先週寝起きに、鬼の形相をしたブラッドからの一言目が「禁酒しろ」だった。
久しぶりに酔っ払ってブラッドを呼び出したまでは覚えていたものの…その後は全く覚えがなく、どうやらブラッドをベッドに連れ込み抱きしめて離さないまま朝を迎えたらしい。
朝イチで会議があったブラッドは何とかジェイに連絡を取って代理を頼んだらしいがそれ以降のお小言はいつも通り聞き流した。
抱きしめた際に腕枕となった腕の痺れを誤魔化しながら朝飯とは言うには少し遅い軽食を作り、一口頬張ったところで暴君からの沙汰が下された。
「…1週間だ」
「…はんへ?」
「口に物を入れたまま喋るな」
ごくりとお手製のエッグトーストを飲み込んで改めて口を開く。
「なにが1週間なんだよ」
「禁酒期間だ」
「げ。マジだったのかよ」
「当たり前だ。無期限でもいいくらいだが?」
「ムリムリ続くワケねぇだろ」
「貴様…」
すっと細くなる視線から目を逸らすように目の前のトーストを一気に頬張って飲み下す。
こういう時の暴君対策は騒ぐより大人しくする方が効く筈だ。
「つーか、最近は禁酒まではいかねぇけど飲む量減らせてただろ〜?…まぁ、昨日?今日?は悪かったと思うけど…」
ちら、と窺うとブラッドは大きくため息をついた。打つ手間違えたか…?
「…1週間後、丁度2人のオフが重なる。それまでに禁酒出来ていたら一緒に飲んでやってもいい」
「…え?」
「いいか、1週間、禁酒、だからな」
トーストを食べ終えたブラッドは食器をシンクに置いてそのまま防寒着を羽織ってタワーへと向かってしまった。
自分の食器と一緒に洗い物を済ませ、溜まった洗濯物を片付け、簡単に部屋の掃除を済ませてソファーに腰掛けて一服する。
「…は?」
あのブラッドから飲みの誘いが来た。条件付きではあるが。
「…ご褒美か?」
この一服が終わったら冷蔵庫の中身をチェックして、日持ちする物の買い出しと、1週間後に用意する物を決めておこう。
たった1週間、我慢なんて余裕だ。
などと思っていたが、つらい1週間だった。
正月が終わり祭事感のある酒の安売りが始まっていたり、
パトロール中にいい酒が入ったから仕事終わりに寄れとマスターに声をかけられたり、
実家に寄ってきたディノの祖父母からのお土産兼お裾分けの地酒が冷蔵庫に補充されていたり、
ジェイとリリーからの誘いが来たりと、とにかく誘惑の多い1週間だった。
(くそっ、ブラッドがオレ試す為に用意した罠じゃねぇのか!?)
そのどれもこれもを断腸の思いで我慢をして1週間。
いよいよ1週間経ったのだ。
オフの前に仕事を引き継いでから向かう、とブラッドからの連絡を携帯で確認しブラッドが好きそうな和食のつまみを数品作る。
テーブルに並べグラスを用意した所でブラッドが到着する。
今日のつまみは自信作だし、用意した酒もジャパニーズビールだ。
これにはブラッドも目を輝かせ、上機嫌でテーブルについた。
ブラッドはつまみと一緒にビールも嗜んでほろ酔い、オレはこの後を考えてセーブ。今日は記憶を飛ばすにはもったいない。
穏やかに酒も食も進んだところで、ブラッドがそういえばと口を開く。
「よく1週間我慢できたな」
「オレはやる時はやる男だからな〜」
「普段からそのように振る舞え」
「メリハリが大事だろ?」
「それは仕事中ではなくオンオフでメリハリを」
「つーか、ちゃんと1週間禁酒したし頑張ったんだから、小声より言う事があんだろぉ?」
危うくお小言モードになりそうなブラッドを遮って褒めて欲しいとほのめかす。
ブラッドは軽くため息をついた後に少し微笑みを浮かべた。
「…頑張ったな」
「そうそう、飴と鞭?は大事だからな〜もっと飴くれよ」
「調子に乗るな」
「つーか1週間我慢したからさ、もっとご褒美くれてもいいだろ?」
「…酒が入るとよく口が回る」
「そんじゃこのよく回る口を塞いでくんねぇ?」
グラスを置いてブラッドの傍らに立ちゆっくりと顔を落とせば、ブラッドが目を閉じて顔を上げる。シラフのブラッドでは考えられない行動に酒の影響もあり興奮する。
時間をかけて酒の味の残る唇を堪能すると、すっかりとろけた表情のブラッドが出来上がっていた。
1週間禁止されたのは、なにも酒だけではない。
「…なぁ、ご褒美ついでにお願いがあるんだけど」
「…わざわざ言わなくても、わかる」
準備してきている、と呟くブラッドの顔がほんのり赤いのも酒のせいだけではないだろう。
こんなご褒美があるなら、禁酒もたまには悪くない。
…1週間は長すぎるから、二度とはごめんだけどな。