胡蝶の夢夢の中で、俺は蝶だった。
ふわふわとフラフラと飛んでいく、蝶になったせいか意識は朦朧としているがやりたいことはある。
たどり着きたい場所があったので、俺は必死に飛ぶ、そこを目指して何も考えずに一心不乱に飛んだ。
そして、見えたのは見覚えのある後ろ姿である。
着物は白く、髪も白くなっているが見間違えるはずはない、その歩く姿の後ろにぴったりとつけた。
すれば彼は、指先をこちらへ向けた白くなった指先に止まってみる。彼は俺の名前は呼ばなかったが、いつものように微笑んでいた。
「駄目だぞ」
(どうしてたい)
「お前のことは連れていけない」
(いいじゃないか、旅は道連れ世は情けと言うだろ)
「手八丁口八丁を弄されても、俺は連れて行かない」
ふと彼の目を見た、かつて美しい青の中に三日月を讃えていただろうその瞳からは、青が抜け落ち三日月だった部分が侵食して金色になりつつあった。
「おそろいだな」
そんな軽口を叩いてみたかったが、彼は、三日月宗近はひどく悲しい顔をしてこちらを空へ放り投げた。
もう少しくらいそばに居たかった、そんな想いが胸を占めるが空間へ放り投げられた俺の身体は、今度目覚めるともう蝶では無くなったのだった。
「鶴丸!鶴丸国永!しっかりしろ」
白い布を視界が捕らえる、誰かが微かにこちらを揺さぶっているので視線を向けるとそこには山姥切国広がいたので布の端を持った。それに気がついたのか国広は安堵の笑みを浮かべたのだった。
「良かった、意識はしっかりしてるな」
「……」
「無理して喋るな、大侵寇の時の傷が開いた、お前はあれから働きすぎだ、しばらくは療養しろ」
「………あいたいな」
ボソリと呟いた一言に、こちらの傷口を冷やしていたらしい濡れ布巾を絞った山姥切国広は目を伏せた。
「お前とじじいが恋仲なのを知っていたのが俺だけなのは正直、驚いた」
「あまり、知られてもな」
熱でぼんやりする、国広があまり話すな、寝ていろと言いながらも彼の横顔にも影が落ちる。この本丸の初期刀である山姥切国広は、政府からの配布でやってきた三日月宗近の弟子のような部分があり、二振りで本丸を大きくしてきた同志だったのを思い出す。
「鶴丸、うちの三日月宗近は月へ帰ったままだ、さびしいのは解るが今はお前が本丸を支えている」
「くにひろ」
「なんだ?」
「みかづきは、あいつはそうするために俺とこうなったのかい」
「…………」
大侵寇という事象があった、色々な本丸が総力を結集する中、この本丸の三日月宗近は終了後に機能停止したままになってしまっている。
それまでの事が鶴丸国永の脳裏に浮かんだ、二振りは取り分けて仲が良かった、鶴丸は三日月からの好意を疑ったことは無かったが、全てが終ったあの後に何故かやってきた勢力との交戦で三日月宗近は機能停止、鶴丸国永は重傷を負い、鶴丸はたまにこうして傷が開いてしまうようになっていた。
「俺から言えるのは一つだ」
「………」
「しっかり傷を癒やしてから答えは見つけろ、お前は間違いなく三日月宗近という存在に愛されていた、俺からはそう見えた」
「いつも、わるいな」
大倶利伽羅か燭台切光忠を呼んでいる、そう言いながら彼は布をはためかせて立ち上がった。あの時に追いついた三日月宗近の魂の様なものを思い出す、白い着物と青い夜空が無くなった瞳、いつか帰ってきて欲しい。
そう思いながら、目を閉じる。もう一度で良いので、無性に三日月宗近に会いたかった。