ある日、幼いシュミットは世話係から、こんな話を聞いた。運命の相手とは、赤い糸で結ばれているものなのですよ、と。
それでシュミットは自分の指をまじまじと見てみた。
何も無い。
身体中、くまなく探してみたけれど、シュミットの身体から糸など出ていなかった。
そしてシュミットは、自分は一生ひとりで生きていかねばならないのか、と悲しくなり、ベッドにうつ伏せて泣いてしまった。
それをシュミットの世話係から聞いたエーリッヒはひどく驚いてショックを受けた。
シュミットが、一生ひとりぼっちだなんて、有り得ないと思った。
だってエーリッヒは、一生シュミットの隣に居るつもりでいたからだ。
運命の相手、とは何なのか、同じく幼いエーリッヒにはまだよく分からない。
しかしシュミットが泣いているのも寂しい思いをするのも、エーリッヒには耐えられない。
「どうしたら、シュミットのうんめいのひとになれますか」
エーリッヒは大人に訊いてみた。
誰に聞いても、「運命っていうのは、人間がどうこうできないものなんだよ」と、エーリッヒにはよく分からない返事が返ってきた。
ただ、シュミットの世話係からは、シュミットが聞いたのと同じ話を──運命の相手とは、赤い糸で結ばれているものだと、教えて貰えた。
「あかい、いと」
エーリッヒは何度も呟いた。
そしてすぐに、裁縫箱をひっくり返して、赤い刺繍糸を見つけ出すと、それを持って、シュミットの元へ走った。
「シュミット。てをだして」
言われたシュミットは、首を傾げながら小さな手をエーリッヒに差し出す。
「どうした、エーリッヒ」
「ぼくとシュミットを、むすびましょう」
エーリッヒはシュミットの指に、刺繍糸を器用に結んだ。
シュミットは目を零れそうな程大きく見開き、それからエーリッヒを見た。
「エーリッヒと、あかいいとでむすばれるのか?」
「そうですよ。ぼくじゃいやですか?」
エーリッヒは、少し緊張して訊く。
シュミットははにかんで、
「エーリッヒがいい」
と答えた。
それでエーリッヒは、一大決心をして、刺繍糸の反対側を自分の指にぐるぐる巻き付ける。
「ほら。これでぼくたちは、ずっといっしょですよ」
シュミットは、こくりと頷き、晴れやかに笑った。
それから、三十年は経っただろうか。
シュミットとエーリッヒの左手薬指には、同じ指輪が煌めいている。
かなり昔、エーリッヒがシュミットの誕生日に贈ったものだ。
酷く緊張して、「僕の人生をあなたに捧げます」と。
「あの時が初めてのプロポーズだったな」
少し酒に酔いながら、シュミットは自分の指輪を愛しげに撫でた。
「違いますよ。指輪より前に、赤い糸を贈ったことがありますよ。初めてのプロポーズはそれです」
忘れたんですか?とエーリッヒは悪戯な表情で訊ねる。
「ああ、そうか。あの糸もプロポーズだな、そう言えば。忘れていないさ、嬉しかったからな」
シュミットは目を細めて、
「お前は幼い頃から何度も何度もプロポーズしてきたな」
と言った。
「そうですね。ことある事に、あなたに告白して、将来を誓ってましたね」
エーリッヒはシュミットの美しい横顔を見つめ、そっとシュミットの手に手を重ねる。
「いつだって、あなたの返事はJaでしたね」
「当然だろう?私はお前の事が大好きだったんだから」
「今は?」
「……好きさ。じゃなければ、こんな生活していないよ」
あの時、エーリッヒが誓った通り、ふたりはずっと一緒だった。
同じ学校に進学し、実家を出る時もふたりでルームシェアをし、それから恋人として付き合うようになって、途切れずずっと一緒に暮らしている。
「……ああ、日付が変わりますね」
エーリッヒは時計を見ながら呟いた。
カチリ、時計の針が頂点を指す。
「お誕生日おめでとうございます、シュミット」
エーリッヒは、シュミットの手を取り、指輪に恭しく口付けた。
「ありがとう、エーリッヒ。今年もお前が一番に祝ってくれて嬉しいよ」
シュミットはひどく満ち足りた顔をして微笑んだ。