白のプレリュード①「すげぇ……」
天井から床まで、ゆうに五メートルは超える巨大な水槽。
その圧倒的な迫力に、八戒は思わずそんな声を漏らした。
「サメまでいるじゃん……」
品の良いインテリアの並ぶレストランの中心で、悠々と泳ぐ数匹のサメと、色とりどりの魚たち。
パッと見ただけでもハイランクの店だと分かる内装だというのに、水生生物の選択だけは理解ができず、八戒は渋い顔をする。
「サメを選んじゃうところが面白いよな」
そんな八戒とは対照的に、隣の三ツ谷は楽しそうに笑っていた。
「えぇ……。タカちゃん、什器とか選ぶの手伝ったんでしょ? サメ選ぶのなんで止めなかったの?」
「なんで? 個性があって面白いじゃん。それに大寿くんとちょっと似てる感じしねぇ?」
「まぁ、凶暴そうなところは似てるけど……」
「それが、サメって殆どが大人しい性格なんだってさ。攻撃されたりしない限り、自分から危害加える事もないらしいし。大寿くんも見た目は怖ぇけど、普段は結構静かで」
「三ツ谷」
楽しそうに話していた三ツ谷の言葉を、低い声が遮る。
「ん? どうしたの、大寿くん」
眉間に皺を寄せたしかめっ面には、それ以上喋るなとありありと書かれているというのに、素知らぬ顔で聞き返す三ツ谷に、八戒は思わず顔を引きつらせた。
恐る恐る大寿の方に視線を移せば、より深くなっている眉間の皺に、思わず背筋が伸びてしまう。
「お前……」
唸るような大寿の重低音が響けば、八戒の身体は反射的に強張っていた。
けれど凍りつく八戒とは裏腹に、当の三ツ谷はのんびりとした様子で大寿に返事をする。
「ん? あ、もしかしてドレスコード間違ってる?」
言いながら、どこかおかしい場所はないかと、三ツ谷は手製のスーツを確認する。
「多少遊び心は加えてあるけど、ちゃんとフォーマルではあるはず……」
結局どこか思い当たる節もなく、三ツ谷は大寿の方を伺いみた。
「……問題ねぇよ」
苦虫でも噛み締めたような表情で、大寿が絞り出す。
「ならよかった」
そう微笑む三ツ谷から、どこかバツが悪そうに顔を逸らした。
「……さっさとしろ」
大寿がそう言いながら顎で奥を指す。
それを見た三ツ谷は、八戒と柚葉に振り向いてニコリと笑った。
「やったな。オーナーが直々に、オープン前の店内を案内してくれるってさ」
疎ましそうに顔を顰める大寿をよそに、三ツ谷は殊更楽しそうな顔をした。
そんな対極的な二人がレストランホールに歩いていくのを見ながら、八戒は隣にいる柚葉に、ひそひそと耳打ちする。
「……柚葉、……タカちゃんって、心臓強くない?」
「あんた、今頃気付いたの?」
柚葉はしれっと答えると、白の刺繍が入ったブルーグレーのロングドレスを波のように揺らしながら、八戒の脇をすたすたと通り過ぎていく。
「え……、って、ちょっと待ってよ柚葉!」
一人エントランスに取り残された八戒は、柚葉の言葉を十分に理解できないまま、慌てて後を追いかける。
四回目となる三ツ谷と柴兄弟の会食は、今までで一番騒がしい始まりだった。