プロム書きかけ ぼーっとしていたかと思えば突然慌て出したりと、プロムまでの日々、フリスクは挙動不審だった。
フリスクをプロムに誘ってくれる男子学生もいたが、そんな調子で「先約があるから…」と断ったりしたものだから、ついに口説き魔の親善大使に本命が現れたのかとちょっとした噂になっていたらしい。
そしてとうとう迎えた当日。パーティーは夜から開始のため、フリスクは友人達と昼過ぎから集まっておしゃべりに花を咲かせていた。陽はもう傾き、そろそろ仕上げにかからなくてはならない頃合いだ。
「へえ、それってもしかして尻尾の穴?」
「そう!特注なの」
「ウソウソ、電源入らない!」
「何?アイロン?ストレートのならあるわ」
「フリスク!お手洗いってどこ?」
「廊下出て右奥だよ」
モンスターも人間も関係なく、お互いにコルセットを締め合い、ドレスにキャーキャーとはしゃぎ合い、フリスクとトリエルが住むこじんまりした家のリビングはまさしく舞台裏のメイクルームと化していた。
フリスクのドレスは実は以前から準備してあるものがあった。親善大使の仕事の関係で大きなパーティーに出ることになって、良い機会だからとアズゴア王とトリエルがフリスクのために数着オーダーしてくれたものの一つだ。
その時は結局デザインが大人っぽすぎるかと尻込みして、肌をあまり露出しない清楚な雰囲気のドレスを採用した。だからこのドレスは今回初めて人前で着ることになる。
ザックリと開いた胸元と背中。光沢のある黒のフィッシュテールのドレスはウエストのあたりから幾重にもチュールが重ねられていて、控えめに縫い付けられたガラスビーズがシャラシャラと鳴る。靴は上品に煌めく銀のヒール。髪の毛は香りの良いオイルを薄く馴染ませてタイトにまとめた。
「わぁ…!雰囲気変わるね」
アルフィーがパチパチと手を叩く。フリスクのドレス姿を見たいと今回のプロムには関係がないはずのアンダインとアルフィーまでもが押しかけてきていた。
パピルスは責任もってサンズを送り出すと言ってくれていたので、今頃は自宅でMTTブランドの化粧品をサンズに塗り込んでくれていることだろう。
「うん、今日はこっちじゃないか?」
パーティー用のメイクはアンダインが指南してくれている。普段は使うことがない深く暗いローズレッドのリップにフリスクは躊躇うが「絶対こっちだろ!」とひんやりした手に顎が外れそうなほどにロックされ、しっかりと美しいラインで描かれてしまった。
仕上げに、トリエルから贈られたムーンストーンを連ねたイヤリングを飾る。
「ヨシ!上出来だッ!」
「すっごく素敵だよ、フリスク!」
「あ、ありがとう」
学友たちからも「おー!」と歓声が上がり、フリスクははにかんだ。鏡の中には幾分か大人びた顔の自分がいる。
フリスクは自分の全身を注意深く見つめた。
ドレスと小物の色をサンズに尋ねられたとき一瞬答えることを躊躇ったのは、後ろめたいものがあったからだ。
子供の頃にサンズとふたり、天体観測に行ったことがある。白い息を吐きながら真っ黒な空にいくつもいくつも光る星を見上げた。
幼い恋心を大切に抱えながら好きなひとと見たあの星空が、サンズへの気持ちが、このドレスの由来だ。
「………ううっ」
あからさますぎる。鏡の中の自分の顔がみるみる赤く染まっていくのをフリスクは見た。
「どうしたッ!?敵襲か!?」
「えっ、えっ!?ち、違うと思うけど…」
「どこからだ!?ンガァァァァ!!姿を見せないとは卑怯なッ!!」
いや、しかし、サンズが気がつくとは限らない。夜空に輝く星をイメージしたとは気づいても、膝に毎日カサブタをつくっていたような暴れんぼうのガキンチョが、あの日あの時既に恋を隠し持っていたとは思うまい。
背後でものすごい音と悲鳴が上がる中、フリスクはブツブツと「大丈夫大丈夫」と唱える。
「何あれこわい」
「たまにああいうことになるよねあの子」
「あああああアンダインッ、おち、落ち着いて…!」
オモチャ箱をひっくり返してめちゃくちゃに掻き回しているような喧騒の中。
「…………お嬢さん方?」
トリエルの声はよく通った。全員がピタリと動きを止めてドアを見る。
右から左、上から下まで、微笑みを湛えた目で見渡され、王妃の風格にみんなが居住まいを正し、
「……サンズが迎えに来たわよ」
ワッと沸き上がった。