久しぶりに酔ったキースに呼び出された。
年始に溜まった仕事を片付け丁度一息ついたタイミングでの着信に、どこかで見ていたのかと驚いたが相手を考えれば可能性はゼロに近い。
ただ奴の直感力は馬鹿に出来ないので、タイミングを見計らったと言われたら妙な信憑性はある。
勿論、酔ったキースにそんな芸当は出来るはずがないので、ただの偶然だと思うが。
着信に応答すれば、今までよりは酔った様子のないキースだったが、それでも呂律は怪しいところから自力での帰宅は難しいのだろう。
外はまだ雪が残り寒さが肌を刺す。
防寒の支度を軽く済ませ、念の為もう一人分の防寒着を手に持ち共有スペースに出ると、トレーニング帰りのオスカーとはち合わせた。
「キースを回収して送り届けてくる。何かあれば連絡を頼む」
「…イエッサー。お気を付けて」
ちら、と時計を確認し何か言いたそうだったが、オスカーはドアを押さえて見送ってくれた。
またか、とでも思ったのだろうか。
それはキース本人に伝えて欲しい。
呼び出された酒場に着くと、いつものカウンター席で上機嫌にマスターに絡むキースがいた。
「キース」
「おっ、やっと来たなぁ!一緒に飲むぞ〜」
「飲まん」
「やだ〜〜〜っ」
「…迎えに来いと言ったのは貴様だろう」
このやり取りもいつもの事で、キースを軽くあしらいながらマスターに会計を済ませる。
マスターも慣れたもので、肩を竦めながら領収書と一緒にロックグラスに入った水を出してくる。
それをあえてキースに見えるように一気に煽る。
「…ほら、1杯飲んだぞ」
「へへへへへ」
「マスター、ご馳走様」
「マスターまたな〜」
足取りの覚束無いキースに肩を貸しながら立ち上がり出口へ向かい外に出ると、キースが小さく「さみっ」と呟いて震えた。そこでキースが制服しか着ていない事に気付く。
先程の席付近には特に荷物は見当たらなかったが…
「上着はどうした?」
「あー…パン屋のオヤジが上着忘れたらしくて貸した〜」
パン屋のオヤジ、とは常連かつキースの顔馴染みだったはずで、キース回収の際にこの店で何度か挨拶程度だが顔を合わせたことがある。
気のいい年配の方で、エリオスの上着を悪用される事は無いだろう。支給品を貸すのは褒められた事では無いが、寒さに震える年配の方を見て見ぬふりをするよりは良い。
「オレにはブラッドが迎えに来てくれるしな〜」
ヘラヘラと笑って頭を擦り寄せてくるキースにため息で返事をしながら助手席に押し込み、念の為持参した防寒着を渡す。
「さんきゅー」
スン、と上着の匂いを嗅いだ後にそのまま上掛けのように体に被ると、うつらうつらと船を漕ぎはじめた。
「なぁんか、安心するんだよなぁ」
ぽつ、と呟いた後に吐息が寝息に変わったのを確認してアクセルを踏む。
色々と小言を言おうと思っていたが、隣から聞こえる寝息に安心感を覚え全てを飲み込んで、雪景色の束の間のドライブを楽しむ事にした。
キースの家に着くと、ここからもいつも通りのやり取りが始まる。
「泊まっていけばいーじゃん」
「明日は朝から会議がある」
「ウチから行けばいいだろぉ」
「そのように支度していない」
「路面状況も悪ぃし今帰るのも朝帰るのも変わんねぇし、効率的じゃねぇって」
「…」
それは一理ある。
思わず反論できないでいると、したりとキースが笑った。
「よし、決まりな」
「…シャワー借りるぞ」
うきうきとタオルや寝巻きを用意するキースを放って勝手知ったるシャワールームへと向かう。
酔ったキースにその気があるかどうかは不明だが今夜は絶対にそういう空気に流されないと決意をしながら携帯端末でオスカーに、キースの自宅へ1泊になる、とメッセージを送るとすぐに『承知しました』と返事が来た。
もしかしたら予想されていたのかもしれない早さに多少申し訳なさを感じながら、寒さが残る体を温めるようにシャワーを済ませた。
キースに用意されたタオルと寝巻きでベッドルームに向かうと予想に反して既にキースは眠っていた。
今ならこのまま黙ってタワーに帰れるが、キースの寝相が目についてその考えをやめた。
キースはベッドの端で小さく丸くなり背を向けて寝ていた。いつからかふと気付いたキースの癖のひとつ。
キースは警戒心が高い時や寂しくなると小さく丸くなって眠る。
今は警戒心よりも寂しさだろう。
オスカーへの連絡等でいつもよりシャワーに時間がかかってしまったので、拗ねて寝てしまったのだろうか。
起こさないようにベッドに近付き、柔らかい髪を梳く。そのまま頭を撫でてもキースが起きる様子はない。
肩を撫で、背中をぽんぽんと優しく叩く。
中途半端に掛かっていた上掛けを体が冷えないよう体全体を包むように掛け直し、もう一度頭を撫でると、背を向けていたキースがゆっくりと寝返りをうった。
すっかり弛緩した四肢が放り出されて上掛けがずれてしまったので、また掛け直す。
起こしてしまっていないか確認すると、気持ち良さそうに眉を下げ寝息を立てるキースの寝顔に安堵する。
そのままゆっくりと先程よりも狭くなったベッドのスペースに潜り込むが、ふと思い立って上体を起こす。
キースを起こさないようにゆっくりと片腕を拝借してその上に頭を乗せて上掛けを肩まで引き上げた。
キースの体温が首周りを温めて眠気を誘う。
もしかしたら明日の朝キースの腕が痺れているかもしれないが散々我儘を聞いたのだから許されるだろう。
なにより、欲目かもしれないが先程よりもキースの寝顔がより穏やかになったように感じる。
隣からの深くなった寝息につられるように欠伸をひとつして目を閉じた。
「良い夢を、キース」