まぁ、まあ! ま~ごめんなさいね、大した物も出せませんで。申し訳無いですけども、客間もねっこれこのようなね有り様で御座いまして。
そうですか。そうですか。
こんな寂れた村の昔話を調べに来て下さったんですねえ。私のようなはじき者の所まで……。あら? 嗚呼成る程。春千夜お嬢さまのお話ですか。それでしたらそうですねえ、私が適任でしょうかね。ええ、ええ。お話しましょうね。
春千夜さまと、大蜘蛛達のお話をね。しましょうねぇ。
春千夜さまは本当に、本当に愛らしくて御美しい方でした。名は体を表すなんて言葉がありますけれど、本当にあの方は春の妖精のように可憐な御人で。ふふ。性質は、その限りでは御座いませんでしたが……ふふふ。
私が彼女にお仕えしたのが十に満たない頃でした。春千夜さまは数えで四つ程でしたかねえ。歳の離れたお兄様が居りまして。ええそうです、武臣様、今の御当主様の事です。
あの方はねえ何と申しますか。そのぉ…。浪費癖が御座いまして……一時期は御家が傾き掛けた程、町へ繰り出しては女遊びや賭事に没頭していらっしゃったんですよぉ。
今では御友人や千壽様の支えもあり村を取り仕切ってますけど、お若い頃は大層な放蕩息子でしたよ。
先代は勿論、幼い春千夜さまもそれはもう一生懸命心を砕き武臣様を嗜めておりました。ですけど、段々と自分達の言葉が届かない事に気付いてしまわれてから、諦めてしまったんですよ。だからねぇ春千夜さまだけでも立派に育てようと思ったんでしょうねえ。日に日に春千夜さまへの躾が厳しくなっていきました。彼女も彼女で……御稽古事ばかりで村の子供等と遊ぶ時間も無かったのに、春千夜さまが弱音を吐く事はありませんでした。幼い頃から気のお強いひとでしたよ。とっても男勝りで。
それこそ大蜘蛛達と出逢った時さえ勢いよく啖呵を切った程です。…ふ、可笑しいでしょう?
村の四方は御覧になりましたか?
ええ、ええはい。大きな黒い杭が打たれてましたでしょう。あれは大蜘蛛達からの施しですよぉ。結界のような物だそうです。私にはよく分からないのですけれど。
春千夜さまと交換に約束された安寧で御座います。
此の村はずぅと狭くて暗くて。山に囲まれて町へ降りるには小狭い道一本だけ。辺鄙な所です。春千夜さまもよく不便さを嘆いておりましたねえ。お越しになるのも大変だったでしょ?
餌場なんです。妖の。大昔に何処ぞの妖が人を集めておいたそうですが、命からがら逃げ出した村人が大層力の有る巫女様をお呼びして、目眩しの術を此処へ掛けて貰ったそうです。
ただ年々綻びが見え始めましてねぇ……。眼の良い妖が入り込む事が増えてきました。夜に村の外へは出ないこと。私も幼い頃よく聞かされたものです。
春千夜さまが七の歳になる頃でした。
珍しく何の御稽古も無い日だったので、誘われるままに近くの河へお出掛けしたんです。
「見ろよ、凄い大きい」
「きゃあ! お嬢様、さ、刺されてしまいますよぅ……! 捨てて下さい!」
「大袈裟。溺れてるし朝蜘蛛は殺しちゃ駄目だろ」
ビックリしちゃいましたよ、春千夜さまったら掌程の大きさの蜘蛛を二匹水辺から掬い上げて見せてくるんですもの。確かに春千夜さまの言う通り蜘蛛達はずぶ濡れでしんなりしていて、元気が無いようでした。
「親子かなァ」なんて仰りながら、袖に仕舞い連れ帰ってしまったんです。夜が明けたら虫かごに入れた蜘蛛達がぴんぴん動いていたので、適当な藪に返してました。
それからというもの毎朝春千夜さまの御部屋の窓へ花が差されていたんです。え? はあ…種類ですか?
蘭と竜胆というそうです。
こんな廃れた村では瑞々しい花なんて珍しいものですから、私や千壽様は綺麗だと囃し立てたのですけど肝心の春千夜さまったら「心当たりがないし気味が悪い。捨ててくれ」と……。あらまあ! 察しが良くって助かります。そうです、そうです。春千夜さまが助けた蜘蛛が御恩返しに花を贈っていたんですよぅ!
それが二週間程続いた頃ですね、耐えかねた春千夜さまが夜の内に窓へ手紙を括ったんです。
【顔も名も知らせない不細工に興味無い。金輪際花も要らない】
……うふ、酷いでしょう。お嬢様、先程も申し上げたように此れを七のお歳で仰るのですから、蜘蛛達も驚いたのでしょうねえ。翌日の朝はいつものお花と一緒に手紙が添えられていました。
【近日中に挨拶に伺います】と。
そしたらですよぉ。近日中、なんて嘘ばかりで。その日の昼、千壽様が蕨を食べたいと仰るのでお稽古の合間にお嬢様と一緒に山の麓まで出掛けたら居たんです。大蜘蛛達が。
「あ、ほら兄貴。いたいた」
「本当だ。こんにちは~」
大蜘蛛達は美しい少年の姿をしてました。御自分の綺麗な顔を見慣れている春千夜さまも息を呑む程には、涼やかな顔立ちでしたよ。
見覚えのない二人組を前に、ひそひそと私達は肩を寄せ合い心当たりを探しました。だってねぇまさか蜘蛛が恩を返すなんて思わないでしょう。
「……? 誰、知り合い?」
「いえいえ私は覚えがありませんけど……。御父上のお知り合いでしょうかね?」
「うーん一応挨拶返しとくか」
そう言うと春千夜さまは他所行きの笑顔を浮かべて彼等に向き直りました。
「こんにちは、私たち何処でお会いしましたか」
「先日助けて貰ったモンです」
「その節は有難う御座いました」
「はあ。心当たりありませんけど……」
髪を頭の天辺で団子にして纏めた蜘蛛、もう一方の女児のようにおさげに髪を纏めた蜘蛛が順々に言葉を繰り返しました。幼い春千夜さまはピンと来ていないようでしたが……世話係として教育を受けていた私は、もしや適当言って春千夜さまをいたぶる悪漢なのではないかと。
大変恐ろしかったですけれど、彼女を守らなければいけないと思い、前に出ようとした私をお嬢様が先に手で制されてしまいました。
「アンタ等名前は?」
「俺はね蘭。コッチが竜胆」
「宜しく」
「で、何の用だよ」
頭二つ分は背の高い大蜘蛛達相手に怯む事無く春千夜さまがギッと睨み付ける御姿を、彼等は何だか落ち着かない様子で顔を見合い、ややしておさげの方が懐から取り出しました。
あの花です。蘭と竜胆。聡いお嬢様は、後々聞いたら名前を聞いた時点で怪しいと思ったそうで……私、訳も分からず惚けるばかりで…。
「書いたじゃん。挨拶行くよって」
差し出された花束に春千夜さまが後退り警戒しました。
「オマエの名前も教えろよ」
昼間から出歩ける程の妖というのは、力のある者なのです。それを理解している春千夜さまは悔しそうに悔しそうに、答えます。
「はるちよ」
「字は?」
「え……と。四季の『春』と数の『千』、ヨはヨル」
「春千夜、綺麗な名前だね」
「でも兄貴。此奴余り利口じゃないのかも」
「……ハア?」
「馬鹿だなー。駄目だろ、名前なんて妖に教えたら」
蜘蛛達は伽羅伽羅楽しそうに笑い声をあげ、春千夜さまの胸元へ自分等の名が付く花束を押し付けました。
「「結べた」」
そうしましたら、するするするする、薄い紫色の糸が伸び出てお嬢様の身体に纏わり付いたかと思えば……段々と収束していって最終的に小指を何重にも巻いた状態で落ち着きました。まあ私はその間ずぅと悲鳴をあげていたわけですけれど。
大蜘蛛達が言います。
「「春千夜。御前、齢が十五を越えたら俺等の嫁においで」」
力尽きました。