君といれば地獄も天国「真実の愛ってなんだろうね」
監督生と自分の2人しか知らない真夜中の秘密の逢瀬。彼女が口にした一言は、マレウスの興味を引くには十分すぎるものだった。
「どうしたんだ急に」
「いや、おとぎ話って『真実のキス』とか『真実の愛』とか好きじゃない? 『眠り姫は王子の真実のキスで目覚めることが出来たのでした』とか。 でも、偽物か本物かなんてどうして分かるんだろうなって思ってさ。」
「なるほど。確かに客観的に判断しづらい部分ではあるな。お前はどう考えるんだ。」
「そうだな……。真実の愛かどうかは分からないけど、本当に大切な存在って一緒にいるだけで幸せになれると思うんだ。だから、一緒にいればどんなに辛いことも楽しいって思える人との愛のことかな、とは思ってる。」
その言葉にどう返したのかはあまり覚えてはいない。ただ、監督生も存外ロマンティックなことを言うのだな、と当たり障りもなく返した気がする。
昔から僕の周りには僕を“茨の谷の次期国王”としてしか見ないものばかりだった。皆本当の僕を見ようともせず一方的に恐れ敬う。ここでもそれは変わらない。酷いものは僕の姿を見ただけで逃げ出す始末。
しかしこのヒトの子は違った。世界でも五本の指に入る魔法士である自分を知らず、あろうことか異世界から来たのだという。その為だろうか、僕のことを「ツノ太郎」などと呼んだのだ。セベクが聞いたら怒り狂いそうなものだが不思議と嫌な感情はおきなかった。むしろ心が少し温かくなったような不思議な心地だ。それからそう遠くないうちにおんぼろ寮に通う目的が廃墟を求めてではなくこの娘に会うために変わった。
監督生と過ごす時間というのはとても有意義だ。遠い昔に諦めたはずの感情がふわふわと戻ってくるのを感じる。楽しい。もっと話をしたい。もっと。
そんな折、監督生は語ったのだ。『真実の愛』とやらを。この娘にもそういう相手ができるのだろうか。僕以外の誰かのものになるのか。それはダメだと思った。自分以外の誰かが彼女の特別になるのは。
これは僕の特別なんだから。
しかし、肝心の監督生はどうなのだろう。彼女は僕をどう思っているのだろうか。やはり正体を明かせば周りと同じように離れていってしまうのだろうか。
いつもと同じようにおんぼろ寮でたわいもない話をする。でも今日はそれだけでは足りない気がした。
「お前にひとつ、伝えたいことがある。」
「僕の名前。今まで教えたことはなかっただろう。それを今日、教えようと思って。」
「……ありがとう? でも急にどうしたの?」
「そろそろ教えても良い頃合だろう?」
知りたいと思った。この娘が。僕の本当の姿を知ったらどんな顔をするのか。
「僕の名前はマレウス・ドラコニア。ディアソムニア寮の長にして茨の谷の時期国王だ。」
「え……うそ……」
監督生が下を向き、表情が確認出来ない。やはりこれも僕から離れていくのか。しかし直後に顔を上げた監督生ははればれとした顔を浮かべてこう言ったのた。
「なーんだ。それならM.D.ってツノ太郎の事だったんだね!」
「驚かないのか。お前の前にいるのは」
「わかってるよ。でも、ツノ太郎はツノ太郎でしょ? あ、もしかしてちゃんと敬った方が良かった?」
「いや、いい。」
正直拍子抜けした。でもまただ。また心が温かくなった。この娘は、僕の正体を知ってもなお今まで通り接してくれるのだという。打算的な関係でなく今まで通り大切な友人としてー
「いやダメだ。」
「え。」
「友人ではダメなんだ。」
「ツノ太郎?」
「おまえが好きだ。監督生。僕と恋人になってくれないか。」
「……。」
監督生の返事がない。驚いて声も出ないか、あるいは
「……それ、外交問題に発展したりとかしない?」
「何故だ。」
「だって、ゴーストマリッジの時、リリア先輩が『マレウスがプロポーズすることは外交問題に関わる』みたいなこと言ってたから……」
「心配ない。リリアなら僕が説き伏せるし、他の連中は僕とリリアでなんとかなる。」
「そっか……。うん。それなら大丈夫かな。あのね、私もツノ太郎の事好きだよ。だから……よろしくね、マレウス。」
ふわりと微笑むその全てが愛おしくて思わず抱きしめる。やっと自分のものになったのだという思いと、拒絶されなかった喜びで満たされながらそのまま口付けをかわそうとしたところで思いとどまる。このまま口付けをすれば止まらなくなってしまいそうだった。名残惜しいが今日はここまでだと思い、そっと体を離す。
「監督生。今日はもう遅い。これ以上長引けば明日の授業に響くだろう。また明日、学校で会おう。もうここ以外でも自由に会えるのだから。」
そうだね、じゃあまた明日、と少し名残惜しそうな目をしつつ監督生はおんぼろ寮へ帰っていった。それを見届けて僕も自分の寮へと戻る。
その日から僕の生活は彩りで溢れ、ただ瞬きの間のはずの授業も監督生といると楽しくてまだ終わらないでくれと思うようになった。
リリアにも事情は説明した。どうやら僕の気持ちなどとうにお見通しだったようで「おお、あのヒトの子と上手くいったか! やれやれ、いつになったらくっつくのかとヤキモキしていたところじゃ。そうじゃ今日はワシが赤飯を炊いてやろうな」と言った。全力で止めた。
シルバーとセベクにも伝え、これで心配することは何もないと思えた。あとは国に帰ったあと正式に結婚を申し込めばすべて上手くいく、はずだった。
ある晴れた日、寮で監督生との思い出をリリアに話しているとセベクが駆け込んできた。
「若様!!!!!!!!!!!!!!!」
「どうしたセベクいつもより大きな声を出して」
「監督生が!!!!!」
リリアと揃ってセベクが案内する方へと向かう。そこには倒れてピクリとも動かなくなった監督生と、監督生を必死に手当しているシルバーの姿があった。
「監督生!」
急いで駆け寄る。まだ息はあるが危険な状態だった。必死で治癒魔法をかけながらリリアに補助を、シルバーに状況説明を促す。
「それが……」
どうやら一人でいる時に魔法で攻撃されたらしい。魔法もろくに使えない人間が僕と仲良くするのをよく思わないものが監督生に襲いかかったのだとか。
……馬鹿らしい。僕がどんな思いでこの人間と関わっているかも知らないで。僕がどれだけこれを大切にしていたのかも知らないで。監督生の体を抱きしめる。大きな雨雲が辺りにたちこめる。当たりが一気に暗くなった。
「セベク、シルバー」
「「はっ」」
「その不埒者を寮の談話室に連れてこい。僕の大切なものに手を出したこと、後悔させなくては。」
「「はっ!!!!」」
二人が去った後急いで監督生を自室に運ぶ。もちろん治癒魔法は絶やさない。そして、シルバーが呼びに来た。リリアにあとを任せ、シルバーの後について談話室へと向かう。
「若様!!!!!」
セベクが取り押さえている男は僕を見るなりひいっと情けない声をあげた。
「おまえがあの監督生に呪いをかけたのか。」
男は震えながら頷く。
「どうしてこんなことを。」
「そ、それは……。」
僕の放つ殺気で、男は自分が一体何をしてしまったのかを悟ったらしい。それ以上男が口を開くことは無かった。軟弱。自分よりも強いものと向かい合っただけでこれなのか。こんな奴に。
「僕の特別なものに手を出した報いを受けるがいい。」
指先に魔力を貯める。魔法が発動する直前、ふと監督生の顔が浮かんだ。
外で大きな雷が一つ落ちる。魔法は、男のすぐ横を掠めたようだった。奥に置いてある花瓶は粉々に砕け散っていた。
「二度と僕の前に現れるな。」
男は勢いよく談話室を飛び出していった。
「若様!!!!!!! よろしかったのですか、あの男を生かしておいて。」
「……あそこであの男を殺せば、監督生が悲しむような気がしただけだ。」
「若様……」
「僕は自室に戻る。2人とも、ご苦労だった。」
「「はっ!」」
自室の扉を開ける。
「マレウス、戻ったか。この娘も峠を超えた。もう大丈夫じゃ。……しかしの、残念じゃがもう目覚めはせん。」
監督生の容態は思ったよりも深刻だった。即死級の呪いをかけられ、シルバーの手当がなければとっくに死んでいるような魔法だった。故に、僕とリリアの魔法を持ってしても呪いを完全に取り去ることは出来ず、眠りにつく、という呪いに書き換えるのが精一杯だったのだ。
覚悟はしていた。しかしやはり現実となると胸に来るものがある。そんな僕を見かねてかリリアがいつになく真剣な顔で口を開いた。
「マレウス。この際だから言うが、このヒトの娘と本当に契るのか。」
「今までは表立って反対することはせなんだが……茨の国の時期国王が、なんの魔力も持たぬもの、それもヒトの子を嫁にしようものなら反発は必至。加えてその本人が眠ったまま目覚めぬとあれば、賛成するものも渋ってしまうじゃろう。だからの、マレウス。引き返すなら今じゃ。その娘と契るのはやめておけ。」
「リリア……。」
その方がいいかもしれない、と思った。国王となる者はそれにふさわしい嫁を迎えるのは至極当然のことだろう。今までの僕ならば間違いなくそうしていたはずだ。でも
「すまない、リリア。それは、その決断は僕には出来ない。もう、手放せないんだ。この娘がそばにいない未来は考えられない。周りからなんと言われようと、この娘はそばに置いておきたいんだ。どんな形であれこの娘が居れば、そこがどんな地獄であっても天国に思える。そんな存在なんだ。」
「……そうか。ならしょうがないかの。」
全力で止められると思っていたが、リリアの口から出たのはそれだけだった。ひとつ微笑んで「まぁ今日はゆっくり休め」などと言いながら部屋を出ていく。
パタン、とドアが閉まり部屋は自分と監督生の2人きり。もう目覚めることの無い彼女は、血色の善い顔で安らかな顔をして眠っている。僕は愛おしくて悲しくて、こんなことならば監督生とキスのひとつでもしておくんだった、と思う。そして、眠る彼女の唇に、そっと口付けをした。