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    yamagawa_ma2o

    山側(@yamagawa_ma2o)のポイポイ部屋。

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    社畜魏無羨と社長藍忘機の転生現代AU②。忘羨の前世での永遠の別れに関する書いた人の妄想が含まれますのでご注意ください。

    ##忘羨

    社畜俺超有能夫得幸福天天② 藍忘機はインターホンの向こうに顔色の悪い魏無羨が映っているのを確認すると、大慌てでマンションのエントランスに向かった。
    「魏嬰!」
    「ハハ……藍湛、お前のところに来るつもりはなかったんだけど…………」
    「構わない、家に来なさい」
     藍忘機は魏無羨が歩こうとしてふらついたので、またあの日のように魏無羨をさっと横抱きにした。魏無羨は抵抗する元気もないようで、大人しくそのまま抱えられている。
    「君は、無理を重ねていたのか?」
    「違うよ。人が増えて仕事が減ったからこうなったんだ。まあ、詳しくは後で話すよ」
    「うん」
     藍忘機は魏無羨を振動一つ与えないように慎重に部屋に運び、自分のベッドに彼を寝かせた。ジャケットを脱がせてシャツのボタンをもう一つ開けて楽にしてやると、魏無羨はようやく表情を緩ませて眠りについたようだ。
    「…………」


     魏無羨は、夢の中にいた。
     ずっとずっと昔のような、不思議な夢だった。

     月の綺麗な夜。月明りに照らされた白木蓮の花々を肴にして、魏無羨は酒を飲んでいた。傍らには、誰かがいる。
     その誰かは雪のような白い肌を持ち、美しい黒髪を伸ばしていた。しかし、顔を見れば、それが藍忘機であるとすぐに知れた。彼にはまるで仙人のような雰囲気があり、すぐそばにテレビなどで見慣れたものより小ぶりな琴を置いている。どうやら、ついさっきまで彼は琴を奏でていて、魏無羨が眠くなってもいいように膝を空けているようだった。
    「藍湛、今更だけど、お前はどうして俺なんかと道侶になっちゃったんだ? 俺は結局いつまで経っても結丹できてないし、段々皺も増えてきた。当然子を成すこともできないし、それに……」
     続きを言おうとして魏無羨が咳込むと、藍忘機はすぐに駆け寄ってきて彼の背中を優しく撫でた。
    「後の代には思追や景儀がいる。私は、君の余生を共に過ごすことができればいい」
    「ハハハ、含光君はなんて殊勝なんだ。なあ、膝貸してよ。まだ亥の刻でもないのに、もう眠くなってきちゃった。歳かな。疲れやすくなってきたよ…………」
    「構わない。おいで」


    「っ…………?! あ、れ…………俺、またここに来たんだっけ…………?」
     目を覚ますと、久しぶりによく寝られるベッドの上にいた魏無羨は、のそのそ起き上がって藍忘機を探しにリビングへ向かった。
    「――その件は、お断りします」
     藍忘機は、電話を切って溜息をついてから魏無羨に気がついたらしい。明るく落ち着いたインテリアのリビングは相変わらず綺麗で整頓されている。藍忘機に促され、彼はソファに腰かけた。
    「眠れたか?」
    「うん。お前の家のベッド、相変わらず中々良いよな。俺も自分の家に同じやつを置いたら、よく眠れるのかな」
    「家では眠れていないのか?」
     藍忘機に尋ねられて、魏無羨はそれを認めざるを得なかった。彼は、いつも仕事をしているか酒を飲むかしていないと紛らわせることができない焦燥感に苛まれていて、それが藍忘機の家に来ると落ち着くのだと白状した。藍忘機はほんの微かに顔色を変えて、魏無羨の方を僅かに驚いたような表情で見た。
    「眠れてないよ。でも、お前の家に来ると不思議と全部落ち着いて、何も考えなくても安心できるんだ。さっきもよく眠れた。なんでだろうな? もしかしてお前、俺に何か飲ませた?」
    「そのようなことはしない」
     藍忘機がため息をついて言うと、魏無羨は少し面白くなって笑った。
    「ハハハ、お前もそんな風に他人に呆れるようなことがあるんだな。ところで藍湛、お前って今日休みだったの?」
     魏無羨は自分のスマートフォンで今日の日付と時間を確認した。メッセージの通知が目に入って、彼は僅かにその内容に眉を顰めたが、今は考えないことにした。今日は平日で、藍忘機が勤め人であれば働く必要があるはずだ。もし有給休暇を取っているのであれば、それはすごく運が良かったということだろう。藍忘機は魏無羨の方をちらと見たが、無表情で答えた。
    「今日は出勤する必要がなかったので家で休むよう秘書に言われた」
    「秘書?」
     魏無羨が尋ねると、藍忘機はスマートフォンを少し動かしたあと、画面を魏無羨に見せた。それはある企業の役職者一覧で、藍忘機は一番上にある。
    「社長……?」
    「うん」
    「藍……、藍、藍って、……ああ、お前、……あ、あの有名な藍財閥のお坊ちゃんなのか?!」
     藍忘機はそこまで驚くようなことではないと言いたそうに無表情で頷いた。魏無羨はスマートフォンを藍忘機の手に返すと、驚きのあまり膝の上に乗せていたクッションをぎゅっと抱きしめた。
    「――お前が藍不動産の社長ってことは、取引先の社長じゃないか…………。ハハハハ、弊社の温寧がお世話になってます……」
     魏無羨は冗談半分に言ったのだが、藍忘機はその名前に聞き覚えがあったらしい。
    「彼は君の同僚なのか?」
    「今お前のとこのマンションの広告のコピーを書いてるだろ? 前のプロジェクトが一緒だったんだ。お前のところの仕事は緊張するって言ってたけど、評価が真っ当で気に入ってたよ。引っ込み思案だから打ち合わせには出てこないだろうけど」
     魏無羨が言うと、藍忘機は小さく頷いた。少しだけ沈黙が二人の間を流れたが、魏無羨の腹の虫が鳴って、彼が困ったように笑ったので、藍忘機は尋ねた。
    「――ところで、君はまた少し痩せたように見える」
    「そんなことないよ。いや、あるかもしれないな。久しぶりに腹が減ったから、何か食べていってもいいか?」
    「構わない」
    「…………」
     魏無羨は、もう少し自分の面の皮が厚ければさらに藍忘機に頼み事ができるのではないかと思った。そして、面の皮を千枚張った気分で、意を決して藍忘機に話すことにした。
    「どうした?」
    「いや、あのさ…………、何日か俺を置いてくれない? 暫く休めって言われて会社に戻れないし、でも、家にいても酒がなければ眠れなくなるだけだ。ああ、タダでとは言わない。家のことなら何でもやるよ」
     魏無羨は藍忘機が難しい表情を見せたので、さすがに図々しかったなと少し反省した。しかし、藍忘機は難しい表情のまま「構わない」と独り言のように言った。
    「えっ、もう一回言って」
    「構わない。何日でも、好きなだけここにいていい」
     魏無羨は、居心地のいい場所にいることを生まれて初めて認められたような気分になって、思わず両手を上げた。
    「ありがとう! 藍湛! お前本当にいい奴だな!!」
    「――魏嬰、一つだけ約束して」
    「何?」
    「もう、私に『ありがとう』や『ごめんなさい』は言わないこと。遠慮は不要だ」
    「? いいよ」
     魏無羨はますます藍忘機の気前の良さが気に入り、先ほど上げた両手で彼に抱きつきたくなった。けれども、すぐに目の前にいるのが最近知り合ったばかりの他人であることを思い出し、慌てて手を下げた。とはいえ、これであの不思議な夢をもう一度見られるかもしれないという期待は魏無羨の中でむくむくと湧きあがった。本当はすぐにでもあの夢の話を藍忘機にしたかったが、現実しか見ていないような仕事をしている藍忘機が信じてくれるとは思えず、魏無羨は次にあの夢を見ることがあれば、もう少し説得的な運命論者になれるだろうと思ったのだった。

     藍忘機はこの日も魏無羨の好物ばかりをダイニングテーブルの上に並べ、魏無羨は不思議そうにそれらを見た。おまけに、酒まで置いてある。
    「藍湛、中々いい酒を置いているんだな? お前も飲む?」
    「あまり飲み過ぎないで。私は今日は遠慮する」
    「ああ、明日お前が二日酔いじゃ、お前の部下たちがかわいそうだ」
     魏無羨は藍忘機に酒を注いでもらうと、一気にそれを呷った。酒の瓶には『天子笑』と書かれており、芳醇な香りと突き抜けるような熱がある。
    「ん……これはいい酒だな。久しぶりにこんな美味しい酒を飲んだよ。『天子笑』っていうのか」
    「うん」
     酒と言えば、アルコール度数の高い酎ハイをたくさん飲むのがこのところの魏無羨の常だった。けれども、それが好きなわけではない。上の方はやけに甘ったるいし、底の方は消毒液を飲んでいるようなアルコールの味しかせず、手軽に酔うことができて、すぐに眠れること以外に利点はなかった。天子笑は、その名の通り魏無羨をすぐに楽しい気分にさせ、久しぶりに美味しい酒を飲んだと思わせた。彼は藍忘機からもう一杯もらうと、それもすぐに飲み干した。
    「魏嬰、酒を飲んでも構わないが、食べて」
    「うん」
     藍忘機の作った料理は、酸菜魚に宮保鶏丁(鶏肉とピーナッツの唐辛子炒め)、それから野菜炒めと、蓮根腓骨湯だ。それから藍忘機の箸がやたらと伸びる方には海鮮と野菜の炒め物があり、冷蔵庫に入っていたのを温めた小籠包も隣にある。
    「蓮根腓骨湯はよく作るの?」
    「時間があるときに」
    「すごく美味しい! こんなに美味いのは姉さんが作ってくれたやつ以来だ」
     藍忘機はそれを聞くと暫し目を閉じて、僅かに口角を上げた。
    「蓮根がきちんと煮えててホクホクだし、肉は柔らかい。スープも変に調味料を入れ過ぎてなくて、すごくいい」
    「そうか」
     藍忘機は食べながら喋ることはせず、良家の子息らしく、一度手を止めて口を拭いてから魏無羨にゆっくりと話す。魏無羨はというと、昔から食事は兄弟分である江晩吟との取り合いだったので、手を動かすのが忙しない。
    「魏嬰、急いで食べなくても大丈夫」
    「ハハハ、そうだったな。こんなに美味しいものがたくさんあると、取られないか心配になるよ」
    「また食べたければいつでも作る」
    「うん」
     魏無羨は単に藍忘機の趣味が料理なのだと思っていたが、以前これを誰かに作っていたのかもしれないと思うと胸にちくりと刺さるものがあった。
    (藍湛はこの見た目だし、誰が見てもまばゆいばかりのステータスもある。今までに恋人が一人二人いなかった方がおかしいよな……)
     魏無羨は藍忘機に自分をここに置いておいて差し支えないのか今一度確認したかったが、その勇気が出ない今はひとまず前に藍忘機が言ってくれた言葉を信じることにした。

     魏無羨はその後、藍忘機の家の風呂で長風呂し、藍忘機が風呂に入っている間にリビングで茶を飲みながら仕事の連絡を返した。同僚によれば、あまりにも魏無羨が休まなかったので、会社は彼に一週間分の有給を消化させることにしたそうだ。
    「君の会社は思ったよりまともだったのか」
    「全然そんなことないよ。勤務時間のことをうるさく言い出して善人ぶってるのはここ最近だ。まあ、もっと最近だと人も増やしてくれるようになったけど。大体、一週間有給を強制的に使わせるなんて横暴すぎる!」
     藍忘機は魏無羨の文句を何も言わずに聞いていたが、彼が言い終わると一言だけ言った。
    「ここにいれば君も休める」
    「…………そうだな」
     藍忘機に言われると、そこでようやく魏無羨は自分が余計な心配をしていたことに気づいた。ここにいれば、夜ひとりで苦しむことはないのだ。
    「そろそろ十時だ。寝よう」
     藍忘機にそう言われて、魏無羨ははたと気がついた。
    「――あ、待って、お前はどこで寝るの?」
    「このソファを組み替えると寝られる」
    「だめだ! 一週間もこんな小さいところで寝たら、お前の方が身体を壊すぞ?」
    「…………」
     藍忘機の家のリビングのソファは、勿論悪いものではないが、それでも寝るために作られたものではないので成人男性が寝るには少々窮屈すぎる。魏無羨は自分が占拠しているベッドが彼のものであると分かると、藍忘機の手を引いて寝室に連れて行った。
    「ここは、君が寝る場所だ」
    「藍湛、俺はこんなに広々とした場所を一人で使うなんて慣れてないんだ。普段は会社の椅子を並べてその上で一晩寝れるんだから。お前はこっち、俺はこっちで寝たらいいだろ?」 
     魏無羨はそう言って藍忘機にベッドの奥半分を使うよう促したが、藍忘機は部屋の入口に立ったまま梃子でも動かない。
    「そうだ……。――な、なあ、俺が寂しくて眠れなかったらどうするんだ? 藍兄ちゃん、こっちで寝てよ」
    「……わかった」
     藍忘機は渋々布団の中に入ると、魏無羨に背を向ける姿勢で寝た。魏無羨は藍忘機が寝返りを打って自分の方を向くのを待っていたが眠気には抗えず、いつの間にか眠っていた。


     気がつくと、魏無羨はまたあの夢の中にいた。自分の身体が前よりも重く感じ、ベッドのような場所から起き上がろうとして、背を支えられた。
    「思追、悪いな」
    「いえ。羨哥哥、私は力持ちですから、頼ってください」
    「ハハハ、自分でそんなこと言うのか。かわいい奴め。――含光君は?」
    「含光君は、厨にいますよ。呼びましょうか?」
     魏無羨は何か言おうとして、咳込んだ。思追と呼ばれた青年が背中をさすり、水を差しだす。手に溢れた血は、何も言わずに青年が拭ってくれた。
    「思追、っ、ごほ、…………ああ、大丈夫、呼ばないでくれ。お前にそろそろ言わないといけないと思ったんだ。…………俺、もうあんまり先が長くないからさ、藍湛を……含光君を景儀と二人で支えてやってくれよな?」
     思追という青年は、魏無羨がそう言うと目の端まで涙を貯めて彼の方を見た。
    「泣くなよ。お前は何も悪くないだろ? 結局結丹はできなかったけど、只人よりずっと贅沢暮らし、苦労知らずでいいものを食べてそれなりに長生きした。お前みたいな子どももいて、俺は幸せだよ」
    「魏先輩、あなたはこれからもっと先の弟子の夜狩にも付き合って、色んなことを教えてくれるんでしょう?」
     青年に言われて、魏無羨は口元だけで笑うとそっと彼の手を握った。
    「思追、困ったことを言ってくれるな。俺はもういなくなるけど、でもいなくなっても問題ないくらいお前や門弟たちには色々教えた。それで許してくれよ」
     青年は魏無羨に握られた手をそっと握り返すと、たまらず涙が溢れて止まらなくなり、子どものように声を上げて泣き始めてしまった。魏無羨は彼を宥めるように、ゆっくり話しかけた。
    「お前と変な邪祟を追っかけ回したり、妖獣をいじめたり、時には胸糞悪い事件にも遭ったけど、楽しかったよ。――でも、思追、寂しいのは今だけだ。お前の周りにはお前を尊敬してくれる人がたくさんいるから、俺のことなんてすぐに忘れる。景儀と頑張るんだぞ。――藍湛を呼んでくれるか?」
    「…………はい」
     青年は部屋を飛び出して、それからすぐに藍忘機がやって来た。さっきの青年は、部屋の前まで来ると、それきり入るのを遠慮したらしい。
    「藍湛」
    「うん。ここにいる」
    「――あのさ、久しぶりにお前の上で寝たいんだ」
    「うん」
     藍忘機は仰向けに寝転ぶと、あっという間に隅の方に避けていた魏無羨を自分の身体の上に乗せた。藍忘機は驚いたような表情で魏無羨と目を合わせた。きっと前にこうしたときよりもかなり痩せたせいだろう。魏無羨は、気付かなかったふりをした。
    「はあ……。落ち着く。――病が分かってから、ずっとこうしてもらえなくて寂しかったんだ。……でも、もう心残りはないよ。藍湛、一回死んだ俺を、お前はこんなに長い間世話してくれたんだな。もう自分の身体はかなり昔に八つ裂きにされてるし、次にどう生まれ変わるか分からないけど、またお前と会えるように待ってるよ。だからさ、ちゃんと藍家のみんなを立派にまとめ上げてくれよな?」
    「君は、そんな今際の際のようなことを」
    「ハハハハハ…………。藍湛、藍二哥哥、藍兄ちゃん、含光君、藍忘機。本当は、……分かっているくせに。――顔をよく見せて。もう霞んでよく見えない。それから、もう少し耳元で喋ってよ。お前の低くて心地の良い声が聞こえないのは悲しいんだ。それから、ぎゅっと抱きしめて。俺はお前がそうやってくれる時が、一番幸せなんだ…………」
    「魏嬰、このまま寝ていい」
    「そうか……。実はもうかなり眠かったんだ…………。藍湛、愛してる。また明日な……」
    「おやすみ、魏嬰。――また明日」
     それから、藍忘機が微かに嗚咽を漏らすのが最後に耳に残ったが、それも次第に分からなくなっていった。


     魏無羨はその瞬間、驚いて起き上がった。当然、隣で寝ていた藍忘機も何かあったのかと思って目を覚ました。
    「どうした?」
    「――ああ、いや、ええと…………」
    「嫌な夢でも見たのか?」
    「…………嫌かどうかって言われると、分からない。けど、藍湛、ちょっと協力してほしいことがあるんだ」
     魏無羨は布団の中をごろごろ転がって藍忘機のすぐそばまで来た。
    「もうちょっとこっちに来て。端すぎると危ない」
    「君は何をしようとしているんだ」
     魏無羨はそう尋ねられて、何か理由をでっち上げられるほど落ち着いていなかった。なぜなら、さっきまで見ていた夢はまさに前世の自分が死ぬその瞬間だったのだから。
    「何って……お前の上に乗って寝ようと思ってるんだよ」
    「…………」
     藍忘機があっけにとられて何も言えないでいるうちに、魏無羨は藍忘機によじ登って、胸のあたりに頭を置いた。すると、鼓動の音が聞こえて、今までに感じたことがないような穏やかな気持ちになる。藍忘機は何も言わないで魏無羨が落ちないように支えてくれた。
    「眠れそうか?」
    「えっ?」
     藍忘機の落ち着いた声がして、思わず魏無羨は聞き直してしまった。さっきは藍忘機が驚きあきれて何も言えなくなっているのだと思っていたが、魏無羨の言うとおりにしてくれたので、魏無羨の方が驚いたのである。
    「眠れるか?」
    「あ、ああ……とても、よく眠れると思う。ハハハハッ…………」
    「あまり動かないで。落ちてしまう」
    「大丈夫。もうすごく眠たいから、寝るよ。おやすみ、らんじゃん…………」
    「魏嬰、おやすみ。また明日」
     その時、ほんの少しだけ藍忘機が魏無羨を抱きしめるように支える力を強くした。


     その晩、魏無羨は夢も見ないほどぐっすりと眠ることができた。朝早くに藍忘機は魏無羨を一度起こして、まだ眠り足りないのを確認すると、そのまま寝かせておくことにしたらしい。魏無羨は昼前にようやく目覚めると、藍忘機がダイニングテーブルに出してくれていた朝食にありついた。てっきり今日も粥なのだと思っていたが、パンに目玉焼き、それからベーコンとサラダだった。そして、皿の横に置かれていたメモ書きには、『ゆっくり食べるように。外には出ないこと。六時に帰る』と書いてあった。しかし魏無羨にとって何よりも難しいことは、何もしないことである。幸いスマートフォンは充電されていて、誰かと連絡を取ることはできる。けれどもどういう訳か気が進まず、魏無羨は朝食を食べた後で藍忘機の書斎の隣にある蔵書を収めている小さな部屋に入ってみることを企てた。
     藍忘機が作ってくれた朝食はとても美味しく、魏無羨は「ゆっくり食べるように」と言われていたもののすぐに食べてしまった。彼は当初の計画どおり、藍忘機の蔵書を見ることにした。少し広いウォークインクローゼットのような、物置部屋のような広さの部屋には本棚が所狭しと置いてあり、まるで小さな図書館のようである。魏無羨は、藍忘機が勉強に使っていると思しき経営の本の並びの片隅に、ガラス扉が付いた棚があることに気づいた。中には、すごく古い蔵書がある。
    「ここだけ温度とか湿度まで管理されてるのか……」
    「『雅正集 礼則編』、『姑蘇藍氏 規訓石家訓全集』、『夷陵老祖遺稿集 新装版』……? 本当は歴史研究とかに興味があったのかな」
     魏無羨は何気なく呟いただけであったが、彼はその瞬間それらの蔵書が何であるかを思い出した。
    「あ……!? もしかして、これ、アハハハハハハハッ…………もう何年前のやつだ? 俺の書き散らしが勝手に『新装版』になってるけど……?」
     雅正集は、今でも藍財閥のグループ企業に入社すると当たり前のように最初の研修で配られると魏無羨は風の噂で聞いたことがあった。その時から魏無羨は今時珍しいくらい社風のガチガチな会社だと思っていたが、ここにある雅正集は現代の会社で配られる自己啓発本のような解説が入っていない、正真正銘あの大昔の雅正集である。
    「どうやって保存したらあの時代の紙がそのまま残るんだ」
     魏無羨は、段々とずっと思い出せなかった思い出を思い出すように、雅正集にまつわる様々なことを思い出した。魏無羨はずっと雅正集の書き写しをしていたが、それをずっと監視していたのが藍忘機だった。
    「あの頃の藍湛は、素直じゃなかったな……」
     魏無羨の持つ雅正集絡みの前世の記憶は、残念ながら全く良いものではない場合がほとんどだった。彼はもう十分だと思い、よく読む本を入れていると思われる手前の棚から営業のノウハウが書かれた本を出して読むことにした。藍忘機は忙しい経営者であるが、とても勉強熱心なのだと魏無羨は思った。
    (まあ、藍湛は昔からすごくまじめだったしな……)
     魏無羨は、まだたくさん思い出せないことがあるにも関わらず、藍忘機に自分が魏無羨であることを話してみたくてたまらない気持ちになっていた。けれども、藍忘機が自分のことを今も変わらず「想って」くれているのか、あるいは、単に昔のよしみで魏無羨の数々の無茶ぶりに応えてくれているのか分からなかった。
    「そういえば、あいつは俺のせいで書き写しの字を間違えたんだよな……」
     結局、現代の営業技術の本はあまり集中して読むことができず、魏無羨は藍忘機に外に出ていいか連絡したくなった。けれども「外には出ないこと」と言われて外に出れば、藍忘機のことだからきっとすぐに見つけ出してしまうだろう。魏無羨は着の身着のままで来てしまったので、とりあえず一週間分の服や身の回りのものが欲しいことを藍忘機に連絡することにした。幸い、メモ書きにはメールアドレスとメッセージアプリのIDが記されている。魏無羨はその両方に、「藍湛、俺の一大事だ。帰りにパンツ買ってきてよ」というメッセージを送った。すぐに既読が付いたが、もちろん返事はない。
    (ハハハハハッ……、やっぱり藍湛を揶揄うのは面白いな)
     魏無羨は暫く返事を待っていたが、結局何も届かなかったのでそのまま昼寝をすることにした。

    「魏嬰」
    「……ん、ああ、藍湛!」
    「大丈夫か?」
    「うん? 俺は暇だったけど、元気だよ。ああ、おかえり……これ、何?」
     帰宅した藍忘機は、魏無羨の前にガサガサと紙袋を置いた。どれも魏無羨が興味を持っても買ったことのないブランドの紙袋で、藍忘機は「買い物をした」と短く言った。
    「ああ! 俺のパンツ! 藍湛、助かったよ。お前が出かけるなって言うから、頼むしかなかったんだぞ」
     魏無羨が袋を一つ一つ開けて並べると、一週間では全部着れないほどの服、それから出社できるようなジャケットやシャツ、スラックスも入っていた。もちろん、彼のお望み通り、いつものコンビニで買うものより遥かに良さそうなパンツも何枚か入っている。
    「ハハハハ……こんなに買ってくる必要あったか?」
    「『俺の一大事』だったのでは?」
     魏無羨はそう言われて、何の気なしにメッセージに書き込んだことを思い出した。藍忘機は恐らく、彼の作ったもので魏無羨が体調を崩したのではないかとまで思ったのだろう。彼が何を買ったのかは分からないが、中身の入った薬局の袋が床に放置されている。魏無羨は藍忘機を騙して、彼を必要以上に揶揄ってしまったような罪悪感に見舞われた。
    「……そ、そうなんだよ。でも、あの……お腹が緊急事態とか、熱が出たとかではないから安心して」
     そう言われて、ようやく藍忘機は自分の早とちりであったことを確信し、安心した表情になった。
    「――あのさ、こんなこと今このタイミングで言っていいか分からないけど、お前……俺が、すごく昔のことを夢で見るって聞いたら、信じる?」
     藍忘機は、リビングのローテーブルの上に雑然と置かれた紙袋を回収していたが、それを全部落としてしまった。
    「君は……?」
    「まだ分からないけど、お前の家に来てから夢を見るんだ。すっごく昔の夢。それって前世の記憶なのかなって思ってるんだけど、お前の本棚に雅正集とか夷陵老祖遺稿集があったから、お前なら何か知ってるのかなって……」
     藍忘機は、床に跪いて、そのまま何も言わなくなってしまった。魏無羨は、彼が喜んでいるのか、それともいきなりそんなことを言われて困惑しているのか、分からなかった。
    「――藍湛。お前は、どのくらい知っているの?」
     顔を上げた藍忘機は、少ししてようやく立ち上がると、「少し長い話になる」と言った。

    (社畜俺超有能夫得幸福天天③につづく)
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    yamagawa_ma2o

    PROGRESS花怜現代AU音楽パロ完結編。幸せになあれ~~~!!!!!って魔法をかけながら書きました。ハピエンです。
    すみませんが、③以降は原作(繁体字版とそれに準ずるもの)読んだ人向きの描写がはいっています。

    金曜日くらいに支部にまとめますが、ポイピク版は産地直送をコンセプトにしているので、推敲はほどほどにして早めに公開します。
    よろしくお願いします。
    花を待つ音④(終) コンサート本番、謝憐はどういうわけか花城の見立てで白いスーツを着ていた。
    「哥哥、やっぱり俺の予想通りだ。すごく似合ってる!」
    「本当かい? なんだか主役でもないのに目立ち過ぎないかな?」
    「俺にとっては哥哥が主役だからね」
     そう言って笑う花城はというと、装飾のついたシャツに赤い宝石と銀色の鎖のついたブローチをつけている。ジャケットとスラックスは黒いものだったが、ジャケットの裏地から見える光沢のある赤い生地が華やかさと季節感を演出していた。
     師青玄も白いスーツだったが、彼の方が生成色寄りで謝憐は雪のように白いものという違いがあり、共通点と相違点が適度に見えて舞台映えする。師青玄は中に緑色のシャツを着ていて、謝憐はあまり中が見えないが、薄い水色のシャツを着ていた。
    12350

    yamagawa_ma2o

    DONE天官賜福(英語版)読破記念&日本語版3巻発売おめでとうにかこつけて書いた初書き花怜。何でも許せる人向け。帯の言葉をどうしても入れたくて捻じ込みました。ネタバレというほどではないけど暮らしている場所とかが完走した人向けです。捏造モブ神官(名前なし)がちょっと出てきます。
    太子殿下弹奏古筝(太子殿下、琴を奏でる)「ガラクタや不用品を回収しています。お家の中に処分に困っているものはありませんか?」
     ガラクタ集めは、色々なことが終わった後の今でも彼の暮らしの中にある。八百年の中で染みついた行動は、中々変えることが難しいのだ。そういうわけで、謝憐は今日も朝からガラクタを集めていた。
     昔と違う点は、必ずしも生活をするためのガラクタ集めをしているわけではないことだ。謝憐はガラクタ集めに関してあまり苦労したことはないが、その昔は換金性の高いものが集められないと少しがっかりすることもあった。けれども今は、千灯観か極楽坊に持って帰って楽しめそうなものであれば、謝憐は何でも集めている。
     それに、ガラクタ集めからは人々の暮らし向きが見える。神々の噂話の書物を拾うこともあれば、打ち捨てられた小さな神像にこっそりと居場所を提供してやることもあった。貧しい村では拾った本を子どもに読んで聞かせたり、売れそうなものを自分たちの神像の横にこっそり置いていったりすることもあった。
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    recommended works