ブレットはその朝、目覚ましのアラーム無しに目を覚ました。外はどうやら薄暗いようだ。まだ起きる必要はないだろう。
二度寝をしようと寝返りを打ち、枕に顔を埋めると、ふわんと慣れた香りが鼻腔を擽った。
(あ……エッジの匂いだ………じゃあ俺はエッジのベッドに寝てるのか……)
眠たい目をこじ開けて辺りを見回すと、確かにそこは自室ではなく何度も訪れたことのあるエッジの部屋だった。
何故自分がエッジのベッドに寝ているのか、思い出そうとして頭痛に顔を顰める。
(そうか、昨日はエッジと飲んで……)
確か、エッジが彼女に振られたとか。それでヤケ酒に付き合ってくれと言われて、飲みに行って……………
「でさぁ!また同じこと言われたんだよ!“エッジって優しいけど、それは私の事どうでもいいから優しくできるのよね”って!」
そう嘆くエッジに自分はなんと声を掛けたのだったか。
………思い出せないが、エッジが結構なハイペースで飲んでいたのにつられて、自分も飲みすぎたような気はする。
酔い潰れてエッジの世話になるのはこれが初めてではなかった。
いつもエッジは潰れたブレットを自分のベッドに寝かせてくれる。そして自分はソファーで寝るのだ。
(良い奴なんだがなぁ………どうして恋人と長続きしないんだか)
すう、とブレットは息を吸い込んだ。エッジの匂いが胸いっぱいに拡がった。
「リーダー、起きた?」
ソファーの方でもぞもぞと、エッジが上半身を起こす気配がした。
「ごめんね、潰しちゃって。二日酔いとかしてない?」
エッジはすまなそうに片手を顔の前に立てる。
潰しちゃってごめんね、とはなんだ。
俺が酒に弱いと言いたいのか?
ちょっとブレットはムッとした。
「……まだ寝る」
だから、エッジを困らせてやろうと、ブレットはエッジに背を向けて布団をギュッと引き寄せた。
「えー!ちょっとー!起きたならベッド返してよ!俺もベッドで寝たいよ!ソファーで寝たから身体痛ぇよ!」
エッジはソファーから動かないままにそう騒ぎ立てた。
「早朝からうるさい。……そんなにベッドがいいなら、来るか?」
ブレットはもう一度エッジの方を向くと、ばさりと掛け布団を捲って自分の隣にスペースがある事を示す。
はいはい、分かりましたよー!二度寝でも三度寝でもどうぞ!俺はシャワーでも浴びて目を覚まして来ようかな。なんて、エッジは言うのだろうと想像しながら。
だが、エッジは「え?」と呟いて固まった。
「嘘……マジで?」
顔を強ばらせて、そのくせ何故か目をきらきらさせて、エッジは身を乗り出す。
「一緒にいいの?」
言いながらエッジはもうソファーを下りている。ベッドから絶妙に距離を取り、頭を搔くエッジ。迷っているようだ。
「……狭いぞ」
いいともだめとも浮かばず、ブレットはただ事実だけを口にした。
「知ってるよ」
はっ、と笑ってエッジはするりとブレットの隣に潜り込んできた。
「…………!」
布団や枕に残る香りとは比べ物にならない、エッジの匂い。そして体温。
「マジで狭いな。落ちそう」
そう言って更に距離を詰めてくるエッジ。
なんだか無性に恥ずかしくなってしまったブレットは、エッジをベッドから蹴り落とそうとした。
「うわ!やめてよ!誰のベッドだと思ってんの!?」
「うるさい!近すぎるんだお前は!」
それは物理だけでなく心の距離も。
そのことにブレット自身は気づいているのかいないのか。
歩み寄ったのはどちらなのか。
「リーダー暴れないで!」
ギュッとエッジにしがみつかれて、ブレットは硬直した。
ベッドの上で抱きしめられて、鼓動が伝わってきて、エッジの匂いが強く香って…………。
限界だった。
「部屋に帰る!!!」
ブレットは宣言するとエッジを力づくで引き剥がし、ベッドを転げ落ちるように降りた。
どたん!と大きな音がした。
「あーあー、足にキてんじゃん。まだ酒残ってるなら無理しない方がいいぜー?」
エッジが溜息をついて、ブレットの腕を掴んでベッドに引っ張り上げようとする。
「いい!………大丈夫だ」
「なに、意地張って?…………ああ、俺のこと意識しちゃった?ゴメンね?」
にや、とエッジが笑うのを見て、ブレットはカッと耳が熱くなった。
「えっ。なんで赤くなんの!?……え、マジで?脈アリ?」
つられたようにエッジも赤くなる。
ベッドの上と下で、見つめあったまま沈黙するふたり。
エッジが先に、驚きの表情をシリアスに改めて、口を開いた。
「意識してくれてんなら、嬉しーんだけど?」
「……どういう意味だ?」
ブレットは眉を顰める。
まるで、エッジが自分に気があるようだと思う。
昨夜彼女に振られたと大騒ぎしていた男が、昨日の今日でそんなまさか。
まさか…………な。ありえないだろう、あんなに女にモテて、なんだかんだ恋人を切らさず取っかえ引っ変えしているエッジが。
なんだか意識するのが馬鹿らしくなり、ブレットは息を吐くと立ち上がってベッドに乗り上げた。
「俺はまだ眠い。寝るから、場所を空けろ」
「だからここは俺のベッドだってば」
「慰めてくれる“女友達”くらいいくらでもいるだろ、お前。なのにわざわざ俺に泣きついて。付き合ってやったんだから、ベッドくらい譲れ」
「……………………。ちぇ。分かったよ」
エッジは舌打ちをしてベッドから降りた。
エッジの微かな温もりが残るベッドにごそごそ潜り込んで、ブレットは目を閉じた。
「おやすみ、リーダー」
エッジはこどもにそうするように、ブレットの身体を布団の上からぽんぽんとリズミカルに優しく叩いた。
それが心地よく、ブレットは我知らず口元に笑みを浮かべ、そして程なく眠りに落ちて行った。