白のプレリュード⑤(完結) side - 三ツ谷 隆「肉料理って、白も結構合うんだな」
三ツ谷はそう言いながら、淡いイエローゴールドの液体を口に運ぶ。
脂っぽい肉に酸味のある白は想像以上に噛み合っていて、ついつい飲むペースは上がった。
「だよね、オレも、これすげぇ美味しいって思ったんだ」
「うん、悪くないんじゃない」
弟妹の反応も悪くないようで、三ツ谷は隣の恋人を見上げ、笑みを添えながら小首を傾げる。
「大寿くん、ちゃんと八戒の好み当てられるのすげぇじゃん」
「八戒は、ちゃんとワインのアロマを嗅ぎ分けられてたからな。香りの好き嫌いが把握できれば、選ぶのは簡単だ。テメェと違って、ワインを嗜むセンスがある」
「なぁ、一言多くねぇ?!」
弟をべた褒めするところまでは良い。けれど最後の一言は、どうにも釈然としなかった。
けれどその視線は大寿に受け取られることはなく、そのまま流されてしまう。
「……まぁいいや。このワインが美味いのは間違いねぇし」
こうなったら腹いせだと、三ツ谷はグラスを空け、もう一度淡いイエローゴールドを注いだ。
シャンパンに続き、はまたしても高額なワインを選んで来た兄弟に、マジかといたたまれない気持ちもあったが、三ツ谷は気にすることをやめた。
オーナーが良いと言っているんだから、お零れに預かることにしようと、遠慮なくボトルを空にした。
先に肉料理を食べ終わった三ツ谷は、綺麗に食事をする柴兄弟を肴にグラスを傾ける。
幼い頃からしつけられ、身に馴染んでいるんだろう。座る姿勢も、カトラリーの使い方も、板に付いた美しい所作は品があるように感じた。
親がいなかった柴家で、こんな躾ができる人間は限られている。
過去の大寿の行いを決して肯定はしない。けれど三ツ谷は、ふとした時に出る三人の美しい所作が好きだった。
「三ツ谷、オマエ、白ワイン全部開けただろ」
「あ、わりぃ。美味かったから空けちまった」
空になった柚葉のグラスを見て、三ツ谷は頬をかく。
「もう一本開ければいいだろ」
「え、いや、いい。いらない。もうお肉食べ終わるし」
「……そうか」
どこか肩を落としたように見える大寿に、一瞬柚葉は目を丸くする。予想外の反応に頭が混乱してしまい、考えるよりも先に、口が言い訳を探していた。
「えっと、その、一本開けても、残ったら勿体無いし……、これで、料理は終わりだし……」
「そうだよ、大寿くん。次はデザートなんだから、デザートに合うワイン選んでよ」
そんな二人の間に、助け舟のように三ツ谷の言葉が滑り込む。
「まだ飲むのか?」
「いいじゃん。今日、まだ赤飲んでないから、赤飲みてぇな〜」
「そうか、なら選んでこい」
胸ポケットからカードキーを取り出し渡してくる大寿に、三ツ谷は面白くなさそうな顔をした。
「オレには選んでくれねぇの?」
「オマエは何でも美味いしか言わねぇから、選びがいがねぇんだよ」
「いやいや、オレだってちゃんと好みあるけど?!」
「そう言うなら三ツ谷、オマエ、このワインのアロマを答えてみろ」
「いや、ほら、なんか果物っぽい匂い? するよな。あと美味い」
「……そりゃぁ葡萄を使ってるからな」
ふぅと肩で息をする大寿を、三ツ谷は思い切り睨めつけた。
「喧嘩売ってくるじゃん、大寿くん」
「売ってねぇ。だいたい、アロマが正確に分かる必要もねぇだろ。うまけりゃそれで十分だ」
「あのなぁ、うまけりゃ十分って言うけど、オレがいつも大寿くんの前で美味いって言ってんのは、何も言わなくても大寿くんがオレの好みに合わせてワイン選んでくれてるからであって、オレだって好みじゃねぇワインあるんだからな」
「は……?」
ありありと不服と書かれた顔で言う三ツ谷に、大寿は思わず言葉を詰まらせた。
いつも三ツ谷の事を考えて選んでいるわけじゃない。現にさっきまで飲んでいた白ワインだって、八戒の事を考えて選んだものだ。
八戒から聞いた好みに合わせて選び、これなら三ツ谷と柚葉も好きだろうと……。
そこまで思い出し、大寿はぶわっと全身の血が上るのを感じた。
都合の良いように言いやがって。そう言おうと思っていたのに、無意識の行動を自覚してしまい、二の句が継げない。
「そういえば、前にタカちゃんと飲んだ時、出てきたワイン美味しくないって言ってたね」
さらには追い打ちをかけるような八戒の言葉に、大寿は頭を抱え、盛大なため息を吐いた。
三ツ谷の言葉からは逃げようがなく、上った熱が顔に集まる。それを誤魔化すように、大寿は弟妹に話題をそらした。
「……おい、お前らは何が良いんだ。紅茶やコーヒーもある、無理にアルコールじゃなくて良い」
「……せっかくだから、オレも赤ワイン飲みたいな」
「アタシも……。白は無くなっちゃったし、もうちょっと飲みたい」
二人の答えに、大寿がちらりと隣をみれば、ほらな、とでも言うようなしたり顔の三ツ谷と目があった。
それがどうにも悔しく感じて、大寿は小さく舌打ちをする。まるで苦虫を噛み潰したような顔をした後で、観念したようにため息をひとつ零してからソムリエを呼んだ。
八戒と柚葉に、今日飲んだワインの中で何が気に入ったのか聞きながら、ソムリエとワインリストをなめていく。
(根が真面目なんだよな、大寿くんは)
なるべく全員が美味しいと思えるものを見つけようとする様子に、三ツ谷はそっと口角をあげ、そして少しばかり切ない顔をした。
家族を守るのは長男として当然の責務だと、根が真面目だからこそ、それは必然であるかのように自分を追い詰めて。そうして張り詰めた細い糸の上で立ち続ける事が、日常になっていたんじゃないかと、三ツ谷は考えた事があった。
その日常は愛情の概念を歪ませ続け、僅かな衝撃で崩れ落ちてしまうほどの危うい場所に立っているのに、それが異常だと教えてくれる大人や友人もいない。そもそも本人に自覚がないのだから、助けを求める発想にすらならなかっただろう。
(俺みたいに、もう少し不真面目ならよかったのにね)
右側頭部に軽く触れながら、三ツ谷は心の中でそうひとりごちる。
結局、家族を大事にするという結論に至ったのだから、お前が不真面目とは言えないだろうと大寿は言うかもしれない。
けれど、手放そうとして初めて、三ツ谷はどれほど自分が家族を大事に思っていたのか、はっきりと理解することができた。兄として生まれたからではなく、三ツ谷自身の意思で家族を大事にしたいと覚悟を決められた。
家出から帰った朝、真っ青な顔で殴って、叱って、そしてごめんね、と言って泣く母親に、そんな事を言わせたかったわけじゃないと、形にできていなかった自分の気持ちを思い知った。
大寿が家族に暴力を振るって苦しめていた事実は変わらない。間違いなくクソヤロウだったと言い切れる。けれどそんな大寿を本気で叱って、泣いて、寄り添ってくれる相手は誰もいなかった。
でももし次に何かあった時は、オレが殴ってやるから。だから遠くから見ているだけじゃなく、またその手で家族を愛して欲しい。
さらりと愛していると言えるくらい、真摯に家族を想っている、そんな愛情深いところは嫌いじゃないから。
三ツ谷は、八戒と柚葉を喜ばせようと真剣にワインを選ぶ恋人の姿に、緩やかに目を細めた。
「では、この二種類の赤を一本ずつでよろしいでしょうか?」
「あぁ、それでいい」
「え、でも……」
「文句があるのか」
「文句はないけど……、わざわざ、アタシと八戒に別々のワインじゃなくても……」
「どうせなら、それぞれ美味いと思う物の方がいいだろ」
「でも、飲みきれなかったら勿体無いし……」
「残ったら、従業員の勉強用にすればいいし、気に入ったんなら持ち帰っても良い。気に入らねぇワインを頼む方が金の無駄だろ」
大寿はそう言うと、ワインリストをソムリエに渡し、準備をさせるために下がらせてしまう。
「そう、かもしれないけど……」
柚葉はその様子を、不安が色濃く出た表情で見守っていた。
三ツ谷は、そんな二人の様子を見ながら、ふむ、と顎に手を当て首をかしげる。確かに、コースは既にデザートまできている事を考えると、柚葉がためらうのも理解が出来た。
しかも二本になってしまう理由は、量が足りないからではなく、八戒と柚葉の好みに合わせるため。
八戒の好みに合わせて、既に高級ワインを数本入れているのを理解している柚葉には、若干胃が痛い話だろう。
さっき頼んだ赤だって、決して安くはない値段だった。
「まぁ、ほら。大寿くん、柚葉にお土産渡す良いきっかけを探してただけだからさ、大目に見てよ」
「は?」
訝しげに顔をしかめる柚葉に、三ツ谷はニコリと笑った。そうやって大きく表情が変わるところは、大寿と似ているなと思いながら、話を続ける。
「お前、今日けっこう遠慮がちだし。ストレートに土産だってワインを渡すよりも、飲み残しを持ち帰るついでだとか、理由をつけた方が貰ってくれるかなって思ったんだよ」
「三ツ谷、テメェ何言って……」
「あ、確かに、さっき兄貴に土産にワイン持たせてやるって言われた。アレ、柚葉の分も考えてあったんだ!」
八戒の言葉に、大寿は口から出掛っていた言葉を飲み込む。
逆に三ツ谷は、ワインセラーでそんな話までしていたのかと嬉しそうな顔をした。そしてここぞとばかりに便乗する。
「だろ? 柚葉にも、気にいるワインをプレゼントしたかったんだよ」
「……そう、なの?」
違うといえば、柚葉にだけ何も準備していないように聞こえてしまいそうで、大寿は渋い顔で目を伏せた。
その沈黙を肯定ととった柚葉は、そっか、と小さく呟きながら、わずかに頬を赤くする。
「それなら、普通に渡してくれれば、アタシだって素直に受け取ったのに……」
少し拗ねたように話す柚葉の姿は、言葉に反して嬉しさが滲み出ていて、大寿は三ツ谷に後で言おうと思っていた文句を忘れることにした。
「土産は八戒の分と一緒に、帰る時に渡す。さっき頼んだワインが余っても、余らなくても、元から準備してる土産が別にある事に変わりはねぇから、好きにしろ」
「うん……、ありがと」
あぁ、きっと今、柚葉が好みそうなワインを必死に脳内で検索しているんだろうな。
柚葉のお礼を静かに受け入れた大寿を中心に、和やかな空気が広まっていく。三ツ谷はそれを温かな気持ちで見守っていると、大寿と視線が噛み合った。
お土産の話題なんて微塵もしていない。好き勝手に話した手前、文句を言われるかなと苦笑いを浮かべると、その予想に反して、大寿はとろりと目を細め、ふっと小さく笑った。
「え……」
思いがけない反応に面食らい、三ツ谷はぽろりと声を零す。
頭で理解するよりも先に心が理解したのか、一瞬のうちに、幾多の感情がぶわりと湧き上がり、ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。
溢れ出る感情を整理したいのに、早鐘は身体中に鳴り響き、それどころではなかった。もはや身体を動かす余裕もなく、熱が集まる顔を大寿から逸らすことすら出来ない。
「デザートとワインをお持ちしました」
その一声に、大寿が振り返る。店員の方へ視線が向いたことで、運よく大寿の眼差しから逃れた三ツ谷は、少しだけ残っていた理性を総動員して、恋人から顔を背けた。
たった一瞬の出来事のはずなのに、どっと疲れた心地だった。
ひとまず、悪いように取られていないなら問題はないだろうと、三ツ谷は気持ちを切り替えることにした。まずは本日最後の料理を楽しむべきだと、運ばれてきたデザートに目を向ける。
「え……」
とたん、三ツ谷の口からは、またしてもそんな声が零れ落ちた。
「これ……」
それは柚葉も同じようで、デザートを前に、思わず目を身張る。
目の前に置かれたデザートには、真っ白な花が咲いていた。
「うわぁ、すげぇ。これって、チョコレートの花?」
八戒はチョコ細工に目を輝かせ、まじまじと眺める。
淡墨色の皿には、チョコレートムースを中心に小さな焼き菓子や果物が飾られ、その上にはムースが全て隠れてしまうほど大きな、ホワイトチョコレート細工がのっていた。それは店内の至る所に飾られている白いポインセチアを模していると、すぐに分かる出来栄えだった。
三ツ谷はふと、柚葉が高校を卒業する時期に、大寿がどことなく気がそぞろになっていた時期を思い出す。きっと柚葉に祝いの品を渡したかったのだろう。
それを知っているからこそ、八戒の時は多少強引に話を進めてしまったけれど、恋人が弟妹のどちらも大切に思っている事はよく知っている。
そう思うと、目の前の幸せを祈る白い花には、何年分もの想いがこもっている気がして、ジワリと胸が熱くなった。
「今年のクリスマスシーズンに出す予定のデザートだ。話題にはなるがチョコの細工が難しいらしい。今日なら細工の練習をさせても廃棄せずに済むからな。練習がてら作らせた」
まるで特別な意味など何もないとでもいうように、大寿は淡々と説明をする。
けれどこの白い花の意味を知っている柚葉と三ツ谷は、それを鵜呑みにはできなかった。何より引っかかるのは、大寿の分にだけ、白い花が載っていない事だ。
それがどうにも面白くなく、三ツ谷は思い切り口を曲げた。
「なぁ、なんで大寿くんの分には、チョコ細工載ってねぇの? スタッフに練習させたいってんなら、数作った方がいいだろ?」
何かを感づいていそうな三ツ谷の物言いに、大寿は言葉を詰まらせた。さらには真っ直ぐと射抜いてくるような三ツ谷の視線から、逃れるように目をそらす。
「チョコレートはそんなに食えねぇんだよ」
いつもより小さい声で応える大寿に、三ツ谷の表情は不満が色濃くなる。
大寿がチョコレートが得意じゃないなんて話、今まで聞いたことすらない。それどころか、普段から甘い物も普通に食べているというのに、今更そんな言い訳が長年一緒にいた三ツ谷に通じるわけがない。
こういうところが、本当に、すげぇ真面目で腹が立つと、三ツ谷は顔を歪めた。
きっと、自分は祝福を祈られる資格はないだとか、そんなことを思っているに違いない。
その心境が理解できないとは思わないが、三ツ谷はどうしても捨て置けなかった。
(オマエだけ、周りの幸せを祈って満足してんなよ)
三ツ谷は自分の分のホワイトチョコレートの花を半分にすると、無遠慮に大寿のムースの上にのせた。
「オレ、腹一杯だから手伝ってよ、大寿くん」
驚く大寿に、三ツ谷はニッコリと笑ってやる。オレの皿に戻しても、また送り返すからと表情に滲ませれば、大寿はぐっと喉を詰まらせる。柚葉から伝わったのか、三ツ谷は白い花が母親の好きだった花だと既に知っているのだろう。
いい返そうにも、三ツ谷の頑固さを一番よく知っている大寿は、観念したようにため息を吐いた。
「アタシも、今ダイエット中だから」
仕方なしに三ツ谷の分を受け入れたところで、今度は柚葉が自分の白い花を半分、大寿の皿に乗せる。欠けていた半分を足されて、大寿の皿の上には白い花が咲いた。
「オマエ、料理も全部食ったし、酒もしこたま飲んでただろ」
「そう。お酒を飲みたいから、チョコを控えるの」
返却不可と言わんばかりの言い草に、眉間の皺を濃くしながら、大寿は頭を抱える。
「オマエら、勝手な事ばっか言いやがって……」
けれど悪い気はしないのだろう。その語気は想像以上に穏やかで、三ツ谷は歯を出してにっと笑った。
「うわ、このチョコムースめっちゃうまい。タカちゃんも柚葉も気が進まないなら、オレが食べたげよっか?」
「食べないなんて言ってなし。残りはアタシの分」
「オレも、これくらいなら食えるわ」
二人から首を振られ、八戒はそっか、と唇を尖らせる。
こんなに美味しいのに、残ったらもったいないと思ったのは本心だ。けれど、あわよくば、もうちょっとたくさん食べれるかもしれない。そんな期待をしなかったと言えば嘘になる。
「気に入ったなら、追加を持って来させる」
「え、本当?」
「ちょっと兄貴、甘やかさないで。仕事に支障が出る」
「太るまでは食わねぇよ! あとでちゃんと運動するし」
「それでもダメ」
八戒だってプロとしてダメなラインはわきまえているつもりだ。次のショーまで、体型を整える時間だって残ってる。
それなのに首を縦に振る気配が微塵もない柚葉をなんとか納得させようと、八戒は頭を悩ませる。
「えー、じゃぁ、このホワイトチョコ、柚葉が半分食べてよ。その分でムース食べるから」
「私はダイエット中って言ってんだろ」
「じゃぁタカちゃん……」
「オレはお腹いっぱい」
「え〜〜……」
二人に袖にされてしまい、八戒は落胆とも抗議とも取れる声をあげた。それにこうなってしまうと、残る選択肢は一人しかいない。
恐る恐る斜め向かいに居る長男の方を見れば、ピタリと目があった。僅かに身体に緊張が走る。
けれど今夜の大寿を思い返せば、八戒はどうしてか無下にされない気がした。
「……じゃ、じゃぁ大寿……、半分……」
「……好きにしろ」
おずおずと申し出る八戒に、大寿は小さく息を吐くと、そう言いながら自分の皿を差し出した。
それと同時に近くにいたスタッフに話しかけ、追加でチョコムースを持ってくるように指示をする。
「……ありがと、兄貴」
「あぁ……」
「はは、大寿くんのポインセチア、一番大きくなったね」
三人分寄せ集めたことで形は少し歪なものの、一番大きく育った花を見て、三ツ谷は嬉しそうに笑う。
大寿からの返事はないが、表情を見ればその気持ちは一目瞭然だった。
「せっかくこんな立派になったんだし、写真撮ろうぜ」
三ツ谷は大寿のデザートを携帯で写し、シャッターを切る。
「あとで送るね」
そう言いながら見せられた画面には、母の好きだった真っ白な花が確かに写っていて、大寿は絞り出すように返事をした。
「……あぁ」
「あとついでに、オレらの写真も撮ろうぜ」
三ツ谷は近くの店員に携帯を渡し、シャッターを押してくれるように頼んだ。
その強引さに少しだけ戸惑いながらも、三兄弟はカメラの方を向く。
戻ってきた携帯に保存された四人の写真を確認すれば、自然と三ツ谷の口元は綻んだ。
「また、みんなで食事しような。今度はオレの妹たちも一緒に」
「ルナとマナも? いいじゃん。楽しそう」
「だね。最近会えてなかったから、久しぶりに会いたいな。また大きくなってるだろうし」
前向きな反応をする二人に相槌を返しながら、三ツ谷は隣の恋人を見上げた。
「どう、大寿くん?」
大寿はピクリと眉を動かし、横目を向ける。
きっと三ツ谷は、答えを分かっているだろう。けれどあえて言葉にするのも、悪い気はしなかった。
「……まぁ、悪くねぇな」
「だろ?」
三ツ谷は得意げに答えると、まだ少年らしさの残る顔をくしゃりと歪めて、今日一番の笑顔を浮かべた。
ねぇ、大寿くん
オレはきっとこれからも、立ち止まっていた大寿くんの足を無理やり動かそうとすると思う
でも、転ばないように、隣でしっかりと手を握っておくから
だからもう一度、今度は一緒に、世界を始める音を鳴らそう