5「…ここは…」
よく見知った天井が見える。
「!!目が覚めたかい、ガイア。体の調子は大丈夫か?」
目線を横にずらすと、ディルックが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
過去。
2人とも、まだとてもとても小さかった頃。
ガイアはよく怪我をした。そして小さな義兄はいつもその傷を見ては、痛くないのかと聞いてきた。その度にガイアが痛くない、平気だと言うと、ディルックはその端正な顔をくしゃりと歪ませて、泣きそうな顔をするのだ。
今のディルックの顔は、その時のものと酷似していた。
「ハハッ今のお前、昔の頃にそっくりだぞ」
ガイアはそう笑ったが、ディルックの表情は暗いままだ。
「心配しなくても、久しぶりの外だったからつい飲み過ぎちまっただけさ。いやぁ、旦那様の作る酒が上手くてな」
「違うだろう」
軽口を叩くガイアに対して、ディルックは静かに言う。
「君の体を少し見させてもらった……君、本当は全く体調が良くなっていないだろう」
「ディルック、俺は一度死んでるんだぜ?そりゃあ少しくらいの異常はあるさ。でも本当に、今回は飲み過ぎただけだ。本当に旦那様は過保護で困るなぁ」
ガイアは目を瞬かせたあと、やれやれと肩をすくめた。
「…そうか……とりあえず、なにか飲み物を持ってくるよ」
少し落ち込んだ様子のまま、ディルックは部屋を出ていった。
ガイアはそれに気づかぬふりをして、手をヒラヒラ振り見送る。
ディルックの少し沈んだ様子を見ると胸がチクリと痛むが、本当のことなんて言うわけにはいかない。
「…さて、どうするかなぁ……」
もうすぐ期限がやってくるらしい。
自分が再び死ぬことに恐怖はないし、どうでもいい。でも、どうせ死ぬならディルックから離れたところで、ひっそりと死にたい。
理由はいくつかあるが、1番はやはり、ディルックに幸せになってもらうためである。
今のディルックは、ガイアのことしか見えていない。
昔はそんな男じゃなかった。一人の人間と世界なら、迷わず世界を取る男だったはずだ。万人にとっての正義を選べたはずだ。
それなのに、ガイアが生き返ってからというもの、彼はガイアのことばかりを優先させるようになってしまった。
ディルックは、こんな罪人を気にかけてしまっている。
これではいけない。
ディルックは幸せになれない。
ガイアはディルックの幸せを願っている。目の前で死んだのだって、ガイアという邪魔な存在が正真正銘いなくなったのだと理解してほしかったからだ。…まぁ、生き返ってしまったのだが。
だから、今度こそヘマはしないと決めた。もう一度目の前で死んだとして、また生き返ってしまったら意味が無いし、よりディルックの幸せから遠のいてしまうだろう。ならば、ディルックのいない所へ消えるしかない。
と、足音が聞こえてきたため、ガイアは笑顔を貼り付ける。
「ガイア、持ってきたよ」
ディルックは片手に持ったグラスをガイアへ差し出す。
そのグラスの中には、紫色の液体がタプタプと揺れている。
ここはアカツキワイナリーで、この飲み物を持ってきたのはディルックだ。…なら、答えは1つだろう。
「ブドウジュースじゃなくて酒が良かったんだがなぁ…」
ガイアはひと口こくりと飲み込んで、うへぇと顔を顰めて言った。
「……これはブドウジュースじゃない。ググプラムのジュースだ」
「っ!?」
ガイアが慌てて反論しようとするが、それを許さずディルックは続ける。
「ガイア、君は味覚がなくなっているんだろう」
ヒュッと、ガイアの喉が鳴った。