大通りからは一本入った所に在る、コーヒーにはちょっとうるさいオーナーが作った小さなカフェ。
ここが私のバイト先だ。
それは金曜日の午後だった。ランチのお客様も引いて、店内にはぽつりぽつりと思い思いの時間を過ごす数人だけのお客様。
洗い物も片付けたし、特にすることも無く私はカウンターの中から通りに面したガラス張りの大きな窓を眺めていた。
すると、通り掛かったふたりの青年……いや、少年?が、通りに出しているうちのメニューが書いてある小さな黒板を見て足を止めた。
ふたりは店内を覗き込み、空いていることを確認したのか、店に入ってくる。
「いらっしゃいませ、お好きなお席に……っ!、ど、どうぞー!」
声をかけて思わず驚いてどもってしまった。
ハッとするほど美しい少年だ。
なんて言うの?女神さまみたい、なんて男の子に言うと変?美人で凛々しくてなんだか高貴な雰囲気!
彼の大きな菫色の目はこちらを向かず、ドアを開けて彼を先に店内に入れた、もう一人の少年を見ていた。
もう一人が店内に入ってくるのを見届けると、彼は店の奥のソファ席へと歩みを進める。
その後を着いて歩く少年もまた、とても美しかった。
っていうかかっこいい。イケメン。
褐色の肌に銀の髪。がっしりしてそうなからだつき。
涼やかな目元は優しげで、その視線は先に入店した少年に真っ直ぐ向けられていて。
私だけでなく、店にいた数少ないお客様たちも、彼らに目を奪われている。
私は少し彼らに見蕩れた後、仕事を思い出し慌ててお冷のグラスとメニューを持って、奥の席に向かう。
グラスを置く手が震えてしまいそう!
差し出したメニューは、褐色の彼が受け取ってくれて、テーブルに広げられた。
「ご注文お決まりの頃にまたお伺いいたします」
栗色の髪の、肌の白い、女神さまみたいな彼が頷く。
褐色のイケメンが、メニューを指さし女神さまになにか話しかけた。
………日本語じゃない。英語でもない。なんて言ったのか分からないけれど、多分、「この店はコーヒーの種類が多い」とかそんな感じじゃないだろうか。初めていらしたお客様は大抵そこに驚くから。
女神さまの方の淡い薔薇色の唇が綻ぶ。
彼もまた、なにか外国語で二言三言話した。声まで美しかった。
「すみません。オーダーを」
数分後、褐色のイケメンに日本語で呼ばれ私は彼らの席に再び向かった。
オーダーは流暢な日本語だった。落ち着いた声が心地よかった。
パタンと閉じたメニューを私に手渡しながら、彼はにっこり微笑んだ。
きゅっ!と心臓を掴まれたような気がした。
すると、もう一人の女神さまの方が、ぐっと眉を寄せる。
……なんだか不機嫌そうに睨まれてしまった。
彼は私に分からない外国語で何か言いながら、テーブル越しにイケメンくんの袖を引っ張る。
何あれ、もしかして私のことで文句言ってるの???
やだヤキモチ?可愛いーっ!
私はにやけそうな顔を必死にキリッと保って、頭を下げるとキッチンに引っ込んだ。
オーダーされたコーヒーとアイスコーヒーを作り、トレイを持って彼らの席に提供する頃には、美人な彼はさっきの不機嫌が見間違いだった?ってくらい澄ました表情で寛いでいた。
「お待たせ致しました」
彼らの前それぞれにコーヒーを供し、ミルクとお砂糖、シロップを置き下がる。
ほんとは近くで様子を眺めていたいんだけれど、そうもいかない。
レジカウンターから遠目で観察する。何か真剣な顔で話していたかと思うとふと微笑みあったり、おでこを寄せてひそひそと内緒話をしたりと、本当に気になる二人組だった。
うちの店じゃないみたいな、そこだけ異質な二人きりの空間になっている。ちょっと宗教画を見てるみたい。
艶やかな女神さまの唇に、ストローが挟まれるのが、距離の割に何故かハッキリ見えた。
途端に彼はまたキッと眦を吊り上げる。
それを宥めるようにもう一人の彼が柔らかい声でなにかを言うと、手をサッと上げて私を呼ぶ。
「すみません、うっかりミルクとシロップを入れてしまったのですが、彼はブラックしか飲まないんです。もう一杯アイスコーヒーをお願いします」
「あ、はい!お取替えいたします!」
「ああいえ、これは僕が飲みますから。もう一杯追加で」
にこっとまた微笑み付きで。
向かいの彼をそっと伺うと、不機嫌に不機嫌を重ねた顔をしている。
「かしこまりましたー……」
私が背を向けた途端、美人な彼がなにか言うのが聞こえた。外国語だから、私にじゃない。それに弁解するようなイケメンくんの上擦った低めの声。
…………どういう関係なのかしらね?
想像して台詞をあてるなら、
「愛想を振りまくな、浮気者!」
「そんなつもりは無いんだ、僕には君だけだよ!」
……なんて、ね。まさかね。
せめて英語なら、少しだけならなんて言ってるか分かったかも知れないのにな。
いや私、英語苦手だったな。
分かんないかもね、英語だとしても!
その後30分ほど彼らはコーヒーを飲みお喋りをし、褐色のイケメンくんがお会計をして、彼が開けたドアを女神さまみたいな美人くんが先にくぐって、帰って行った。
「いい店ですね。また来ます」
笑顔と共に残された言葉に、私の心はぽわっとなる。
………彼らがまた来た時に会えるように、バイトのシフト増やそっかな!