秋の小噺兄者と秋の朝
起きたらもう布団を空にしていた弟が
庭の向こうからやって来る
白い息を切らせて頬を赤くして運動靴が土を蹴る
廊下で眺める僕に気付いて「兄者!」と破顔した
朝餉の前に元気だなあと思ったら
走る勢いのまま両腕を大きく広げて抱きつかれた
「おはよう弟。どうしたんだい?」
「おはよう兄者。急に寒くなったと言っていただろう。兄者に温まって貰おうと思って」
体温をあげて来たのだ。どうだ、温かいか?
…って
ああもうねえ、この子は
「すごくあったかいよ」
心はもっとぽかぽかした
弟丸と秋の夜
おやすみ兄者、おやすみ弟と言いあって
行灯を落とそうとした俺に兄者が目を丸くする
上から下まで頭ごと動かして俺を見る
「どうした、兄者」
「おまえ、それで寝るのかい?」
浴衣、半纏、…靴下。
「…寒くて」
昼まであんなに春の盛りのようだったのに
日が落ちたとたん雨に北風
冬の布団を出しそこねた
「寝てる間に暑くてはだけて冷えてしまうよ」
そうは思うが、寒くては寝つけない
俺が眉尻を下げると、兄者の手がひらりと踊って
半纏、靴下は布団の外に
俺は、兄者の布団の内に
腕に、胸に包み込まれて
凍えたつまさきが優しく解かされる
こんなに眠るのがもったいない夜はなかった