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    mocomocoreve

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    ツイートで途中まで上げていたばじふゆ小説の最初から最後まで全部です
    ※途中千冬が女の子です

    #ばじふゆ
    bajifuyu

    【ばじふゆ】周りの恋愛ムードにイライラする場地さんの話ああ、イライラするな。
    オレは腰掛けた石段の下に広がる光景を眺めていた。
    とうに陽が沈んだ武蔵神社の下にたむろしているのは、東卍の集会のために集まった隊員たち。そして、女たち。
    どいつもオレらと同じくらいの年頃、つまり中学生か高校生で、どいつも髪を明るく染めていてスカートはすこぶる短い。いわゆるギャルってヤツだ。
    前からこういう女たちは居たが、最近ヤケに人数が増えた。
    つーのも、アレだ。ウチの隊員たちが、このところやたらと色めきだっていて、レンアイに精を出してるのだ。
    今この瞬間も、彼女に腕を組まれてだらしない顔をしている隊員が目に入って、思わず舌打ちしてしまう。あんなに鼻の下伸ばして、ダッセェな。壱番隊の隊員だったら殴ってたところだ。

    しかし、東卍だけではない。
    学校も最近はもっぱらこんな感じなのだ。中学最後の年を満喫しようということなのか、3年に進級してから、あちこちにカップルが多発している。席替えだとか班分けだとか校内行事の振り分けだとか、何か決めようとするたびにカップルたちが別々になりたくない! 一緒がいい! と主張して面倒なことになったのも一度ではない。

    まったく何がそんなに楽しいんだか、サッパリわかんねー。
    オレは前から、恋愛には興味が無い。
    恋愛っつーか、とにかく早く彼女を作ろうとする同世代の空気に同調できねぇ。
    あと、童貞を捨てる早さを競うのも意味が分からない。どうでもいい女で捨てるモンじゃなくて、早さとか関係なくそういうことは、ホントに大事なヤツとするもんだろ。
    そもそもンなことより、喧嘩強え方が絶対カッケェしな。どう考えても。

    「おー、どの子が好みなん?」
    「ぐえっ」
    背後から急に腕が首へまわってきて、苦しくて思わず呻いてしまった。
    「いや〜、場地もそういうお年頃かあ〜」
    「ああ? 違ぇって」
    ダル絡みして来るマイキー、マジうぜぇ。じゃれるにしては力が強すぎんだよ。力加減ってモンを知らねーのか、コイツは。
    「まあまあ照れんなって! カノジョ欲しいよなぁー? 朝起こしに来てくれて、手ぇ繋いで一緒に登下校して、手作りのお弁当あーんして、ゲーセンとかカラオケとかボウリングとかでデートして、プリクラ撮ったり? バレンタインに手作りチョコもらって、誕生日とクリスマスはプレゼントあげあって〜、みたいな? プレゼントはピンクのクマのぬいぐるみ、みたいな?」
    マイキーはひと呼吸置いてから、後ろを振り向きながら声を張り上げた。
    「なぁケンチーン、可愛いカ・ノ・ジョ♡ 欲しいよなぁ〜?」
    「マイキィィィ!!! 余計なこと言ってんじゃねえ!!!」
    途端ドラケンの怒号が飛ぶ。
    ちょうど近くにいたエマの顔が真っ赤になっているところを見ると、どうやらマイキーが挙げた中に、ドラケンとエマのエピソードもあったようだ。
    ドラケンとエマが付き合ってはいないもののお互いに好き合っているということは、だいぶ前から知っている。それは微笑ましいと思うし、無事結ばれるといいな、いやむしろいい加減さっさとくっつけや、という気持ちの方が大きい。どうにももどかしい2人なのだ。
    そんなわけで、ごく身近なカップル(未満)には好意的な感情があるものの、最近のやたらと彼女を作ろうとする周囲の男たちの空気には、モヤモヤして仕方がないのだった。


    ✱✱✱


    「千冬ぅ、帰んぞ」
    集会が終わって、いつものように千冬に声をかける。
    連れ立って石段を降りると、またもイチャつくカップルたちが目に入った。
    たった30分かそこら離れていただけで何を寂しがることがあるのか、ベッタベタしやがって……。
    「場地さん、どうかしました?」
    オレの目線に気がついたのか、千冬が声をかけて来る。反射的にまずいと感じて、「なんでもねーよ」と素っ気ない返事をしてしまった。
    なんとなく、千冬とはこういう話をしたくなかった。
    千冬も多分、恋愛には興味が無い。2人で居る時にそんな話題になったことが無いし、まあ少女漫画は好きでよく読んでるけど、所詮マンガだし。
    万が一千冬が「オレもカノジョ欲しいんスよね」なんて言ったりしたら、すげー嫌だ。さらに千冬に彼女が出来たりなんてしたら、もっと嫌だ。絶対嫌だ。
    ドラケンに彼女が出来るよりマイキーに彼女が出来るより段違いに嫌だと思うのは、千冬がオレの一番近くに居るからだろう。毎日一緒に過ごしてるヤツと、距離取んなきゃいけなくなるのは面倒だからだ、きっと。

    いつも通り2人で団地に帰って、2階にある千冬んちの前で別れた。
    「それじゃ場地さん、おやすみなさい」
    「おー」
    さっき素っ気なくしてしまった気まずさと頭の中に浮かんだ嫌なイメージのせいで、今夜は千冬の目が見れなかった。いつでもオレをまっすぐ見つめてキラキラ輝く千冬の目は、オレのお気に入りなのに。

    重苦しい気持ちを抱えたまま階段を登り、5階のオレんちに着く。オフクロはもう寝てるみたいで、真っ暗な部屋を通り抜けてオレの部屋に入った。
    特服を脱いで寝巻きに着替え、開け放っていた窓を閉めようとした時にふと目に入ったのは、漫画雑誌だった。
    窓際の棚の上に適当に積まれたそれら。月刊の少女漫画誌と、週刊の少年漫画誌。どっちも目当ての動物や喧嘩の漫画だけ読んで、恋愛系の漫画にはこれまで目もくれなかった。
    いつもなら興味の湧かないそれが、今日は何故だかやたらと気になって、思わずページをめくる。

    ふん。ふんふん。え、そこで告んの? え、振るの!? 好きって言ってたのに!? 意味わかんねー。うわ、‪学校の中庭で膝枕とかありえねーだろー。いや、そういえばこんなんしてるヤツらこの間見かけたような? お、この2人はなんか応援できるかも……。は? こんなんされたらやべぇだろ!! え、ここでそれ言う!? うわ、マジか……この後どーなんの……?

    驚くことに、今まで興味ゼロだった恋愛漫画に、オレは没頭してしまっていた。
    レンアイって、お付き合いって、こんなことするのか……。
    漠然としたイメージしかなかったものが、具体的に目に見えたせいだろうか。雑誌に載っていた恋愛漫画をあらかた読み終えた頃には、たった今漫画で見た色んなシーンが脳内をぐるぐるとまわり、頭がパンクしそうになっていた。なんだか身体じゅうが熱い。
    開いていた漫画雑誌から手を離し、布団の上でごろんと寝返りを打つ。
    ヤベェ。何がヤベェのか分かんねえけど、とにかくヤベェ……。
    目を閉じて、印象的なシーンが脳裏に浮かぶのに身を任せているうちに、意識が深いところへ落ちて行った。


    ✱✱✱


    「……さん、場地さん、起きてください!」

    何だ? 千冬の声……?
    でも、なんか違うよーな。

    「もう、いつまで寝てるんですか! 遅刻しちゃいますよ!?」
    「んあ? もー朝……?」

    やべ、いつの間にか眠っちまってたのか。
    風呂入りそびれちまったな。
    重たい瞼をなんとか頑張って上げると、ぼやけた視界に人影が見える。
    窓から入る陽の光を受けてきらきら光る金髪。千冬が起こしに来てくれたのか。

    「おばさんもう仕事に出ちゃったから、代わりに起こして学校連れてってくれって頼まれたんです。ほんともー、次遅刻したらヤバいんですよ、分かってます?」
    「おー悪ぃな。急いで着替えるワ」

    慌てて布団から飛び起きて、傍に掛けてあった制服を取る。急いで寝巻きを脱いだ時だった。

    「きゃあ!!」

    ……きゃあ?
    女の悲鳴が聞こえた気がすんだけど。

    そこにいる唯一の人間である千冬の方をとりあえず見てみると、千冬は両手で顔を覆って、まるでオレを見ないようにするようなポーズを取っていた。
    いや、ていうか。さっきは起きたてだったし布団の上だったから見えなかったけど、千冬の服装がおかしい。下半身に身につけてるのは、制服のスラックスではなく――スカート。
    膝より20cmは上にありそうな、ちょっと色々危ないんじゃないかってほど短い丈のスカートから、千冬の脚の大部分が覗いてしまっている。
    上に羽織ってるニットカーディガンがぶかぶかで袖が手の甲まで覆ってるのはいつも通りだけど、なんでスカート!?

    「千冬、お前――なんでスカートなんて履いてんだ……?」
    おそるおそる尋ねてみると、指と指の隙間から片目だけ出した千冬が怒ったように答える。
    「はあ!? 制服なんだから、当たり前でしょ! ……それより、あたしがいるところで急に脱がないでくださいよ……。もう、あっち行ってますから、早く支度して来てくださいね」
    照れた様子で顔を赤らめながらそう言って、オレの部屋から出て行ってしまった。

    ……あたし。スカート。きゃあ。あたし。
    は?

    いつまで経ってもあんまりオレが出て来ないので痺れを切らした千冬に再度急かされるまで、オレは呆然として身動きひとつ出来なかった。


    ✱✱✱


    とりあえず着替えて簡単に歯を磨いて一瞬顔を洗っただけの状態で、急ぐ千冬に背を押されて家を出た。
    朝の空気が清々しい。いつもと同じ、昨日と全く変わらない学校への通学路。オレの隣で一所懸命早足で歩いてる千冬だけが異常事態だ。
    何度チラチラと見て確かめてみても、間違いない。千冬の身体が、女の身体になっている。さっきのは見間違いでも、寝惚けていたわけでもなかった。
    背が縮んでていつもより遥かに容易につむじが見下ろせるし、身体全体がひとまわりもふたまわりも小さくなっている。あと、何より……胸の辺りに、明らかに膨らみがある。ていうか、シャツの上の方のボタンがいくつか開いてるから、胸の谷間が覗いてしまっている。
    なんだかすごくまずいことをしている気がして目線をそこから逸らすと、千冬の横顔が目に止まった。
    いつも可愛いけど、今日はもっと可愛い気がする。……って、可愛いって何だよ!?
    いやでも、可愛いのは事実。大きい目が更に大きくなってて、まつ毛もいつもより長くてクルンってしてるし、ほっぺたピンクで、唇は色づいてるしなんかすげーツヤツヤしてる。その唇から目が離せなくなって、触れたら柔らかそうだな……なんて不埒なことを考えてた時だった。

    右手に、あったかくて柔らかい感触。見下ろすと、千冬が左手でオレの手を繋いで来ていた。
    しかもこれ……、いわゆる恋人繋ぎってヤツじゃねーか! あまりのことに、顔が急激に熱くなる。
    「は!? お前、なに……」
    「学校まで走りましょ!」
    オレを見上げた千冬はニッと笑ってそう言うなり、オレの手を引いて走り出した。


    ✱✱✱


    手を繋いだまま校門を走り抜けて、校舎の昇降口に入った。他の生徒も沢山歩いてる中そんなことしたのはショージキ恥ずいんだけど、千冬は全然気にしてないみたいで、下駄箱の前まで辿り着くと「完全セーフ!」と言って無邪気に笑った。可愛い。

    「千冬おはよー」
    「おはよ!」
    ちょうど上履きに履き替えていたクラスメイトの女子に話しかけられて千冬が応じると同時に、繋いでいた手がぱっと離される。
    それがなんだかすごく寂しく感じて、たった今まで繋いでいた右手をじっと見つめてしまった。千冬の手、すべすべで柔らかくて、すげー気持ち良かったな……。

    「夫婦で登校とか、今日もおアツいね〜」
    急に声を掛けられて目をやると、教室でオレの前の席に座ってる男だった。
    「なっ……!? 夫婦って!!」
    「あ? 今更恥ずかしがってんの? 3年3組の名物カップルだろ」
    え、オレって3組だっけ? てか千冬とオレ、別のクラスじゃなかったっけ?
    「や〜〜羨ましーわ、俺も彼女欲しいな〜」
    「か、カノジョ……」
    カノジョなんだ、千冬。カップルなんだ、オレら。
    信じられねえけど、今朝起きてからあったこと、目にしたこと、総合すると何もおかしくない気がした。
    やべえ。胸がふわふわして、初めて味わう種類のワクワクする感じが押し寄せて来る。顔もちょっとニヤけちまってるかも。
    謎の感情に浮かれながら、オレは足取り軽く教室へ向かった。

    3-3の教室に着くと、千冬はオレの隣りの席(隣りの席なんだ、嬉しい)にカバンを掛けてから、「あつ〜い!」と団扇の代わりに手でパタパタと顔を扇いだ。
    厚着してるクセにあんなに走るからだ、と思っていると、千冬はこちらに背を向けた状態でカーディガンを肩から少し脱いで、振り返りざま、オレに目線を向けて言った。
    「場地さん、脱がしてください♡」
    暑さからだろう頬は上気して首筋に汗が伝い、カーディガンが途中まで脱げているおかげで見えている背中は汗ばんでいるせいでシャツが肌に張り付き、おまけにその……下着が、ブラが、透けて見えている。色は黒に見えるけど、えっ、千冬、黒のブラ着けてんの? てことは、パンツも黒? ちょ、ちょっとエロ過ぎないか? まだ中学生だぞ? まずくねえ?
    「……じ、自分で脱げンだろ」
    あまりの刺激の強さに無理やり目を逸らしつつ何とか言葉を絞り出すと、ちぇーっと唇をとがらして自分でカーディガンを脱いでくれたので、オレはホッと胸を撫で下ろした。

    その後は2時間目まで普通に授業を受けたが、千冬は女ということ以外全く普通だった。名前も、松野千冬のまま。よく考えたら千冬って、女でも違和感無い名前だ。名前も可愛いんだよな。千冬の母ちゃんと父ちゃんに感謝だ。


    ✱✱✱


    3時間目、美術の授業。
    ペアになってお互いの絵を描くという課題で、オレは当然千冬とペアになった。
    「おし、そんじゃオレから先描いていい?」
    「もちろんです! えっとポーズは〜」
    少し考える素振りを見せた後、千冬はおもむろに美術教室の床へ寝そべり、オレへ目線を寄越しながら「可愛く描いてくださいね♡」と囁いた。
    …………いやいやいや、ダメだろ!!
    床の上で丸まった猫みたいなポーズを取った千冬はそりゃもう可愛いけど、短いスカートから脚丸出しで、もうギリギリっつーか……ぱ、パンツ見えそーだし。てか尻はもうほぼ見えてるよーなモンじゃねーかこんなん!
    慌てて椅子に掛けてあったカーディガンを千冬に掛けて下半身が見えないように覆うと、何故かムッとした顔をされた。なんだよ、周りのヤツらに千冬の尻見られたらどーすんだよ。
    それにしても、女の千冬、なんでこんなに積極的なんだ? こんなん続いてたら、オレの心臓もたねーぞ。


    ✱✱✱


    昼休み。
    朝から色んなことがあり過ぎてどっと疲れたオレは、昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に机に突っ伏した。
    「場地さん、大丈夫ですか? お昼ご飯どーします? お弁当持って来てます?」
    千冬が心配そうな顔をして、隣りの席から訊いてくる。
    「弁当……無ぇ」
    つか、そもそも腹減ってねえ。なんかもう、胸いっぱいで。
    「じゃあ、あたしのお弁当半分こしますか? 今ダイエット中なんで、半分でじゅうぶんなんです」
    「ダイエットぉ?」
    首をぐりっと回して、千冬の姿を確認する。可愛い。体型がどうとかの前にまず明らかに可愛い。そして、まったく太ってるようにも見えない。
    「そんなんする必要あんの? そのままで可愛いのに」
    「か……っ」
    思ったことを言っただけだったが、千冬には効果てきめんだったようで、顔を真っ赤にして慌てている。
    「この間の身体測定で体重増えてたんですっ! もぉ、だからいーんです! 食べましょ!」
    誤魔化すようにカバンから取り出した弁当箱(パステルカラーだ。女子っぽい)を開けると、その中から卵焼きを箸でつまんで、オレの口元へ突き出した。
    「はい、あーん」
    うわ、これ。こうやって食べさせてくれんの、めちゃくちゃ「付き合ってる」ヤツじゃん……。いや、実際付き合ってんだけど。いざとなると、照れる。
    気恥ずかしくて千冬の顔を見ずに、卵焼きに焦点を合わせながら口に含んだ。
    ふわっと柔らかい食感に、優しい甘い味。
    「……美味い」
    「ホントですか!? 良かったぁ!!」
    「え、これもしかして千冬が作ったん?」
    思わず尋ねると、千冬は何を今更とでも言うように目を丸くして答えた。
    「そうですよ、言ったじゃないですか。料理練習してるんで!」
    てことは、オレは彼女の手作り弁当をあーんしてもらってたってわけか。
    「言ってくれれば今日だって場地さんの分まで作って来たのに」
    そう言って不満げに頬を膨らます千冬は、ありえないくらい可愛い。
    「悪かったって、明日は頼むワ」
    「!! まかせてください! 気合い入れちゃいますね!!」
    あー、マジで可愛いわ。カノジョって最高。なんで今まで興味無かったんだろ? 千冬がそばに居たのに。
    そう思った時、何かが胸に引っかかった。何だろう? 確かめたかったけど、それはほんの一瞬でどこかへ姿を消してしまった。
    「はい、ひと口ずつだから場地さんの番! どーぞ♡」
    千冬が今度はハンバーグを箸で差し出して来る。それにまた食いついて、そんなこんなを繰り返しているうちに、2人でひとつの弁当を食べ終えた。

    「まだ時間ありますね。音楽でも聴きます?」
    「お、いーな」
    千冬の提案に、二つ返事で頷いた。音楽は昔から好きな方だ。
    千冬はバッグをしばらくゴソゴソと漁ってから「はい、イヤホン半分こしましょー」と言ってイヤホンの片側を差し出して来た。
    千冬とひとつのイヤホンを分け合って2人で音楽を聴くなんていつものことなのに、今日はなんだかひどくドキドキした。
    おかげで千冬の選曲した女性歌手のラブソングもほとんど耳に入らなかったけど、オレは隣りに座る千冬の小さな手を見つめながら、確かな幸せを噛み締めていた。


    ✱✱✱


    5時間目は、体育だった。
    普段はその日の気分によって出たりフケたり、ちゃんとやったり勝手に見学キメてサボったりしてる体育の授業だけど、今日のオレはやる気に満ち溢れていた。
    なんてったって、千冬という可愛い彼女が居て、さっきまで甘い時間をたっぷり過ごしたのだ。気分は絶好調だった。

    邪魔な髪の毛を後ろで縛り気合いを入れると、バスケットコートへ向かう。バスケは結構得意だ。
    試合が始まると、ソッコーでボールをゲットし、敵チームの陣地に乗り込む。なんたってオレは特攻隊長だからな。
    相手チームのヤツらのディフェンスをかわし、あっという間にダンクを決めてみせた。

    コートに着地すると、偶然にも目に入った千冬の姿。体育館の隅からこちらを見つめて、嬉しそうに顔を綻ばせながら拍手してくれている。ジャージの上着と半パンの体操着姿が新鮮に感じて、つい見入ってしまう。するといつの間にか、千冬の表情が焦ったものに変わっていて、口が「あ」と言うように大きく開いていた。

    側頭部に感じる衝撃。多分バスケットボールだ、と一瞬思ったが更に間髪入れずに男が2人もつれながら倒れ込んで来て、オレの身体はそいつらの下敷きになってしまった。


    ✱✱✱


    パッと目を開けて視界に映ったのは、白い天井だった。
    ゆっくり視線を下ろして辺りを観察すると、どうやらオレは保健室のベッドに寝ているようだった。ベッドの脇には、丸椅子に腰掛けて窓の外を眺める人の姿。
    千冬? でも、髪型が違う。金髪だけど千冬と違って、後ろ頭を刈り上げてない。少し長めのショートカットだ。
    窓から入って来た柔らかな風が、白いカーテンとその人の髪の毛をふわりと揺り動かす。
    オレの視線に気づいたのか、金色の頭が振り向いた。

    「……場地さん!」

    あ、やっぱり千冬だ。そっか、そうだよな、なんで千冬じゃないと思ったんだろ。

    「目ぇ覚めたんですね。心配したんですよ!」
    「……えっと、オレ、なんでここに?」
    「覚えてないんですか? 頭にボール当たった後、男子が2人も場地さんの上にのしかかって……気ィ失っちゃったんですよ」

    マジかよ。仮にも東京卍會の隊長が、たかだかそんなことで情けねえ。

    「悪ぃ、もう平気だ。心配かけたな」
    目の前にあった千冬の頭を撫でたのは、いつもの癖。でも、その反応はいつもと違った。
    千冬は頭上のオレの手を取って自分の頬にオレの手の平を当てるようにすると、愛おしそうな目をしながら頬ずりして、「なんとも無くて、良かったです」と言った後オレの手の平にチュッとキスをした。

    ……い、今、何が起きた?
    今日は朝から驚くこと尽くめな1日だが、それにしたって今のは脳の処理能力を大きく超えてしまっている。
    驚きすぎて固まってしまったオレをよそに、千冬は止まらなかった。オレのシャツの袖をクイクイと引っ張ってから、何かを待つように、静かに目を閉じたのだ。
    オレは慌てながらも足りない頭をフル回転させて、なんとか考える。
    えっと、これはアレだ。何かって、アレだろ。き、キス…… それも、さっきの千冬みたいに手とかじゃなく、口にって……ことだよな。
    え? いいの? 千冬にキスしていいの?
    いや彼女なんだから、付き合ってるんだから当たり前、なのか?
    ああ逡巡してる間にも千冬が待ってる!
    うっ、目ェ閉じてる顔もすげえ可愛い……
    でも、どうしよう。キスなんてしたことねーし。できる気がしねえ。どうしよう。
    踏ん切りがつかなくて固まっていると、千冬がゆっくり目を開けた。

    「してくれないんですか?」
    痺れを切らして怒ってるかと思ったけど、千冬は傷ついたような顔をしていた。

    「……なんか今日、素っ気なくないですか?」
    オレは、言葉が出ない。

    「彼女なんですよ?」
    千冬の目が瞬く。瞳が潤んで、今にも涙が零れ落ちそうだ。

    「場地さんは、あたしのこと好きじゃないですか?」

    千冬のことが、好き。好きなはずだ。だってカノジョなんだから。
    千冬は目を伏せて、小さな声で囁くように言った。
    「場地さんから、キスして欲しいです……」
    ドクン、と胸が鳴る。
    千冬の唇に視線が惹き付けられる。ピンクに色づいて艶めいて、とても柔らかそうだ。
    身を乗り出して、千冬の方に身体を寄せる。同時に、千冬の腕を引いてオレの方へ近づけた。
    千冬の顔が、どんどん近くなる。
    もう、もうすぐ距離がゼロになりそうだ。


    ✱✱✱


    「……さん、場地さん、起きてください!」

    あれ、千冬の声……?

    いつの間にかオレは目を閉じてしまっていたようだ。目を開けると、目の前に千冬の姿。オレは布団に横たわってそれを見上げていた。

    え……寝てた? オレ、寝ちまってたのか?
    キスする直前に寝落ちとか、んなことある? さすがにアホすぎねえ? 勉強面で頭があんまり良くないことは自覚があったが、さすがにこれはショックだ。いやショック受けてる場合じゃねえ! カッコ悪いとこ見せちまって情けねえけど、仕切り直しだ。キスを欲しがってる千冬に、早くしてやんねぇと。

    ガバッと布団から身体を起こすと、千冬の腕を掴んで引き寄せた。顔が近い。いや、オレが近づけてんだけど。今まで近づいたことの無い距離で、千冬の顔を見つめる。やっぱりすげー可愛い。でも、さっきまで押せ押せだった癖にいざとなると恥ずかしくなったのか、千冬は驚いたような表情で目を見開いて真っ赤になってしまった。それを見たオレはなんだか気分が良くなって、千冬の唇にオレの唇を重ねた。
    あー、想像してたとおり、いやそれ以上に柔らかい。
    その柔らかさをもっと味わいたくて、何度も唇を離しまた唇を付けて、を繰り返す。
    角度を少しずつ変えながらそうしているとオレは楽しくなって来て、唇を重ねたまま千冬の身体に手を這わせ始めた。
    二の腕を撫でながら少し揉むように指を動かすと、千冬の身体がぴくぴくと反応した。二の腕は細いけど柔らかくて、気持ちいい。
    続いて、背中へ。肩甲骨をなぞった後、まるでその延長線上だからとでも言うように自然な素振りで、手を身体の全面へ動かす。千冬の肋骨がうっすら指の先に当たる。そこから思い切って手を上へ持って行き、おっぱいを揉んだ。
    おっぱいを……、あれ?なんか、思ってたより膨らみが無い気がする。ていうか、ブラが無くね? え、なんで?
    混乱しながらも確かめるように何度もなだらかな膨らみを揉んでいると、千冬に身体を突き放されてしまった。
    さっきよりもっと顔を真っ赤にした千冬が、涙目で叫ぶ。
    「や、やめてください! 学校遅刻しちゃいますよ!?」
    「遅刻ぅ? ここ保健室だろ、もう登校してんじゃん」
    「何言ってんスか! 場地さん全然起きて来ないから起こしに来たんですよ! おばさんもう仕事行っちゃったから、代わりにって頼まれたんです!」
    へ……?
    辺りを見回してみると、確かにそこは保健室ではなく、どう見てもオレの部屋だった。窓から差し込む光の具合からして、朝方だ。
    てことは、さっきまでのは、夢……? ん?どこからが夢だったんだ?
    改めて目の前の千冬を見てみると、スカートではなく、当然のようにスラックスを穿いている。目は大きいけど、まつ毛はクルンとせずに自然なカール。胸も膨らんでない、普通の男の身体。
    いつもの千冬で、なんだかそれがとても安心した。あるべきところに帰って来たみたいな感覚。
    そして、男の千冬に感じる、変わらない「可愛い」という想い。女とは明らかに違うけど、これはこれで。つーか、むしろこっちの方が全然良くね? 全然好きだわ。
    そう思ったら自然と惹き寄せられて、気づけば再び千冬に口付けていた。

    「ん……っ」
    唇と唇の間から漏れ聞こえる千冬の声に興奮する。こんな声、初めて聞く。もっと聞かせて欲しい。
    さっきみたいに唇の表面をくっつけるだけじゃなくて、口を開いて千冬の唇を咥えてふにふにと感触を味わった。柔らかくて、なんだかマシュマロみたいだ。そうしてるうちに千冬の口も少し開いたので、隙間から舌を差し入れた。千冬の舌を見つけて執拗に撫で付ける。舌も口の内側も、全部ぬるぬるしていて触れるところ全てが気持ちいい。オレは千冬の口の中を好き放題暴れまわった。
    千冬が身体ごと逃げようとしたから、後頭部に手をやって更に引き寄せる。撫でると、夢の中の女の千冬と違って刈り上げられていてジョリジョリと気持ちがいい。
    いつまでもこうしていたいくらいだったが、千冬がドンドンとオレの胸を叩くので、名残惜しいけど一旦唇を離した。

    「はあ、はあ……」
    千冬はまだ息が整わないようで、赤い顔に手の甲を当てながら目を潤ませている。
    もっと見たい。見たこと無い千冬の顔をもっと見たいし、さっきみたいに聞いたこと無い声も聞きたい。千冬となら、沢山そういうことがしたい。
    そう思ってから、唐突に理解した。
    オレは千冬が好きなんだ。
    同時にハッとした。もしかしてオレ、また先走っちまってた?
    考えるより先に身体が動いちまうのは、オレの悪いところだ。おかげでマイキーやドラケンたちからも、お前は何を考えてるか分からないと何度も言われて来た。
    「わ、悪ぃ千冬……」
    好き勝手するだけした後だからあまりに今更だが、おそるおそる謝る。
    そして言った。
    「あのさ、オレ、お前のことが好きなんだ」
    ここで告白?
    冷静になってみると、めちゃくちゃなタイミングだ。
    さすがの千冬でもこれはキレてしまうんじゃないかと思って表情を窺うと、千冬は呆れたようなホッとしたような、何とも言えない顔をしていた。
    これも見たこと無い表情だけど……どういう感情?
    千冬はオレの目を見て、静かに口を開いた。
    「場地さん、最近イラついてたでしょ」
    思ってもみなかった事実を言い当てられて驚く。
    「気づいてたのか」
    「そりゃ気づきますよ。あからさまでしたもん」
    そっか、そうだったのか。千冬はオレのことよく見てくれてるもんな。
    「まあ、オレのこと好きっていうのは、さすがに信じきれてなかったですけど……」
    「! そ、それも気づいてたのか!?」
    オレ自身ついさっき気づいたことだっていうのに、千冬、お前はエスパーなのか?
    オレは信じられない気持ちで千冬を見つめた。
    「わかりますよ、場地さんのこと、ずっと傍で見て来たんですから」
    千冬はそう言って、目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

    それを見た瞬間、確信した。
    コイツしかいねえ。
    オレが好きになる相手、千冬以外に誰がいるっていうんだ?

    たまらない気持ちになって、千冬の髪の毛をくしゃくしゃに混ぜた。
    「……これからも、ずっと見ててくれよ」

    「あ、ていうか信じきれてなかったって何だよ! オレはお前のことが好きなんだから、信じろよ!」
    「場地さんだってさっき気づいたクセに」
    「ていうかお前は? 告白したんだから、ちゃんと返事くれよ」
    「言わないとわかんないですか?」
    千冬はニヤッと笑って、頭を撫でていたオレの手を取ると、手の平にキスをした。
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