6-2「ディルック……頼むから出ていってくれないか…」
ガイアのか細い声が室内に反響する。
ディルックは何も答えない。
シンと静まり返った部屋に、ぴちゃんと水の跳ねる音が響いた。
「この歳になって人に全身を洗われる俺の気持ちにもなってくれよ…!!」
そう、ガイアは今まさに、風呂場でディルックに全身を洗われているところだった。
「この前までずっと僕が洗ってあげていたじゃないか。今更何を嫌がるんだ」
「今回は久しぶりに外に出て疲れただけだって言ってるだろ!!もう体くらい自分で洗える!」
ギャアギャアと騒ぐガイアを押さえつけて、ディルックは続ける。
「ほら、僕に勝てないくらいなんだから、大人しく洗われていろ」
「いや俺が一度でもお前の力に勝てたことがあったか?ないだろ?なぁ!?」
ガイアの悲痛な叫びは、ただ虚しく風呂場に広がるだけであった。
「お前は俺のことを羞恥で殺す気か…?」
結局全身を綺麗にディルックに洗われたガイアは、行きと同じくディルックに抱きかかえられて部屋に戻った。
体は綺麗になったが、変わりにまた何か失った気がする…。
ガイアは何度もそう呟いているが、現在も椅子に座らされてディルックに髪を拭いてもらっているので、ディルックはなんとも言えない表情でその様子を眺めていた。
暫くの間、部屋に沈黙が落ちる。
「…なぁ、ディルック」
すっかり布に覆われ、童話でよく見るような白いお化けと化したガイアが、突然振り返る。
白い布の下から青い瞳が覗いているが、少しだけ怯えの色が滲んでいる気がした。
「どうした?」
不安になったが、ディルックは努めて普段通りの声で聞く。
「ちょっと離れててくれ」
ガイアがそういうや否や、部屋の空気がぐんと下がった。
見ると、ガイアの手の中にある神の目を中心に気温が下がっているようだ。
「!?突然どうしたんだ?!」
パキパキと音を立てて、ガイアの濡れた髪と水分を吸った布が凍っていく。
「ハハ、俺はな、こうしてたまに体を冷やしておかないと体が朽ちるんだとさ」
ガイアは立ち上がってディルックと目を合わせた。凍った布がパサリと地面に落ちる。
ディルックはガイアと目を合わせた瞬間、とてつもなく嫌な予感がした。
ガイアはディルックの方を見ると、一度目を伏せてから、何かを決意したかのように、もう一度しっかりとディルックに目を合わせた。
「ガイア…?」
心臓がうるさい。自分は炎元素の使い手だと言うのに、指先が凍りそうなほど冷たくなっているのがわかった。
「なぁ、ディルック……俺は…」
やめてくれ。それ以上言わないでくれ。
耳を塞ぎたくなる言葉が、ガイアの口から零れる。
「俺はこれからも生きていていい存在なのか…?いや、まず生きていると言えるんだろうか…?」
その言葉を耳に入れた瞬間、ディルックは肺に穴が空いたのではないかというくらい、息ができなくなった。心臓を鷲掴みにされたかのように、苦しくなった。
「っっ、そんなこと、そんなこと言わないでくれ……!!」
ディルックは否定することも安心させることもできず、ただただ軋む心を抑えて自分の思いを叫ぶことしかできなかった。