お誕生日が来るのが毎年楽しみだったの。だってマヤとトレーナーちゃんは年が離れてるから、少しでも年の差が縮まったらいいなって。埋まらないことはわかってたんだけどね。でも、少しでもトレーナーちゃんに釣り合うマヤになりたかった。
卒業式が終わって、みんなとの記念撮影も撮り終えて、ようやくトレーナー室にやって来られたころにはかなり時間が経っちゃってた。でもトレーナーちゃんなら絶対待っててくれるって思ってた。だってトレーナーちゃんは優しいし、マヤが待っててねって言ったら何時間だって待ってくれる、そういう人だから。
「トレーナーちゃんっ」
ほらね。トレーナー室のドアを開けたらいつもみたいにパソコンと睨めっこしてるトレーナーちゃんがいて、マヤが声をかけたらニコって笑って、
「マヤノ、お疲れ様」
そう言っていつもマヤを迎えてくれるの。そうやって笑ってくれるトレーナーちゃんが大好き。トレーナーちゃんがこんなふうに、ちょっと気が抜けたみたいに笑ってくれるのはトレーナー室にいるときだけで、だからその顔を見られるのはマヤだけの特権だと思ってた。でも、それも今日でおしまい。
「卒業式どうだった?」
「うん、写真もいっぱい撮ってきたよ!見る?」
「見せて見せて」
トレーナーちゃんが椅子から立ち上がってマヤの隣に並ぶ。スマホのロックを解除して写真のフォルダをタップすると、隣のトレーナーちゃんがスマホを覗き込んでくる。
「わぁ、よく撮れてる」
「でしょでしょ」
「そっかぁ、マヤノも卒業か」
写真をスクロールしながらトレーナーちゃんがそう呟いた。
「さみしくなるなぁ」
「ほんと?トレーナーちゃん、マヤがいなくなったらさみしい?」
「そりゃさみしいよ!マヤノは私の初めての担当ウマ娘だしね」
トレーナーちゃんはそう言って、トレーナー室の小さな窓から外を眺めた。
「あのね、トレーナーちゃん」
マヤの言葉にトレーナーちゃんが何?って優しく返事をくれる。
トレーナーちゃんはもしかしたらそうは思ってないかもしれないけど、マヤはトレーナーちゃんのこと、ほんとのほんとに大好きだったんだよ。確かに最初はね、ただの大人への憧れみたいな気持ちもあったと思うよ?でもね、毎日一緒にトレーニングしたり、時々二人でデートしたり、トレーナーちゃんと過ごすマヤの毎日はすっごくキラキラでワクワクでドキドキだった。この気持ちが恋じゃないならきっと世界中どこを探したって恋なんて見つからないって、そう思えるくらい。
だからマヤはいつだって、トレーナーちゃんに大好きの気持ちを伝えてきた。お誕生日もクリスマスもバレンタインも、トレーナーちゃんにマヤの大好きって気持ちを。トレーナーちゃんはいつもその大好きに、ありがとうって笑って返事をしてくれた。
「トレーナーちゃん。マヤ、今からトレーナーちゃんに告白するね。これで最後にするから、トレーナーちゃんのほんとの気持ち、教えてほしいの」
だけどマヤ、わかっちゃったんだ。ありがとうって返事は、好きだよって意味じゃないんだよね。トレーナーちゃんのありがとうのほんとの意味は、優しいトレーナーちゃんがマヤが一番傷つかないように選んでくれた、ごめんねの言葉だったんだ。
トレーナーちゃん。ずっとずっと、マヤを勘違いさせててくれてありがとう。トレーナーちゃんと過ごした毎日は、これからもずっとマヤの宝物だよ。
「トレーナーちゃんのことが大好きだよ。トレーナーちゃんは、マヤのことどう思ってる?」
絶対泣かないって決めてたから悲しくないし、後悔もしてないけれど、最後の最後でトレーナーちゃんにそんな顔させたかったわけじゃなかったのにって、ちょっとだけ胸がチクッとした。だけど、どうしてもマヤには必要だったの。トレーナーちゃんのいない明日に進むために、どうしても。
ごめんね、トレーナーちゃん。トレーナー室の小さな窓の向こうでは、飛行機雲が真っ直ぐ伸びていた。