ちゅうちゅう🚬🪓がマッサージとかする話 part2 場所は厨房だが、営業時間外である。今この場にいるのは、グレゴールと良秀、そして横たわる“食材”――ロージャだ。
N社の『釘と金鎚』と呼ばれる部署に名高く中鎚として所属していた彼女は、哀れにも『りょ・ミ・パ』の二人の手によって捕らえられ、厨房長自らの手で肥えさせられ、今や屠殺の日を待つばかりの家畜同然となっていた。当然ながら本人にそのつもりはなく、未だなお虎視眈々と反逆のチャンスを伺っているのだが、その反抗心こそ良秀が望んでいるものだとは知らずにいる。
かつては悍(おぞ)ましい勲章と返り血が彩る甲冑を纏っていた身体は、今は何も着ていない。甲冑だけではない。衣服はおろか下着すら身につけていない姿を、二人の前に晒しているのだ。調理台の上でうつ伏せになり、四肢は鎖と縄で縛られた状態で。
仕事柄――人肉料理専門店『りょ・ミ・パ』の従業員という仕事柄、男だろうと女だろうと、人間の裸体はそれなりに見てきている。しかしグレゴールからすると、この食材(ロージャ)は食事を与えるために日常的に顔を合わせている相手だ。もっといえば、ごく稀ではあるものの、最近では雑談めいた会話を――というか正確には良秀に対する愚痴話をすることさえあったのだ。もちろんそれによってグレゴールがロージャに情が湧くことはないし、彼女も彼に対する敵意を薄めることはない。それでもそういったやりとりをするうち、いつの間にかグレゴールが彼女を“食材”ではなく“敵対しているだけの人間”として見るようになっていたのは紛れもない事実である。良秀からは「そんなんだからいつまで経っても三流なんだ」と嘲笑われたものだが。
そういう背景があり、グレゴールは些か目のやり場に困っていた。しかし、これから行なわれることへの興味が勝り、ひとまずこの場から立ち去らずにいる。
当のロージャのほうの心境といえば、当然ながらそれどころではない。
牢の中で突然「厨房に行くからついてこい」と言われ、抵抗し、二人がかりで縛られ運ばれて、調理台にその身を横たえたとき、覚悟したのだ。とうとうこの日がやってきてしまったのかと、自らが解体されるときが来たのかと、忌避すべき無様な死をついに迎えるのかと。
だが、そのようなロージャの覚悟を嘲るように、良秀は否定した。「まだそこまで仕上がっちゃいない」と。そして続けたのだ。
「お前の肉は硬すぎるからな。」
――――だからってマッサージはおかしいでしょ……!
ロージャは良秀の発想に内心で悲鳴を上げていた。人体をほぐすという意味ではなんらおかしくないにもかかわらず、悲しいことに食材として見られているという自覚が板についてしまったのだろうか。
そんな彼女の様子を気に留めることもなく、良秀はロージャの身体に向き合った。準備は既に整っている。手を拭くためのタオルやオイルなどが用意され、部屋が血生臭いことに目をつむれば、一見すると少しはそれらしい雰囲気に見える。オイルが食用のものであることを知っているグレゴールからすれば複雑な光景とも思われたのだけれど。
「ところで厨房長さんよ。あんさん、マッサージの技術なんてあんのか……?」
「ない。独学」
どうやらこういった試みは良秀にとっても初めてのことらしい。ロージャは普段感じているのともまた異なる不安と嫌悪を感じた。
そうこうしているうちに良秀の両手が伸び、ロージャの背に触れる。
「さあ……まずは具合を確認するぞ」
独り言のように告げて、両手の親指を重ねてロージャの背を押した。すると。
「――あッ?! いっ、いった……ぁ、あだっ!? 痛い、……痛ッ」
「痛いか? 凝ってる証拠だ」
「いた、痛い痛いいたいってば絶対力加減おかしいってちょっと! ちょっとたんまだって!!」
「くく……なかなかほぐしがいがありそうだ」
その光景はマッサージというか、もはや暴力だった。
そんなものはとうに見慣れているはずなのにどういうわけか見ていられなくなり、グレゴールは恐る恐る口を開く。
「なぁ厨房長……たぶんだけど、力入れすぎじゃないか? ちょっと……いや、かなり。」
「……何?」
良秀は怪訝な表情で手を離し、グレゴールのほうを見る。
「いくらなんでも身体が凝ってるからって反応じゃねぇよ、そりゃ……というか明らかにやばい音も聞こえてたし。」
口を挟んできた助手に一瞬だけ不満がよぎったが、あながち的外れな指摘でもないだろうと思い直す。人体のつくりについては熟知しているつもりだが、この手のことには素人同然だ。下手を打って回復不可能な損傷を与えたり、うっかり殺したりしてしまっては元も子もない。
「じゃあどうすればいいってんだ?」
「えー……いや俺も知らないけど。まぁ、本人に訊いて大丈夫そうなら大丈夫なんじゃないかね?」
ここでいう本人とは、もちろん、マッサージを受けるロージャのことである。
良秀は再び彼女の背に触れ、両の手で圧をかける。さっきと異なるのは、今度はロージャの顔色を見ながら行なっているということ。
「おい、答えろ。これは痛いか?」
「…………」
素直に答えるのは癪に思えた。が、先ほど与えられた予想外の痛みを思い出し、ロージャはしぶしぶ口を開く。
「痛く、ない」
「……力が弱すぎても意味ないからな。……これはどうだ?」
「いっ……! ぐ、……最初よりはマシ、だけど……」
「なら、これは」
「――う、……ぁ……?」
力加減を変えた瞬間、ずっとしかめ面だったロージャの顔が変化したのを、良秀は見逃さなかった。