます……。いえ、嘘です。抱きしめて、それから抱きます…………」



     クリスマスコンサートが終わり、謝憐のカフェは年末の最終営業日を無事に終えた。この日謝憐は気合を入れてラテアートを作りまくったが、最終的には謎の”アート”を大量生産して一年の締めくくりとなった。
     本格的に年末年始らしくなるのは春節を待つことになるが、一応彼らは毎年(西暦の)年末最終営業日の翌日に店の大掃除をしている。謝憐と風信、慕情はこの日、昼前に掃除用に気合を入れた格好で店の前に集合して、店の異変に気づいた。
    「外壁の清掃か何かか? ――何かオーナーから聞いていませんか?」
     一足先に来ていた風信に尋ねられて、謝憐は首を振った。店の入っている小さなビルは、昨日の夕方までは何の変哲もなかったのにも関わらず、今日になって急に足場が組まれ覆いが施されている。そうこうしているうちに慕情が来たが、三人は店に入れず困惑した。
    「謝憐、オーナーに連絡した方がいい。コンサートのことで頭がいっぱいで、何か大事なことを忘れているんじゃないですか?」
    「ああ、そうだな。聞いてみるよ」
     謝憐がスマートフォンから君吾に連絡を入れている間、風信が慕情に何か言っていつもの揉め事が始まりかけていたが、謝憐は電話に集中した。以外にも、君吾はすぐに出た。
    「君か。どうした?」
    「すみません、昨日今年の営業を終えたところでしたが、店が工事中みたいで……何かご存じないですか?」
     君吾は少しの沈黙の後、謝憐に言った。
    「あの店だが、道路の拡張工事の区画整理にかかっていたことを伝え忘れていた。すまないが、私は今新しい事業の件で遠出をしている。店は昨日のうちに片付けて、あのピアノも売った。何もしないでいい。年内に給料は振り込んでおく」
    「はい。あ、あの……」
     そのまま電話が切れた。揉めていた風信と慕情も謝憐の表情で異変に気づいたらしく、急に静かになった。
    「どうしたんですか? まさか何か伝わっていないことがあったんですか?」
    「工事の予定を忘れていたんじゃないんですか?」
     謝憐は、何も言わずに深く深呼吸した。そして、もう一度深呼吸をして二人に向き合った。
    「私たちは失業した。ピアノもどこかに売られたみたいだ……」
     風信と慕情も絶句した。謝憐はひとまず、世話になったお礼を伝え忘れたので君吾にメッセージを送った。そして、スマートフォンをしまうとため息をついた。
    「で、これからどうするんですか。大学は休業中で入れないし、私の家は無理ですよ」
    「誰がお前の家に行くと言った? 俺がどこか開いている店を探します」
     慕情の家の次にここから近いのは謝憐の家だが、彼らのうち誰一人としてあの家に積極的に足を踏み入れたい者はいない。謝憐は分かっているので何も言わなかった。第三候補は風信の家だが、彼の家は少し遠いので、移動するのであれば近くの店が良いという結論に至った。もちろん、三人には早々に解散するという道もあったが、なぜか誰一人としてそれを言い出せなかった。
    「掃除で温まるつもりだったから薄着で来てしまったが、もう一枚着てきた方がよかったな」
    「まったくですよ。今日は曇りで雪でも降りそうな空模様だし……。おい、風信。空いている店は見つかったか?」
    「……ダメだ、ない」
    「お前の探し方が悪いだけだろ、嘘つくなよ!」
    「チッ、ふざけやがって。俺が嘘なんかつくか! お前が探せ!!」
    「やめなさい二人とも。――仕方ない、公園の四阿で風を凌ごう……」
     三人は辛うじて開いていた屋台で茶と蒸したての饅頭を買って、公園の四阿に逃げ込んだ。少し歩いたので暖かくなっていたが、それでもずっといれば凍えそうだ。
    「……そもそも、区画整理の話なんてあったのか?」
     慕情の一言に、外の二人は首を傾げた。
    「いや、噂があればうちの大学で話題になるはずだ」
    「風信が噂を耳にしていれば私も知っていたはず」
    「そうでしょう。足場の覆いを被っていたのはあの店のビルだけでしたよ? しかもこんな年末に。あの人、使用権を誰かに売ったんじゃないですか?」
    「あの人を疑うのはよそう。それを尋ねたところで店には帰れない。けど慕情、そう言うってことは、何か心当たりがあったのか?」
     謝憐が慕情に尋ねると、彼は俯いた。明らかに何かを知っている。
    「…………」
    「おい! このクソ野郎! お前は店がなくなるって知ってたのか!?」
     風信が慕情の首元に掴みかかりそうになるのを、どうにか謝憐は制した。慕情も怒鳴った。
    「知ってたわけがないだろ!! ……けど、オーナーから大学を卒業した後のことを聞かれたことはある」
    「慕情、教えてくれないか?」
     謝憐が促すと、慕情は頷いた。風信も表情は相変わらず敵意を持っていたが、黙って慕情を見た。
    「大学を卒業する前はインターン扱いで、その後は社員として新しい事業に来るよう誘われたんだ。」
     この三人の中で、慕情だけは音楽ではなく近くにある四年制大学で会計学を学んでいた。カフェでは唯一まともに卵を割ることができ、問題なく調理をこなせることが目立っていたが、実は彼は店の仕入れや売り上げの計算、果ては店のちょっとした備品や設備の管理に至るまで謝憐たちの面倒を見ていたのである。君吾はそのことをよく知っていて、実は慕情の時給を謝憐の給料の時給換算よりも高くしていた。結局のところ、新しい事業をするにあたり彼を謝憐たちから引き抜こうとしたらしい。
    「新しい事業は何をするか聞いていたのか?」
    「あの人は私が乗り気じゃないのを分かっていて明確には言わなかった。多分土地転がしの類だと思う」
    「だから売ったのか……」
     風信は唸った。店は確かに大通りからは一本入った場所にあったが、資産価値は高い部類の地域にある。しかし、謝憐はそれでもまだ疑問が残っているらしく、饅頭を少しかじった後で慕情に尋ねた。
    「慕情、君にとっては全く悪くない話だと思うんだが、どうして私たちのところに残ってくれたんだ?」
    「まだ何か疑っているんですか?」
    「違うよ。そうじゃない。……いや、何というか、君が友情を取るのは意外だと思っただけだ……」
     謝憐が申し訳なさそうに言うと、風信が隣でゲラゲラ笑いだした。慕情は風信を殴りたくなったが、無視して謝憐に言った。
    「君吾よりあなたの店の方が、……どう考えても、わ、私を必要でしょう……」
    「ふっ、……ハハハハハッ…………」
     謝憐も慕情があまりにも恥ずかしがりながら言うので、こらえきれずに笑い出してしまった。
    「風信だけじゃなくて、あなたまで笑うんですか!」
    「いや、ありがとう。……嬉しいよ。っ、嬉しいから、ハハ……笑っているんだ。……確かにあの店は君がいなければ店にならない。風信は女性客の注文を聞けないし、私が料理をすれば保健所が来るからね」
     それを聞くと、慕情も怒るのを止めて笑うしかなかった。
    「そうでしょうね……あなたが料理を作ったらもっと早く店は潰れてましたよ、ハハハ……。とにかく、私はあのカフェより融通が利く仕事を知りませんからね、お断りしました」
     それを聞いて、三人ははたと同じことに気がついた。一気に青ざめるような事態に気づいた慕情が最初に口を開いた。
    「私が断ったせいで店を潰されたのかもしれない」
     しかし、謝憐は首を振った。
    「慕情、それについては気にしなくていい。……私と風信だけなら、きっともっと不名誉な理由で潰れていたに違いない。それに、風信は店が潰れても潰れていなくても、半年すれば、晴れてプロの指揮者だ」
     風信については、来年の初夏に大学院を卒業した後の進路が既に決まっている。しかし彼はため息をついた。
    「プロの指揮者とは聞こえがいいですが、本業は任期付きの大学の助手で、所属が決まるまでは客演に呼んでもらわないと食っていけません。俺だってあと半年、今年度中はバイトを続けたかった……」
    「まあ仕方ない。私たちは地権者の前では無力だ。それに、君たちは随分長く私についていてくれたんだ。これからは自分の道を進んでほしい」
    「そんなこと言って、あなたはどうするんですか?」
     謝憐はいざ自分のこれからを尋ねられると、花城の非常に整った顔が浮かぶ以外は何も思いつかない。彼は、四阿の近くをごみ拾いの老爺が通りかかったのを見て、適当に返事をした。
    「そ、そうだな。……うーん、廃品回収でもしようかな…………」
    「「……」」
     気まずい沈黙が流れた後、三人の会話はなんとなくあのカフェでの思い出話になった。
     風信が熱心な女性客から手紙をもらって卒倒したこと。
     慕情がある日牛乳を期限内に消費するために作った大量のプリンがSNSでバズったこと。
     謝憐がまた、ピアノを弾き始めたこと。
     そんなひとつひとつの時間が、これからも、ずっと続いていくと思っていた。しかしそれは、既に過去の時間でのことだ。三人は過ぎ去った日々に思いを馳せながら、既に冷たくなっていた饅頭を食べた。

    「哥哥? こんなところで何してるの?」

     その時、三人の前になぜか少し急いでいる様子の花城が現れた。彼の漆黒の髪は少し風に弄ばれて乱れている。謝憐は驚いて立ち上がり、風信と慕情は露骨に嫌な顔をした。
    「三郎! ……実は、……ピアノが売られちゃったんだ……」
     謝憐はその時、なぜだか今まで我慢できていたすべての感情があふれ出て、涙がぽろぽろ出てきて止まらなくなってしまった。花城は慌てて彼にハンカチを差し出し、自分の着ていたコートを着せ、マフラーを巻いてあげた。
    「哥哥、どうしてそんなことになったの? 後ろのクズどものせい?」
    「違う! 謝憐、私たちが失業したって話を先にしないと埒が明かないだろ!」
    「クソ! なんて最低な年末だ! どうして店が売られて潰されたって話からしないんだ?!」
    「事情は分かったが、お前たちには聞いてない」
     花城は風信と慕情にそう吐き捨てると、謝憐の方を心配そうに見た。謝憐は泣きながらも、「風信と慕情が言っている通りだ」と花城に言った。
    「哥哥、ここは寒いから俺の家に行こう。もちろんお前たちは呼んでないからな?」
    「そんなことは分かってる! だが、……その人は散々苦労してきたんだ。暖かい場所で休ませてあげてほしい」
    「お前が言うな!! 私だって謝憐が大変な時を見てきたんだ。血雨探花、……謝憐のことを頼む」
    「お前たちに言われなくてもそんなことは分かってる。これを持ってとっとと行け」
     風信は突然花城からスマートフォンを渡された。謝憐は、繰り広げられた会話と花城の行動がいまいち理解できず、思わず涙が引っ込みそうになった。
    「風信、慕情。君たちはどうするんだ?」
     謝憐の問いに、花城から渡されたスマートフォンの画面を見た二人は叫んだ。
    「「あのピアノを取り戻してきます!!」」
     二人はそう言うと、どこかへ駆けだしてしまった。謝憐は追いかけることも出来ず、花城を見た。
    「哥哥、俺の家で待とう」
     謝憐は花城が捕まえたタクシーに乗って、そのまま彼の家に向かった。

     花城の家に着くと、謝憐は彼が作ってくれたホットココアを飲んでようやく落ち着いた。
    「哥哥、もうカフェはやりたくない?」
    「……そんなことないよ。あそこで働くのは楽しかったし、ずっと続くと思ってたんだ……」
    「じゃあさ、新しい場所でやるのはどう? 俺は暫く気ままに学生生活だから、何でも手伝える。それに、あのバイトたちがもう少し働く気なら雇ってやってもいい」
    「君が雇うのかい?」
    「そうだよ。俺が哥哥のために店を建てて、俺がどうしても店を空けなきゃいけないときは、あいつらのどちらかあるいは両方が哥哥のために働く。哥哥は俺が店を空けるときは、もちろん俺と一緒に来てもいい。その間店は休業だ」
     花城の熱烈な提案に、謝憐は思わず笑ってしまった。
    「とても気ままで魅力的な生活になりそうだね」
    「そう? 哥哥が望むならすぐに準備を始めるよ。問題はあいつらが哥哥のピアノを取り戻せるかどうかだけだ」
    「白いから売った店さえ分かればすぐに見つかりそうだけど、買い戻せなかったら仕方ない。もともと私のものではなかったし」
    「哥哥の店にあったんだから、哥哥のだよ」
     花城はそう言いながら、謝憐の頬にキスを落とした。

     その頃。風信と慕情は、花城に渡されたスマートフォンを片手に、ピアノが売られたという中古屋までもう少しの距離にいた。
    「昨夜店の前を通った時にピアノが運ばれていくのを見た奴がいるってどういうことだ?! あいつの情報網はどうなってる?」
    「まさか私の作ったプリンがこんなところで役に立つなんてな?」
    「どういうことだ?」
     慕情はSNSをほとんどやらない風信のために説明した。慕情の作るプリンの評判は相変わらずで、写真を投稿するSNS上には毎日彼が丹精込めて作ったプリンの写真や動画が大量に上げられていた。
     あの夜、その慕情プリンのファンの一人が店の前を通りかかると、なんと店が閉店していて椅子やテーブル、ソファ、そして白いピアノが中古屋のトラックで次々と搬出されていくではないか。何の前触れもなく推し店舗の閉店を知った彼女は、悲しみと怒りのあまりそれを動画に撮り、SNSに共有したのである。残念ながら謝憐も風信も慕情もそのSNSサービスのユーザーではなかった上、店の評判をSNSで調べることもやっていなかったので知ることができなかったのだ。
     恐らく花城は、日頃からありとあらゆるSNSで大切な彼の哥哥の店を検索しており、偶然その動画を発見した後、死に物狂いで中古屋を特定したのだろう。花城は偶然のように四阿にやって来たが、急いでいた理由も今なら分かる。彼は謝憐の店だった場所に寄ったが、もうそこには既に彼らの姿がなく行き違いを起こしてしまったのだ。
     ――と、ここまでが慕情の推測である。
    「あいつ、そんなことまでしてたのか?! 寒気がする……」
    「でも、そのおかげで何とかピアノを買い戻せるんだ。店にあればだけどな」
     風信と慕情は見えてきた中古屋に駆け込むと、すぐに白いアップライトピアノを見つけた。
    「店主!これを買い戻しにきた!」
    「なんだって? さっき買いたいって客が来て、二万八千元って言ったら考えてまた来るって話だったんだが……」
     店主が言うと、二人は金額を聞いて一瞬怖気づいた。しかし、花城が自分の第二の財布でもあるスマートフォンを預けたということは、いくらかかっても謝憐の弾いたあのピアノを買い戻してこいということだろう。それならばと、風信と慕情は強気に戻った。
    「三万元で買う」
     風信はそう言うと、花城から渡されたスマートフォンの決済アプリを開いた。
    「三万元? そりゃありがたい。分かった。あんたたちに売ろう。ああそうだ、三万五千元にしてくれたら、配送も請け負うが?」
     中古屋の店主は、この二人の若者が買う気と見るやすぐに値段を釣り上げたが、風信と慕情が全く怯まなかったのでもう少しぼったくれば良かったとすぐに後悔した。
    「分かった、三万五千元払う。配送先は……」
     風信が確認の連絡を謝憐に入れようとしたとき、ちょうど風信のスマートフォンに謝憐からメッセージがあった。風信が店主に指示をすると、店主はもう店を閉めるのでこれから送ってくれるということだった。
     二人は店主がアップライトピアノをトラックの荷台に積むのを手伝うと、そのまま配送先まで荷台に乗せてもらえた。風信と慕情は借りたスマートフォンを返さなくてはならなかったので、結局知りたくもなかったが配送先である花城の家に行く羽目になった。

     謝憐は、思ったよりもずっと首尾よくピアノが戻ってきて驚くとともに、風信と慕情を労った。
    「ありがとう。君たちが取り戻してくれて本当に助かった!」
     謝憐が心から安心して喜んでいる様子に、風信も慕情もほっとした。
    「思ったより店に着くのが遅かったけどな」
     花城が悪態をつくと、風信はスマートフォンを花城に投げつけた。
    「クソ! 少しでもお前をいい奴だと思った俺が間違いだった!!」
    「で、いくら出したんだ?」
    「……三万五千元」
     慕情がおそるおそる言うと、花城は首を傾げて謝憐に言った。
    「……哥哥が弾いたピアノなのに安すぎる」
    「中古で買うピアノの相場としては、そこそこいい値段だよ。三郎、ありがとう」
    「哥哥、もし三郎にお礼がしたかったら、哥哥からのキスがほしいな」
     花城はわざと風信と慕情に聞こえるように言ったので、彼らは何か意味不明なことを叫ぶと家から走って逃げてしまった。謝憐は逃げ去る彼らを見送ってから、花城に「おまたせ」と小さな声で言うと、少しだけ背伸びをして自分の唇を彼のそこに押し当てた。謝憐の唇は普段から花城に熱烈な歓迎を受けるので、謝憐は頑張って何度も色んなキスをしてみた。唇を少し食んでみたり、舌で唇を舐めてみたり、啄むように何度も合わせてみたりした。しかし最終的には花城に全部奪われて、謝憐は深く花城の口内を味わうように濃厚な口づけをされてしまった。
    「……哥哥、あなたは本当に俺を喜ばせるのが得意だね」
     花城は謝憐を抱きしめると、何か言いたそうな表情の謝憐にもう一度深く口づけた。それから起こったことに関しては、風信と慕情が見なくて本当によかっただろう。



     新年どころか春節も過ぎてしまったが、謝憐はその昔通っていた音楽教室の近くの落ち着いた場所を気に入り、そこに新しく店を出すことができた。店を出すにあたってのあれこれは全て花城がやってくれたが、謝憐も備品を選んだり準備をしたりするのに彼を手伝った。
    「フードメニューも復活出来てよかったよ。慕情、ありがとうね」
    「謝憐、私が新しいバイト先を見つけなくて良かったですね」
     謝憐は心から「本当にそうだ」と思っていたが、花城は舌打ちをして慕情を睨みつけた。風信もあと少しの間だが、卒業までは手伝ってくれると言ってくれたので謝憐はほっとしている。尤も、横にいる花城は一刻も早く謝憐と二人きりになりたいようだが。
     店の中は白を基調とした落ち着いたデザインで、いくつか絵が飾ってある。窓際にソファ席があり、その反対側の片隅には、白くよく手入れの行き届いたアップライトピアノがある。ピアノは陽の光を浴びて、きらきらと輝いているように見えた。
    「ハハハハハ! 私がお客様第一号かな?! ねえ明兄、どこ座る? 何頼む? 上から順に全部頼んでも今日は俺が奢るよ!!」
     そこにドアベルを思いきり鳴らしながら入ってきたのは、師青玄と明儀だった。
    「青玄と明儀、来てくれてありがとう」
    「謝憐! 大変だったみたいだけど大丈夫だった?! 年が明けたらビルごと店がなくなってて、一体どうなっちゃったのかと思ったよ。でも、こっちのお店の方が明るくて君によく合ってる! 俺は好きだよ。あ、これは開店祝いね! 綺麗でしょ? ここに置いておくけど、好きなところに飾って!」
     師青玄は赤い花と金色の大麦を基調としたフラワーアレンジメントを店の邪魔にならない場所に置いてくれた。気を遣ってわざわざ明儀と一つずつ用意してくれたらしい。
    「本当にありがとう。好きなところに座って」
    「うん、そうさせてもらうよ。そうだ! もしよかったら、この花に一曲聴かせてくれないか?」
     謝憐はソファ席でコーヒーを飲んでいた花城に目を合わせた。花城は謝憐に頷くと、楽器を準備し始めた。

     二人は、E・エルガーの「愛の挨拶」を演奏した。最初の穏やかな和音がヴァイオリンの優美で華やかな旋律を迎えると、美しいアンサンブルが店の中を満たしていく。花城の演奏するヴァイオリンは高音の伸びが非常に美しく、まるで銀の蝶が舞うようだった。そこに謝憐の弾くピアノのドラマチックな展開が組み合わさり、聴いている誰もが清々しい気持ちになった。

     三分ほどの短い演奏を終える頃には、店は昔からの常連客や復活した慕情のプリンを求める客でにぎわっていた。割れんばかりの拍手が鳴ると、謝憐は満面の笑みで花城を見た。花城も、謝憐にだけしか見せない表情で彼を見つめた。
    「明兄、俺、胸がいっぱいになっちゃった。俺も入りたくなったけど、この幸せな二人の音楽の間に入るなんて無粋だね。よく分かったよ。ねえ、俺たちも今度何か二人で弾く? エルガーなんてすごく良いと思うけどね?」
    「この曲以外にしろ」
     師青玄は暫く明儀を睨みつけて文句をぶつけていたが、そのうち笑いだすと「でも本当に良い場所だね」としみじみ呟いた。明儀はコーヒーを啜ると、控えめに頷いた。



     新しいカフェでのいつもの日々が落ち着いた頃、謝憐はいよいよ自分の家を処分して花城と暮らすようになった。謝憐は両親の位牌と僅かな荷物を持って花城の家に転がり込んだのだが、彼は既に十分な広さの謝憐の部屋を準備していて、謝憐はここにきてようやく(料理など、一部のことを除いて)苦労知らずになりつつある。
     この夜、二人は広いベッドで心ゆくまで互いを愛しあった後、キスをしたり身体をくっつけたり、他愛ないことを喋って過ごしていた。そしてそのうち、耳元で好きなところを言い合って、恥ずかしがったら負けという単純な遊びを始めた。十五連敗を喫した謝憐は、花城に十五個のキスマークを付けられながら、ふと彼の耳を飾るピアスに見覚えのある珊瑚玉があることに気がついた。
    「ねえ……、んっ、……三郎、」
    「哥哥、どうしたの? まだ七個しか跡を付けてないよ」
    「ごめん、やりながら聞いて。……ちょっと知りたいことがあって」
    「哥哥、何でも言って。先にそれを聞くよ。この罰ゲームは俺が本気で勝ち取った権利だから、残りの場所も哥哥のいいところをじっくり愛したい」
    「……三郎ったら。ええと、君の耳飾りの珊瑚玉……、ずっと忘れてたんだけど、もしかして、君はずっと前に私と会ったことがある?」
     花城はふっと柔らかく笑うと、謝憐を見つめた。
    「哥哥は、どう思う?」
     謝憐はそう尋ねられ、ふと、思い出そうともしていなかった昔々のことを思い出した。
     音楽教室の前で泣いていた子どもに話しかけたこと。
     その子に、ヴァイオリンは好きか尋ねたこと。

    「私のために、弾いたらいい」

    「いつか、いつか君に、私の伴奏でヴァイオリンを弾いてほしい。その日まで、自分を信じて、勇気を出してたくさん練習するんだ。君は絶対に上達して、どんなコンクールでも優勝する。もし自分が信じられないなら、私を信じて。……君ならできる!」

    「これは、お守り。悲しい時や辛い時には、私を思い出して。きっとこの紐が切れる頃、君はもっとずっと上手に演奏できるはずだ」

     謝憐は口をパクパクさせながら、青臭い昔の自分に布団を思いきり被りたいほど恥ずかしくなると同時に、なぜだか急に胸が温かくなり、嬉しいのか悲しいのか分からないような気持が込み上げてきた。
     花城は、お守りの紐が切れた後もずっと珊瑚玉を肌身離さずにいてくれて、約束を守ってくれたのだ!
     謝憐は涙を隠すように、満面の笑みで花城の胸に飛び込んだ。
    「三郎! 本当に……本当に、君って子は!」
     花城は一瞬驚いた様子だったが、謝憐をきつく抱き締め、何度も何度も彼に深く口づけた。
    「哥哥。あの日から、俺の音楽はあなたのためにあります。それと、……俺はずっと、あなたのためにあります。――最期まで、ずっとあなたの隣を歩ませてください」
     謝憐は花城の胸の中でそれを聞くと、小さく頷いた。
     それから、ふたりはもう二度と離れがたくなるような美しい旋律を奏でた。

    (花を待つ音・終)
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    yamagawa_ma2o

    PROGRESS花怜現代AU音楽パロ完結編。幸せになあれ~~~!!!!!って魔法をかけながら書きました。ハピエンです。
    すみませんが、③以降は原作(繁体字版とそれに準ずるもの)読んだ人向きの描写がはいっています。

    金曜日くらいに支部にまとめますが、ポイピク版は産地直送をコンセプトにしているので、推敲はほどほどにして早めに公開します。
    よろしくお願いします。
    花を待つ音④(終) コンサート本番、謝憐はどういうわけか花城の見立てで白いスーツを着ていた。
    「哥哥、やっぱり俺の予想通りだ。すごく似合ってる!」
    「本当かい? なんだか主役でもないのに目立ち過ぎないかな?」
    「俺にとっては哥哥が主役だからね」
     そう言って笑う花城はというと、装飾のついたシャツに赤い宝石と銀色の鎖のついたブローチをつけている。ジャケットとスラックスは黒いものだったが、ジャケットの裏地から見える光沢のある赤い生地が華やかさと季節感を演出していた。
     師青玄も白いスーツだったが、彼の方が生成色寄りで謝憐は雪のように白いものという違いがあり、共通点と相違点が適度に見えて舞台映えする。師青玄は中に緑色のシャツを着ていて、謝憐はあまり中が見えないが、薄い水色のシャツを着ていた。
    12350

    yamagawa_ma2o

    DONE天官賜福(英語版)読破記念&日本語版3巻発売おめでとうにかこつけて書いた初書き花怜。何でも許せる人向け。帯の言葉をどうしても入れたくて捻じ込みました。ネタバレというほどではないけど暮らしている場所とかが完走した人向けです。捏造モブ神官(名前なし)がちょっと出てきます。
    太子殿下弹奏古筝(太子殿下、琴を奏でる)「ガラクタや不用品を回収しています。お家の中に処分に困っているものはありませんか?」
     ガラクタ集めは、色々なことが終わった後の今でも彼の暮らしの中にある。八百年の中で染みついた行動は、中々変えることが難しいのだ。そういうわけで、謝憐は今日も朝からガラクタを集めていた。
     昔と違う点は、必ずしも生活をするためのガラクタ集めをしているわけではないことだ。謝憐はガラクタ集めに関してあまり苦労したことはないが、その昔は換金性の高いものが集められないと少しがっかりすることもあった。けれども今は、千灯観か極楽坊に持って帰って楽しめそうなものであれば、謝憐は何でも集めている。
     それに、ガラクタ集めからは人々の暮らし向きが見える。神々の噂話の書物を拾うこともあれば、打ち捨てられた小さな神像にこっそりと居場所を提供してやることもあった。貧しい村では拾った本を子どもに読んで聞かせたり、売れそうなものを自分たちの神像の横にこっそり置いていったりすることもあった。
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