「あれ、リーダーいないの?」
ランチタイムにメンバーの集まるテーブルにブレットの姿を見つけられず、エッジはきょろきょろと辺りを見回し首を傾げた。
「ああ、リーダーならあそこの席よ」
「え?」
ジョーが視線で指した先を見て、エッジは目を見開く。
少し離れた二人がけの席に、ブレットはこちらに背を向け掛けていた。
ブレットの向かいには、シュミットが。
何を話しているのか、二人で睦まじくランチをしている様子に、エッジは途端に頭がぐるぐるしてしまう。
いつもシュミットにべったりと付き従っているエーリッヒも、今日はシュミットのそばにいない。
焦り、カフェテラスをもう一度見回すと、アイゼンヴォルフのメンバーが座っている席に、エーリッヒはいた。
何とも言えない、切ない顔をしてシュミットの方を見ていた。
どうしようか、と一瞬迷い、エッジはしかしすぐに腹を括るとそのアイゼンヴォルフのテーブルにつかつかと近寄る。
「……よぉ、エーリッヒ」
「はい?何ですか」
声を掛けると、エーリッヒは覇気のない声で返事をした。
「ちょっとこっちに来てくんね?」
「?はい。……すみません、行ってきます」
エーリッヒはミハエルに会釈をして席を立ち、エッジと一緒にブレットとシュミットが良く見える席に座る。
「アレ、ほっといていいのかよ?」
アレ、とエッジはブレットとシュミットを指し示す。
エーリッヒはそちらを見、そして困ったような微笑を浮かべて「シュミットが望んだことですから」と答えた。
「シュミットって、うちのリーダーのこと、どう思ってんの」
ムカムカしながら、エッジは更に問う。
「さぁ………親しい友人、なんじゃないですか。シュミット、友達少ないですから、大事に思っているのは確かですね」
「あっそ。でもそれ、エーリッヒの願望だろ?」
指摘するとエーリッヒの顔が強ばった。
「どういう意味ですか」
「シュミットは、うちのリーダーに惚れてんじゃねーの?って言ってんの!」
エーリッヒは黙り込んで、視線を下に落とし、それからまたエッジを見た。
「………そうだとしても、僕は何も言えませんよ」
「何でよ。エーリッヒはシュミット好きでしょ?」
「好きですよ。幼なじみですから」
「そうじゃなくて、恋愛の好き、なんじゃないの?」
「勘繰りすぎです」
そう言って笑ったエーリッヒは、しかし多少動揺しているように見えた。
「ふーん。でも俺は、リーダーに惚れてんだよね」
エッジは真っ直ぐエーリッヒを睨んで言う。
エーリッヒは、また困ったように眉を下げた。
「それは………見ていて、そうかな、と思っていました」
「じゃあ分かるよね?俺の言いたいこと」
「言いたいことって?」
「邪魔なんだよ、シュミット。ちゃんとエーリッヒが捕まえててよ」
「………僕が?」
エーリッヒは驚いたように自身を指さす。
「そうだよ。シュミットをリーダーから遠ざけられるの、エーリッヒしかいねーよ」
「どうして」
「シュミットが誰よりも心を許してるのは、エーリッヒだから」
「………そう見えます?」
「見えるよ」
「そうですか」
エーリッヒは、少しだけ嬉しそうにはにかんだ。
そして、なにやらお喋りに興じている、シュミットとブレットの方を見る。
「エッジ、あなたは、僕を利用するつもりですか?」
「利用?協力して欲しいだけだよ。それに、シュミットがリーダーから離れるならエーリッヒも嬉しいんじゃないの?」
「……………無理に引き離すと、燃え上がるのが恋心ですよ」
「だからって、あんな風にイチャイチャしてんの、黙って見てらんねーよ!」
だん!とエッジはテーブルを叩いた。
エーリッヒは、はぁ、と溜息をつき、何度目かも分からない困った顔をしてエッジを見る。
「僕も見たくないですよ。だから、出来るだけ見ないようにしてるんです」
「見ないように?逃げてどうすんだよ、邪魔しよーぜ?」
「言ったでしょう?邪魔されるとかえって燃え上がるかもしれないですよ」
チッ、とエッジは舌打ちをし、「もういいよ。エーリッヒは味方になってくれるかと思ったのに」と席を立った。
「話が終わったなら、僕は戻りますね」
エーリッヒも席を立ち、シュミットの方は見ずミハエル達の待つテーブルに戻っていった。
エッジは、どうやってブレットとシュミットを引き離そうかと思案する。
考えたが、結局、シンプルに物理的に割り込む事にした。
「リーダー、俺も一緒にランチしていい?」
エッジはへらっと人懐こい笑みを浮かべてブレットの元へ行くと、返事も待たず隣の席からひとつ椅子を引っ張って来て、その席に座った。
「やあエッジ。ちょうど君の話をしていた所なんだ」
気を悪くした様子もなく、シュミットは美しい笑みを浮かべる。
(くっそ、やっぱシュミットめちゃくちゃ美人だよな)
エッジは内心の劣等感や不快感を顔に出さないよう気をつけて、
「へぇ、俺の話?どんな?」
とにこっとシュミットに笑い返した。
「午前の練習で、良いタイムを出したってブレットが褒めてたんだ」
「リーダーが?」
ぱっと顔を明るくし、エッジはブレットを見る。
ブレットは「褒めるとお前は調子に乗るから言わなかったが」と頷いた。
「マジでー?いや俺も今日は調子いいなって思ってたんだよね」
「ほら、もう調子に乗って、お前は」
ブレットが呆れたように言い、シュミットがはははっと笑った。
「エッジは分かりやすくて可愛いな」
シュミットは、目を細めてエッジを見つめる。
あまり目にすることの無い表情に、エッジはドキッとした。
「エーリッヒも相当分かりやすいと思うぞ」
ほら、とブレットは顎をくいとして離れた席のエーリッヒにシュミットの注意を向けさせる。
「俺がお前と仲良くランチしてるのが気に入らないって顔してる」
「エーリッヒは……全く」
シュミットは視線を手元に落とし、微かに頬を染めた。
あれ?とエッジは思う。
なんだこの反応?まるで、エーリッヒに妬かれて嬉しいみたいな。
「……エーリッヒって、シュミットのことほんと好きだよね」
鎌をかけるつもりでエッジは言ってみた。
「ああ、そのようだ」
シュミットはこともなげにそう答えた。
「シュミットはエーリッヒのことどう思ってんの?」
「………………さぁね。ご想像にお任せするよ」
「こいつ、惚気けるくせに確信を突くとこうやってはぐらかすんだ」
ブレットがそう言い、肩を竦める。
「えーなにそれ。絶対好きじゃん。両思いじゃん」
エッジは意外さに思わず声を上げた。
「シュミットはリーダーのこと好きなのかと思ってたよ。焦って損した」
「焦っていたのか?」
ブレットが片眉を上げるようにして聞き咎める。
「なんでそれでお前が焦るんだ?」
「大好きなブレットを取られたくなかったんだろう?」
くすくすとシュミットが笑う。
「野暮なことを言うなよブレット。エッジに好かれている自覚くらい、あるんじゃないか?」
「エッジに……?」
困惑したように呟き、ブレットはエッジを見た。
「そうなのか、エッジ?」
「はぁ?こんな場所でこんな流れで告白させる気?」
エッジは大袈裟に「リーダーってムードとかどうでもいいの?」等と嘆いて見せる。
「私はお邪魔なようだな」
シュミットがすっと席を立った。
「エッジ、心配しなくても、私とブレットはただの友人だからな」
妖艶で意味深な流し目を残して、シュミットはアイゼンヴォルフのいるテーブルの方に去っていく。
その背中を目で追うと、あからさまに嬉しそうなエーリッヒが目に入った。
エーリッヒは当たり前のように自分の隣の椅子を引き、そこにシュミットを座らせる。
シュミットはにこやかに、今度はエーリッヒと話し始めた。
なんだか自分ひとりが焦って慌てて馬鹿みたいだ。
「エッジ」
ブレットが、自己嫌悪に溜息をつくエッジに声を掛けた。
「妬いたのか?シュミットに」
「………妬いたよ。かっこ悪いだろ?」
エッジは渋々認める。
「そうか」
ブレットは小さく笑った。
それ以上、なにも言ってはくれなかった。
だが、これはもしかして脈があるのでは?とエッジは心の奥にうずうずと落ち着かない気持ちを抱え始めた。
これまでも、分かりやすくアプローチしているつもりだったが、もっと押してもいいかもしれない。
エッジは決意を新たに、ぐっと拳を握った。