6-1「あ…はは、ちょっと寝ぼけてたみたいだ。そうだな、これからはググプラムの味がする」
「……」
ディルックはじっとこちらを見つめてくる。その瞳は、ガイアに言い逃れはできないと雄弁に告げていた。
「…はぁ、そうだよ。一度死んでから味覚がないんだ。でも、今のところ他の五感…いや四感か?まぁ、他の感覚は問題ないし、体ももう大丈夫だ」
そう言ってニコリと笑みを浮かべた。
嘘だ。本当は先程から耳鳴りと目眩が酷い。頭もズキズキと痛む。
「大丈夫…だと?何を言っているんだ君は!!」
ディルックは激昂し、ガイアの肩を揺する。
「言ったはずだ、もう無理に嘘をつかなくて良いと!どうして、どうして君は……ッッ!!」
ディルックは手を離し、サイドテーブルを殴りつけた。
鈍い音が響き渡る。
ガイアは先程浮かべた笑みを崩さずディルックを見る。まるで何もなかったかのように。
ディルックは僅かに口を開き、はくはくと口を動かしたが、その動きが音になることはなく。
暫く、時計の針がカチコチと鳴る音だけが響いた。
「……すまない…気づかない僕が悪いのに、君に当たってしまった」
時計の針が2、3週した頃だろうか。ディルックはぽつりとそう言った。
ガイアの胸がツキンと傷んだ。義兄には幸せになって欲しいのだ。こんな辛そうな顔をさせたいわけではない。
でも、だからこそ、言うわけにはいかない。ディルックの幸せのために、ひいては自分の幸せのために。
先程はまさか疑われていたとは思っていなかったから少し驚いてしまったが、味覚のことしかバレていないはず。だから、まだなんとかなる。演じられる。
そう自分に言い聞かせ、ガイアはまた笑顔という仮面を被る。
「なぁ、風呂に入っちゃだめか?」
「あ、あぁ、行こうか」
突然の質問に面食らったものの、ディルックはすぐにそう言うと、ガイアに手を差し伸べた。
「一か月前ここに来た時とは違うんだ。もうだいぶこの体にも慣れたし、今日はただ疲れただけ。お前の手を煩わせる必要はないさ」
ガイアはディルックの手を振り払い、ベッドから立ち上がる。
が、ガクンと膝から崩れ落ちてしまった。
「あ、え…?」
おかしい。いくら目眩が酷くて平衡感覚が狂っていても、立てないことはないはずだ。
となると、足の力がなくなってきたのか……それとも、足の硬直が始まったのか。
ゾッとした。風神の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
_君、このままだと今度こそ本当に死んじゃうよ?
_君の体は死体とほぼ同じ
_放っておくと体は硬直していき、最終的に朽ちていく
…このままじゃいけない。ディルックに悟られないうちに、早く遠くへ行かなければ。
……でも、そんなこと本当にできるのだろうか。自分は、この世話焼きな義兄から離れることなんてできるのだろうか。
「って、うわっ!」
突如視界が上がる。
「ほら、僕の手は必要だっただろう?」
至近距離にディルックの整った顔が見える。
何が起こったのかわからず呆然としているガイアを見て、ディルックは少しだけ得意気な顔をした。ガイアを抱きかかえたまま部屋を出て、そのまま1階へと続く階段へ向かう。
これは所謂お姫様抱っこ、というものではなかろうか。それも大の男が、大の男に…。
「あっおい!降ろしてくれ!今すぐに!」
流石に恥ずかしすぎる。ガイアは体こそ普通ではないものの、感性は一般人の域を超えていないのだ。この1ヶ月間アデリン達に見られた、甲斐甲斐しく世話されるという醜態を再び見られるのはとてつもなく恥ずかしいし、また何かを失う気がする。前回で既に失ったのでは、とかは言わないで欲しい。きっと気のせいだ。
「立ち上がることもできないのに、何を言ってるんだ」
ガイアをしっかりと抱きなおし、ディルックは続ける。
「大人しく僕に世話されておくんだな」
そう言ってニコリとガイアに微笑みかけた。
何故かご機嫌な義兄と違って、ガイアは気が遠くなりそうだった。