自由研究 自由研究
向日葵のカーテンの掛かった部屋。
あの夏、八月の第四土曜日から数えて一週間の間。
僕と島崎はそこに閉じ込められていた。
島崎とは腐れ縁と言おうか、ある事件をきっかけに距離が近づいた。
神出鬼没の男だ。僕と同様に超能力者で、相手の動きを先読みする能力と、瞬間移動、即ちテレポートの能力の二つを有している。
長らく顔を合わせれば拳を交わす間柄だったのだけど、これもある事件をきっかけに、一時休戦協定を結ぶことになり、それ以降、微妙な距離感で付き合いが続いている。
出会って一年目、つまり僕が中学三年生の夏、奴がある提案をしてきたことをきっかけに、僕は身動きのとれない汚泥の中に自ら足を踏み入れることになってしまう。
「思い出なんて、別に欲しくないよ。」
冷房を付けた自室のベッドの上で、カップのアイスをスプーンで掬いながら輝気は言った。
「この間、影山兄弟と一緒に夏祭りに行ったばかりだしね。」
その時に貰った団扇と射的の景品の招き猫は二つ並べて棚の上に置いてある。
島崎は少し離れたところで、クローゼットに凭れて立っていた。片手をズボンのポケットに入れている。少し首を傾げてこう言った。
「まあそう言わずに。十五歳の夏なんて、もう永遠にやって来ないんですから。」
さっきからしきりに「夏休みの思い出」を作ろうとこの男からせがまれている。
幾つだか知らないがもういい大人のくせして。
「海にでも連れて行ってくれるの?」
輝気は部屋着の半ズボンから伸びる左右の素足を絡ませながら尋ねた。
「海よりももっと目新しくて、刺激的なところですよ。」
「外国とか?」
「それに近いですね。」
「ふうん。」
手のひらの熱でアイスが溶け始めていて、急いで口に運ぶ。オーソドックスなスーパーカップのバニラ味。
「別にいいけど。僕、パスポート持ってないからね。」
半分冗談で言った。
「構いませんよ。入国審査とか、面倒な手間は省きますから。……君も承知の通りね。」
テレポートの能力に掛かれば海外渡航もなんのそのだ。少なからずの違法には目を瞑って。
「日帰り?それとも何泊かするの?」
食べ終えたアイスのカップをゴミ箱に投げ入れてから、床の上に足をつけた。
「そうですね。おいおい説明しますよ。」
島崎がこちらに近づく。
「まさか、今から行こうって言うんじゃないだろうな。」
「いけませんか?」
大丈夫、簡単に行き来できますから。言いながら島崎の腕が伸びてくる。
それはそうだろうけど、こっちにも準備ってものが。いま、部屋着だし。
くるりと体を裏返されて、両肩に島崎の手が置かれた。大きくて骨ばった手のひら。じわりと熱が伝わってくる。毎回こんな調子で気安く触れてくる。それに対する輝気のあいまいな態度が、そうさせているのだろうとも思うのだが。
「目を閉じて。」
島崎の手が輝気の首から上を撫で上げるように背後から動いて、両眼を細長い指先で覆った。
特に抵抗する必要も感じられなかったのでそのままにしていた。殺気を見せた瞬間に即時に戦闘態勢に移れるだけの心構えはある。
ふ、と、花が香ったような匂いがした。
「はい、目を開けて。」
指先が解かれる。輝気は目を開けようとしたが、あまりのまぶしさで反射的に顔を逸らした。
向日葵のカーテンが掛かった窓があった。ゴッホが描くような大輪の、零れ落ちそうな旬の花茎。
その薄い布地を透かすようにして真向かいから多量の夕陽が射し込んでいる。
「当分の間、ここが我々のホームです。」
島崎が言う。輝気はその向日葵から滴るグロテスクなほどの熱線に目を奪われていた。