「オイラがアンタに惚れるのは、そんなにおかしいこと?」
「お、おかしいっていうか…」
「オーケーわかった。じゃあ相手がアンタじゃないとしよう。オイラが惚れた相手に無碍に扱われて、それでもめげずに口説いてるのに更に逃げられてる様子を見たらさ、気の毒に思わない?」
フリスクは確かにサンズに恋心を抱いているが、それ以前に強い親愛の情がある。サンズの望みは出来うる限り叶えば良いと心の底から思っている。
彼が地下世界の繰り返す時間の中で気力をすり潰され、期待することや希望を持つことに疲れていたことを思えば、彼が再び望みをもつことや求めることがどれだけのことか。
完全に理解することはできずとも想像はできるからだ。
「まあ相手はアンタなんだけどさ」
問題はそこだった。
「なあ、もう一回聞いていい?」
ミトンに包まれた細く硬い骨の指がフリスクの左手を掬い上げる。
「オレがアンタに愛を乞うのは、そんなに迷惑か?」
「そんなこと!」
フリスクは首を大きく振って否定した。サンズが一瞬眼窩を丸く見開く。
思い出したように頰が熱をもつのを感じながらフリスクは視線から逃れるように俯いた。
「ただ、ぼくは…キミに好かれる理由が、わからない」
「『ワタシのどこがスキ?』ってやつ?」
急に裏声で言うものだから、フリスクは思わず頰が引き攣る。こんな時にまでこの骨は。
「そういうのじゃなくて!」
全く似ていない声真似に笑いそうになるのを噛み殺して、サンズを睨み上げる。ニヤニヤと笑う口元、眼窩の奥の白い光。
「順を追って話すよ」
思いの外落ち着いた、そして随分と優しい声にフリスクの心臓がドキンと胸を打った。
「まずオイラはさ…あー、なんだろな。まあいいかって思ったんだよな」
「ま、まあいいか??」
「もしこの先リセットが起こるなら」
「!」
「アンタの意思ではそれを止められない。違うか?」
緊張で張り詰めそうな空気を躱すように、サンズは茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「アンタの機嫌をとろうが、弱味を握って脅そうが、リセットは起きる時は起きる。この後もずっと起きないかもしれない。だったらずっと見張ってることないよな」
考え事を整理する話し方だとフリスクは思いあたる。複雑なことを読み解く時や、フリスクが持ち込んだ学校の課題を説明してくれる時の口調だ。
「それで、まあいいか?」
「ん…いや、まあいいかっていうのは」
サンズは言葉を探すように空中に目をやる。視線が外れた隙間に彼を見つめてしまうのは、もうフリスクの癖のようなものだ。
何度時間を巡っても、ずっとそうしてきたのだから。
「アンタがさ、もし、アンタ自身の意思でリセットを起こせるのなら…そしてその力を使うとしたら、よっぽどのっぴきならない理由があるんだろうなと、多分、オイラその時になったらそう思うんだよな」
ゆっくりとサンズがこちらを向く。見つめたままのフリスクと目が合うと、眼窩がゆるめられた。
「だったら、まあいいかってさ」
「…みんな無かったことになっちゃうんだよ?」
「アンタに悪意があろうが無かろうがオイラには分かんないよ。ホントさ。モンスターは共感の生き物だっていうけど、心の中を覗けるわけじゃない」
フリスクの左手を持ち上げたままのサンズの左手。そこにもう片方の手が重なった。
着古して色褪せたいつものパーカー、そのポケットに手を突っ込んでニヤニヤと笑う彼ばかり見ているからか、両手をフリスクの手に預けているサンズは随分と無防備に見えた。
「それでもオイラはアンタの選択を信じる気になってるんだ。最後の最後に手の平ひっくり返されるとしても、しょーがない」
フリスクの緊張で冷えた手をミトンの手が擦る。スケルトンには体温がないはずなのに、確かにじんわりと温かい。
「だってお前そんなやつじゃないだろ。これが演技だっていうんなら、よっぽど上手くやってるよ」
それはなんてことない響きだった。願いが込められているわけでもなく「りんごが地面に落ちる」と言う時があればきっと同じように言うだろうというような。フリスクにはそれが、泣きたいくらいに嬉しかった。
「だからそれを横に置いといて考えたら、フリスク、アンタはただの良いやつだった」
手を軽く引かれる。ごくごく自然な動作だったが、瞼の奥を覗き込んでくるサンズの目に捕らえられてフリスクは動けなくなった。
呼吸が浅くなり、周りの音が遠くなっていく。
「おふざけが好きで、優しいやつだ。世話焼きで、口うるさくて、家族や友達が好きで。ただ好きだからってだけで自分より周りを優先してしまう、危なっかしいやつだ」
痺れたような頭の中に、サンズの声と、真摯に向けられた心が染み込むようで。
「なあ、迷惑ならそう言ってくれ」
眼窩が伏せられて、冷たく硬いキスがフリスクの手の甲に落ちた。
「アンタが好きだよ、フリスク」