夕焼け任務の時に一面の曼珠沙華が広がる場所へ出たことがあった、そのときに一緒だった三日月がいつもののんびりした顔で呟いた。
「まるで、夕焼けの中に居るようだ」
「へえ、詩的な喩えじゃないか」
揶揄してやるような口調で俺は言ったのだが、そののんびりとした顔とは裏腹に三日月の瞳は、どこか別の場所を見ている気がした。
「日暮れというのは、あまり好きでないな」
美しいことに罪などないのにな、そう吐き出す言葉に俺は何も言えなかった。
俺も雪の日が、暗がりが嫌いだからだ。物語を与えられる事は特別な事だがその分痛みも伴う、その物語が真実なのか虚構なのかを理解もしていない人類が無邪気に祝福だと投げて寄越されたものから生まれた歪な命を補償してくれる訳ではないのだ!
(まぁ、俺がそんな風に考えていてもコイツは、三日月はきっと人間が好きなんだろうな)
好きだから憎い、好きだからこそ愛しているからこそ許せる無い、そんな気持ちを三日月宗近という刀剣男士は理解しうるだろうか?
そんなことを考えながら薄く笑みをたたえるその美しい横顔は、名前の通り三日月のような淡い曲線で、そんなところがとても憎たらしかった。
だから聞いたのだ。
「どうして好きじゃないんだい?」
理由なんて解っていた、俺も空白期間を埋められない刀剣男士、人間の身勝手な祈りから生まれた刀剣男士、解っていたからこそ意地悪をする。
「………お前は、時たまとてつもなく人間だな」
「……」
その返しにはムッとした、どれだけ人間を模しても俺たちが本質的に人間と違うことなんて理解してるのに!
「陰険」
「そっくりそのままお前に返す」
「どこまで俺の言葉を呼んでるんだい?」
曼珠沙華を踏み荒らしながら二振で進んだ、管理しているところならば立ち入ることはないが此処は完全に誰も手を入れていない土地である。
群生する曼珠沙華など不気味なのだろうが、たまに一人で咲く花とてたまには誰かと一緒に居たくなるものだ、そんなことを考えながら道なき道を歩いていれば、三日月宗近がこちらを見ている。
「お前こそ、俺をどこまで読んでいる」
「質問で質問を返すなよ」
「時たま、お前からの言葉が本当に苦しい事があるぞ」
「へえ、そりゃあ光栄だね」
憎まれ口を叩き合いながら任務遂行の為に歩き続ける、一面の赤の中を進むと段々と空も橙の部分が増えてくる。
「こりゃあ野宿だぜ、三日月殿」
「そうさな、明るい内に準備を済ませるぞ、鶴丸」
夕焼けに焼かれながら歩いているような心地だった、その後は無言で歩くのだがふと脳裏にこんな思考が過る。
(いつかこの刀とこんな言葉遊びじゃなく、本当の言葉で話が出来る日は来るだろうか)
いつの間にか曼珠沙華の群れは無くなり、たどり着いた林の向こうには青と橙の境界線が見えた。そこへ向けて藍色の着物が向かっていく、呼び止めようかと思案したがその背中についていくことを俺は選んだのだった。