ちゅうちゅう🚬🪓がマッサージとかする話 part1 24区のグルメ通りに位置する飲食店『りょ・ミ・パ』の厨房長である良秀は、悩んでいた。
「体が凝り固まって仕方ない。」
苛立ち交じりの言葉を投げかけた先には、食材の下処理に励む助手の姿がある。独り言ではない気配を察し、助手ことグレゴールが作業の手を止めて振り返ってみれば、良秀は椅子に座って腕を組んで彼の返事を待っている。
「……はぁ」
反応に困った彼がひとまず間の抜けた返事で応じると、良秀は舌打ちした。
今彼女が向かっていたのは、調理台ではなく書き物用の机である。見てくれは調理台と変わらないが、本人の中で用途を分けて使っている。その証拠に、天板の上に広げられているのは肉ではなく、メモ紙やノートばかりだ。当然ながら、飛び散った血液や調味料、薬品などによって多少汚れてはいるものの。
料理人であり芸術家である彼女は、同時に料理研究家でもある。自分の作るものに対する研究には日ごろから余念がない。最近は特にそういう時期らしく、店の営業時間を除いて、あるいは営業時間であってもその隙間時間を縫うようにして、新しい調理方法の開発に勤しんでいた。
脈絡のない発言に思われて意表を突かれたグレゴールだったが、合点がいく。なるほど、そのように日夜机に向かって研究に没頭していれば肩も凝るだろう、と。思い返せば先ほどの舌打ちも、普段に比べてどこか弱々しかった。そこから推察するに、研究が相当煮詰まっているか、あるいはかなりの疲労が蓄積されているのかもしれない。
「どうすべきだと思う?」
世間話をしているのではなく意見を求めているのだ、という意思を込め、良秀は改まった口ぶりでグレゴールに尋ねかけた。彼女に自分の考えが要求されていることを意外に思い、やや戸惑いながらもグレゴールは答える。
「まぁ……程度にもよるだろうけど、マッサージを受けるとか?」
「な・ほ。」
なるほど、と頷いたのを見るに、どうやら悪くない返事ができたらしい。会話はこれきりのようで、良秀は再び机のほうへ身体を向けた。多少の満足感を覚えながらグレゴールもまた作業を再開する。自分の雇い主に小さな借りを作れたと思えば気分が良かった。
しかしながら、もう少し先、彼はこの時の自分は誤解していたのだと知ることになる。
というのも――良秀が相談したのは、自身の身体のことではなく、今まさに研究中の“ある食材”のことだったのだ。
「……ってわけだ。早速あん・マ(塩梅よく)(マッサージ)を始めるぞ」
「どうしてそうなるの……?!」
横たわる“食材”の言葉に、内心で共感と同情を寄せながらグレゴールはその光景を見学していた。
場所は厨房だが、営業時間外である。今この場にいるのは、グレゴールと良秀、そして“食材”である女――ロージャだ。