「君に紹介したい子がいてね。ロベルト、来なさい」
「はじめまして、ロベルトです。よろしくお願いします」
──最初の印象は、掴みどころのない奴だな、だった。
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ロベルトと出会ったきっかけは、彼の担当医師である××の紹介だった。
彼が作る刑務所──〈サーカス〉にロベルトを働かせたいから、見守り役になって欲しいと直々に頼まれたのだ。
承諾した俺は、まだ高校生であるロベルトと面談をすることになり、今に至る。
××はロベルトが少年院に入った頃から面倒を見ていたようで、ロベルトは掴みどころのない青年ではあるものの××には心を開いているように見えた。
「俺はアルフレッド。こちらこそよろしくな。先生には俺もよく世話になっていたんだ」
「そう……なんですか?」
「ああ、仕事の愚痴をよく聞いてもらったものだよ。先生は人の話を聞くスペシャリストだから」
場をなごますように言うと、ロベルトは少しホッとしたように微笑んだ。
××が言うには、ロベルトは少し“ワケあり”の解離性同一性障害らしい。
ワケありというのは……普通の解離性同一性障害と違って、別の人格が文字通り“鏡の住民”ということだ。
先に××から説明は受けていたが、やはりまだおとぎ話のように感じる。信じてないのか?と言われたら……正直まだ信じられていない。
鏡に別人格が住んでいるというのもそうだが、目の前の清廉潔白そうな、年齢にそぐわない異様な落ち着きをした青年から──とてもじゃないが、凶暴な性格を見出すことはできない。
刑務官をやってきた中で“見た目が好青年でも中身は冷酷な殺人鬼”というパターンはよく見てきたが、彼は善性のみを持っている……本物の善人のようだ。
いくら高校生とはいえ、それがむしろ異質に思える。
××は責任感の強い男だ。
最初は『なぜ1人の子どものためだけに刑務所を?』と考えていた。××は良い飲み仲間で刑務所の計画は何度も聞いてきたが、今でも××の考えていることは俺には分からない。
だが確実に一つ言えるのは、××は本当に患者のことを想っている……精神科医であるということだ。
きっと〈サーカス〉はロベルトのためであり、誰かのためでもあるのだろう。
「君が〈サーカス〉をよく思っていないのは分かっています。それでも、君に来て欲しい。僕じゃだめなんだ」
××にそう言われた時、〈サーカス〉の刑務官になることの覚悟を決めた。
元々断るつもりは無かった。
××と〈サーカス〉を始めた所長のことを俺は信用していなかったから、この目で〈サーカス〉がどんなものなのか確かめてやろうと思っていた。もし〈サーカス〉がろくなものじゃなかったなら、その時は────
だが気が変わった。〈サーカス〉の実態を確かめるのは変わりないが、第一に彼が目にかけるロベルトを守ってやると決めたんだ。
きっと、自分じゃダメで、俺でなきゃいけない理由が必ずあるはずだから。
3人でいくらか話したあと、少し席を外すと言って出ていった××の背中を見送った。
「よし、ロベルト。刑務所は厳しいところだからな、俺がビシバシ鍛えてやる。頑張れよ」
「はい、よろしくお願いします!」
思いのほか元気な返事をされ、驚いた。
落ち着いているからもっとクールなのかと思っていたが、意外と熱血なタイプなんだろうか。こういうところはあの人に似ているのか……それとも、実の親に似ているのか。
「なんてな、俺も刑務所で働いて数年しか経ってない。ま、返事が元気なのは刑務官に向いてそうだな!」
「あ、ありがとうございます……!」
でも、少し恥ずかしそうに俯く姿は普通の高校生だ。
きっと大丈夫。どんなに鏡の住人が凶悪でも、この善性が存在しうる限りは。
「俺はお前からしたら先輩だろうが、俺もまだまだ若輩者だ。お前と一緒に成長したいと思っている。これからよろしくな」
「!……こ、こちらこそよろしくお願いします。アルフレッド先輩」
「フレッドでいいよ。いやむしろフレッドがいいな。他の看守もそう呼んでる」
「フレッ……いやそれは……それに私は……」
「これは俺のワガママなんだけどな、俺は職場でもないのにそんなガチガチの先輩後輩はしたくない。その一人称も、無理に使わないでくれよ。さっき××と話してた時は“僕”って言ってただろ?」
「僕……」
「そうそう!」
「ありがとうございます……フレッドさん」
ロベルトはまた笑った。